学位論文要旨



No 110866
著者(漢字) 小林,武則
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,タケノリ
標題(和) ニューラルネットワークを用いた適応型発電機制御による電力系統の安定化
標題(洋)
報告番号 110866
報告番号 甲10866
学位授与日 1995.02.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3287号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 教授 茅,陽一
 東京大学 教授 河野,照哉
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
内容要旨

 電力系統の安定度には,発電機制御系の性能が大きく影響してくることが知られているため,古典制御理論に基づく調速機(GOV),自動電圧調整装置(AVR),系統安定化装置(PSS)などがすでに発電機に導入されている。しかしこれらの制御系は,本来非線形である電力系統を線形化したモデルに対して設計されるため,設計者が想定していない運用状態や動揺モードに対しては必ずしも十分な効果が得られないといった問題がある。そのため,従来の発電機制御系の能力向上を目的とした様々な検討が意欲的に行なわれており,例えば,現代制御理論や適応制御理論,あるいはファジィ制御理論の適用などが検討されている。

 そして近年,並列処理能力,学習能力,非線形特性などから注目を集めているニューラルネットワークを,発電機の安定化制御に適用した研究も報告されるようになってきた。これらの研究は,既存制御系の動作パターンや設定パラメータをニューラルネットワークに学習させることで,よりロバストで適応的な制御性能をニューロコントローラに獲得させようとする試みといえる。しかしこれら従来の検討では,基本的にはニューラルネットワークのオフライン学習に基づいて制御系が設計されているため,未学習の系統運用状態に対する適応制御性能に関する検討が十分になされていない。また,いずれも一機無限大母線系統を適用対象とするに留まっており,現実的な観点からニューラルネットワークの発電機制御への適用可能性を評価するためにも,多機系統への適用を指向した研究が強く望まれている。

 以上のような背景から本論文では,大規模電力系統の安定度をよりフレキシブルな形で向上させることを目的とした,ニューラルネットワークを用いた適応型発電機制御手法を提案し,その系統安定化効果について論じる。具体的には,AVR,GOV等の従来発電機制御系に対する補助制御信号の生成機構をニューラルネットワークを用いて構築し,ニューラルネットワークの有用な諸特性を従来制御系に付加することにより,従来発電機制御系の性能の高度化を目指す。

 本論文で提案する適応型発電機ニューロ制御系の概念図を図1に示す。適応型発電機ニューロ制御系においては,特にニューラルネットワークを用いて構成される従来制御系への補助制御信号生成機構を,適応型ニューロ制御系(Adaptive Neuro-Control System:ANCS)と呼んでいる。ニューラルネットワークを発電機制御に適用するにあたって,特に以下の点に留意した検討を行なっている。

図1:適応型発電機ニューロ制御系

 (i)電力系統の運用状態や構成の変化に対して,適応的に動作する発電機制御系をニューラルネットワークを用いて構築すること。

 (ii)制御系を構成するニューラルネットワークの学習/更新をオンラインで実現すること。

 (iii)ニューラルネットワークの諸特性,特に並列情報処理能力,適応学習能力,非線形特性を有効に活用すること。またその効果をできるかぎり明示的に示すこと。

 (iv)多機系統への適用を行なうことにより,提案する制御手法の現実的な有用性を示すこと。

 以下に,提案する適応型発電機ニューロ制御系の系統安定化効果および諸特性を,計算機上でのディジタルシミュレーションを通じて詳細に検討し,その有効性を示した結果についての概略を述べる。

 本論文では,まずはじめに,提案するANCSの構成法とそのオンライン制御アルゴリズムを提示した。ここでは全状態量が観測可能であると仮定した場合の全状態フィードバック型ANCSと,一部の観測量のみを用いて制御を行なう出力フィードバック型ANCSの2通りを示した。これらのANCSを用いて構成される適応型発電機ニューロ制御系は,次のような特徴を有している。

 (i)ANCSは,制御器と同定器それぞれに対応する2つの3層フィードフォワード型ニューラルネットワークによって構成されており,全体として多変数による非線形発電機制御の実現を可能にする。

 (ii)系統の運用状態や構成の変化に対して,その過渡動揺をより抑制するように2つのニューラルネットワークの内部結合荷重をオンラインで更新し,適応的な制御特性を示す。

