学位論文要旨



No 110889
著者(漢字) 大滝,壽樹
著者(英字)
著者(カナ) オオタキ,トシキ
標題(和) 伊豆小笠原のスラブの形状 : スラブの運命に関する一考察
標題(洋) Slab Geometry beneath the Izu-Bonin Arc : An Implication for the Fate of Slabs
報告番号 110889
報告番号 甲10889
学位授与日 1995.03.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2842号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川勝,均
 東京大学 教授 河野,長
 東京大学 助教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 助教授 瀬野,徹三
内容要旨 始めに

 スラブが下部マントルへ沈み込んでいるか、それとも上部マントル中に溜っているかはマントル対流が1層であるか2層であるか、上部、下部マントルは化学成層しているのか等と絡んでくる重要な課題の一つである。ここ数年、地震学から上部マントル中に溜ったスラブの存在がいくつか主張されている。では、この停留しているスラブは局在しているものなのか、それとも広い範囲にわたって見られる普遍的な現象なのだろうか?

 停留しているスラブの中でその存在がもっとも確からしいのは伊豆小笠原北部である。この領域の南に接する伊豆小笠原弧の南部には深発地震の起こっていない領域が600kmほどの長さにわたり存在する。この領域にはスラブは存在するのだろうか?存在するとしたら、そのスラブは北部と同様に停留しているのだろうか?本研究では伊豆小笠原弧の南部のこの深発地震の起きていない地域に着目し地震波速度構造の解析を行った。

地震活動

 伊豆小笠原弧の北部では活発な地震活動が観測されている。この深発地震活動は26.5°Nを境に以南ではマリアナまで途絶えるが、この領域の中で一ヶ所、深発地震が起きている所がある。この深発地震からの日本への波は地震の起こっていない領域をサンプリングするため、この領域を調べる目的に最適であり、この深発地震の走時、波形データを基に以下の解析を行う。

解析

 対象領域は地震が少ないため、トモグラフィのような大規模データ処理では充分な描像が描けない。そこで、本研究では簡単なモデル化を行い、解析を行った。

 データとしてJMAの記録を用いた。

1)P波走時

 この地震と、日本への波線の似ている伊豆小笠原弧北部の深発地震とを選び、両者の走時残差の差(Differential Residual)を取った。この操作によって観測点近傍や途中の経路の影響は除去できる。西日本で観測された走時残差の差は一様に負の値を示す。スラブモデル(厚さ100km,マントルとの速度コントラスト+3%)をいれ3次元波線追跡を行い、走時を計算した。その結果、この2つの地震の結ぶ線に沿ってスラブが存在すると西日本の負の値は説明できることが分かった。また、沖縄、東北の観測データから、南部ではスラブは西側にも東側にも大きく停留してはいないことが分かった。

 読み取り精度のチェックのため自分でもう一度読み取り直したが、結果は動かなかった。震源決定の誤差も同様である。

2)P波波形

 この地震のP波は一般的に単純な波形を示すが、中部地方では振幅が小さく立ち上がりが前に伸びること、関東では波が2つ来ていることを見いだした。この現象は震源過程、観測点近傍の影響では説明できず、上部マントル深部不均質構造に原因がある。中部の波形はスラブの下面付近を通ってきたための回折、関東の波形は波線が高速度のスラブ、より低速度のマントル、高速度のスラブと通ってきた事によるマルチパスであると考えられる。Gaussian Beam法により波形計算を行い、計算波形も中部、関東での観測波形を定性的に説明できることを示した。

 この現象は今回初めて発見されたものである。

 スラブの厚さを200km、あるいは速度コントラストを+10%にしたモデルも調べたが、観測を説明できなかった。このことは厚さは100km程度,マントルとの速度コントラスト+3%程度のスラブでよいことを示している。

3)sP波振幅

 sP波は震源から上向きにでるため解析対象の地震の上部の構造を調べることが可能となる。地震のsP波の振幅が中部、近畿で大きいという現象が見られた。この現象は球対称モデルでは説明できず、この地震の上部に地震を起こさないスラブを導入すると説明できる。

結論

 本研究では、その南の伊豆小笠原弧の南部にある深発地震の起こっていない領域に着目し地震波速度構造の解析を行った。その結果、この領域にも地震を起こしていないスラブが存在することが分かった。このスラブは北部の深発地震活動の高いスラブにつながると考えられる。その厚さは100km程度,マントルとの速度コントラストは+3%程度と考えられる。また、本研究の対象領域である伊豆小笠原弧の南部では伊豆小笠原北部とは対照的にそのスラブは上部マントル中に大規模には溜っていないことが明らかになった。

