学位論文要旨



No 110888
著者(漢字) 斯波,尚志
著者(英字)
著者(カナ) シバ,ヒサシ
標題(和) 16素子プリズム分光器(PSP1)の製作とTタウリ型星の観測
標題(洋)
報告番号 110888
報告番号 甲10888
学位授与日 1995.03.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2841号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 辻,隆
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 名古屋大学 教授 佐藤,修二
 国立天文台 教授 井上,允
内容要旨

 晩期型星や若い星のスペクトルや偏光度を測定することを目的として、近赤外の低分散分光器-16素子プリズム分光器-を製作し、これを宇宙科学研究所のIRMT1.3m望遠鏡に取り付けて、多数のTタウリ型星の分光測光スペクトルを得た。分光器の波長域は0.9-2.5mで、ジョンソン測光システムのI、J、H、Kのプロードバンドフィルターの波長範囲をカバーしている。分解能はほぼ0.1mである。検出器としてSi素子1個、InSb素子15個からなる16チャンネルアレイ検出器を用いている。分散素子としてサファイアプリズムを使用しており、その結果、この波長範囲において透過率が高く、偏光についても平らな特性を持っている。宇宙科学研究所のIRMT1.3m望遠鏡に装着した場合、限界等級はch3(1.18m)、ch7(1.63m)、ch13(2.24m)において、それぞれ11.6、11.6、10.0mag(積分時間1秒、S/N=1)となった。

 この分光器を宇宙科学研究所のIRMT1.3m望遠鏡に取り付け、70個の晩期型星、及びおうし-ぎょしゃ領域にある52個のTタウリ型星の観測を行なった。多数の晩期型星の観測を行ない、スペクトル型毎に晩期型矮星の典型的な近赤外スペクトル(テンプレート)を求めた。

 Tタウリ型星のスペクトルとテンプレートのスペクトルを比較することにより、半数以上のTタウリ型星で、1.4m付近と1.9m付近に水蒸気による吸収バンドの存在を見い出した。さらにこの水蒸気が中心星付近にあるのかディスクにあるのかを明らかにするため、Tタウリ型星の近赤外スペクトルを中心星の成分とディスクの成分に分解した。中心星のスペクトルは、同じスペクトル型の矮星と同じだと仮定し、晩期型矮星のテンプレートをTタウリ型星のスペクトルより差し引くことによりディスク成分を求めた。分解後もなお17個(33%)のTタウリ型星には、ディスク成分に水蒸気の吸収が残ることがわかった。ここではディスクの水蒸気は定常的な質量降着によるものか、Tタウリ型星のタイムスケールと変動幅の大きい変光や、FUオリオニス現象の原因である、と考えられているディスク内の物質の急激な移動が現在起きており、それに伴って生じているのか、過去に起きたディスク内の物質の急激な移動によって生じたものの名残なのかについて議論する。

審査要旨

 本論文は、新たに開発した分光測光器(PSP1)を宇宙科学研究所(相模原)の赤外線モニター装置(口径1.3m)に搭載して、多数のTタウリ型星の近赤外域分光測光観測を行い、解析した結果、最終的に水蒸気の発見に至ったものである。

 提出論文の要旨と意義についての審査評価の結果を以下に述べる。

 PSP1は通常の分光器とは異なって、瞳像を分光する方式を採っており、分光における測光精度の向上を計っている。申請者はこの装置の開発に初期の段階から参加して、主に電子回路系の一部と光学調整を担当した。

 1990年と91年の冬期2シーズンにわたって、上記赤外線モニター装置に搭載して、おうし座からぎょしゃ座にわたるTタウリ型星52個の分光測光観測を行った。観測された波長域は0.2〜2.5m、波長分解能は0.1mである。瞳分光方式と同時に広波長域をカバーすることによって、比類ないスペクトルエネルギー分布:SED(Spectral Energy Distribution)を得ることができた。この利点によって、大気による水蒸気吸収によって阻まれていると考えられてきた天体からの波長1.4mと1.9mの水蒸気吸収を系統的に調べることが初めて可能になった。

 本論文の主要な部分はTタウリ型星の観測とその結果の考察である。Tタウリ型星52個を観測して、このうちの半数以上の天体について水蒸気による吸収帯を検出した。また、比較のために同じ装置PSP1を使って、35個の主系列矮星について同様の測定を行い、これら2種類の天体のSEDを比較して、Tタウリ型星のSEDを中心星光球とディスクとの2成分に分解した。ディスク成分のH2Oインデックスを求めて、ディスクにも水蒸気吸収が存在することを示した。この水蒸気量と、Tタウリ型星を特徴づける様々なパラメータ(スペクトル型、ディスク温度、H輝線強度、ルミノシティ、変光、赤外超過)とを比較した結果、赤外超過k以外には相関は見られなかった。赤外超過kとの逆相関はダストからの熱放射によるものとして、水蒸気吸収が希釈された見かけ上のことにすぎないと解釈している。

 水蒸気の起源に関して、三つの可能性:1)ディスク面上に定常的に存在する、2)Tタウリ型星の活動に伴う一時的な発生、3)FUオリオニスフレアの名残、について具体的に論証して問題点を指摘しているが、結論を導くまでには至っていない。これらの議論を踏まえて、申請者はさらに一歩踏み込んで、これまで暗黙に仮定されてきた若い星生成期における光球のハーバードスペクトル分類の適用が妥当かどうかという基本的な問題を提示して、それに関する今後の証明の方法を提示している。

 これらの仕事は共同研究者とともに行われたものである。装置開発においては計画全体の25%程度を分担した。観測およびデータ解析とその解釈においては、申請者がほとんど独力で行ったものである。

 審査会における発表もよく整理されていて全体の流れが分かりやすく、また、その後の質疑においても的確な応答であった。よって、申請者は博士(理学)の学位を受けるにふさわしいものと認め、審査員全員により合格と判定した。

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