学位論文要旨



No 110867
著者(漢字) 松山,達
著者(英字)
著者(カナ) マツヤマ,タツシ
標題(和) 粒子の衝突帯電機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 110867
報告番号 甲10867
学位授与日 1995.02.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3288号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 講師 大島,義人
内容要旨

 摩擦や衝突に起因する粉体の帯電メカニズムの解明は,乾式粉体プロセスに於ける各種トラブルの解決に際して重要であるばかりでなく,電子写真技術や静電塗装技術に代表されるような,静電気力を粉体粒子の制御に利用する技術に於いても,制御の精密化の観点から重要な意味を有する課題である。

 粉体の帯電性に関する研究では,多くの場合,測定されるのは,粒子の集合体としての粉体の帯電量である。即ち,多くの粒子の帯電電荷の合計が粉体の帯電量として測定されることになり,この為必然的に,粒子個別の帯電挙動を把握することが困難で,主としてこの点を原因として,議論が現象論的な段階に留まらざるを得ない研究例が少なくない。こうした事情に鑑みて,粒子の衝突に伴う静電気の発生現象に関する基礎的な研究にあたっては,個別粒子の帯電挙動を把握することが肝要となると考えられる。

 上記の観点に立脚して,粒子個別の帯電挙動を把握するために,直径3mm程度の粒子をモデル試料として,これらを一個ずつ金属板へ衝突させ,この際に生じる電荷を実測する実験を行った。これを衝突帯電実験と呼ぶ。本研究は,この衝突帯電実験を通じて,個別粒子の衝突帯電挙動を直接測定し,この実験結果に基づいて,粉体・粒子状物質の衝突帯電機構を基礎的に解明しようとしたものである。以下に,各章の概要と成果を纏める。

 第1章では,本研究の背景及び本研究に関連する既往の研究を概観し,本論文の位置付けと構成について述べた。

 第2章では,本研究の基礎となる衝突帯電実験について,その方法を示し,典型的に得られる実験結果を観ながら,本論文を通じて用いられる幾つかの用語を定義し,本研究の論点を確認した。本実験法では,直径3mm程度の高分子製球形粒子粒子を,空気銃から一個ずつ打ち出して金属板ターゲットへ衝突させ,この際に生じる電荷の移動量(これを衝突帯電量と定義する)を測定した。この時,粒子が衝突前に既に持っている電荷(これを初期帯電量と呼ぶ)の役割が重要になる。これを,ターゲットに前置した二重円筒型のFaraday-cageで測定した。この,初期帯電量と衝突帯電量の関係を,個別粒子毎に観測することが,個別粒子の帯電挙動把握にあたって重要な点になる。一組の実験では,衝突速度,衝突角度を一定に保って,さまざまな初期帯電量に対して衝突帯電量を測定する。この結果,衝突帯電量は初期帯電量に対して直線的な関数となること,及び,衝突帯電量がゼロとなる時の初期帯電量(平衡帯電量)は衝突速度,角度などの衝突条件によらないことが示された。また,一個粒子の,一回の衝突による衝突帯電量は,衝突変形によって形成される接触面積で一義的に整理可能であるとする従来の研究報告に反して,同じ接触面積を与える衝突条件でも,衝突角度によって衝突帯電量が異なる領域が存在することが実験的に示された。これらから,粒子の衝突帯電機構の基礎的解明にあたっては,(1)平衡帯電量が決定される機構,(2),衝突帯電量が初期帯電量に対して直線的に依存する機構,(3)衝突角度依存性が発生する機構,を明らかにすることが,本研究の課題となることが示された。

 第3章では,平衡帯電量の,金属板,粒子物質の組み合わせに対する依存性を調べ,平衡帯電量の値が金属板の仕事関数の値には依存せず,粒子の材料毎に決まっていることを明らかにした。この結果は,接触時に生じる電荷移動過程のみによって粒子の衝突帯電量が決定されるとする,従来用いられてきた帯電モデルからは説明できない。そこで,従来の帯電モデルの問題点を検討し,接触面分離時の気中放電に伴う電荷緩和過程を考慮する必要性を示し,新しい衝突帯電量決定機構の概念を示した。

 上で示された新しい衝突帯電機構の検討にあたっては,金属板近傍での粒子表面の電位分布を厳密に考慮する必要がある。このために,第4章では,導体壁近傍に置かれた,一様に,及び接触部分だけが部分的に帯電した誘電体,また,さらに,この粒子に外部から電場が印加されている系について,この誘電体周りの電位分布に対する厳密解を与える方法を示した。

