学位論文要旨



No 110894
著者(漢字) 金,栄勲
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヨンフン
標題(和) 歴史的都市共同体における中心存在の配置様式による類型化に関する研究 : 中心存在の現われ方及びルネッサンス期の理想都市への適用
標題(洋)
報告番号 110894
報告番号 甲10894
学位授与日 1995.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3290号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 教授 横山,正
 東京大学 助教授 藤森,照信
 東京大学 助教授 藤井,恵介
 東京大学 助教授 加藤,道夫
内容要旨

 本研究は、まず類型学的次元における都市共同体を成り立たせる中心存在と周辺存在の概念から始まる。中心存在とは、特定の都市共同体における中心人物や中心機能などに絡んで現われる特定の施設や建物、もしくは複合体などを総称し、特に階級、規模などの判断基準から識別できるものとして定義する。これは、権力や階級的対立としての歴史発展理論ともある程度相通づる概念で、理論的論議をはじめ、建築や都市における現われ方を重点的に論じようと思う。そのためには、都市の基本的性格や形成過程に関する考察を行う必要があるだろう。歴史的諸都市共同体を、自然形と計画形とに大まかに分類し、特に人間の計画意思がよく現われる計画形に研究の焦点を当てることにする。また計画形の中でも、幾何学的性向がよく現われるパターンが主な対象となる。

 都市、特に歴史的都市共同体においては、周辺存在よりは中心存在に関心が払われたことに着目し、主に中心存在の性格や都市における現われ方を探ることにする。勿論、中心存在を論ずるためには、中心という概念からスタートせざるを得なく、またそれから派生する中心施設や中心性などの諸概念も論議すべきである。特にここでは中心存在に対する具体的定義が行われ、面積と高さの強調要素の相関関係による形態的優位存在としての中心存在の概念を得る。

 また中心存在の有無および性格による歴史的分類をも行う。特に、特定の都市共同体において、中心存在および施設をめぐる配置や周辺の諸施設との相互関係が言及される。ここで相互関係は、葛藤、融和もしくは独立性などの概念を用いて抽出し得るだろう。これは殆どの場合、階級関係および位階秩序の関係において現われるので、特定の都市共同体の背景となる社会的状況を考慮せずに進められない。

 都市共同体における中心存在の現われ方に関しては、それの形態的側面と配置的傾向を重視し、特に中心存在の配置関係に基づいて、改めて諸タイプを分類する。この分類作業は、主に都市共同体の平面類型を中心として、歴史的諸都市共同体を検討しながら行う。

 このような作業は、数多い歴史的実例および実現された具体的な実例の分析を通じて行われるべきである。特に歴史を扱うのに最も重要な根拠である考古学的、事実的なもの基づかずには、厳密な分析はできず、常に歴史的に認められ、客観化された事象や先行研究を対象として行われるべきであろう。また出来れば、最大の実例の分析を行うことによって、客観的妥当性がを得ようと試みる。

 以上の研究は、特に歴史を扱うのに最も重要な根拠である考古学的、事実的なものに基づかずにはできず、常に歴史的に認められ、客観化された事象を対象として行われるべきであろう。

 最終的には、前述した諸理論や類型化をルネッサンス期の理想都市計画に適用し、当時の中心指向性を検討する。この時期には、既存秩序と新たに現われた新感覚が並立する極めて特殊な状況が目立ち、中心指向性においても既存の中心存在と新興中心存在、つまりオープンスペースの対立や折衷などが顕著となる。

図式;都市共同体の分類パターン
審査要旨

 本論文は理想都市の系譜を歴史的にたどり、ルネサンス期の計画例を考察したうえで、特に19世紀のイギリスにおける幾何学的な形態をもつ理想都市、ヴィクトリア計画の思想的・都市計画的性格を分析したものである。

 そこには、理想都市に共通して見いだされる諸特性、すなわち同時代の社会にたいする理論的批判、社会や都市の理想的状態を目指す改革への意志などが存在しており、ユートピア理論の好例となっていることが、明らかにされた。論文のなかでは、ヴィクトリア計画の理想性と幾何学的構成をもつ計画手法を、ルネサンス以来のユートピア理論の線上に位置づけ、その歴史的特質を定位している。

