学位論文要旨



No 110880
著者(漢字) 園山,忠生
著者(英字)
著者(カナ) ソノヤマ,タダオ
標題(和) 色素性乾皮症C群細胞欠損相補因子の同定
標題(洋)
報告番号 110880
報告番号 甲10880
学位授与日 1995.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第691号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 海老塚,豊
 東京大学 助教授 榎本,武美
 東京大学 講師 久保,健雄
内容要旨

 生物はDNAに生じた損傷を修復するために様々な修復機能を備えているが、なかでもヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair=NER)は紫外線(ultraviolet rays=UV)等により誘起されたDNA損傷を取り除く上での主要な修復経路である。色素性乾皮症(xeroderma pigmentosum=XP)はUVに対し著しい感受性を呈するヒトの遺伝疾患として知られており、DNA修復能の低下が認められ、NERに異常があることが知られている。細胞融合法により遺伝的相補群の存在が示唆され、とくにバリアントを除く7種の遺伝的相補群、即ちAからGの各群はNERの初期過程、つまりDNA損傷部位の認識からこれを含む近傍にニックを入れる過程までに異常をきたしていることが示唆されている。従ってヒトには少なくとも7つの遺伝子産物がNERの初期過程に関わっているものと考えられているが、その機構の実体は未だ不明な点が多く、とくに因子そのものを蛋白質レベルから直接同定した例はなかった。

 大腸菌のNERにはUvrA、UvrBやUvrD等のDNA依存性ATPアーゼ活性、DNAヘリカーゼ活性をもつ蛋白質が関与することが知られていた。修復機構の類似性から、ヒトのNERにもDNA依存性ATPアーゼをもつ蛋白質が関与する可能性がありXPの相補群のあるものにはこの活性に変異をもつ可能性が高いと考えられた。XP各群の細胞粗抽出液等をFPLC Mono Qカラムを用い、低塩から高塩への直線濃度勾配下、DNA依存性ATPアーゼ活性を指標とした溶出パターンに於て5つのピークが認められ、低塩がら順にDNA依存性ATPアーゼQ1(DNA-dependent ATPase Q1=Q1)、Q2、Q3、Q4、Q5とした。明かに修復正常細胞由来、HeLa細胞由来のものと異にしていたのがXPのC群(XP-C)の細胞由来のものでありQ1の位置にあるべきピークがQ2の位置にずれていた。Q1、Q2をそれぞれ精製し高塩存在下に於けるATPアーゼ活性、ヘリカーゼ活性の比較解析の結果から、このずれはQ1の高塩側へのシフトにあることが当教室の柳沢により確認された。そこで本研究ではQ1が真にXP-C細胞の欠損相補因子(XP-C complementing factor=XPCC)であるかどうかを検討しXP-C細胞欠損相補因子の精製、同定を試みた。

1DNA依存性ATPアーゼQ1(DNAヘリカーゼQ1)のHeLa細胞びXP-C細胞からの精製とその性状の比較

 そこでHeLa細胞、XP-C細胞それぞれよりQ1の精製を試みた。最終精製標品は双方ともSDS-PAGE上単一バンドで73KDであった。得られた標品を用いて種々の性状解析比較、即ち種々のDNA要求性、ヌクレオチド要求性、DNAヘリカーゼ活性等についての比較検討を行ったが、両者の間には大きな差異を認めることが出来なかった。以下、修復正常細胞とXP-C細胞のQ1について検討をした。HeLa細胞由来Q1より得られたcDNAの塩基配列から得られたアミノ酸配列より合成したぺプチドを抗原としてポリクローナル抗体を得、同蛋白質量のそれぞれの核抽出液に対しWestem blot解析を行ったが、両Q1蛋白量に差を認めなかった。次に得られた抗体を用いて免疫沈降を行ったが、両Q1共に他の蛋白質との複合体形成は認められなかった。更にリン酸化量の差異の検討を試みたが、Q1自体にリン酸化を認めることが出来なかった。これらの結果から修復正常細胞とXP-C細胞各由来のQ1それ自体には顕著な差異がないものと考えられた。

2Q1のNER機構への関与の検討

 次にQ1がXPCCであるか否かの判定を無細胞DNA修復系を用いて行った。この系はManleyの細胞抽出液中に加えて反応したUV照射ミニクロモソームへのデオキシヌクレオチドの取り込み量を観測するものである。XP-C細胞抽出液にQ1を添加して反応を行ったが、修復正常の細胞抽出液中に於ける取り込みのレベルに比べて低く、そのレベルはQ1無添加で反応させたものと同程度であった。また更に、XP-C細胞にQ1をマイクロインジェクションしたが、NERの指標である不定期DNA合成(unschduled DNA synthesis=UDS)が正常なレベルにまで復さなかった。従ってQ1はXPCCではないことが確認された。また抗Q1抗体を修復正常細胞にマイクロインジェクションにより導入した処、UDSの低下は認められなかったが、無細胞DNA修復系に於て修復正常細胞抽出液に導入した処、修復活性に低下するものが認められたことよりQ1はNERと関連する可能性が示唆された。

3XP-C細胞欠損相補因子(XPCC)の精製

 そこで次にXPCCの精製を無細胞DNA修復系を用いて行った。HeLa細胞核を0.3M KClで抽出後、超遠心して得られた上清をKCl濃度のステップワイズで活性をカラム溶出した。変性DNAセルロースカラム上、高塩濃度で溶出した画分を順次Mono Qカラム、CMセルロースカラムから溶出、KCl直線濃度勾配で変性DNAセルロースに展開して最終精製標品とした。標品はSDS-PAGE上分子量125KDの単一バンドであり、その挙動は活性のピークと一致、XP-C細胞抽出液に添加して反応させると量依存的に修復活性が認められた。またXP-A細胞抽出液に加えて反応させたが活性は低く、既知のXPAC(XP-A complementing factor)を加えると正常レベルにまで復した。またXP-C細胞抽出液にXPAC、当該蛋白質を加えると後者のみNER活性が回復された。ここで確かにXPCCが精製されたものと考えられた。