 第5章では,第3章で提案した,放電緩和を考慮する新しい衝突帯電量決定機構を,第4章で与えた粒子周り電位分布を用い,気中放電に関するパッシェンの法則を援用して放電限界を与えることで,具体的に検討した。これにより,この新しいモデルが,衝突帯電実験から得られる「平衡帯電量」の値を良く説明することを示し,「平衡帯電量」が電荷移動の駆動力に対応する「飽和」値ではなく,接触面の分離に伴って生じる放電緩和によって規定される「限界」量であることを明らかにした。これに加えて,このモデルが衝突帯電量の,初期帯電量に対する直線的な依存性を説明することを示し,放電緩和モデルの概念を確立した。また,このモデルは,放電限界特性の異なる雰囲気ガス中では,衝突帯電特性が変化することを予測する。そこで,空気に比べて絶縁限界の低いアルゴン雰囲気で衝突帯電実験を行った。この場合,放電緩和が促進される結果,空気雰囲気での衝突帯電量に比べて,帯電量が減少することが実験的に示され,また,このモデルは,この実験条件に対する平衡帯電量変化を定量的に良く予測した。加えて,放電緩和過程に於ける,粒子表面での電荷の二次元的な緩和の可能性に関する考察から,導体粒子-金属板間の衝突帯電では,電荷が完全に緩和してしまうことを指摘し,これを実験的に示した。これにより,粒子の帯電特性が,粒子表面の導電性によって決定されている可能性を示した。これらの結果をふまえて,上で示したように「平衡帯電量」が「飽和」帯電量であることを利用して,粒子の最大帯電量の粒径依存性について検討を行い,粒子の最大帯電量が粒径の1.5乗に比例することを示した。

 第6章では,粒子の衝突-分離過程を調べるために,ピエゾ素子を利用した衝突応力測定装置を開発し,衝突応力,及び接触時間を実測した。また,煤を付着させたターゲットに残された剥離痕から接触面積を実測した。これらの結果は,高分子粒子の衝突変形過程については弾性変形理論の範囲で議論可能なことを示し,次章での衝突帯電の一般理論の検討を行うための,粒子変形に関する基礎データを得た。

 第7章では,第6章で得た粒子変形に関するデータと第2章で得た衝突帯電データとを利用して,第5章で得た衝突帯電直線の理論値と測定値の比較検討を行った。この結果,実測される衝突帯電量は,衝突速度,衝突角度の増加に伴って,放電緩和モデルが要請する理論値へ飽和していくことが示された。帯電効率を,衝突帯電量の理論値に対する比で定義すると,飽和値は帯電効率で110〜120%程度の間に収まった。また,帯電効率の増加は,粒子が接触時に金属板上を滑る長さで統一的に整理されることを明らかにし,衝突帯電の角度依存性を接触時の滑り距離で評価すれば良いことを示した。

 第8章では,空気輸送などに於いて,衝突粒子の背後に存在する帯電した粒子雲が衝突帯電へ影響を与えるようなケースを想定し,外部から電場を印加した系で接触帯電実験を行った。衝突帯電直線は外部印加電場に対応して平行に移動することを実験的に示した。また,印加電場の影響は粒子表面の電位分布を変化させることによって現れ,これが,第5章で示した放電緩和モデルで良く説明されることを示した。

 最後に,第9章では,繰り返し衝突に於ける,初期帯電の非一様性の影響を検討するために,複数のターゲットに粒子を連続的に衝突させ,この衝突帯電量を独立に測定する実験を通じて,粒子の連続的衝突に於ける帯電過程について検討し,初期帯電の電荷分布が衝突帯電量のバラツキに与える影響を放電緩和モデルに基づいて明らかにした。この検討に基づき,各回の衝突による帯電電荷の,粒子上での分布を考慮するシミュレーションによって,粒子の連続的な衝突過程に於ける帯電電荷の蓄積過程を追跡し,粒子表面上での電荷分布が衝突帯電過程に与える影響を明らかにした。

 第10章では本論文の各章の成果を纏め,今後の展望を示した。粒子の衝突・接触に伴う帯電現象に於いては,接触時に電荷が移動する,いわゆる電荷移動過程ではなく,接触面の分離時に,接触面に移動していた電荷が対向する接触面間での放電に伴って緩和する,この,緩和プロセスによって,最終的に衝突帯電量が決定されている。この帯電量決定モデルを「放電緩和モテル」と呼ぶが,本研究では,この新しいモデルを提案し,これに関する詳細な検討を行った。これらの検討を通じて,絶縁性表面からのガスの絶縁破壊=放電による電荷の放出に関する基礎的な知見が,現在の処,必ずしも十分でない点が指摘された。とりわけ,絶縁体表面のミクロな電荷分布の実測技術の問題,及び,ミクロな電荷分布からの放電による電荷放出の問題が今後重要になると考えられた。また,放電緩和に伴う粒子表面での電荷の二次元的な緩和に関する考察から,粒子表面の導電性が,粒子の帯電性を決めている可能性が指摘された。本論文の範囲では,特に絶縁性の強い高分子系粒子と,導電性の強い金属粒子を用いて,この意味では,比較的理想系に近い条件でのモデル実験を行ってきたが,特に,小粒径粒子では,こうした二次元的な電荷緩和の性質が,帯電特性を大きく左右している可能性もあり,このような新しい視点での粒子の帯電特性に関する研究の進展が,今後の課題となると考えられた。

