学位論文要旨



No 110858
著者(漢字) 張,振龍
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,シンリュウ
標題(和) 半導体微小共振器における光-励起子相互作用に関する研究
標題(洋) Photon-Exciton Interactions in Semiconductor Microcavities
報告番号 110858
報告番号 甲10858
学位授与日 1995.01.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3285号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 保立,和夫
内容要旨

 本論文は,量子井戸を有する半導体微小共振器における光と励起子との相互作用について実験的験証および理論的検討を行った結果を述べたものであり,本文は英文で記されている。

 半導体結晶成長技術の発展に伴い量子井戸を作製することにより,比較的大きい束縛エネルギーを有する励起子を低温において安定に存在させることができるようになってきた。その結果,これまで主として原子系と輻射場の相互作用として観測されてきた自然放出光の制御効果が,半導体微小共振器でも観測できることが期待されている。また,共振器量子電磁力学では,共振器が真空場ゆらぎを周波数軸上もしくは空間的に再分配して自然放出光を制御できると考えられている。高いQ値をもつ半導体微小共振器における強い光-励起子相互作用が励起子寿命の制御を実現できると予想されている。このような微小共振器における光-励起子相互作用およびその制御に関する研究は,将来の超高速光通信・光情報処理の実現に向けて必要不可欠と考えられる。本研究では量子井戸を有する半導体微小共振器における光-励起子相互作用を明らかにし,その工学的応用の可能性を示すことを目的とする。

 半導体微小共振器を作製する際の設計指針として,高い反射率をもつ分布ブッラグ反射器ミラーを有するAlGaAs系微小共振器の光学的性質を理論的に検討した。具体的には,マクスウェル方程式から導かれたマトリックス伝達法を用いて反射率スペクトルの微小共振器構造依存性を計算し,微小共振器の設計に関する問題点を論じた。この計算結果に基づき,有機金属気相成長法で実際にAlGaAs系1波長垂直型微小共振器を作製した。

 まず,1種類の量子井戸を有する微小共振器における光-励起子コヒーレント相互作用に基づく共振モードの分離現象および分離間隔の変化を考査するために,共振器の中央に1領,5個(図1),および13個の量子井戸を有する垂直型微小共振器を作製した。3つのサンプルの反射率スペクトルを測定し,図2に示すようにそれぞれ10Å,30Å,および44Åの分離間隔が観測された。これは量子井戸構造を有する微小共振器中に閉じ込められいる2次元の光子と2次元の励起子との強い結合効果により解釈できる。さらに,微小共振器の中にある量子井戸の個数と共振モードの分離間隔について理論的検討を加えて,その依存性を明らかにした。

図表図1 5つの量子井戸を有する微小共振器の構造図。 / 図2 微小共振器におけるモード分離間隔の量子井戸個数依存性。

 その次に,2種類の量子井戸を有する微小共振器における光-励起子コヒーレント相互作用の強調・抑圧現象について実験および計算を行った。作製された垂直型微小共振器の中に2種類の量子井戸がそれぞれ定在波の腹と節に置かれている(図3)。結晶成長の面内不均一性を利用し,サンプルの異なる位置で反射率スペクトルを測定した。微小共振器の共振器波長を定在波の腹にある62Å量子井戸中の励起子のフォトルミネッセンスピーク波長と一致させると,強い光-励起子相互作用が起こり,共振モードの分離現象が現れ,反射率スペクトルにおいて2つのディップが観測された。一方,微小共振器の共振波長を定在波の節にある90Å量子井戸中の励起子波長に同調すると,光-励起子相互作用が抑圧され,共振モードが分離せず,反射率スペクトルを観測することにより1つのディップのみが見られた。反射率スペクトルにおける共振モード分離現象の有無により,微小共振器における光-励起子相互作用の制御すなわち強調・抑圧が可能であることを示した。

図3 2種類の量子井戸を有する微小共振器の反射率スペクトル測定結果。(a)共振器波長が腹に置かれた62Å量子井戸中の励起子のエネルギーと一致する時(b)共振器波長が節に置かれた90Å量子井戸中の励起子のエネルギーと一致する時

 つづいて,2種類の量子井戸を有する微小共振器における励起子の寿命による光-励起子コヒーレント相互作用の験証に関する実験を行った。定在波の腹と節にそれぞれ置かれた2種類の量子井戸を有する微小共振器を用いて自然放出寿命の測定をそれぞれの量子井戸の励起子のエネルギーにおいて行った(図4)。定在波の腹にある62Å量子井戸における光-励起子相互作用が強いため,励起子の自然放出寿命が短くなる。一方,定在波の節にある90Å量子井戸における弱い相互作用により,励起子寿命が長くなる。励起子寿命の共振器波長の離調効果についても測定し,実験結果を図5に示している。電気双極子モデルを用いて自然放出寿命の理論検討を行い,実験とほぼ一致する結果を得た。計算値との若干の誤差は実験中に存在するオープンウィンドーモードと漏れガイドモードが原因と考えられる。

