本論文は、新たに開発した分光測光器(PSP1)を宇宙科学研究所(相模原)の赤外線モニター装置(口径1.3m)に搭載して、多数のTタウリ型星の近赤外域分光測光観測を行い、解析した結果、最終的に水蒸気の発見に至ったものである。 提出論文の要旨と意義についての審査評価の結果を以下に述べる。 PSP1は通常の分光器とは異なって、瞳像を分光する方式を採っており、分光における測光精度の向上を計っている。申請者はこの装置の開発に初期の段階から参加して、主に電子回路系の一部と光学調整を担当した。 1990年と91年の冬期2シーズンにわたって、上記赤外線モニター装置に搭載して、おうし座からぎょしゃ座にわたるTタウリ型星52個の分光測光観測を行った。観測された波長域は0.2〜2.5m、波長分解能は0.1mである。瞳分光方式と同時に広波長域をカバーすることによって、比類ないスペクトルエネルギー分布:SED(Spectral Energy Distribution)を得ることができた。この利点によって、大気による水蒸気吸収によって阻まれていると考えられてきた天体からの波長1.4mと1.9mの水蒸気吸収を系統的に調べることが初めて可能になった。 本論文の主要な部分はTタウリ型星の観測とその結果の考察である。Tタウリ型星52個を観測して、このうちの半数以上の天体について水蒸気による吸収帯を検出した。また、比較のために同じ装置PSP1を使って、35個の主系列矮星について同様の測定を行い、これら2種類の天体のSEDを比較して、Tタウリ型星のSEDを中心星光球とディスクとの2成分に分解した。ディスク成分のH2Oインデックスを求めて、ディスクにも水蒸気吸収が存在することを示した。この水蒸気量と、Tタウリ型星を特徴づける様々なパラメータ(スペクトル型、ディスク温度、H輝線強度、ルミノシティ、変光、赤外超過)とを比較した結果、赤外超過k以外には相関は見られなかった。赤外超過kとの逆相関はダストからの熱放射によるものとして、水蒸気吸収が希釈された見かけ上のことにすぎないと解釈している。 水蒸気の起源に関して、三つの可能性:1)ディスク面上に定常的に存在する、2)Tタウリ型星の活動に伴う一時的な発生、3)FUオリオニスフレアの名残、について具体的に論証して問題点を指摘しているが、結論を導くまでには至っていない。これらの議論を踏まえて、申請者はさらに一歩踏み込んで、これまで暗黙に仮定されてきた若い星生成期における光球のハーバードスペクトル分類の適用が妥当かどうかという基本的な問題を提示して、それに関する今後の証明の方法を提示している。 これらの仕事は共同研究者とともに行われたものである。装置開発においては計画全体の25%程度を分担した。観測およびデータ解析とその解釈においては、申請者がほとんど独力で行ったものである。 審査会における発表もよく整理されていて全体の流れが分かりやすく、また、その後の質疑においても的確な応答であった。よって、申請者は博士(理学)の学位を受けるにふさわしいものと認め、審査員全員により合格と判定した。 |