学位論文要旨



No 110898
著者(漢字) 張,堯棟
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ヨウトウ
標題(和) 気象衛星NOAAのAVHRRデータの幾何学的な歪の補正に関する研究
標題(洋)
報告番号 110898
報告番号 甲10898
学位授与日 1995.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3294号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 廣澤,春任
 東京大学 教授 濱田,喬
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 喜連川,優
内容要旨

 1980年後半から、人類がもたらす環境破壊が顕在化するに伴い、地球環境問題が世界的に関心を持たれるようになってきた。地球環境問題とは、(1)地球温暖化、(2)オゾン層の破壊、(3)酸性雨、(4)砂漠化、(5)熱帯林の減少、(6)有害廃棄物の越境移動、(7)野生生物の種の減少、(8)開発途上国の公害問題、(9)海洋汚染、に分類されている。以前の環境問題とは、産業公害を意味しており、これは発生源が明確であり、また被害範囲も限定されていたものが多く、それなりに対策を講ずることが可能であった。しかし、国際的な産業の進展や人口増加により、様々な開発が行われるようになってきて、環境破壊の範囲が「地球規模」へと拡大してきた。地球の保全対策を確立するためには、まず、その現状を把握しなければならない。人工衛星リモートセンシングは、観測範囲の広域性、観測の同時性と反復性観測データ取得の即時など利点から、他の観測手法では得がたい特徴を有しており、このような地球規模な現象を動的に把握するためには非常に有効である。

 リモートセンシングは航空機、宇宙機など空中から地球現象をモニタリングするために、様々な種類のセンサを搭載させ、その情報をリモートで地上に転送して、種々な地球現象の解明に役立てる研究領域である。この中で、特に注目されている人工衛星からのリモートセンシングは(1)グローバルな観測が可能である、(2)周期的な観測を継続的に行うことが可能である、(3)均質で再現性を有するデータが得られる、(4)現地観測を同時に行なえばより精密な校正が可能である、(5)様々なセンサを搭載することが可能である、のような利点を有している。

 衛星による地球環境の観測を行えば、以上のような利点を生かし、種々の衛星を利用したことによりモニタリングできる。LANDSAT、SPOT、J-ERSなどのより高解像度の衛星データは、商業化されているものもあるが、これらは一般に高価であるので、系統的なデータの入手には、かなりの費用を覚悟しなければならない。現在の所、自由に利用できる衛星データには、GMS、NOAA等がある。衛星センサの特性や解像度から、地球観測においてはNOAA衛星のデータを利用することが多い。例えば、地球の全陸域の植生状態を概観的に把握するにはNOAA衛星に搭載されている改良型高解像度放射計(AVHRR)のチャンネル1、2から算出される植生指標が有効であり、海面温度を測定するにはAVHRRのチャンネル4、5を用いて算出でき、そして、NOAA衛星のデータから雲の分類もできる。又、AVHRRデータによる積雪、融雪量や植生指標から算出できる陸上純一次生産力(NPP:Net Primary Productivity)や砂漠化の監視などもある。更に、NOAA衛星のSBUV(Solar Backscatter Ultra Violet)とTOVS(TIROS Operational Verticle Sounder)データに基づいて、オゾンの分布、水蒸気量垂直分布など予測もできる。このように、NOAA衛星のデータによって様々な地球環境情報の収集が可能である。

 一般に人工衛星データの有効な利用を図るためには、受信側において、衛星観測データから信頼性高く諸情報を抽出しなければならない。衛星から受信されたデータの処理は次の第1次処理と第2次処理に分けられ、第1次処理としては放射量補正、幾何補正、地図化、大気補正などを施し、更に、目的に合致した海面温度、正規化植生指標などを求める第2次処理を行う。中でも、第1次処理に当たる幾何補正は、高速化、精密化を施さなければならない。