 (iii)各ニューラルネットワークの内部結合荷重の更新は,それぞれに対する評価指標の値を減じるように行なわれる。ニューロ同定器に対しては系統動特性の予測同定誤差を表す評価指標が,ニューロ制御器に対しては系統状態の定常値からの変動度合を表す評価指標が用いられている。

 (iv)PSSのように,AVRやGOV等の従来制御系を残した上でそれらの制御性能をさらに向上させることが可能なため,実用性が高い。また万一ANCS自体に何らかの問題が発生した場合でも,ANCSの動作をロックすることだけで従来通りの制御系に復帰することができる。

 次に,適応型発電機ニューロ制御系を用いた電力系統安定化制御の具体的かつ基本的な例題として,まず,一機無限大母線系統の発電機励磁制御への適用検討を行なった。そしてANCSを用いてオンライン制御シミュレーションを行なった結果,全状態フィードバック型および出力フィードバック型のいずれの制御方式においても,ANCSが一機無限大母線系統のダンピング特性を著しく向上させることを示した。

 さらにANCSと最適レギュレータ(LOR)の比較についても検討を行なった結果,ANCSでは全時間を通しての最適性は達成されないものの,ダンピングの向上という点からは,LORよりも優れた適応制御性能を有することが示された。

 しかしながらANCSは,過渡安定極限電力については10%程度の向上能力しか示さず,第1波抑制という点での制御効果はほとんど示さない。そのためANCSは,第1波で脱調してしまうようなきわめて厳しい事故に対してはほとんど機能せず,第2波以降のダンピングの向上を主たる制御目的として使用すべきであることが確認されている。また,本論文では理想的な状況を考えて,事故継続中はANCSの動作をロックしているが,事故継続中もロックしない場合には系統のダンピングに若干の劣化が生じることも確認されている。

 本論文で提案しているANCSでは,異なる系統運用状態や異なる事故外乱に対しても,制御系を構成するニューラルネットワークがその内部荷重結合を変化させることにより,適応的に制御動作が行なわれる。すなわちANCSは制御系全体として,一種の非線形セルフチューニングレギュレータ(STR)のように機能すると考えることができる。そこで,電力系統の線形1次同定モデルに基づくSTRを設計し,一機無限大母線系統における発電機励磁制御への適用を通じて,ANCSとの安定度向上性能に関する比較・検討を行なった。その結果,線形モデルに基づくSTRに比べて,非線形特性を有するニューラルネットワークを利用したANCSが,適応的かつ効果的に電力系統のダンピングを向上させることが示された。

 さらに本論文では,適応型発電機ニューロ制御系を,一機無限大母線系統の場合とほぼ同様の出力フィードバック方式によって,多機系統の安定化制御へと適用を試みた。

 まず,実際の適用検討に先だって,ANCSを多機系統に適用する場合に重要になると思われる検討事項を整理することにより,以下の検討における指針を示した。そして4機串型系統を例題系統に用いて,種々のディジタルシミュレーションを通じた検討を行なった。その結果,適応型発電機ニューロ制御系は,多機系統においても一機無限大母線系統の場合と同様に,有効なダンピング向上効果を示すことを確認した。この多機系統におけるANCSの適用検討から,以下の結果を得た。

 (i)ニューラルネットワークの並列情報処理能力を利用した,ANCSによる励磁/ガバナ系同時補償制御方式が,多機系統の電力動揺抑制には非常に効果的である。

 (ii)ANCSを複数の発電機に設置することにより,分散型の多機系統安定化制御が実現され,ANCS設置発電機数を増やすことで系統全体としてのダンピングもいっそう向上できる。

 (iii)多機系統においては特に問題になると思われる運用状態や系統構成の大幅な変更に対しても,ANCSが適応的に動作し有効な制御効果を示す。

審査要旨

 本論文は、「ニューラルネットワークを用いた適応型発電機制御による電力系統の安定化」と題し、7章より成る。

 第1章は「序論」で本研究の目的とその背景について述べている。すなわち、近年、電力系統においては、電源の遠隔化、偏在化、それに伴う送電網の連系強化、重潮流化が進んでおり、既存の発送電設備の能力を様々な新技術を導入することによって一層高度化し、供給信頼度を維持することが求められている。そのために、広範囲の運用状態や様々な系統事故に柔軟に対応できる発電機制御系についての様々な検討が行われてきていることを紹介し、本論文では非線形特性、学習能力、並列処理能力を持つことから最近注目を集めているニューラルネットワーク(以下、NNと表す)を応用した適応型発電機制御系を提案し、過渡・中間領域安定度向上の観点から計算機シミュレーションを通じて検討を行ったことを述べている。