審査要旨

 本論文は7章からなっており、第1章では潜り込む海洋プレート(スラブ)の上部マントルでの形状を把握すること意義についての問題設定、第2章では地震波の定時を使った解析、第3章では地震波の波形を使った解析、第4章では反射波の振幅を使った解析、第5章では伊豆小笠原弧の沈み込みの形状について、第6章では結果の地球物理的な考察、第7章では全体的な結論が述べられている。

 本論文の主要研究テーマは、孤立した場所で起こっている深発地震という例外的事象の地震学的データの解析を通して、海溝から潜り込む海洋プレート(スラブ)の上部マントル下部での形状を把握し、その沈み込みプロセスに示唆を与えることである。

 スラブが下部マントルへ沈み込んでいるか、それとも上部マントル中に溜っているかは、マントル対流が1層であるか2層であるか、上部・下部マントルは化学成層しているのか等と絡んでくる地球物理学上の重要な課題の一つである。ここ数年、地震学から上部マントル中に溜ったスラブの存在がいくつか主張されている。しかし、この停留しているスラブが局在しているものなのか、それとも広い範囲にわたって見られる普遍的な現象なのかはよくわかっていない。停留しているとされるスラブの中でその存在がもっとも確からしい場所は伊豆小笠原北部である。一方、この南の伊豆小笠原弧の南部には深発地震の起こっていない地域が300kmほどの長さにわたり存在する。この地域にはスラブは存在するのだろうか?存在するとしたら、そのスラブは北部と同様に停留しているのだろうか?従来の研究ではこの伊豆小笠原弧の南部のスラブの存在および形状は不明確であった。本論文では、このスラブの存在およびその形状を明らかにした点で注目できる。

 伊豆小笠原弧の北部では活発な地震活動が観測されている。この深発地震活動は26.5度を境に以南ではマリアナまで途絶えるが、この領域の中で一ヶ所、深発地震が起きている所がある。24N,142Eの地点である。この深発地震からの日本への波は地震の起こっていない地域をサンプリングするため、この地域を調べる目的に最適である。本論文では、この地震に着目し、その走時、波形、振幅データをもとにこの地域の地震波速度構造の解析を行った。対象地域は地震が少なく、トモグラフィのような大規模データ処理では充分な描像が描けないため、この研究では簡単なモデル化を行い、解析を行っている。

 第2章では、走時解析より小笠原地域のこの孤立深発地震が、他に地震が起きていないスラブの中で起きていることを見い出し、このスラブが切れ端ではなく北部の地震が起きている領域をも含んだ伊豆-小笠原の一枚の大きく変形したスラブの一部と考えられることを示した。

 次に、走時解析よりこの非地震性スラブが下部マントルへと沈み込んでいることを示唆した。これはこの北側の伊豆小笠原弧北部ではスラブが上部-下部マントル境界上に横たわっているとP波走時解析より考えられていることと対照的な結果である。申請者のこの研究は、上部マントル中に横たわるスラブと下部マントルへと沈み込むスラブとが伊豆小笠原弧内に隣接して存在する事を従来よりも詳細に明らかにし、横たわるスラブが局所的な構造である事を示唆したものとして注目される。

 第3章では、スラブによる回折P波、マルチパスのP波と考えられる地震波をこの地震の気象台の波形記録上に見いだした。そして走時解析より得られたスラブモデルでこの地震のP波の振幅、波形を定性的に説明できることを示した。このことは、この研究が従来の走時のみを使った研究より、より信頼性が高いことを意味する。走時、振幅、波形までを定性的にせよ全て同一のモデルで説明できることを示したのはこの研究が初めてであり、スラブのような深部大規模構造による回折波とマルチパスによる波がともに近地記録で見つけられたこともこの研究が初めてである。

 本論文の地震学へのもう一つの大きな貢献は、スラブ下面付近の地震波速度構造を波形、振幅より推定できることを示した点にある。本論文では、この波形の出現位置を計算し、その位置およびそこでのP波の振幅が地震とスラブの上面間の速度構造より地震とスラブ下面間の速度構造(その距離、スラブとマントルとの最大速度差、下面での速度ジャンプ)に敏感であることを見いだした。波形および振幅からスラブ下面付近の速度構造を推定できることを示したのはこの研究が初めてである。この研究では研究対象領域内で地震が少なく、アナログの地震波形記録を用いざるおえなかった。そのため細かな構造については議論していないが、今後日本に展開された広帯域地震計による記録が集まるにつれ今回見つけられたような回折P波、マルチパスのP波の観測例が増えると考えられ、今後、この方法によるスラブ下面付近の地震波速度構造推定が進むことが期待できる。

 なお、本論文は、金嶋聡氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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