学位論文要旨



No 110897
著者(漢字) 都,徳煕
著者(英字)
著者(カナ) ト,トクヒ
標題(和) 3次元温度・速度同時計測手法に関する研究
標題(洋) A Study on Three Dimensional Particle Imaging Thermometry and Velocimetry Using Liquid Crystal
報告番号 110897
報告番号 甲10897
学位授与日 1995.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3293号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 最近、流れの可視化画像からコンピュータを用いたディジタル画像処理技術により、種々の物理量を検出する試みがなされている。この手法は原理的に点計測である熱電対や熱線流速計等とは異なり、瞬間的、空間的な速度や温度分布を計測することを可能にし、熱伝達などの物理現象を定量的に評価することに一層その威力を発揮する可能性がある。ディジタル画像処理技術によって速度の計測を行うためには、流れ場のトレーサーとしてナイロン粒子等を注入し、それを可視化した画像から粒子の位置を時間ごとに追跡するのが一般的な方法である。一方、ディジタル画像処理技術による温度の計測をする方法には、LIF(laser induced fluorescence)、CT(computer tomography)赤外線法などが使われているが、これらの方法は分解能が低くしかも流れ場の非定常計測には適していない。この他に温度によって色が変わる感温液晶を温度のセンサーとして用いる方法も提案されている。熱工学上頻繁に現れる流れはほとんどが3次元流れであるが、従来の大部分の研究は2次元画像上の濃度あるいは濃度パータンの解析、2次元断面を素早く前後撮影し、その断面を画像処理することによって温度と速度を同時計測する疑似3次元法、あるいは前述のナイロン粒子と感温液晶粒子の2種類の粒子を流れ場に注入し、それの可視化画像を処理することによって温度と速度を同時計測する複合粒子法であって、求められた速度と温度の時間及び空間の相関性が低いという欠点があった。そこで、本研究は直径を大きくした感温液晶粒子を用いて、粒子表面の色から温度を粒子の位置から流速を求める3次元計測システムを構築することを目的とした。この種の感温液晶粒子を温度のトレーサーとして使用する場合には二つの問題点が生じる。その問題点は(1)感温液晶粒子は一定の温度であっても感温液晶粒子に対する入射光と視線角度によってその色が変わって見えるという光学的な特性を持っており、温度と色の対応付けが困難であること、(2)感温液晶は化学的不安定でありそれを保護するために透明のgelatin膜が被せられるが(マイクロカプセル化という)、その膜の熱容量によって温度の変化に対する色の応答に時間遅れが生じることである。本研究ではまず、第1の問題である感温液晶粒子の光学的な特性を実験から明らかにした。この実験は入射光とカメラがなす相対角度による感温液晶の色相の変化を確認する実験である。感温液晶粒子を可視化する冷光線およびテレビカメラは同一平面内に設置されている。一定の温度に保たれた水槽中に単体の感温液晶粒子を固定し、その相対角度を±90度の間で一定間隔で変化させ、カラーデータを採取し画像解析を行った。その結果、相対角度により色相が変化すること、また相対角度の絶対値が等しいとき類似の色分布をもつことが分かった。すなわち、このような光学特性を持つ感温液晶粒子を温度のトレーサーとして用いる場合には、その相対角度ごとに較正を行う必要があること、あるいはその特性が生じないようにカメラ、光源および測定領域を調整する必要があることを明らかにした。続いて、感温液晶粒子の時定数を定量的に評価した。この際、本手法の適用対象である垂直浮力水噴流を例にとって数値計算を行った。感温液晶粒子は流体と比重がほぼ同一であるが、僅かな比重差によって粒子周りとの相対速度をもつこと、粒子の大きさによる流体の表面力作用があること、粒子を囲む流体の流れ状態が変わること等によって時間応答性が変わる。その時間応答性を実験的に調べるためには感温液晶粒子(直径0.3mm)より小さい新たな温度センサーを粒子ごとに付ける必要があるが、それは、既存のセンサー技術では困難であるので、数値計算によってその時間応答性を調べた。感温液晶粒子の保護膜(gelatin)の外側境界および保護膜と液晶の境界における温度のステップ応答および周波数応答を球型熱伝導方程式を用いて解析した。ステップ応答解析の結果から、流体温度のステップ変化に対して、保護膜と液晶との境界温度が流体温度の99.5%に達するのに0.15秒程度を要することを明らかにした。また、感温液晶粒子から流れ場の中を移動するときの温度の周波数応答を知るためにはLagrangian周波数を知る必要がある。本研究の垂直浮力水噴流の代表的実験は、ノズル(直径4mm)からの噴出速度は0.6m/sec、その温度は30℃、水槽の温度は22.8℃で行われたが、その実験条件での最大Lagrangian周波数をLDV測定から20Hzであることを確かめ、その周波数を対象とし感温液晶粒子の周波数応答を数値計算で解析し、振幅誤差として最大15%程度であることを明らかにしている。さらに、感温液晶粒子は上流側で感じた温度を下流側までもって行くという熱慣性の特性を有する。この熱慣性を調べるためには、噴流中の感温液晶粒子の温度と時間の履歴を知る必要がある。本研究と同じ条件で行われた既存の実験より求められた噴流中心軸方向の種々の位置における温度および速度分布の経験式を用いて、噴流中心軸方向の温度と時間の関係を導き、流体の温度と感温液晶粒子の保護膜での温度差が上記実験下で0.08度であることを明らかにした。