審査要旨

 本論文は,「粒子の衝突帯電機構に関する研究」と題し,全10章よりなる。

 摩擦や衝突に起因する粉体の帯電メカニズムの解明は,乾式粉体プロセスに於ける各種トラブルの解決のみならず,電子写真に代表されるような,静電気力を利用する粒子制御技術の精密化に於いても重要な課題である。こうした議論に際しては,粉体を構成する粒子一個一個の衝突帯電挙動を直接把握することが肝要となる,との立場から,本研究は,球形高分子粒子を一個ずつ金属板へ衝突させ,この際に生じる電荷移動量を実測する「衝突帯電実験」を基礎として,粉体粒子の衝突帯電機構の解明を目指したものである。

 第1章では,本研究の背景及び本研究に関連する既往の研究を概観し,本論文の位置付け,ならびに目的と構成について述べた。第2章では,本研究の基礎となる衝突帯電実験について,その方法を示し,典型的な実験結果を概観しながら,本論文中で用いられる幾つかの用語を定義し,本研究の論点を確認した。

 第3章では,金属板と粒子の,物質の組み合わせに対する衝突帯電特性の依存性を調べ,帯電特性が金属板の仕事関数の値には依存しないとの実験結果を得た。この結果は,接触時に生じる電荷移動によって帯電量が決定されるとする,従来用いられてきた帯電モデルでは説明できない。そこで,従来モデルの問題点を検討し,接触面分離時に生ずるであろう気中放電に因る電荷緩和過程を考慮する必要性を示し,新しい衝突帯電量決定機構の概念を示した。この新しいモデルを「放電緩和モデル」と呼ぶ。

 本モデルの検討にあたっては,導体壁近傍に置かれた,帯電した誘電体粒子表面の電位分布を考慮する必要がある。そこで,この問題に対する厳密解を第4章で得た。

 第5章では,第4章の計算結果に基づいて計算される,放電緩和モデルが与える理論値が,衝突帯電実験の結果と定量的に良く一致することを示し,放電緩和モデルの有効性を示した。

 こうした,緩和過程を含めた電荷の移動機構の議論に対して,衝突帯電量を支配するもう一方の要因は,移動の規模,即ち,粒子の変形に因って決定され石接触面積である。そこで,第6章では,粒子の衝突変形過程を調べるために,ピエゾ素子を利用した応力測定装置を開発し,衝突応力の時間変化を実測した。また,接触面積を実測し,粒子変形に関する基礎データを得た。

 第7章では,第6章で得た粒子変形に関するデータ,及び第2章で得た衝突帯電のデータに基づき,第5章で示した放電緩和モデルから得られる理論値と実測値との比較検討を詳細に行った。この結果,実測値は,衝突速度,衝突角度の増加に伴って,理論値へ飽和していくこと,また,この飽和過程が,接触時の粒子の滑り距離で統一的に評価できることを明らかにした。

 第8章では,外部電場が衝突帯電に与える影響を実験的に検討し,この影響もまた,放電緩和モデルで良く説明されることを示した。

 第9章では,粒子の連続的な衝突過程に於ける,電荷の蓄積過程を明らかにした。

 第10章では,本論文の各章の成果を総括した。更に,今後展開されるべき課題として,絶縁性表面からの放電による電荷の放出に関する基礎的な検討,絶縁体表面のミクロな電荷分布の実測技術の問題などが重要になるであろう点を指摘した。

 以上,本論文は,粒子の衝突・接触に伴う帯電現象に対して,「放電緩和モデル」と呼ぶ新しい帯電量決定モデルを提案し,これに関して,実験的,理論的に詳細な検討を行ったものである。本モデルの新奇性は,衝突帯電量が,接触時に電荷が移動する過程ではなく,接触面の分離時に放電に伴って電荷が緩和するプロセスによって,最終的に決定されている,とする点にある。これらの研究成果は,従来行われてきた帯電現象に関する研究に対して,全く新しい視点を切り開いたものであり,化学工学の発展に寄与するところが極めて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53836