 本論文は「気象衛星NOAAのAVHRRデータの幾何学的な歪の補正に関する研究」と題し、気象のみならず海洋や植生等の地球環境の把握に非常に有用な手段を提供する気象衛星NOAAの改良型高解像度放射計(AVHRR)の画像を、地球環境の経時的変動の監視に利用するために不可欠な幾何学的な歪の補正について、その解像度を生かして、高精度で、かつ、高速に地図化することを目指して行った一連の研究を纏めたもので、6章よりなっている。

 第1章は「序論」で、本研究の背景について述べ、本研究の目的を明らかにすると共に、本論文の構成について述べている。

 第2章「NOAA衛星画像の幾何学的歪補正法」では、本論文で対象としているNOAA衛星の概要を紹介した後に、NOAA衛星画像の幾何学的歪補正に関する従来の研究を紹介し、その問題点を論じ、本論文の立場を明らかにしている。又、幾何学的歪補正の精度に影響する諸要因についても論じている。

 第3章「衛星の瞬時視野を考慮した高速な幾何補正法」と題し、NOAA衛星の軌道要素と地球のモデルを用いて幾何補正を行うシステム補正法について、NOAA衛星画像及び補正された地図画像を小ブロックに分割し、双線型補間を用いて、幾何補正の高速化を計る方式について論じている。衛星の軌道要素と地球のモデルを用いて、衛星画像の画素位置に対応する経緯度を求める順変換を行うためのブロックのサイズ、これを用いて内挿して得られる地図座標系のブロックの精度、更に、地図座標系のブロックから衛星画像座標系を内挿によって求める逆変換の精度について、地図座標系の画素は対応する衛星画像系の画素の瞬時視野内にあるという厳しい条件の下で検討を行い、NOAA衛星画像のシステム補正を高速に行う手法を提案している。

 第4章「軌道要素の補正に基づいた精密な幾何補正法」と題し、NOAA衛星画像の高精度な補正法を論じている。第3章で述べられているNOAA衛星の軌道要素と地球のモデルを用いて幾何補正を行うシステム補正では、衛星の軌道要素の変動により補正された画像に残留誤差が生じている。この残留誤差を除去し、衛星画像の分解能の限界迄、補正された画像の位置精度を向上させるため、地上の基準点(GCP)を用いて残留誤差を求め、残留誤差からその発生要因となる軌道要素の変動量を推定し、求められた軌道要素の変動量をシステム補正にフィードバックして、システム補正のみで高精度な幾何補正を可能とする方式を提案している。衛星の軌道要素の経時変動がどの位生じているかを、公表されている軌道要素から分析すると共に、衛星の軌道要素の変動により生ずる残留誤差の変動傾向を解析し、各軌道要素の変動によって生ずる残留誤差を近似多項式で表している。残留誤差から各軌道要素の変動を推定するために正則法を導入し、各軌道要素による残留誤差の近似多項式を用い、各軌道要素の変動量を推定し、この推定された変動量を加味してシステム補正を行うことにより精度の向上を計る。この操作を繰り返して行うことにより、衛星画像の分解能1.1kmに対応する地図座標系での分解能0.01度の高精度な幾何補正が達成されることを示している。

 第5章「精密な幾何補正システムの実装」と題し、本研究の成果である精密な幾何補正システムを実装したNOAA衛星データ処理システムについて述べている。受信したNOAA衛星データは、物理量に変換する放射量補正、精密な幾何補正が施され、データベース化される。更に、高精度な幾何補正されたデータを用いて、植生指標や海面温度を求める2次処理を行った画像も生成され、データベース化される。これらの画像データベースをネットワークにより利用可能としているシステムの実現に本研究成果が貢献していることを紹介している。

 第6章は「結論」であり、本研究で得られた成果を纏めている。

審査要旨

 本論文は「気象衛星NOAAのAVHRRデータの幾何学的な歪の補正に関する研究」と題し,気象のみならず海洋や植生等の地球環境の把握に非常に有用な手段を提供する気象衛星NOAAの改良型高解像度放射計(AVHRR)の画像を,地球環境の経時的変動の監視に利用するために不可欠な幾何学的歪の補正について,その解像度を生かして,高精度で,かつ,高速に地図化することを目指して行った一連の研究を纏めたもので,6章よりなっている。

