内容要旨 | | 高速回転する恒星としては,Be星のような早期型星や中性子星があるが,これらの現実的な回転星の力学的・熱的構造はまだ十分には解明されていない.これは,粘性や化学組成の非一様性などの回転星における現実的な物理過程や状態,あるいは,回転星の構造の時間的な変化などを考慮することが現在の時点では困難なためである.数学的には,自己重力の項を含む非線形偏微分方程式系の境界値(そして時には初期値)問題を扱うことになり,その解を求めることが容易ではないためであるともいえる. 一般に,回転星内部の熱的構造を考慮しようとすると,等密度面と等温面と等圧力面等が一致しないで,互いに傾くというbaroclinicityがあらわれる.そうした回転星の力学的・熱的(準)定常状態の扱いとしては,1)baroclinic星を遅い回転を仮定した摂動論で扱ったり,2)子午面内の流れの速度が小さいと仮定し,さらに回転則を与えることによって回転星をpseudo-barotropicとみなして,重力+遠心ポテンシャル一定の面上でエネルギーの方程式を平均化するということを用いて熱的な構造を取り入れた議論などがなされていた.しかし,これらの扱いでは高速回転星を考えるには不十分であったり,表面付近での速度に関する境界条件に問題が残されている. ところで,回転星の輻射領域で定常性・非粘性・軸対称性を仮定すると,熱的に安定な解が存在しないと予想されている.そこで,多くの研究者は粘性や時間依存性を考慮して子午面内に流れのある解を求めようとしてきた.その際,子午面内の流れの速度は小さいとして線形化して扱われているが,表面付近での子午面流の速度に特異性があらわれる.そこで,流れの非線形項を取り入れたり,粘性や時間依存性も考慮して解く必要があると考えられてきた.計算機の発達と回転星の数値計算法の発展によって,将来的にはこれらの効果をすべて厳密に取り扱うことが可能となるであろう.しかし現時点では,これらの要素を一度に全て取り入れることは問題を複雑にするので,私の研究ではそうした要素を段階的に取り入れて行くことを試みる.その際,従来のbarotropicな回転星の定常状態の研究と異なるのは,回転則を求める必要がでてくることである.そこで,回転則を求める数値計算コードを確立しておくことが重要となる. 高速回転するbaroclinic星の(準)定常状態としては,子午面内に流れのないものと流れを伴うものとがあると考えられる.子午面内に流れのないbaroclinic星の構造は,これまで回転星の(準)定常状態と言う見地から,遅い回転を仮定した摂動論の範囲のみで議論されていた.子午面内の流れのない解の角速度分布は赤道面からの高さに依存するが,一様な化学組成で輻射平衡にある場合,このような回転星は短波長の摂動に対し熱的に不安定になる(Goldreich-Schubert-Fricke不安定).しかし,その際に重要なことは,非線形性を考慮した安定性解析によると,この不安定性はEddington-Sweetの子午面環流の時間尺度程度でしか成長しないことである. Eddington-Sweetの子午面環流の時間尺度は,Kelvin-Helmholtzの時間尺度に重力エネルギーと回転エネルギーの比をかけた程度の値である.典型的な主系列星では1千万年程度の比較的長い時間尺度となる.したがって,不安定とはいえ,回転周期や動的現象の時間尺度に比べて十分に長く,その定常状態を求めることには意味がある.しかも,子午面環流のないものは,問題としては流れのある場合に比べて単純で扱いやすい.そこで,最初に,私は子午面環流のない大きく変形した高速回転baroclinic星の構造と回転則を求める数値コードを開発することにした. ここでは,軸対称・赤道面対称・非粘性・一様な化学組成・子午面内の流れがなく定常であることを仮定する.私の方法は,上述の仮定の下で,回転星を記述する非線形偏微分方程式系,即ち1)静水圧平衡の式の動径方向成分,2)静水圧平衡の式の回転(curl)部分,3)Poisson方程式および4)輻射平衡の式を書き下し,それらを差分化して得られた非線形代数方程式系をNewton-Raphson法で逐次的に解くものである.その際,私は特に次のような工夫を行った. 1)流体の表面の形状を表す式を流体の方程式と同時に解くようにした.自己重力流体は有限の大きさを持ち,その外部は真空の領域である.そこで,星の表面の変形を境界の満たすべき式を用いて計算し,表面の位置にあわせた座標変換をすることで変形の効果を流体の基本方程式の中に取り入れるような工夫を行った.この方法では,流体の存在する領域のみを扱え,流体の存在しない真空領域を扱わずにすむようになり,計算方法上・計算効率上ともに非常な利点がある. 2)楕円型の微分方程式は,積分形で表現する.そうすることにより,無限遠や境界面での境界条件を考慮にいれやすいからである.したがって,偏微分方程式を直接解く際に現れる境界条件の扱いにおける困難を伴わない.さらに,積分形の方程式は数値的に安定に解けるという性質を持っており数値計算に適している.具体的には,Poisson方程式はGreen関数を用いて積分形に直し,これをさらにLegendre展開する.また,輻射平衡の式もGreenの公式を用いて積分形に直し,Legendre展開したものを用いる.これにより,対流核と輻射領域の両方が現われる回転星についても,解が求まりやすくなる.上述の表面の形状にあわせた座標変換は,積分範囲を変換することで積分形の式に取り入れることができる. 私は,このようにして開発した数値計算コードを用いて,輻射平衡にある高速回転しているbaroclinic星の定常解を世界で初めて求めることに成功した.計算を行った具体的なモデルでは,状態方程式としては理想気体の状態方程式を用いる.恒星の構造に関しては,以下の三通りを考える.それらは,恒星全体が輻射領域であるようなuniform source model,星の中心付近に対流核が存在しその外に輻射領域のあるPoint source model(Cowling model),そして,星の中心付近が輻射領域でその外側に対流領域のある太陽以下程度の質量のlower main sequence starである.吸収係数は,初めの二つについては電子散乱を,三番目のものについてはKramersの吸収係数を用いた.これは従来の摂動計算でなされた計算と同一の条件にして,結果を比較するためでもある. 前述のとおり,従来研究されてきたbarotropeの場合と大きく異なるのは,回転則を求めなくてはならない点である.baroclinic星では等密度面と等圧力面の傾きが回転則のz-軸方向の分布を決める.従ってbarotrope星の様に回転軸からの距離のみに依存する回転則を前もって与えることはできない.回転則に関して自由度があるのは,赤道面上での分布を与えることだけである.uniform source modelとlower main sequence starでは,速度が赤道面上でほぼ一定になるような回転則を与えたものを求めた.Point source modelでは中心に対流核ができるので,対流核には剛体回転を与え,輻射領域では赤道面上に速度がほぼ一定になるように回転則を与えた. 計算の結果,球対称に近い場合では,星の半径や光度は球対称での結果によく一致し,回転則は摂動論の結果に定性的に一致した.大きく変形した高速回転の場合は,等密度面と等温面が互いに傾いているbaroclinicityが当然のことながら現われた.角速度分布の半径依存性は,中心から表面に向かって減少する傾向になっている.特に,中心付近での角速度分布は赤道面上での回転則の与え方に強く依存して,ほぼ球的な分布のものや縦長の差動回転的な分布のもの等が求まった.今回の計算では,赤道面上で角速度の境界条件として回転則を適切に与えたので,軸対称な摂動モードに対して力学的に安定な解のみが求まった. 私は,本論文で高速回転しているbaroclinic星の定常状態を求める計算コードの開発を行った.今後は,このコードを使うことによって,高速回転するbaroclinic星の長波長摂動に対する安定性を調べるための,平衡状態を求めることが可能となる.(GoldreichとSchubertやFrickeらの安定性の議論は短波長の摂動に対するものである.) また,私は数値コードの開発にあたって,拡張性を念頭に置いて基礎方程式を直接差分化して取り扱うことを行い,それに成功したので,粘性,子午面内の流れ,化学組成の非一様性や時間依存性などの効果を,今後順次取り入れて行くことが比較的容易である.数値コードをそのように拡張することにより,現実的な高速回転星の構造を求めることが近い将来可能となる. さらに,ここで開発した手法は,回転星の熱的な時間変化をimplicitに計算する流体シミュレーションコードヘ拡張が可能であると考えられる.回転星の短波長摂動に対する安定性の議論から定常解は熱的に不安定であるので,実際には複数の準定常状態の間を熱的な時間尺度でゆっくり振動している可能性があるが,そうした計算はimplicit的な計算法によらなくては計算できないので,本論文はそうした研究の基礎となる重要な出発点となるものである. |