生物はDNAに生じた損傷を修復するために様々な修復機能を備えているが、なかでもヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair=NER)は紫外線(ultraviolet rays=UV)等により誘起されたDNA損傷を取り除く上での主要な修復経路である。色素性乾皮症(xeroderma pigmentosum=XP)はUVに対し著しい感受性を呈するヒトの遺伝疾患として知られており、DNA修復能の低下が認められ、NERに異常があることが知られている。細胞融合法により遺伝的相補群の存在が示唆され、とくにバリアントを除く7種の遺伝的相補群、即ちAからGの各群はNERの初期過程、つまりDNA損傷部位の認識からこれを含む近傍にニックを入れる過程までに異常をきたしていることが示唆されている。従ってヒトには少なくとも7つの遺伝子産物がNERの初期過程に関わっているものと考えられているが、その機構の実体は未だ不明な点が多く、とくに因子そのものを蛋白質レベルから直接同定した例はなかった。 大腸菌のNERにはUvrA、UvrBやUvrD等のDNA依存性ATPアーゼ活性、DNAヘリカーゼ活性をもつ蛋白質が関与することが知られていた。修復機構の類似性から、ヒトのNERにもDNA依存性ATPアーゼをもつ蛋白質が関与する可能性がありXPの相補群のあるものにはこの活性に変異をもつ可能性が高いと考えられた。XP各群の細胞粗抽出液等をFPLC Mono Qカラムを用い、低塩から高塩への直線濃度勾配下、DNA依存性ATPアーゼ活性を指標とした溶出パターンに於て5つのピークが認められ、低塩がら順にDNA依存性ATPアーゼQ1(DNA-dependent ATPase Q1=Q1)、Q2、Q3、Q4、Q5とした。明かに修復正常細胞由来、HeLa細胞由来のものと異にしていたのがXPのC群(XP-C)の細胞由来のものでありQ1の位置にあるべきピークがQ2の位置にずれていた。Q1、Q2をそれぞれ精製し高塩存在下に於けるATPアーゼ活性、ヘリカーゼ活性の比較解析の結果から、このずれはQ1の高塩側へのシフトにあることが当教室の柳沢により確認された。そこで本研究ではQ1が真にXP-C細胞の欠損相補因子(XP-C complementing factor=XPCC)であるかどうかを検討しXP-C細胞欠損相補因子の精製、同定を試みた。 1DNA依存性ATPアーゼQ1(DNAヘリカーゼQ1)のHeLa細胞びXP-C細胞からの精製とその性状の比較 そこでHeLa細胞、XP-C細胞それぞれよりQ1の精製を試みた。最終精製標品は双方ともSDS-PAGE上単一バンドで73KDであった。得られた標品を用いて種々の性状解析比較、即ち種々のDNA要求性、ヌクレオチド要求性、DNAヘリカーゼ活性等についての比較検討を行ったが、両者の間には大きな差異を認めることが出来なかった。以下、修復正常細胞とXP-C細胞のQ1について検討をした。HeLa細胞由来Q1より得られたcDNAの塩基配列から得られたアミノ酸配列より合成したぺプチドを抗原としてポリクローナル抗体を得、同蛋白質量のそれぞれの核抽出液に対しWestem blot解析を行ったが、両Q1蛋白量に差を認めなかった。次に得られた抗体を用いて免疫沈降を行ったが、両Q1共に他の蛋白質との複合体形成は認められなかった。更にリン酸化量の差異の検討を試みたが、Q1自体にリン酸化を認めることが出来なかった。これらの結果から修復正常細胞とXP-C細胞各由来のQ1それ自体には顕著な差異がないものと考えられた。 2Q1のNER機構への関与の検討 次にQ1がXPCCであるか否かの判定を無細胞DNA修復系を用いて行った。この系はManleyの細胞抽出液中に加えて反応したUV照射ミニクロモソームへのデオキシヌクレオチドの取り込み量を観測するものである。XP-C細胞抽出液にQ1を添加して反応を行ったが、修復正常の細胞抽出液中に於ける取り込みのレベルに比べて低く、そのレベルはQ1無添加で反応させたものと同程度であった。また更に、XP-C細胞にQ1をマイクロインジェクションしたが、NERの指標である不定期DNA合成(unschduled DNA synthesis=UDS)が正常なレベルにまで復さなかった。従ってQ1はXPCCではないことが確認された。また抗Q1抗体を修復正常細胞にマイクロインジェクションにより導入した処、UDSの低下は認められなかったが、無細胞DNA修復系に於て修復正常細胞抽出液に導入した処、修復活性に低下するものが認められたことよりQ1はNERと関連する可能性が示唆された。 3XP-C細胞欠損相補因子(XPCC)の精製 そこで次にXPCCの精製を無細胞DNA修復系を用いて行った。HeLa細胞核を0.3M KClで抽出後、超遠心して得られた上清をKCl濃度のステップワイズで活性をカラム溶出した。変性DNAセルロースカラム上、高塩濃度で溶出した画分を順次Mono Qカラム、CMセルロースカラムから溶出、KCl直線濃度勾配で変性DNAセルロースに展開して最終精製標品とした。標品はSDS-PAGE上分子量125KDの単一バンドであり、その挙動は活性のピークと一致、XP-C細胞抽出液に添加して反応させると量依存的に修復活性が認められた。またXP-A細胞抽出液に加えて反応させたが活性は低く、既知のXPAC(XP-A complementing factor)を加えると正常レベルにまで復した。またXP-C細胞抽出液にXPAC、当該蛋白質を加えると後者のみNER活性が回復された。ここで確かにXPCCが精製されたものと考えられた。 4総括 ヒトNERに関与するXPCCの精製に成功した。これはヒトNER因子を蛋白質の側から同定した最初の例であり、無細胞修復系による因子の検索の有効性が示された。今後DNAの認識や蛋白質間の相互作用に関する新しい情報が得られ、ヒトNERの全容が解明されることが期待される。修復正常細胞粗抽出液とXP-C細胞粗抽出液中のQ1はmono Qカラム溶出パターン上、ずれを生じたが、Q1自体はXPCCでないものの、NERには関連性があることが示唆された。 |