学位論文要旨



No 110857
著者(漢字) 徳留,真一郎
著者(英字)
著者(カナ) トクドメ,シンイチロウ
標題(和) 超音速混合流型成型エジェクタ式空気吸い込みロケットの実験的研究
標題(洋)
報告番号 110857
報告番号 甲10857
学位授与日 1995.01.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3284号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雛田,元紀
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 佐藤,淳造
内容要旨

 地上静止状態から音速程度までの低速飛翔環境で作動可能なエジェクタ式空気吸い込みロケットは,ロケット排出ガス流のエジェクタ効果を利用して混合ダクトに大気を吸い込み,混合して加速排出することにより推力増強を達成するものである.この形態の推進システムについては,同じ寸法形状なら混合ダクト出口において超音速混合流を形成する作動形態とする方が,推力増強効果の点で有利であると指摘されている.しかしながら,超音速混合流形成型エジェクタについては,作動性能を予測するための一般性のある理論や経験則が確立されていない.また,主流側にロケットの排出ガスのような高温のガスを用いて,比較的二次流側流量の多い条件で行われた実験は希で,実際に達成される作動形態について系統的に調べられた例は見あたらない.

 そこで,本研究においては,超音速混合流形成型エジェクタ式空気吸い込みロケットの地上静止状態における作動特性を明らかにすることを主な目的として,固体ロケットと円筒ダクトを用いた作動特性実験を行い,さらに内部流評価のために新しい一次元解析法を導入して実験結果の詳細な検討を行った.そして,広い条件に渡る作動特性の概要を明らかにし,また基本的な設計指針を示した.

 実験は,混合ダクト出口背圧と二次流側総圧が等しい,地上静止状態で行った.混合ダクトは,内径の異なる二種類の円筒型混合ダクト,ロケットノズルは,スロート径が同じで開口比が異なる三種類の円錐ノズルを用いた.また,一回の実験で広い主流側総圧範囲のデータを取得するため,ロケット燃焼室圧力(主流側総圧)は退行燃焼型固体推進薬グレインを用いて連続的に降下させた.

 実験の結果,混合ダクト出口で安定した超音速混合流を形成する作動状態が達成され,「二次流閉塞モード」と「亜音速混合モード」の二つの作動形態を確認した.

 二次流閉塞モードは,亜音速で合流した二次流が,ロケットノズルから排出された不足膨張の超音速主流と混合ダクト内壁との間で閉塞する,従来,超音速混合流形成型エジェクタにおいて知られている作動形態である.この作動形態は,混合ダクト断面積とロケットノズル開口比が小さく,主流総圧の高い条件で達成された.

 一方,亜音速混合モードは,二次流が亜音速のまま混合してゆき,ある程度混合が進行した位置で流れが閉塞する,従来報告例のない作動形態である.本研究の実験においては,広い条件に渡って亜音速混合モードとなった.

 図1に,両作動形態の代表的な軸方向壁圧分布を示す.二次流閉塞モードにおいては,二次流が閉塞する位置の下流側に,衝撃波の存在を示す幅の大きい圧力変化が見られ,流れが超音速的であることを示している.一方,亜音速混合モードにおいては,壁圧が常に二次流側の音速相当静圧より高く,また壁圧が軸方向に大きく降下している範囲と閉塞位置の存在する範囲が一致する.静圧の降下は,加速が起こっていることを示すから,流れが亜音速から超音速へ加速されていると推察される.

図1 各作動形態に対応する代表的な壁圧分布

 さらに,総圧比Ptp/Pts,混合ダクト断面積比Ad/Atpおよびノズル開口比Aep/Atpが作動性能に及ぼす影響を系統的に把握するために,内部流の一次元解析を行った.

 一次元解析モデルの概略を図2に示す.混合ダクト出口位置(St.2)においては,一様な混合流が形成されており,ロケット燃焼ガスと二次空気は同じ温度と圧力で個々に化学平衡に達して混在していると仮定した.また,作動形態の判別を目的として,新たに静圧平衡位置(St.1)を想定した.靜圧平衡位置においては,主流側は衝撃波による総圧損失を伴う過程を経て,また二次流側は断熱等エントロピ的な過程を経て,未混合のまま静圧の等しいCompound-compressible flow(CCF)を形成していると仮定した.CCFの振る舞いは,Compound-flow indicator によって判別した.