4総括

 ヒトNERに関与するXPCCの精製に成功した。これはヒトNER因子を蛋白質の側から同定した最初の例であり、無細胞修復系による因子の検索の有効性が示された。今後DNAの認識や蛋白質間の相互作用に関する新しい情報が得られ、ヒトNERの全容が解明されることが期待される。修復正常細胞粗抽出液とXP-C細胞粗抽出液中のQ1はmono Qカラム溶出パターン上、ずれを生じたが、Q1自体はXPCCでないものの、NERには関連性があることが示唆された。

審査要旨

 生物はDNAに生じた損傷を修復する様々な修復機構を備えている。なかでもヌクレオチド除去修復は紫外線や様々なDNA傷害物質により誘起されたDNAの損傷を取り除く主要な修復系である。色素性乾皮症(xeroderma pigmentosum,XP)は紫外線に高感受性を示し皮膚癌を多発するヒトの遺伝性疾患で、ヌクレオチド除去修復に欠陥があることが知られている。XPは7つの遺伝的相補性群に分類され、少なくとも7つの遺伝子産物がヌクレオチド除去修復に関与するものと考えられるが、その実体は知られていなかった。本研究は、調べたXP-C群の全ての細胞でDNA依存性ATPaseの一つであるQ1のFPLC Mono Qカラムからの溶出位置が異なるという観察に基づき、Q1をXP-C群の細胞とHeLa細胞から精製して性状解析をおこない、Q1が真にXP-C細胞の欠損因子であるかどうかを検討するとともに、XP-C細胞欠損相補因子の精製・同定を試みたものである。

1.DNA依存性ATPase Q1(DNAへリカーゼQ1)のXP-C細胞及びHeLa細胞からの精製とその性状の比較

 XP-C細胞及びHeLa細胞の核抽出液を出発材料にしてDNA依存性ATPase Q1を精製した。両細胞からの最終精製標品はともにSDS-PAGE上で73kDの単一バンドであった。この精製標品をもちいて両細胞のQ1のDNA依存性ATPase活性、DNAヘリカーゼ活性のDNA要求性、ヌクレオチド要求性、塩感受性、温度感受性等種々の性質を比較検討し、精製したQ1そのものの性状は両細胞で大きな差異がないことを明らかにした。また、C末端近傍のアミノ酸配列に対応する合成ペプチドを用いてポリクローナル抗体を作製し、この抗体を用いて粗抽出中のQ1を免疫沈降してQ1の他の蛋白質との複合体形成の違いを検討したが、両細胞で違いは認められなかった。さらに、Q1のリン酸化の差異を検討し、Q1のリン酸化には差がなくどちらの細胞でもリン酸化されていないことを明らかにした。

2.Q1のヌクレオチド除去修復機構への関与の検討

 Q1が真にXP-C細胞の欠損蛋白質であるかどうかを明らかにするために精製したQ1やQ1の抗体を用いて、マイクロインジェクションとcell-freeのDNA修復系で解析した。XP-C細胞にHeLa細胞から精製したQ1をマイクロインジェクションしたが、DNAの修復合成は正常レベルに戻ることはなかった。また、修復の正常な細胞に抗Q1抗体をマイクロインジェクションしても修復の低下は認められなかった。さらに、XP-C細胞の抽出液を含むcell-freeのDNA修復系にHeLa細胞から精製したQ1を添加してもDNAの修復合成の回復は観察されず、HeLa細胞の核抽出液のQ1を含まない画分を添加すると修復合成が回復したことから、Q1そのものがXP-C細胞の欠損蛋白質ではないことが示された。

3.XP-C細胞欠損相補因子の精製

 Q1以外にXP-C細胞のDNA修復の欠損を相補する因子があることが明らかになったので、XP-C細胞の抽出液を含むcell-freeのDNA修復系をもちいて修復能の回復を指標にして、HeLa細胞の核抽出液からXP-C細胞のDNA修復の欠損を相補する因子の精製を試みた。精製標品はSDS-PAGE上で125kDの単一バンドの蛋白質を含み、精製の最終カラムでのこの蛋白質の挙動と活性のピークとが一致していた。この蛋白質をXP-C細胞の抽出液を含むcell-freeのDNA修復系に添加するとその量に依存して修復能が回復し、一方、XP-A細胞の抽出液を含む修復系に添加しても修復能は回復せず、修復能が正常なHeLa細胞の抽出液を含む修復系に添加した場合には何の影響も観察されなかった。したがって精製された蛋白質はXP-C細胞の欠損を特異的に相補する蛋白質と考えられる。

 本研究はXP-C細胞でQ1が変化しているという観察に基づき、Q1のヌクレオチド除去修復への関与の可能性を検討し、その過程でXP-C細胞のDNA修復能の欠損を相補する蛋白質の精製に初めて成功したものである。これは、cell-freeのDNA修復系をもちいてヒトの細胞のヌクレオチド除去修復に関与する蛋白質が精製された最初の例である。この研究の延長でこの蛋白質をコードするcDNAが単離され、遺伝子の側からもこの蛋白質がXP-C細胞で欠損している蛋白質であることが明らかにされた。以上を要するに、本研究はヒトの細胞のヌクレオチド除去修復機構の解析に大きな進展をもたらし、癌細胞生物学の研究の進展に寄与するものであり、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

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