学位論文要旨



No 110865
著者(漢字) 戸部,秀之
著者(英字)
著者(カナ) トベ,ヒデユキ
標題(和) ホールボディーカウンティングにおける較正法に関する研究 : 身体カリウム量評価における放射線シミュレーション技術の応用
標題(洋)
報告番号 110865
報告番号 甲10865
学位授与日 1995.02.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第44号
研究科 教育学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東郷,正美
 東京大学 教授 武藤,芳照
 東京大学 助教授 南風原,朝和
 東京大学 講師 山本,義春
 東京大学 教授 柴田,徳思
内容要旨

 身体組成測定法の一つであるカリウム-40法は、多くの測定法の中でも厳密な方法として知られている。この方法は、被検者に対する肉体的精神的負担がほとんどないことから、幼児から高齢者に至るまで広い範囲で応用できるという長所を持っており、発育や老化といった視点から身体組成を研究する場合には特に重要な方法である。カリウム-40法では、人体内のカリウム-40から放出される線の量をホールボディーカウンティングによって計測するが、その際、体内から放出される線量と測定で得られるカウントとの対応関係に当たる計数効率は被検者の体格に大きく依存する。従って、被検者の体格を考慮した較正を行い、各被検者の体格に合った計数効率を求める必要がある。一般に用いられる較正法はファントム法であり、既知量の線源を含む人体模型(ファントム)を用いて較正を行う。しかし、この方法では、較正用ファントムの体格と被検者の体格が異なる場合には較正精度が低く、身体組成測定値に誤差をもたらすことになる。較正におけるこのような問題は、カリウム-40法における主要な誤差要因である。そこで本研究では、新たな較正法として放射線シミュレーション技術を応用する方法を提案し、その実用性を検討することを目的とした。この方法は、モンテカルロ・シミュレーションコードを用いて、ホールボディーカウンター内で生じている現象、つまり、人体から放射された線が物質との相互作用を繰り返していく過程をコンピューターで確率的に計算し、検出器に吸収される線の量とそのエネルギーを評価する方法である。この方法が確立された場合、線源となる人体の体格や体型は入力データとして任意に与えることができるため、どのような体格でも設定することができる。実際に較正用ファントムを用いるファントム法よりもはるかに応用範囲が広いと期待される。本研究では、シミュレーション・コードとして、高エネルギー物理学や核医学などの分野で応用され高い評価を受けているEGS4を選択した。ホールボディーカウンターは、東大ヒューマンカウンターを用いた。検討で用いた検出系は、4個のプラスチックシンチレータから構成される検出系である。

 第2章において、EGS4によるシミュレーションをホールボディーカウンターの較正に応用する妥当性を検討した。まず、標準線源を用いた場合のスペクトルが、実測とシミュレーションとで一致するかどうかについて検討した。実測スペクトルは分解能として分布に広がりを持っているが、シミュレーションによるスペクトルには分解能としてのばらつきは考慮されていない。よって、両者を比較するに当たり、EGS4で求めたスペクトルに分解能に相当するガウス分布をかけ、その上で実測スペクトルとシミュレーションによるスペクトルを比較した。その結果、ガウス分布のばらつきの大きさが測定系の分解能と一致したと考えられたときに、両者のスペクトルはほぼ一致した。これによりシミュレーションで求めたスペクトルが妥当であることが確認された。

 次に、体格の違いによる計数効率の変動をシミュレーションで正確に捉えることができるかどうかを検討するために、大小5種類の体格を持つ較正用ファントム(巨人ファントム〜幼人ファントム)について、実測による計数効率とシミュレーションによる計数効率とを比較した。全スペクトルを含むエネルギー範囲での計数効率について述べると、巨人ファントムから幼人ファントムへと体格が小型になるにつれて、実測では計数効率は15.33±0.06%から17.27±0.07%へと上昇し、シミュレーションでは、18.65±0.14%から21.20±0.15%へと上昇していた。実測の計数効率に比べてシミュレーションの計数効率は約1.2倍大きい値であったが、それぞれの平均値を1.0とした変化率で比較した場合には両者はよく一致しており、その差は平均値に対して1%前後であった。計数効率に見られた実測とシミュレーションとの差は、実測において、線がシンチレータで反応を起こした後の発光効率や集光効率の低さなどが原因となっていると考えられるため、実測におけるカウントの低下を説明する校正定数を考慮することで、計数効率をシミュレーションによって高い精度で求めることが可能であることが確認された。

 第3章では、シミュレーションで線源となる人体をモデル化するにあたり、人体モデルをどの程度単純化できるかという視点から、体内カリウム分布、体内組織密度、皮下脂肪層などが計数効率に与える影響について検討した。

 まず、人体モデルにおいて体内の臓器・組織のカリウム濃度分布を考慮する必要があるかどうかについて検討を行った。被爆線量評価でよく用いられるMIRDファントムを線源とするシミュレーションを行い、臓器・組織別に人体に近似したカリウム分布を設定した場合と、カリウムが全身に均一に分布すると仮定した場合の計数効率を比較した。人体に近似したカリウム分布を設定した場合に対し均一分布を仮定した場合には、臓器・組織別に見ると、計数効率に対する寄与がプラスに変化するもの(肺、皮膚、小腸)とマイナスに変化するもの(骨格筋・その他、骨組織、脳)が見られた。しかし、全身の計数効率で見ると、そのような変化は相殺され、カリウム濃度を人体に近似した場合(18.31±0.30%)と均一分布を仮定した場合(18.28±0.30%)では一致していた。これより、体内カリウム分布は均一と仮定しても計数効率には影響がないことが分かった。