 続いて本研究では、マイクロカプセル化された感温液晶を温度および速度のトレーサとして利用しての3次元温度・速度同時測定システムを新たに提案した。その際に、カラー画像と白黒画像からステレオ写真法を用いて高速に3次元位置を判定するアルゴリズムを提案するとともにカラー画像の色と温度の関係を精度よく再現するneural-networkによる較正方法を提案した。すなわち、まず、3次元計測を行うために2台のカメラ(カラーおよび白黒カメラ)の標定要素を求めた後、較正された2台のカメラを用いて感温液晶粒子が入っている垂直浮力水噴流を撮影し、測定領域で感温液晶粒子の温度と色に対する較正実験を行った。この較正実験から得られた温度と色の関係は強い非線形性をもつ。そこで、本研究では非線形mappingに有効な方法であるneural networkを採用した。本研究で採用したneural networkは3つの感温液晶の色情報(色のR.G.B成分)を入力層とし、温度を出力層とするnetworkで3つの中間層をもつものである。このnetworkによって直線性の強い再現性のある較正曲線を得ることに成功している。感温液晶粒子の3次元の速度は、2台のカメラによって粒子の3次元位置を時刻ごとに追跡するというParticle Tracking Velocimetryによって求められる。続いて、本手法の精度を評価するため前述の対象とする垂直浮力水噴流に対して不確かさ解析を行った。速度に対する不確かさ解析には既存のディジタル画像処理の不確かさ解析手法を適用し、温度に対する不確かさ解析には本研究で新たに提案したneural networkによるカラー画像処理の不確かさ解析手法を適用した。その結果、温度計測の不確かさは95%の信頼区間で±0.12℃で、速度計測の不確かさは95%の信頼区間で、噴流軸方向および直角方向速度に対してそれぞれ±6.2mm/sec、±4.8mm/sec、±4.5mm/secであった。最後にこのような精度を持つ3次元温度・速度同時計測システムを用いて、3次元垂直浮力水噴流の速度分布の自己保存性を有する領域について計測を行った。本手法で求められた3次元速度ベクトルと温度を定量的な評価を行うため3次元格子点上で補間し、その結果を既存の結果と比較し、平均温度と平均速度に対して、既存の実験結果とよく一致することを確かめた。

 以上、本研究では、マイクロカプセル化された感温液晶粒子をトレーサとして用いニューラルネットワークを用いたカラー画像処理法の提案およびカラー画像と白黒画像による3次元速度計測アルゴリズムを土台とする温度・速度同時計測システムを開発し、その温度および速度について精度評価を詳細に行い、システムの信頼性を明らかにするとともに3次元垂直浮力水噴流の計測に適用しその有効性を確かめた。