 

図2 解析モデルの概略

 超音速混合流を形成する条件について,作動特性解析を行い検討した結果,混合ダクト出口位置静圧P2が背圧に等しい状態で閉塞する(M2=1)作動形態を与える総圧比が,超音速混合流を維持できる最小総圧比と結論づけた.図3に,推定計算値を点線で,実験値を黒丸で示して比較した.開口比5.93のNozzle Type Bを用いた条件については良く一致している.開口比8.82のNozzle Type Cを用いた条件における不一致は,ノズル排出ガス流が著しく不足膨張となって不安定になるためと考えられる.

図3 超音速混合流を維持できる最小総圧比の推算結果と実験値の比較

 また,実験で測定されたロケット燃焼室圧力Ptp,大気圧Pts=Paおよび合流位置二次流側壁圧Peswを入力データとして,対応する静圧平衡位置と混合ダクト出口位置状態を推算する,実験データの一次元解析を行った.

 混合ダクト出口位置静圧P2の解析結果は,混合ダクト出口位置近傍の壁圧測定値P2wに良く合う結果が得られた.また静圧平衡位置の解析結果については,「二次流閉塞モード」となる条件に対しては,超音速的に振る舞う流れを形成するという結果が得られ,「亜音速混合モード」となる条件に対しては,亜音速的に振る舞う流れを形成するという結果が得られた.両作動形態に対する解析結果と実験により得られた情報との対応は,合理的であると判断できるものであった.

 静圧平衡位置状態の解析結果から,各作動形態に対応する次のような特性を読みとった.

 二次流閉塞モード…M1s=1.1(Ptp/Ptsに依存しない)

 亜音速混合モード…M1s=0.52(Ptp/Pts,Ad/AtpおよびAep/Atpに依存しない)

 二次流閉塞モードについては,M1sの値が1に近いことから,M1s=1を仮定して作動性能予測を行った.その結果,従来の研究で得られている流量率比の実験値と広い条件で一致した.このことから,本研究で提唱した解析法においてM1s=1を仮定することにより,二次流閉塞モードとなる場合の作動性能を予測できると考えられる.

 亜音速混合モードについても,経験的に得られるM1sの値を仮定することにより作動性能予測が可能と考えられる.またM1sを一定とみなすと,エジェクタの作動性能を表す代表的な量である流量率比について,近似的に次の関係が導出できる.

 

 図4は,流量率比と無次元量Cの関係を示したものである.この結果から,亜音速混合モードの場合,作動性能は総圧比Ptp/Ptsと混合ダクト面積比Ad/Atpの比である無次元パラメータCに対して,ほぼ一義的な依存性を持つことが明らかになった.

 また,同軸自由噴流により形成される流れ場の特性は,主流のポテンシャルコア長さに依存することが知られている.Zakkayらの経験則より,静圧平衡位置から測ったポテンシャルコア長さx1PCは,主流噴流の初期直径D1pと質量流束比=(1pu1p)/(1su1s)の平方根の積に比例する.そのポテンシャルコア長さ比例量D1pを混合ダクト直径Dで無次元化した量の解析値は,Cのみの関数となる.よってCが一定の場合,ポテンシャルコア長さは,ほぼ混合ダクト直径Dに比例することが見出される.

 

 図5は,C=1.5の条件において得られた壁圧分布を比較したものである.総圧比,混合ダクト面積比,ロケットノズル開口比が異なるにもかかわらず,混合ダクト直径で無次元化した軸方向距離に対する壁圧分布は一致する.このことより,Cが一定の条件下では,混合ダクト内部に形成される流れ場は,おおまかに混合ダクト直径Dを基準とした寸法で発達すると推察される.

図表図4 流量率比の計算値とCの関係 / 図5 C=1.5における壁圧分布の比較

 さらに,推力増強効果に関する考察の結果から,混合ダクト直径を固定した場合,より大推力・高比推力を達成するための基本的な設計指針は,次のようになることを示した.

 ・ロケットノズル開口比は,なるべく合流位置で適正膨張となるように選ぶ.

 ・できるだけ燃焼室圧力を高く,ノズルスロート面積を小さくする.

 以上のように,本研究では,固体ロケットと円筒型混合ダクトを用いた実験を行い,さらに内部流評価のために新しい一次元解析法を導入して実験結果の詳細な検討を行った.そして,ロケット燃焼室圧力,混合ダクト断面積およびロケットノズル開口比が作動性能に及ぼす影響を探った結果,超音速混合流形成型エジェクタ式空気吸い込みロケットについて広い条件に渡る作動特性の概要を明らかにし,また基本的な設計指針を示した.

