本論文は理想都市の系譜を歴史的にたどり、ルネサンス期の計画例を考察したうえで、特に19世紀のイギリスにおける幾何学的な形態をもつ理想都市、ヴィクトリア計画の思想的・都市計画的性格を分析したものである。 そこには、理想都市に共通して見いだされる諸特性、すなわち同時代の社会にたいする理論的批判、社会や都市の理想的状態を目指す改革への意志などが存在しており、ユートピア理論の好例となっていることが、明らかにされた。論文のなかでは、ヴィクトリア計画の理想性と幾何学的構成をもつ計画手法を、ルネサンス以来のユートピア理論の線上に位置づけ、その歴史的特質を定位している。 本論文は大きく3部からなっており、1章と2章からなる第1部は、ヴィクトリア計画の歴史的背景を位置づける基礎作業として、ユートピア思想と理想都市の歴史的発展過程を渉猟し、それらにしばしば見いだされる幾何学的構成法の展開過程を跡づける。結論として、ユートピア理論は最終的には人間すべての幸福と、社会と都市の公共の福祉を理想としている事実を示し、その目的と幾何学的な都市構成の間には関連があることを論証した。 第3章、第4章、第5章からなる2部は、理想都市の計画に現われる幾何学的構成の特質を具体的に分析する部分であり、歴史上さまざまな理想都市の計画が提出されたルネサンス期の例を、主としてその幾何学的構成に着目して、分析している。 第3章においては、ルネサンス期における理想都市の計画の成立を検証するために、この時期の重要な建築家J.B.アルベルティの建築理論、都市理論を分析する。とくに、幾何学的構成において中心となる存在がどのようなものであり、どのような意義を付与されているかをを抽出する。また、この当時現われた他の理想都市計画についても、その中心となる存在を抽出し、それらの意義を分析する。 第4章と第5章は、ルネサンス期における最重要作品と考えられるふたつの理想都市計画を分析する。すなわち第4章におけるフィラレーテのスフォルツィンダ計画と、第5章におけるステービンの理想的都市計画の分析である。この両者はともに幾何学的構成をもち、はっきりした中心地区をもち、後の理想都市計画の多くに大きな影響を与えつづけたものである。これらの計画はまた、本論文の中心課題であるヴィクトリア計画と、建築構成上深い関連性が認められる。したがってこの第2部における考察によって、ヴィクトリア計画の分析のための基礎が得られることになる。 第3部において、いよいよ本論文の主題であるヴィクトリア計画の思想的体系および幾何学的構成が、歴史的位置づけをもって分析される。この計画の発案者であるバッキンガムは、彼の思想を1849年の著書「社会の悪徳およびモデル・タウン計画に伴う実際的改善案」のなかで述べており、これが実質的なヴィクトリア計画である。この書物の著者と著作の両面を分析することで、ヴィクトリア計画は把握される。 まず、第6章においては、著者バッキンガムの伝記的紹介を行ない、彼の著作が現われた時代の社会背景を検討して、近代初期に著されたこの著作の歴史的性格を明らかにする。同時にここでは、理想都市計画の系譜を再度概括したうえで、その系譜上におけるヴィクトリア計画の位置を確認している。 第7章においては、バッキンガムが著作のなかで示した、8項目からなる彼の社会批判と、彼の具体的提言を分析し、これまでの理想都市の計画と比較を行なっている。その結果、ヴィクトリア計画にあっては、人間のもっとも主要な目的として、幸福の達成を掲げる点ではそれが歴史的なユートピア計画の系譜上にありながらも、労働の問題、階級構造、また経済の効率に立った労働行為の強調などに、現実の問題を扱おうとする社会改革的性格や、近代的性格が認められることを明らかにした。 第8章においては、ヴィクトリア計画の建築に明瞭に現われている幾何学的性格を、歴史上の多くの理想都市の例と比較し、その細部の構成原理についても分析を加える。ここではヴィクトリア計画の幾何学的構成を形作るための「囲み」と「割り」という手法、また幾何学的中心が果たしているものの意味や役割を分析し、そこに幾何学的中心指向的配置関係といえるものが存在することを明らかにしようとしている。また、ヴィクトリア計画の建築的構成の特質を、等差的配置と均等的配置という側面にわけ、それがスフォルツィンダやステービンの理想的都市計画などと類似する構造であることを指摘している。 結論として、ヴィクトリア計画を歴史上のさまざまな理想都市の理論や計画例の近代的発展形であることを論証している。さらに、こうした思想および計画手法が、20世紀の都市計画の提言のなかにまで影響を及ぼしていることを示唆して、論文を終えている。 以上の論考は、建築史および建築論の成果として極めて有益なものであり、これら分野の発展に資するところがある。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |