学位論文要旨



No 110901
著者(漢字) 李,忠壎
著者(英字)
著者(カナ) リ,チュンフン
標題(和) SnドープIn2O3薄膜の微細構造制御と電気的特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 110901
報告番号 甲10901
学位授与日 1995.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3297号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 本論文は、ITO薄膜に関して、電気的・光学的特性の成膜条件依存性を説明する重要な要素である膜中のSn濃度とその存在形態に関して研究したものであり、また、これらの物性を支配する構造要因の一つである結晶粒配向を人為的に制御することにより物性を制御することを目的とした。本論文は全9章で、大きく六つの内容で構成されている。

 (1)第1、2章は、本論文の研究背景、目的、一般的に知られているITO薄膜に関して簡単に記述した。

 (2)第3章では、7.5wt%のSnO2が含有されているITO焼結体ターゲット(7.17at%、Sn/In)を用いrf magnetron sputtering法で成膜したITO薄膜の膜中のSn濃度、電気的・光学的物性、配向性の間の相関関係を調べた。ターゲット中のSnの濃度が一定にもかかわらず膜中Sn濃度が5.34〜8.99at%の間で変化し、このSn濃度の変化は薄膜の配向性(結晶成長方位)と相関関係があることを確認した。これは、薄膜に取り込まれるSn濃度の変化が結晶成長機構によって支配されていることを示唆していると考えられる。また、ITO薄膜はbixbyite In2O3構造で等方的であるにもかかわらず薄膜の電気的・光学的性質及び格子定数が配向性に依存することが確認できた。これは、ITO薄膜の結晶成長方位により決定されるSn濃度の変化が原因の1つだと考えられる。200℃以上の基板温度で成膜した薄膜の場合、膜中Sn濃度の増加に従ってcarrier濃度が減少し比抵抗が増加した。これは、膜中のSn濃度が過量で、電気的に不活性(nonreducible tin-oxide complex)な原因になるSnが増加した結果と思われる。

 (3)第4、5、6章では、特別な配向性を持つ多結晶ITO薄膜あるいはZnO薄膜を下地層として用いITO薄膜の配向性を制御することにより、膜中のSn濃度や格子定数、電気伝導度の制御を試みた。その結果、同じ条件で薄膜を成膜したにも関らず、<111>配向を持つ薄膜は<100>配向を持つ薄膜より高Sn濃度、大きい格子定数、高比抵抗を持つことが確認できた。wurzeit構造を持つZnO薄膜の(001)面上に結晶系が異なるITO薄膜の(111)面が(111)ITO‖(001)ZnOのpyramid-on-hexagonの関係を持ちheteroepitaxial成長することは、各々の結晶構造中の酸素最密充填面の酸素配列を比較した結果説明できた。また、異なる基板温度で成膜したZnO薄膜上に同一基板温度でITO薄膜を形成し、ZnO薄膜の結晶性によるITO薄膜の結晶性制御を試みた。その結果、ITO薄膜の結晶性と比抵抗が下地層のZnO薄膜の結晶性に依存することが確認できた。

 (4)第7章ではITO薄膜の成膜のために実用化されているdc magnetron sputtering法と活性化蒸着(HDPE)法を用い低基板温度でITO薄膜を成膜した後、X線回折法を用い薄膜の構造を正確に測定した。その結果、どちらの成膜法においてもX線回折パターンの全てのpeakは2つに分岐していることが確認できた。これらの薄膜を湿式でstep etchingを行い、X線回折法で解析した結果、薄膜の断面構造は2層で構成されていることが確認された。

 (5)第8章ではITO薄膜のSnに変わる新しいdopantを探索するため、Snドープの場合と同様にbixbyite In2O3の構造を維持し、理想的にSnより多量のcarrierの提供が可能と考えられるWをdopantとして選び、WをドープしたIn2O3薄膜が透明電極材料として用いられるかを調べた。その結果、WをドープしたIn2O3薄膜はITO薄膜と同様に透明電極材料としての可能性があることが確認できた。

 (6)第9章では、本論文の総括で、以上の結果を要約して記述している。

審査要旨

 本論文は、「SnドープIn2O3薄膜の微細構造制御と電気的特性に関する研究」と題し、In2O3薄膜の形成条件とその電気的、光学的特性の相関関係を説明する重要な要素である膜中のSn濃度とその存在形態に着目して研究しており、これらの物性を支配する構造的要因の一つである結晶粒配向を人為的に制御する複数の方法を発見したものであり、全9章よりなる。

 第1章は序論であり、本研究の行われた背景を概説するとともに、本研究の目的と意義が述べられている。

 第2章では、SnドープIn2O3(ITO)薄膜の結晶構造、電気特性、光学特性について、これまですでに報告されて来た研究成果を、Snドーピングとの相関においてまとめられている。

 第3章では、マグネトロンスパッタリングを用いて作製したITO薄膜の構造、電気特性、光学特性が、その成膜条件に対して持つ依存性を研究している。ここでは、今までのITO研究においてあまり取り上げられなかった、膜中に取り込まれているSn濃度に着目し、それを精密に定量することにより、Sn濃度と薄膜を構成している結晶粒の配向性との相関関係が見いだされている。この知見により、ITO薄膜の格子定数、光学的バンドギャップ、電気特性などの成膜条件依存性が、膜中へのSnの取り込み量を考慮することによる結晶粒配向依存性として説明されている。

 第4、5、6章では、上記の膜物性を決定する重要な要因である結晶粒の配向性を人為的に制御する方法に関する研究成果が記されている。第4章では、大きく配向しているITO薄膜上にさらにITO薄膜を積層した場合、上の層の配向性は広い成膜条件下で下の層の配向性と一致することを見いだした。さらに、第5章では(001)配向していろZnO多結晶膜上に様々な成膜条件下でITO薄膜を形成した場合、すべてのITO薄膜が(111)配向しており、ITO(111)//ZnO(001)関係のヘテロエピタキシャル成長であることを確認した。近年、110薄膜のヘテロエピタキシャル成長に関していくつかの報告がなされているが、これらはすべて特殊な単結晶基板を用いたものであるのに対して、本論文で用いられた下地層は広い成膜範囲内でガラス基板上に(001)に自然配向する性質を有する多結晶のZnO薄膜であるので、応用出来る用途が格段に広いものである。さらに、下地層と結晶系が異なる酸化物薄膜のヘテロエピタキシャル成長の機構に関して、それぞれの酸素原子の最稠密面における原子配置を比較することにより説明されており、この機構は他の酸化物薄膜のヘテロエピタキシャル成長機構を説明する場合にも有効であろうと考えられる。さらに、この方法によって形成された、完全に配向したITO薄膜のSn濃度の定量が行われており、第3章で提示されている「結晶粒配向と膜中Sn濃度の相関関係」を、さらに厳密に解明することに成功している。第6章では、このZnO下地層が有する結晶性が、その上に積層されたITOヘテロエピタキシャル膜の構造や物性に与える影響を詳細に調べたものであり、両者の相関関係が明らかにされている。

 第7章では、150〜200℃と比較的基板温度の低い成膜条件で作製されたITO薄膜が、特殊な2層構造を有していることが、化学エッチングを併用したX線回折法によって明らかにされている。これは、基板温度がアモルファスIn2O3の結晶化温度近傍であるため生じたものであり、固相で結晶化した層と気相で結晶化した層の2層から成ることが解明されている。この低基板温度成膜プロセスは、有機カラーフィルターや有機フィルム上に透明電極を形成する場合に、それらの耐熱限界温度から要求されているものである。

 第8章はSnに変わる新しいドーパントを探索したものであり、WがIn2O3中で電気的に活性になり、ドーパントとして有効であることが示されている。

 第9章では、本論文の成果を要約し、総括を行っている。

 以上、本論文は、ITO薄膜に関して、膜形成過程、膜の構造、膜の諸物性の間の相関関係を新しい着目点から基礎的に研究を深めたものであり、さらに、新規な結晶粒配向制御法を確立したものである。これらの一連の成果は、高精細液晶などの透明電極として、より高い性能を期待されている高性能ITO薄膜の形成を行う上で重要であり、今後のこの分野の研究開発に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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