1.申章 「日・韓両国における総合商社の生成発展と商社機能の多角的展開に関する研究」は、日本と韓国における総合商社に関する従来の研究成果を基礎に据えつつ、新たな理論や資料を使って両国の総合商社の生成、発展および現状を比較分析した研究である。これまでこのテーマに関する本格的な研究がない現状を考慮すると、本研究ははじめての本格的研究であり、しかも日韓総合商社の形成、現状および政府政策の比較研究や、日本の総合商社の三国間貿易および多角化に関する理論的、実証的分析などは新たな研究分野の開拓であり、注目に値する分析結果を提示している。また、これまでの総合商社研究がおもに経済史、経営史、経営学の分野からの研究が多かったのに対して、本研究はミクロ経済学、産業組織論、企業理論などの最新の経済理論を使って、総合商社の歴史と現状を新たな観点から分析している。さらに、日本の総合商社をモデルとして形成された韓国の総合商社の形成過程や現在の諸問題に関する本研究は、韓国における今後の総合商社に関する政府政策および企業経営に多くの示唆を提供すると同時に、総合商社を現在形成しようとしている諸国にも示唆を与えるものである。上記の意味で、本研究は総合商社に関する理論、実証、政策および経営に関する総合的研究である。 2.本論文は、次のような構成になっている。 序章 課題と方法 第1章 総合商社の概念 第2章 2大総合商社の生戚とその論理-日韓の比較(その1)- 第3章 総合商社の発展-日韓の比較(その2)- 第4章 総合商社の諸機能とその内容-日韓の比較(その3)- 第5章 近年強化・拡大されている商社機能の検討-三国間貿易を中心に- 第6章 総合商社の多角的展開とその経済効果に関する考察 終章 総括と政策提言 以下、その内容を要約、紹介する。 3.序章では、まず日・韓両国における総合商社に関する従来の研究動向をレビューしたうえで、日・韓比較研究の意義と最新の経済理論を使った商社研究の意義を指摘している。そのなかで日本では特に経済史、経営史、経営学の観点からの総合商社研究は多くの蓄積を残しているが、韓国では未だ研究が緒についたばかりであり、今後の研究が必要であることを指摘し、さらに両国ともに最近の経済学の理論を使った研究の進展の必要性を強調している。特に企業におけるリスク・シェアリング、内部組織の経済性、規模の経済性、範囲の経済性などの企業論や産業組織論の理論は総合商社研究には不可欠であるが、それらが実証研究に応用されていない現状を指摘して、総合商社分析におけるそれらの理論の応用と実証の必要性を主張している。 第1章では、まず第1節で日本と韓国における総合商社の形成過程と現状を概観して、総合商社の基本的特徴を摘出した後に、第2節で本研究の基礎となる総合商社について従来の定義とは異なった独自の定義を提示するために、従来の定義論争を整理し、第3節で自己の総合商社定義を展開している。そこでは総合商社における取引、流通、情報、金融などの多様な機能に着目すると同時に、多種多様な取扱商品と広範な地域にわたる多角的・総合的・グローバル企業としての特徴を指摘し、さらに多様な人的、物的経営資源を有機的に活用した企業としての性格を強調している。この定義は従来の経営学、経済史、経営史の研究を総合的に取り入れたうえでの、新たな定義として評価できる。 第2章では、日・韓における代表的な総合商社としての三井物産と三星物産を中心事例として、その生成・発展と総合化への歴史的過程を分析している。第1節では両社が「総合商社の原型」であるという仮説を実証することを主目的として、まず三井物産の1880年代から1930年代の商社機能の充実と多角化の歴史を概観し、同社を日本の総合商社の源流、原型と規定している。また韓国では三星物産が1938年の個人企業から出発して、1960年代の経済計画の波に乗って総合商社としての原型を形成し、1975年の総合商社制度制定に伴って総合商社第1号に指定された歴史を分析している。さらに第2節から第4節では、総合商社の生成過程を発展段階に応じて詳しく分析している。 第3章では、第1節で三井物産および三菱商事のおもに第2次大戦前および戦中期の過程、戦後占領期における解体過程、その後の再編・集中過程を関西系商社を含めて分析した後に、高度成長過程における現在の総合商社の形成・発展過程を分析している。第2節では韓国における現在の総合商社の形成過程を政府の経済計画および総合商社制度制定と関連させながら分析している。 第4章では、日・韓の総合商社の多様な商社機能を分析するために、まず商社機能を中核機能と外延的機能に分けて、各機能の役割や相互関連を理論的に整理し、中核機能について具体的に分析している。第3節では、外延的機能のうち近年の商社活動として注目されている資源開発事業と環境事業について論じている。これらの分析を通じて現在の日・韓の総合商社の特徴が分析され、後述する韓国における総合商社の今後の発展の方向が示唆されている。 第5章では、特に日本の総合商社において近年強化、拡大されている三国間貿易を分析することを課題としている。まず第1節で三国間貿易についての概念論争を紹介した後に、従来明確でなかった概念を新たに定義し、戦後の三井物産の三国間貿易の発展過程を分析している。第2節では、日本の総合商社9社の三国間貿易について戦後の歴史と取引パターン、商品別・地域別取引の実態などを分析し、経済のグローバル化を背景に今後ともこの商社機能が一層拡充すると予測されるが、さまざまな問題ももっていることを指摘し、その解決が今後の総合商社のあり方を決定すると指摘している。 