審査要旨

 本論文は「A Study on Three Dimensional Particle Imaging Thermometry and Velocimetry Using Liquid Crystal(和訳3次元温度・速度同時計測手法に関する研究)」と題し、温度の変化に応じて色の変化を起こす感温液晶粒子をトレーサーとして用い、熱流体の流れ場の温度と速度を3次元的に同時に計測できるシステムを構築した研究である。

 第1章では本研究の背景および目的を述べている。流れの可視化画像からコンピュータを用いたディジタル画像処理技術によって、流れ場の瞬間的、空間的な速度や温度分布を計測する手法は、熱伝達などの物理現象の定量的評価に重要な役割をしている。流れ場の速度のトレーサーとしてはナイロン粒子等が、温度のトレーサーとしては蛍光物質、感温液晶粒子等が使われてきた。蛍光物質による温度計測手法は分解能が低くしかも流れ場の非定常計測には適していないのが現状である。これに対して、感温液晶粒子を温度のトレーサーとして用いる方法が提案されているが、ほとんどの研究は感温液晶粒子が入っている3次元の熱流体場を2次元的に可視化し、その断面を3次元的に動かすという疑似3次元法、あるいはナイロン粒子と感温液晶粒子を一緒に流れ場に注入する複合粒子法であって、求められた速度と温度の時間及び空間の相関性が低いという短所があった。そこで本研究では、上記の問題点を解決するために感温液晶粒子の大きさを大きくした粒子を温度と速度測定のためのトレーサーとして用い、粒子そのものの温度と速度を3次元的に追跡出来るシステムを構築することを目的としている。

 第2章では本研究で用いられた感温液晶粒子の光学的な特性および時定数特性を定量的に評価している。感温液晶粒子が温度のトレーサーとして適用された場合、感温液晶粒子の温度が一定であっても感温液晶粒子に対する入射光と視線角度(以下、光学的相対角度とよぶ)によってその色が変わるという光学的な特性を実験によって定量的に評価している。この光学的な特性を持つ感温液晶粒子を用いて温度の3次元計測を行う時には、その相対角度ごとに較正実験をするか、あるいは、その光学的な特性が生じないようにカメラ、光源および測定領域を調整する必要があるということを明らかにしている。続いて、感温液晶粒子の時定数特性について定量的な評価を行っている。感温液晶を保護するためには液晶周りに透明のgelatin膜が被せられるが、その膜の熱容量によって温度の変化に対する色変化の時間遅れが生じる。感温液晶粒子の時定数計測は既存の技術では困難であることから本研究では数値計算による時定数特性の評価を行っている。流体温度のステップ変化と周期的な変化に対する応答及び、流体の上流側で感じた温度を下流側までもって行くという熱慣性応答の特性を粒子そのものに対して定量的に論じている。

 第3章では、第2章で明らかになった感温液晶粒子の特性をもとにした、3次元温度と速度の同時計測システムの構築の原理を述べている。3次元の温度計測については、感温液晶粒子の温度と色の関係が強い非線形性を持つということから、カラー画像処理とニューラルネットワークを用いて温度と色の関係を線形的に変換し、精度よい温度較正方法を構成している。また、非測定用の白黒カメラとカラーカメラを使ってステレオ写真法による3次元の速度計測のアルゴリズムを構成している。本章の最後には、ディジタル画像処理に対する速度計測の不確かさ解析を行って構成した温度・速度同時計測システムの有効性を示している。特に、温度計測の不確かさ解析においてはカラー画像処理とニューラルネットワークを対象とした新たな不確かさ解析手法を提案している。

 第4章では、第3章で構築された計測システムで工業的によく現れる垂直浮力水噴流の自己保存領域における3次元温度と速度の同時計測を行っている。速度計測の検証のためにLDV測定も加えて行っている。本研究で開発された計測手法による温度と速度の計測結果と既存の研究結果との比較によって、平均温度および平均速度に対する本手法の有効性を検証している。

 第5章では、本研究の結論を述べている。

 以上を要約するに、感温液晶粒子のカラー画像追跡による熱流体の3次元の温度・速度同時計測システムを構築し、その手法を垂直浮力水噴流の温度と速度の同時計測の適用に成功するとともに、本手法の有効性を示している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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