 第2章は「ニューラルネットワークの基礎」と題し、NNについてのこれまでの一般的な研究の流れと電力系統への応用の動向を概観し、NNのモデル及び本論文で扱う階層型NNの学習アルゴリズムであるバックプロパゲーション法(誤差逆伝搬法)について簡単に解説している。

 第3章は「適応型発電機ニューロ制御系」と題し、階層型NNを用いた適応型発電機ニューロ制御系(以下、ANCSと表す)を提案し詳細な検討を行っている。このANCSは、電力系統の動特性を模擬するニューロ同定器とその内部情報を用いて発電機自動電圧調整装置(以下、AVRと表す)や調速機への制御補助信号を生成するニューロ制御器の2つの3層フィードフォワード型NNによって構成される。そして、フィードバックする観測変数の違いから区別される全状態フィードバック型と出力フィードバック型について述べ、系統の運用状態や構成の変化に対応して事故後の過渡動揺をより抑制するように2つのNN内部のニューロン間結合荷重をオンラインで更新するアルゴリズムを提案している。

 第4章は「一機無限大母線系統の安定化制御への適用」と題し、前章で提案したANCSを一機無限大母線系統の発電機AVRに適用し、系統安定化効果及びその基本的な制御特性を計算機シミュレーションにより検討している。まず、ANCSを構成する2つのNNの詳細な構成とオンライン制御を行うためのNNのプリチューニング方法を示し、次にオンライン制御シミュレーションにより、全状態フィードバック型及び出力フィードバック型ANCSの何れも、異なる系統運用状態や系統事故に対しても良好な適応制御効果を示すことを明らかにしている。また、最適レギュレータとの比較検討も行い、ANCSは第1波動揺の抑制にはほとんど効果を示さないが、第2波動揺以降のダンピング向上の点からは最適レギュレータよりも優れた制御性能を示すことを確認している。

 第5章は「セルフチューニングレギュレータとの安定度向上性能の比較」と題し、ANCSの制御性能について、適応制御方式の一つでANCSと類似の制御系構成をとるセルフチューニングレギュレータ(以下、STRと表す)と比較検討を行っている。まず、電力系統の線形1次同定モデルを用いてANCSと同等の評価指標を有するオンライン逐次推定型STRを設計する手法について述べ、このSTRと全状態フィードバック型ANCSを前章で用いた一機無限大母線系統の発電機AVRへ適用している。その結果、線形モデルに基づいたSTRに比べて、非線形特性を有するNNを用いたANCSが適応的にかつ効果的に事故動揺のダンピングを向上させ得ることを明らかにしている。

 第6章は「多機系統の安定化制御への適用」と題し、出力フィードバック型ANCSを4機串型系統へ適用し、その制御性能について詳細な検討を行っている。まず、これまで検討を行ってきた発電機AVR補償制御方式に加えて、調速機にもANCSの制御補助信号を与えて制御を行うAVR/調速機同時補償制御方式についても検討を行い、多機系統では後者の方が非常に効果的であることを明らかにしている。以下の解析では、ANCSはこのAVR/調速機同時補償制御方式をとることにしている。次に、ANCSを複数の発電機に個別に設置しローカル観測量をフィードバックすることによって、分散型の多機系統安定化制御が実現でき、ANCS設置発電機数を増やすことで系統全体のダンピングを一層向上できることを示している。さらに、多機系統において特に問題になるであろう運用状態や、串型からループ型へという系統構成の大幅な変更に対しても、ANCSが有効な適応制御効果を示すことも確認している。

 第7章は、「結論」で、本研究で得られた知見をまとめている。

 以上を要するに、本論文は制御機能の高度化により供給信頼度を維持することが必要となる将来の電力系統に対して、ニューラルネットワークを用いた適応型発電機制御系を提案し、オンラインでニューラルネットワークの内部結合荷重を更新することで、広範囲の系統運用状態での、異なる動揺モードをもつ様々な系統事故に対する系統動揺の安定化に有効となることをシミュレーションにより明らかにしたもので、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって、著者は東京大学大学院工学系研究科における博士の学位論文審査に合格したものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1810