第6章では、総合商社機能の複合的かつ多角的展開がもつ経済学的意義について論じている。ここではまず多角化についての産業組織論における従来の研究の紹介と総合商社研究におけるその応用の必要性を論じ、日・韓両国の2大総合商社における事業活動の多角化の歴史と現状を分析している。とくにここでは総合商社の多様な経営資源が経営、事業、業務活動においていかに生かされているかを規模の経済性や範囲の経済性の理論を基礎に据えて分析している。 終章では、全体を要約すると同時に、日・韓両国における総合商社の存在とその意義、および韓国における総合商社の政策課題について論じている。特に後者については、韓国総合商社が多様な環境・局面に対応しながら、安定した経営基盤と収益性を確保して、持続的な企業成長をとげるためには、輸出主体の商社機能だけでなく輸入、国内流通、三国間貿易、情報、金融などの諸機能を強化拡大することが不可欠であると政策提言している。 4.本論文は日・韓総合商社の歴史と現状を理論と実証の両面にわたって精力的に分析した労作であり、いくつかの章において新たな理論ないし実証結果を提示している。特に次の諸点は学問的功績として評価できる。 第1に、日・韓両国の総合商社の歴史と現状をこれほど総合的、本格的に分析した比較研究はないので、この意味でこの研究は貴重であり、今後の重要な参考文献となるであろう。 第2に、従来の総合商社に関する定義がその総合性・多角性や企業集団との関連性を強調するあまりに、総合商社の本来の機能やその内部組織や経営組織についての言及が少なかったことの欠点を指摘して、本研究は新たな総合商社についての定義を提示し、今後の総合商社の研究の基礎を提示している。 第3に、日本の総合商社の歴史に関する分析は経済史および経営史の分野において多くの蓄積があるが、韓国のそれについては研究史の歴史が浅いなかで、本研究は数少ない本格的研究の1つになっている。 第4に、おもに日本を対象とした総合商社の3国間貿易に関する研究は、これまでほとんど分析されてこなかった研究領域であり、その点への着目も優れているが、新たな資料の収集とその分析内容は本研究のなかで最も価値の高いコントリビューティブな研究である。 第5に、第6章における総合商社の多角化に関する理論的、実証的研究はなお多くの課題を残すとは言え、これも理論を基礎に据えた新たな実証研究であり、評価できる。 5.本研究は日・韓両国における総合商社の歴史と現状に関する分析において以上のような成果をあげているが、いくつかの問題ももっている。 第1に、日本の総合商社に関する歴史分析では、日本経営史研究所の研究・資料やこれを基礎とした多くの研究を凌駕する研究はほとんど困難な現状にあるが、本研究ではこれらの研究にほぼ依存しており、新たな研究資料の発掘や実証研究が提示されていないのは、経済史、経営史の専門的立場からすると、一層の努力を必要としている。 第2に、三井物産をはじめ日本の総合商社の戦後(特に高度成長以降)の歴史についても研究不足である。特に関西系商社の再編・成長とからめて財閥系2大商社の現組織の形成過程を、内部組織の分析を含めて分析することが、現在の総合商社の徹底した事業部制と多角的事業分野の経営という総合商社組織の分析において不可欠である。 第3に、第4章の総合商社における情報機能については理論的、実証的にほとんど分析されておらず、現在の商社の情報事業への進出状況が分析されているだけである。 第4に、第6章の総合商社の規模の経済性と範囲の経済性に関する実証研究は、計量分析を含めてより高度の研究が必要であって、本章における研究はいわば問題提起に終っている。特に総合商社における規模の経済性と範囲の経済性とはいったいどのようなものか、それとの関連で専門商社と総合商社の組織形態とその有利性、総合商社内部における事業部制と多角的事業形態の併存の意味と意義などを理論的分析も含めて分析を発展させる必要があろう。 第5に、本研究は日・韓両国の総合商社の歴史と現状を順をおって分析する構成になっている。それ自身は読みやすい構成であるが、総合商社の歴史と論理の分析が希薄であり、全体の分析の視点がどこにあるのかが不明確となっている。総合商社と財閥ないし企業集団との関連(特に後者の多角性と前者の総合性との関連)、時代とともに両者の結合関係が次第に希薄化するプロセスとその意味、他方で総合商社が新たな中核的、外延的な商社機能を拡大(多角化)してゆく論理など、基本的な視点に再度立ち返って総合商社分析を発展させる必要があろう。 第6に、日本の総合商社の歴史と現状の分析を通じていわば日本型総合商社のモデルを作成したうえで、それを基礎にして韓国の総合商社の歴史と現状を分析し、その政策的、経営的問題点を指摘する方法は、それ自身は歴史的プロセスを考慮すると一定の意味をもつが、日本型総合商社モデルのいかなる点が参考にされるべきなのかを商社機能やその展開過程に照して改めて分析すべきである。そのような分析が拡充されれば、総合商社を新たに形成しようとしている発展途上の国々に一層大きな示唆を与えることになろう。 6.以上のような問題を残すとはいえ、これらはいずれも筆者の今後の研鑚を通じて改善されるものと判断できる。本論文が日・韓両国の総合商社の歴史と現状について総合的に分析し、いくつかの理論、実証、政策を提示したことは学界に対する大きな貢献である。本論文により、日・韓両国の総合商社に関する研究は理論的にも実証的にも一段と前進を遂げたことは間違いない。 以上により、審査員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしい水準にあると認定した。 |