学位論文要旨



No 110912
著者(漢字) 森田,ひろみ
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,ヒロミ
標題(和) 視覚的注意の認知科学的研究 : 特徴統合過程との関連を中心に
標題(洋)
報告番号 110912
報告番号 甲10912
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(心理学)
学位記番号 博人文第121号
研究科 人文科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二木,宏明
 東京大学 教授 立花,政夫
 東京大学 助教授 高野,陽太郎
 東京大学 助教授 下條,信輔
 専修大学 教授 中谷,和夫
内容要旨

 「注意」の機能は人間の情報処理において大きな役割を果たしており,その機構を解明することは人間の情報処理機構を明らかにする上で非常に重要である.本研究では,注意を「外界の多くの情報の中から一部を選択して処理するための情報選択機能」と定義した上で,実際の情報処理機構に即した形で注意機構のモデル化を行う.具体的には,特徴統合という情報処理過程に着目する.

 外界の視覚情報は,脳内でいったん輝度,色などの単純特徴ごとに別々にコードされ,それぞれ独立したモジュール内で処理された後に再び統合されて知覚される.この特徴統合の過程において注意が重要な働きをしていると言われているが,どのように関わっているかはまだ良くわかっていない.そこで本研究では主に特徴統合の過程について詳しく調べることによって,注意の時間・空間特性について明らかにし,それを基に注意のモデルを構築した.以下,第2章以降の内容について述べる.

 まず第2章では,随意的注意の空間特性を調べることを目的として,「サッケードの平均化効果」について実験した,凝視点から見てターゲットと同じ方向に非ターゲットを提示した場合(同方向条件)と,異なる方向に提示した場合(異方向条件)で平均化効果の大きさを比較したところ,平均化効果に対する随意的注意の影響が刺激配置により異なることがわかった.この結果は,注意の空間選択性に異方性があることを示していると考えられる.

 このような注意の異方性は,これまでの注意研究では全く報告されていない,そこで第3章では,結合錯誤に関して同じように異方性が見られるかどうかを調べた.

 「結合錯誤」とは,個々の特徴を正しくとらえていながら,それらを誤って結合する現象であるが,属性ごとに検出された特徴を統合する過程における注意の働きを反映していると考えられている.同方向条件と異方向条件の間で結合錯誤の割合を比較した結果,同方向条件では異方向条件に比べて多くの結合錯誤が生じた(「結合錯誤の異方性」).また,同方向条件において外側の形特徴と内側の色特徴が結合する「結合錯誤の方向性」が示された.

 結合錯誤に関するこれらの空間的性質は,刺激提示直後の注意の過渡的な動作特性および特徴統合過程の時間特性と深い関係があると考えられる.そこで,以下の章でこれらの点について調べた.

 第4章では,物体の出現等の外界の時間的変化によって,不随意的に注意が駆動されるという刺激駆動型注意の現象について調べた.その結果,刺激駆動的な注意の走査によって知覚過程における刺激の処理順序が設定されることが示された.

 第5章では,特徴統合過程の時間的側面について調べる実験を行い,時系列的に提示された刺激の間で生じる「時間的結合錯誤」現象を報告した.

 第6章では,以上の注意の時間・空間特性および結合錯誤に関する実験結果を総合的に説明するために,空間的結合錯誤と時間的結合錯誤は,どちらも,特徴統合過程に直列的に入力された刺激の特徴間で生じるという新しい解釈を提案した.このような解釈をもとに,特徴統合および統合過程で働く注意機構のモデルを考案した.モデルは,特定の組み合わせの特徴信号が同時に入力すると反応する「結合検出器」と,この検出器の信号入力経路上の「ゲートシステム」から成り,本論文で得られた実験結果を全て矛盾なく説明できる.

 以上のように,本研究では視覚的注意について,特に特徴統合過程との関連においていくつかの新しい実験事実を示し,それらの事実に基づいて,特徴統合とその過程における注意の働きについてのモデルを提案した.従来の特徴統合および注意のモデルが,大きさが自由自在に変化するスポットライトや一般的な視覚情報処理装置のような抽象的な概念を用いて注意機能を説明するものであったのに対し,このモデルは結合検出器とゲートという具体的な素子を念頭に置いたモデルとして,計算論的検討や生理学との対応付けを可能とするものであり,視覚的注意の研究における意義は大きいと思われる.

審査要旨

 森田論文「視覚的注意の認知科学的研究:特徴統合過程との関連を中心に」は視覚における情報処理過程と注意の過程の相互作用について空間的および時間的特性を検討して注意による視覚的特徴の統合機構のダイナミックな側面の解明を行っている。新しい結合錯誤の現象を発見するとともに計算論的アプローチに道を開く注意のゲートモデルを構成した。

 本研究で行った実験は大きく4つに分けられる。「サッケード眼球運動と空間的注意」の実験では刺激誘導性眼球運動に及ぼす注意の影響をサッケードの中心化効果を指標にして測定し注意の機能の異方性を見出した。「結合錯誤の空間特性」の実験では注意による特徴統合の過程にもその異方性が見られることを確認している。また錯誤して特徴を組み合わせる順序について、固視点を中心にして外側の形特徴と内側の色特徴との組み合わせで結合し易いという一定の傾向があることをも見出した。この現象は注意の過渡的動作特性と特徴統合過程の時間的特性との関係でのみ説明されることを明らかにした意義は大きい。「刺激駆動型注意と主観的時間順序」の実験では刺激駆動性注意の走査順序を制御することによって同時に提示した刺激が知覚される主観的時間順序が異なることを明らかにしている。「特徴統合過程の時間特性」の実験では同じ位置に短時間ずつ交代して提示した図形の間で生じる特徴結合錯誤について検討している。交代提示する図形のペアによって錯誤の生じ易さが異なり、縦棒と横棒とで最も誤りやすく、スポットライトの大きさで錯誤が決まるという解釈を否定、しているのは興味深い。

 以上の実験結果を踏まえて特徴結合の検出器とその入力経路のゲート素子の組合せを構成単位とする多段階・再帰的結合検出システムのモデルを提案している。ゲートは位置について競合的に、特徴について協調的に動作するとしている。ゲート・モデルの協調と競合のメカニズムについては今後さらに精緻化されることを期待する。知覚心理学には空間を位置によって第一義的に定義するのでなく、速度と複合した相空間として理解してきた伝統がある。空間的注意が特徴統合に果たす機能を検討するとき、空間を静力学的な位置だけでなく動力学的に相空間として捉えることが求められる。その意味で本研究は特徴統合過程を注意の空間特性だけから解釈する従来の傾向に代わって時間特性の面から併せて解明する実験的アプローチを展開した意義は大きく、今後の注意研究に大きな影響を与えるものとして高く評価される。

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