図表図4 2種類の量子井戸を有する微小共振器における時間分解PL。 / 図5 同一微小共振器における励起子寿命の共振器波長離調依存性。

 最後に,半導体微小共振器におけるコヒーレント励起された励起子からの自然放出について実験を行った。微小共振器中の励起子をコヒーレント励起した場合すなわち励起子と同じエネルギーのレーザ光で励起したときのコヒーレント相互作用を検討し,フォトルミネッセンスおよび時間分解フォトルミネッセンスでモード分離を観測することができた。

 本論文では次世代の超高性能レーザとして期待されている,半導体微小共振器レーザの基礎研究として,微小共振器中の光と励起子との相互作用について実験的研究をすすめた。その結果,高いQ値を有する微小共振器を実現することにより強い相互作用を観測すると共に,光-励起子相互作用が半導体微小共振器の構造設計により制御可能であることを明かにすることができた。

審査要旨

 本論文は、「Photon-Exciton Interactions in Semiconductor Microcavities(半導体微小共振器における光-励起子相互作用に関する研究)」と題され、量子井戸を有する半導体光微小共振器における励起子と光との相互作用について実験的研究を行った結果を述べたものであり、7章より成り、本文は英文で記されている。

 第1章は、「序論」と題し、本研究の重要性とこれまでの研究について述べるとともに、本論文の構成について論じている。半導体結晶成長技術の発展に伴い量子井戸を作製することにより、比較的大きい束縛エネルギーを有する励起子を低温において安定に存在させることができるようになってきた。その結果、これまで主として原子系と輻射場の相互作用として観測されてきた真空ラビ振動が、微小共振器でも観測できることが期待されている.また、共振器量子電磁力学では,共振器が真空場ゆらぎを周波数もしくは空間的に再分配して自然放出を制御できると考えられている。高いQ値をもつ微小共振器における強い光-励起子相互作用が励起子寿命の制御を実現できると予想される。このような微小共振器における光-励起子相互作用およびその制御の研究の重要性を指摘し、本論文の研究の位置付けをおこなっている。

 第2章は、「半導体微小共振器の光学的性質」と題し、AlGaAs系垂直型微小共振器の設計について論じている。具体的には反射率スペクトルの微小共振器構造依存性を計算し、微小共振器を作製する際の設計指針を明かにしている。本章の計算結果に基づき、有機金属気相成長法で実際にAlGaAs系垂直型微小共振器が作製された。

 第3章は、「一種類の量子井戸を有する微小共振器における励起子と光との相互作用」と題して一種類の量子井戸を有する垂直型微小共振器における光-励起子コヒーレント相互作用について実験および計算を行った結果を述べている。まず、高いQ値を有する微小共振器を有機金属気相成長法作製することにより、単一量子井戸においても共振モード分離現象(真空ラビ振動)を観測することに成功している。さらに、微小共振器の中にある量子井戸の数と共振モード分離の分離幅について実験的理論的に検討を加え、その依存性を明かにした。

 第4章は、「2種類の量子井戸を有する微小共振器における励起子と光との相互作用」と題して,微小共振器における光-励起子コヒーレント相互作用の強調・抑圧現象について実験および計算を行った結果を述べている。定在波の腹と節にそれぞれ置かれた2種類の量子井戸を有する微小共振器を有機金属気相成長法で作製し,反射スペクトルにおける共振モード分離現象の有無により,微小共振器において光-励起子相互作用の制御すなわち強調・抑圧が可能であることを示した.また、これらの実験結果は計算においても確認された。

 第5章は、「2種類の量子井戸を有する微小共振器における励起子の寿命制御」と題し、

 励起子の寿命測定による光-励起子コヒーレント相互作用の強調・抑圧効果(共振器量子電磁力学効果)の験証に関する実験を行っている.定在波の腹と節にそれぞれ置かれた2種類の量子井戸を有する微小共振器を用いて蛍光寿命の測定をそれぞれの量子井戸中の励起子のエネルギーにおいて行い、節に置かれた励起子の蛍光寿命が腹におかれた場合より長くなることが明らかになった。

 第6章は、「コヒーレント励起された励起子からの自然放出」と題して、微小共振器中の励起子をコヒーレント励起した場合すなわち励起子と同じエネルギーのレーザ光で励起したときのコヒーレント相互作用を検討し、反射スペクトルでモード分離を観測することが出来た。

 第7章は、「結論」である。

 以上これを要するに、本論文は次世代の超高性能レーザとして期待されている半導体微小共振器レーザの基礎研究として、微小共振器中の励起子と光との相互作用について実験的研究をすすめ、高いQ値を有する微小共振器を実現することにより強い相互作用を観測すると共に、励起子-光相互作用が微小共振器の構造設計により制御可能であることを明かにしたものであり、電子工学上貢献するところが少なくない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻における博士論文審査に合格したものと認める。

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