 本論文は大きく3部からなっており、1章と2章からなる第1部は、ヴィクトリア計画の歴史的背景を位置づける基礎作業として、ユートピア思想と理想都市の歴史的発展過程を渉猟し、それらにしばしば見いだされる幾何学的構成法の展開過程を跡づける。結論として、ユートピア理論は最終的には人間すべての幸福と、社会と都市の公共の福祉を理想としている事実を示し、その目的と幾何学的な都市構成の間には関連があることを論証した。

 第3章、第4章、第5章からなる2部は、理想都市の計画に現われる幾何学的構成の特質を具体的に分析する部分であり、歴史上さまざまな理想都市の計画が提出されたルネサンス期の例を、主としてその幾何学的構成に着目して、分析している。

 第3章においては、ルネサンス期における理想都市の計画の成立を検証するために、この時期の重要な建築家J.B.アルベルティの建築理論、都市理論を分析する。とくに、幾何学的構成において中心となる存在がどのようなものであり、どのような意義を付与されているかをを抽出する。また、この当時現われた他の理想都市計画についても、その中心となる存在を抽出し、それらの意義を分析する。

 第4章と第5章は、ルネサンス期における最重要作品と考えられるふたつの理想都市計画を分析する。すなわち第4章におけるフィラレーテのスフォルツィンダ計画と、第5章におけるステービンの理想的都市計画の分析である。この両者はともに幾何学的構成をもち、はっきりした中心地区をもち、後の理想都市計画の多くに大きな影響を与えつづけたものである。これらの計画はまた、本論文の中心課題であるヴィクトリア計画と、建築構成上深い関連性が認められる。したがってこの第2部における考察によって、ヴィクトリア計画の分析のための基礎が得られることになる。

 第3部において、いよいよ本論文の主題であるヴィクトリア計画の思想的体系および幾何学的構成が、歴史的位置づけをもって分析される。この計画の発案者であるバッキンガムは、彼の思想を1849年の著書「社会の悪徳およびモデル・タウン計画に伴う実際的改善案」のなかで述べており、これが実質的なヴィクトリア計画である。この書物の著者と著作の両面を分析することで、ヴィクトリア計画は把握される。

 まず、第6章においては、著者バッキンガムの伝記的紹介を行ない、彼の著作が現われた時代の社会背景を検討して、近代初期に著されたこの著作の歴史的性格を明らかにする。同時にここでは、理想都市計画の系譜を再度概括したうえで、その系譜上におけるヴィクトリア計画の位置を確認している。

 第7章においては、バッキンガムが著作のなかで示した、8項目からなる彼の社会批判と、彼の具体的提言を分析し、これまでの理想都市の計画と比較を行なっている。その結果、ヴィクトリア計画にあっては、人間のもっとも主要な目的として、幸福の達成を掲げる点ではそれが歴史的なユートピア計画の系譜上にありながらも、労働の問題、階級構造、また経済の効率に立った労働行為の強調などに、現実の問題を扱おうとする社会改革的性格や、近代的性格が認められることを明らかにした。

 第8章においては、ヴィクトリア計画の建築に明瞭に現われている幾何学的性格を、歴史上の多くの理想都市の例と比較し、その細部の構成原理についても分析を加える。ここではヴィクトリア計画の幾何学的構成を形作るための「囲み」と「割り」という手法、また幾何学的中心が果たしているものの意味や役割を分析し、そこに幾何学的中心指向的配置関係といえるものが存在することを明らかにしようとしている。また、ヴィクトリア計画の建築的構成の特質を、等差的配置と均等的配置という側面にわけ、それがスフォルツィンダやステービンの理想的都市計画などと類似する構造であることを指摘している。

 結論として、ヴィクトリア計画を歴史上のさまざまな理想都市の理論や計画例の近代的発展形であることを論証している。さらに、こうした思想および計画手法が、20世紀の都市計画の提言のなかにまで影響を及ぼしていることを示唆して、論文を終えている。

 以上の論考は、建築史および建築論の成果として極めて有益なものであり、これら分野の発展に資するところがある。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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