審査要旨

 工学修士徳留真一郎提出の論文は「超音速混合流形成型エジェクタ式空気吸い込みロケットの実験的研究」と題し、本文6章と補遺よりなっている。

 地上静止状態から音速程度までの低速飛翔環境で作動可能なエジェクタ式空気吸い込みロケットにおいては、混合ダクト出口で超音速混合流を形成することが推力増強効果の点でより有利とされている。しかし、未だその作動特性に関する一般性のある理論や経験則は確立されていない。本研究では、低亜音速までの飛翔環境も勘案した上で、超音速混合流を形成するエジェクタ式空気吸い込みロケットの地上静止状態における作動特性を明らかにすることを主目的として、固体ロケットと円筒ダクトを組み合わせて作動特性実験を行うとともに、内部流評価ために新しい解析法を導入して実験結果を詳細に検討している。そして、広い条件にわたる作動性能の予測法を提案し、基本的設計指針を示している。

 第1章は序論で、空気吸い込み式ロケットに関する従来の研究動向と問題点を総括し、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では、実験装置と方法を説明している。本研究のために試作された小型固体ロケットモータのノズル出口部を円筒型混合ダクト入口に挿入し、混合ダクト出口背圧が、吸い込まれる二次流側総圧(Pts)以下の地上静止状態で実験を行っている。実験供試体としては、ノズルスロート面積(Atp)を一定として開口比の異なる三種類のロケットノズル、および断面積(Ad)の異なる二種類の円筒型混合ダクトを長さを変えて用いている。また一回の実験で広い主流側総圧範囲の計測データを取得するため、ロケットモータ燃焼室圧力(主流側総圧:Ptp)を連続的に降下させている。取得される測定データは、ロケット燃焼室圧力、大気圧、ダクト壁圧およびダクト壁面近傍におけるガス温度である。

 第3章では、安定した超音速混合流を形成する条件において、「二次流閉塞モード」と「亜音速混合モード」の二つの作動形態があることを確認している。二次流閉塞モードは従来から知られている作動形態である。一方亜音速混合モードは、二次流が亜音速のまま混合して、ある程度混合が進行した位置で流れが閉塞するもので、従来報告例のない、著者が見い出した作動形態である。本研究では、広い条件にわたって亜音速混合モードとなったことを指摘している。

 第4章では、総圧比(Ptp/Pts)、混合ダクト断面積比(Ad/Atp)およびロケットノズル開口比(Aep/Atp)が作動性能に及ぼす影響を系統的に把握するために、内部流の一次元解析法を提案している。この解析法では、混合ダクト出口位置において一様な混合流が形成されていると仮定している。また新たに、主流と二次流が未混合のまま静圧の等しい流れ(Compound-compressible flow以下CCFと略す)を形成すると仮定した、静圧平衡位置が想定されている。CCFの振舞いについては、Compound-flow indicator を導入して判別できることを指摘している。

 第5章では、超音速混合流の形成条件に関する解析結果より求めた超音速混合流維持に必要な最小総圧比が、実験値と一致することを示している。また、圧力測定データを用い、対応する混合ダクト出口位置状態と静圧平衡位置状態を推算している。混合ダクト出口位置静圧P2の解析結果は壁圧測定値に良く一致し、また静圧平衡位置の解析結果は、実験で確認された現象をある程度捉えている。特に、静圧平衡位置における二次流側マッハ数M1sの解析結果から、各作動形態に対応する次のような特徴を得ている。すなわち、二次流閉塞モードではPtp/Ptsの値に依らずM1s=1.1であり、亜音速混合モードではPtp/Pts、Ad/AtpおよびAep/Atpの値に依らずM1s0.52である。二次流閉塞モードについては、本研究の解析法でM1s=1を仮定することにより,作動性能を予測できることを示している。亜音速混合モードについても、経験的に得られるM1sの値を仮定することにより作動性能予測が可能なこと、またM1sを一定とみなすと、流量率比で代表される作動性能は、Ptp/PtsとAd/Atpの比をCとするとき、ほぼ一義的にCのみに依存することを指摘している。また、Cが一定の条件下では、混合ダクト内部に形成される流れ場は、大まかに混合ダクト直径Dを基準とした寸法で発達すると推察し、実験結果によってこれを実証している。さらに、推力増強効果に関する考察結果に基づいて、より大推力・高比推力を達成する超音速混合流形成型エジェクタ式空気吸い込みロケットの基本的な設計指針を示している。

 第6章は結論で、本研究の成果が要約されている。補遺には本文で使用される数式等の詳細が記されている。

 以上要するに本論文は、超音速混合流を形成するエジェクタ式空気吸い込みロケットの地上静止状態における作動特性実験ならびに混合ダクト内部流の一次元解析を行い、同型ロケットに関して作動特性の新しい予測法と基本的設計指針を与えるものであり、航空宇宙工学上寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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