本論文は「半導体薄膜の2次非線形光学特性とその応用」と題し、半導体薄膜構造の、解析法、2次非線形光学定数の評価法、および、波長変換素子への応用をまとめたものである。 近年、光源の短波長化を目指した波長変換素子の研究が盛んであるが、これは情報の大容量化にともない、光記録における記録密度増大への要求に応えるためである。化合物半導体は非常に大きな2次非線形性をもち、その加工技術も高いことから、波長変換素子の材料として非常に有望な材料であるといえる。しかし、多くの場合、可視光領域で強い光吸収を示す基板に成長させたエピタクシャル膜しか得られないため、2次非線形光学定数の値をはじめ詳細な検討は殆どなされていなかった。 本論文の目的は、上記を背景として、半導体材料を用いたコンパクトで高効率な波長変換素子の実現を目指すことであり、そのために、半導体薄膜構造の2次非線形光学特性を明らかにし、有効な素子構造を検討することである。 論文は11章より成っている。 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、及び本論文の構成について述べている。 第2章は「光第二高調波発生の基礎理論」と題し、本論文で用いる光第二高調波発生の基礎理論をまとめている。 第3章は「III-V族化合物半導体の2次非線形性」と題し、化合物半導体の2次非線形性の起源について述べるとともに、その特性を本研究以前に得られている実験データ、理論解析をもとにまとめている。 第4章は「未定係数法による光第二高調波の解析」と題し、Bloembergen以来光第二高調波の解析法として広く用いられてきた未定係数法を説明するとともに、この解析法の薄膜構造への適用について触れ、基板上に成長した薄膜からの反射SHGの表式を初めて導出している。 第5章は「双極子放射理論による光第二高調波の解析」と題し、Sipeによって開発されたGreen関数法について述べるとともに、より一般的な形でGreen関数の導出を行った。さらに本解析法が導波路構造、非線形グレーティング構造を含む薄膜構造の解析において有力な手法であることを示している。 第6章は「多層膜の解析法」と題し、本研究で新たに開発した非線形多層膜構造を解析する強力かつ簡便な解析法について述べている。本解析法は高調波の発生そのものは前出Green関数法で記述し、その伝搬はTransfer Matrix法で取り扱うものであり、複雑な多層膜構造の解析に威力を発揮する。従来法は波動方程式の特解であるbound waveとfree waveとによって場を記述するものであり、直感的イメージに欠けかつ計算そのものも非常に煩雑であった。 第7章は「III-V族半導体の非線形光学定数の評価」と題し、新たに開発した非線形光学定数測定法について述べるとともに、本測定法をIII-V族化合物半導体(AlGaAs系混晶およびAlP)に適用した結果を報告している。本測定法は反射第二高調波法に基づき、薄膜における各種干渉効果を考慮した評価法であり、従来近似的にしか評価されていなかった基板上非線形薄膜の非線形光学定数の正確な評価を可能にするものである。AlGaAs系に関する評価を行い、素子の設計に不可欠な情報である非線形光学定数のAl組成比依存性を得るとともに、これがほぼMiller則に従うことをIII-V族半導体で初めて示した。また、AlPに関する評価では第6章で述べた多層膜解析法を用いその有効性の確認も行っている。 第8章は「面発光型SHG素子」と題し、近年Vakhshooriらによって精力的に研究がなされた面発光型第二高調波発生素子の検証を行った。この素子は解析が複雑であり、報告されている解析結果には疑問の余地があった。また、その特性は統一的に理解されているわけではなく、未知の部分も多い。本研究では前記非線形光学定数の測定値、および多層膜解析法を用いて素子の解析、評価を行い、疑問のあった高調波出力値(報告値)が解析に用いた非線形光学定数の値に起因することを指摘し、さらに、高調波出力の構造依存性を明らかにしている。 第9章は「定在波を利用したコリニアな擬似位相整合素子の提案」と題し、基本波と第二高調波とが同一方向に伝搬するコリニアな擬似位相整合法として、高い効率が期待できる定在波を利用した擬似位相整合法を提案した。材料として第7章で非線形性を評価したAlP/GaPを用い解析を行った結果、高調波出力が断面反射位相に大きく依存することを明らかにするとともに、高効率の高調波出力が得られることを示している。 第10章は「Si/Ge超格子からの光第二高調波発生」と題し、新しい2次非線形材料の探索として、Si/Ge超格子の2次非線形性を調べた結果について述べている。分子線エピタクシー法で作製したSi/Ge超格子から表面SHGよりも大きな反射SHGを初めて観測するとともに、高温アニールにより反射SH強度が減衰することから、観測された反射SHGには超格子からの寄与が大きいことを確認している。 第11章は本論文で得られた結果を簡潔にまとめて「結論」としている。 以上を要約すると、本研究は、波長変換素子材料として有望な化合物半導体に対し、2次の非線形光学特性を評価する新しい手法を開発して、AlGaAs、AlPの2次非線形光学定数を評価し、素子設計に不可欠なデータを測定するとともに、波長変換素子の詳細な検討を行っている。特に素子の検討では前記2次非線形光学定数のデータと併せて、新しく開発した多層膜構造における強力かつ簡便な解析法を駆使し、面発光型SHG素子では高調波出力の構造依存性を明らかにするとともに、さらに高い変換効率が期待できる定在波を利用したコリニアな擬似位相整合素子の提案を行っている。本研究で得られた2次非線形光学定数の評価方法、多層膜構造の解析方法、新しい擬似位相整合法は、波長変換素子の高性能化に向けた材料の評価、構造の最適化に資すること大であり、物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |