学位論文要旨



No 110909
著者(漢字) 李,相均
著者(英字)
著者(カナ) イ,サンキュン
標題(和) 新石器時代における韓国南岸と九州地方の文化交流 : 土器群の分析を中心として
標題(洋)
報告番号 110909
報告番号 甲10909
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人文第118号
研究科 人文科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤本,強
 東京大学 教授 今村,啓爾
 東京大学 教授 武田,幸男
 東京大学 助教授 大貫,静夫
 青山学院大学 助教授 田村,晃一
内容要旨

 本稿で重点的に取り扱う時期の九州と韓国南岸は、生態学的観点からみれば照葉樹林帯に属している。地球の温暖化によって各樹林帯の北上はもちろん、海水面の上昇といった変化も現れる。海峡を挟んだ両地域では対馬暖流にのる大型魚類の北上やリマン海流にのる海獣類の南下現象が著しく、当該期の人々はこの自然的条件に合わせて海への適応能力を高めていたものと考えられる。また、両地域は地理的・生態的条件の共通点もあり、この地域を特徴づける石銛・石鋸・結合釣針などの漁撈具からみれば海での交流は必然的なものであったと考えられる。両地域の共通的条件を基盤とした交流の様相は土器型式の発展・変化においても現れるのである。両地域土器の類似性・関連性が認めらわ、編年的比較ができるのは韓国南岸の隆起文土器と西北九州の轟B式土器期からである。アカホヤ火山灰降灰後出現する轟B式の屈曲型器形を持つII群土器の様相が、韓国南岸でみられるのは隆起文土器第2段階である。確実に捉えられる両地域の交流の初期段階であるが、間もなく、すでに広がっていた隆起文土器に同化されるものと考えられる。この隆起文土器と轟B式土器の段階では両地域の交流が積極的であったとはいえない。その後、韓国南岸では隆起文土器に代わって、瀛仙洞式土器が成立する。初出する刺突文・押引文と隆起文土器の影響による沈線文類からなるが、これらの属性は西北九州の西唐津式の文様構成に繋がるものである。轟B式土器第2段階以降みられた砲弾型器形・区画文様帯の属性は西唐津式にも踏襲されており、韓国南岸の瀛仙洞式の特徴を持つ刺突文・押引文の文様が組み合わされ、西唐津式を特徴づける属性として残る。西唐津式第2段階は、韓国南岸にも区画文様帯を持つ西北九州伝統の属性が伝わるようになり、両地域において最も交流が活発に行われる時期である。瀛仙洞式土器の終末になると、瀛仙洞式初期段階でみられなかった三角集線文が韓国南岸にみられるようになり、この文様は曽畑式土器の成立に関与するものと考えられる。曽畑式土器成立期の第1段階ではこの三角集線文を主とする属性と西唐津式伝統の属性とが同時に併行し、第2段階の典型的な曽畑式期を迎えるのである。曽畑式土器第2段階以降は韓国南岸との関連性は少なくなる。九州の各地域において異なる様式の土器起結合しながら中期へ移行するが、ここでは多くの属性において曽畑式土器と断絶する感がある。韓国南岸では太い沈線文を主とする水佳里式へ移行するが、瀛仙洞式土器の多くの属性が繋がりをみせる。かつて、曽畑式土器期に韓半島の有文土器との関連性が漠然と示されたが、本稿の立場からみれば韓国南岸の瀛仙洞式第2段階と西北九州の西唐津式第2段階に最も関連性が深いようである。

 両地域の文化的特徴は自然環境・地理・生態条件が同様であり、生活を営む手段として海へ適応する能力が高まってきたと思われる。特に、環シナ海の海域に棲息する大型魚類・海獣類を捕獲するための漁撈具が創案され、両地域でのみみられる特徴的な漁撈具として存在する。同一漁撈場での両地域の人々の接触は自然発生的なものとなり、土器文様の模倣・黒曜石などの物物交換といった交流が行われたものと考えられる。両地域の土器文化の変化と関連性からみれば、隆起文土器・轟B式土器期に交流が始まり、瀛仙洞式・西唐津式期には最高潮に達するものと思われる。この交流は曽畑式期の古い段階まで持続するものである。

審査要旨

 本論文は、約六千年前を中心にした完新世の「気候適期」の時期に見られる朝鮮半島の南岸と九州地域の文化交流の実態を土器の詳細な分析を基礎にして明らかにしたものである。この分野の研究は長い歴史を持っていはいるが、その分析は表面的なものが多く、具体的な形で分析したものは数少ない。本論文は、朝鮮半島南岸、日本列島西端の該期の土器群の詳細な属性に基づき、当時の文化交流の実態を分析したもので、画期的な成果ということができる。

 近年、多くの調査が実施され、質量ともに豊富になっている基礎資料をよく渉猟し、詳細な時期区分、属性ごとの地域を限っての分類、それを基礎にした土器群の内容の解析、形式学的な解釈、その持つ意味を東アジアの先史文化の中に位置づけるなど、分析方法においても斬新な手法が用いられている。先行研究の内容を十分に理解し、そこにおける問題点を明らかにし、その上にたって、自らの説を論述する方法を採用しており、方法論的に見てもオーソドックスな方法が採られている。土器群の中から広範囲に分布する土器とそれぞれの地域の在地の土器とを峻別し、分析にかかるなど属性分析と呼ばれる方法が駆使されており、高い説得力を持っている。

 土器の分類がやや機械的に流れている点など今後に期待する点がないわけではないが、その成果は顕著なものがある。博士(文学)を授与するのに値する論文である。

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