 線の反応は材質の密度に依存するが、人体内には組織密度が特に大きい骨組織や、特に小さい肺が存在する。そこで、MIRDファントムに骨組織や肺を設定した場合と、全身が均質な軟組織で構成されると仮定した場合の計数効率を比較し、人体モデルにおいて骨組織や肺の組織密度を考慮する必要があるかどうかを検討した。結果より、骨組織を通常の軟組織と同じ材質(密度)と仮定することにより計数効率を若干過大評価をする可能性が、また肺を通常の軟組織と同じ材質(密度)とすることにより若干過小評価する可能性が考えられた。しかし、両者とも通常の軟組織で構成される(体全体が均質な軟組織からなる)ものと仮定した場合の計数効率(18.35±0.21%)は、骨組織、肺ともに人体に近似した場合の計数効率(18.28±0.21%)と一致していた。これより、人体モデルでは全身が均質な軟組織からなるものと仮定することが可能であることが分かった。

 人体では、線源をほとんど含まない皮下脂肪層が線源を覆っているため、その厚さによっては計数効率に影響を及ぼす可能性がある。そこで、人体モデルに線源を含まない軟組織(皮下脂肪層)を設定し、その厚さとシミュレーシュンによって求めた計数効率との関係を検討したところ、皮下脂肪層の厚さとともに計数効率が変化する傾向は見られなかった。

 これらの結果に、人体モデルの形状についての若干の検討を加えた結果、シミュレーションに用いる人体モデルとして、カリウムが全身に均一に分布し、均質な軟組織から構成される人体モデルを用いることで、EGS4によるシミュレーションによって体格に応じた計数効率を評価できると結論できた。

 第2章と第3章の結果から、シミュレーションの妥当性と用いるべき人体モデルが明らかになった。そこで第4章では、東大ヒューマンカウンターにおけるシミュレーションを用いた較正法を確立するために、身長、胸厚、肩幅などについて大小56種類の人体モデルの計数効率をシミュレーションで求め、体格指標から計数効率を求める推定式を明らかにした。3種類のエネルギー範囲の計数効率について検討したところ、いずれの場合にも身長や胸厚が大きくなるとともに計数効率が低下する傾向が観察された。重回帰分析で計数効率推定式を求めたところ、いずれのエネルギー範囲の計数効率においても、身長と胸厚によって計数効率の分散の約99%が説明された。予測の標準誤差はシミュレーションにおける統計誤差と同程度であり、推定精度が非常に高かった。また、従来のファントム法で被検者の測定値を較正した際に、体脂肪率が極端に低くなるなど、異常な値になったケースについて、シミュレーションで得られた計数効率推定式を用いて再度較正を行ったところ、より妥当な結果が得られることが確認された。

 従来のファントム法による較正では、較正用ファントムと体格が大きく異なる被検者では、較正の精度を上げる手段を持たない。一方、シミュレーションによる較正法はいかなる体格の被検者にも対応できる。本研究では、ホールボディーカウンティングの較正において、ファントム法に代わる方法として放射線シミュレーションによる較正法を検討し、精度の高い較正が可能であることと、簡便に応用できることが確認できた。

審査要旨

 ヒトの体内に存在する、天然の放射性同位元素カリウム-40が放出する線を体外で測ると、体内カリウム量や、さらに身体組成をも推定することが出来る。線の測定はホールボディ・カウンター(ヒューマン・カウンター)により行われる。カリウムの体内量は、既知量のカリウムを含む人体模型(ファントム)で較正して得られる。人体とファントムとの体格の差は、ヒューマン・カウンターでの線の計数効率の差となり、カリウム量の誤差の原因となる。そこで人体と同じ体格のファントムを使ったときに得られる計数効率をシミュレーションで求め、どんな体格の人のカリウム量でも正確に推定出来るようにするのが、本論文の目的である。

 既に確立されているモンテカルロ・シミュレーション・コードEGS4を用い、東大原子力センターのヒューマン・カウンターで実験を行った。以下に主な結果を示す。

 標準線源のエネルギー・スペクトルをヒューマン・カウンターによる実測(以下実測と略す)とシミュレーションで比較したところ、両者のスペクトルがほぼ一致した。次に大小5サイズのファントムを用い、実測とシミュレーションによる計数効率を比較した。装置の一部の劣化により、線がシンチレーターで光のエネルギーに変換された後の、効率の低下を考慮に入れれば、高い精度で計数効率が求められることが証明された。

 臓器・組織別に本来あるべきカリウム分布を設定した場合と、全身にカリウムが均一に分布していると仮定した場合とで、計数効率を比較すると、両者は近似しており、均一分布を仮定できることが分かった。さらに人体は、カリウムを含まない皮下脂肪で覆われているが、ここにもカリウムの均一分布を仮定しても、結果は変わらなかった。

 計数効率を目的変数、身体計測項目を説明変数として重回帰分析を行った。説明変数に身長と胸厚をとると、0.99という高い重回帰係数が得られ、体の長軸の長さと厚さ(矢状経)の影響が大きいことが示された。やせ型の人では、カリウムが過大評価され、脂肪量が過小評価されがちであったが、このような例で身長と胸厚を用いてカリウムを推定したところ、良い結果が得られ、実用上十分に役に立つことが証明された。ファントムでは必ずしも体格を考慮した計数効率は得られなかったのに対し、シミュレーションの技術を駆使して、性、年齢を問わずにどんな体格の人でも、これを初めて可能とした。

 従って本論文は身体組成の研究に寄与し、教育健康学の今後の発展に貢献するものと認められ、博士(教育学)の学位論文に十分値するものであると判断された。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54429