 第1章は「序論」で,本研究の背景について述べ,本研究の目的を明らかにすると共に,本論文の構成について述べている。

 第2章「NOAA衛星画像の幾何学的歪補正法」では,本論文で対象としている気象NOAA衛星の概要を紹介した後に,NOAA衛星画像の幾何学的歪補正に関する従来の研究を紹介し,その問題点を論じ,本論文の立場を明らかにしている。又,幾何的歪補正の精度に影響する諸要因についても論じている。

 第3章は「衛星の瞬時視野を考慮した高速な幾何補正法」と題し,NOAA衛星の軌道要素と地球のモデルを用いて幾何補正を行うシステム補正法について,NOAA衛星画像及び補正された地図画像を小ブロックに分割し,双線型補間を用いて,幾何補正の高速化を計る方式について論じている。衛星の軌道要素と地球のモデルを用いて,衛星画像の画素位置に対応する経緯度を求める順変換を行うためのブロックのサイズ,これを用いて内挿して得られる地図座標系のブロックの精度,更に,地図座標系のブロックから衛星画像座標系を内挿によって求める逆変換の精度について,地図座標系の画素は対応する衛星画像系の画素の瞬時視野内にあるという厳しい条件の下で検討を行い,NOAA衛星画像のシステム補正を高速に行う手法を提案している。

 第4章は「軌道要素の補正に基づいた精密な幾何補正法」と題し,NOAA衛星画像の高精度な補正法を論じている。第3章で述べられているNOAA衛星の軌道要素と地球のモデルを用いて幾何補正を行うシステム補正法では,衛星の軌道要素の変動により補正された画像に残留誤差が生じている。この残留誤差を除去し,衛星画像の分解能の限界迄,補正された画像の位置精度を向上させるため,地上の基準点(GCP)を用いて残留誤差を求め,残留誤差からその発生要因となる軌道要素の変動量を推定し,求められた軌道要素の変動量をシステム補正にフィードバックして,システム補正のみで高精度な幾何補正を可能とする方式を提案している。衛星の軌道要素の経時変動がどの位生じているかを,公表されている軌道要素から分析すると共に,衛星の軌道要素の変動により生ずる残留誤差の変動傾向を解析し,各軌道要素の変動によって生ずる残留誤差を近似多項式で表している。残留誤差から各軌道要素の変動を推定するために正則法を導入し,各軌道要素による残留誤差の近似多項式を用い,各軌道要素の変動量を推定し,この推定された変動量を加味してシステム補正を行うことにより精度の向上を計る。この操作を繰り返して行うことにより,衛星画像の分解能1.1kmに対応する地図座標系での分解能0.01度の高精度な幾何補正が達成されることを示している。

 第5章は「精密な幾何補正システムの実装」と題し,本研究の成果である精密な幾何補正システムを実装したNOAA衛星データ処理システムについて述べている。受信したNOAA衛星データは,物理量に変換する放射量補正,精密な幾何補正が施され,データベース化される。更に,高精度な幾何補正されたデータを用いて,植生指標や海面温度を求める2次処理を行った画像も生成され,データベース化される。これらの画像データベースをネットワークにより利用可能としているシステムの実現に本研究成果が貢献していることを紹介している。

 第6章は「結論」であり,本研究で得られた成果を纏めている。

 以上これを要するに,本論文は地球環境の把握に非常に有用な手段を提供する気象衛星NOAA画像の高精度な幾何学的歪の補正手法を開発し,地球環境の経時的変動の研究への利用を可能にする等,画像処理技術の進展に寄与するところが多大であり,電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻における博士の学位論文審査に合格したことと認められる。

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