学位論文要旨



No 110924
著者(漢字) 瓜生,康史
著者(英字)
著者(カナ) ウリュウ,コウジ
標題(和) 高速回転バロクリニック星の構造
標題(洋) Structure of rapidly rotating baroclinic stars
報告番号 110924
報告番号 甲10924
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第55号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 教授 杉本,大一郎
 東京大学 教授 永野,三郎
 東京大学 助教授 戎崎,俊一
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
内容要旨

 高速回転する恒星としては,Be星のような早期型星や中性子星があるが,これらの現実的な回転星の力学的・熱的構造はまだ十分には解明されていない.これは,粘性や化学組成の非一様性などの回転星における現実的な物理過程や状態,あるいは,回転星の構造の時間的な変化などを考慮することが現在の時点では困難なためである.数学的には,自己重力の項を含む非線形偏微分方程式系の境界値(そして時には初期値)問題を扱うことになり,その解を求めることが容易ではないためであるともいえる.

 一般に,回転星内部の熱的構造を考慮しようとすると,等密度面と等温面と等圧力面等が一致しないで,互いに傾くというbaroclinicityがあらわれる.そうした回転星の力学的・熱的(準)定常状態の扱いとしては,1)baroclinic星を遅い回転を仮定した摂動論で扱ったり,2)子午面内の流れの速度が小さいと仮定し,さらに回転則を与えることによって回転星をpseudo-barotropicとみなして,重力+遠心ポテンシャル一定の面上でエネルギーの方程式を平均化するということを用いて熱的な構造を取り入れた議論などがなされていた.しかし,これらの扱いでは高速回転星を考えるには不十分であったり,表面付近での速度に関する境界条件に問題が残されている.

 ところで,回転星の輻射領域で定常性・非粘性・軸対称性を仮定すると,熱的に安定な解が存在しないと予想されている.そこで,多くの研究者は粘性や時間依存性を考慮して子午面内に流れのある解を求めようとしてきた.その際,子午面内の流れの速度は小さいとして線形化して扱われているが,表面付近での子午面流の速度に特異性があらわれる.そこで,流れの非線形項を取り入れたり,粘性や時間依存性も考慮して解く必要があると考えられてきた.計算機の発達と回転星の数値計算法の発展によって,将来的にはこれらの効果をすべて厳密に取り扱うことが可能となるであろう.しかし現時点では,これらの要素を一度に全て取り入れることは問題を複雑にするので,私の研究ではそうした要素を段階的に取り入れて行くことを試みる.その際,従来のbarotropicな回転星の定常状態の研究と異なるのは,回転則を求める必要がでてくることである.そこで,回転則を求める数値計算コードを確立しておくことが重要となる.

 高速回転するbaroclinic星の(準)定常状態としては,子午面内に流れのないものと流れを伴うものとがあると考えられる.子午面内に流れのないbaroclinic星の構造は,これまで回転星の(準)定常状態と言う見地から,遅い回転を仮定した摂動論の範囲のみで議論されていた.子午面内の流れのない解の角速度分布は赤道面からの高さに依存するが,一様な化学組成で輻射平衡にある場合,このような回転星は短波長の摂動に対し熱的に不安定になる(Goldreich-Schubert-Fricke不安定).しかし,その際に重要なことは,非線形性を考慮した安定性解析によると,この不安定性はEddington-Sweetの子午面環流の時間尺度程度でしか成長しないことである.

 Eddington-Sweetの子午面環流の時間尺度は,Kelvin-Helmholtzの時間尺度に重力エネルギーと回転エネルギーの比をかけた程度の値である.典型的な主系列星では1千万年程度の比較的長い時間尺度となる.したがって,不安定とはいえ,回転周期や動的現象の時間尺度に比べて十分に長く,その定常状態を求めることには意味がある.しかも,子午面環流のないものは,問題としては流れのある場合に比べて単純で扱いやすい.そこで,最初に,私は子午面環流のない大きく変形した高速回転baroclinic星の構造と回転則を求める数値コードを開発することにした.

 ここでは,軸対称・赤道面対称・非粘性・一様な化学組成・子午面内の流れがなく定常であることを仮定する.私の方法は,上述の仮定の下で,回転星を記述する非線形偏微分方程式系,即ち1)静水圧平衡の式の動径方向成分,2)静水圧平衡の式の回転(curl)部分,3)Poisson方程式および4)輻射平衡の式を書き下し,それらを差分化して得られた非線形代数方程式系をNewton-Raphson法で逐次的に解くものである.その際,私は特に次のような工夫を行った.

 1)流体の表面の形状を表す式を流体の方程式と同時に解くようにした.自己重力流体は有限の大きさを持ち,その外部は真空の領域である.そこで,星の表面の変形を境界の満たすべき式を用いて計算し,表面の位置にあわせた座標変換をすることで変形の効果を流体の基本方程式の中に取り入れるような工夫を行った.この方法では,流体の存在する領域のみを扱え,流体の存在しない真空領域を扱わずにすむようになり,計算方法上・計算効率上ともに非常な利点がある.

 2)楕円型の微分方程式は,積分形で表現する.そうすることにより,無限遠や境界面での境界条件を考慮にいれやすいからである.したがって,偏微分方程式を直接解く際に現れる境界条件の扱いにおける困難を伴わない.さらに,積分形の方程式は数値的に安定に解けるという性質を持っており数値計算に適している.具体的には,Poisson方程式はGreen関数を用いて積分形に直し,これをさらにLegendre展開する.また,輻射平衡の式もGreenの公式を用いて積分形に直し,Legendre展開したものを用いる.これにより,対流核と輻射領域の両方が現われる回転星についても,解が求まりやすくなる.上述の表面の形状にあわせた座標変換は,積分範囲を変換することで積分形の式に取り入れることができる.

 私は,このようにして開発した数値計算コードを用いて,輻射平衡にある高速回転しているbaroclinic星の定常解を世界で初めて求めることに成功した.計算を行った具体的なモデルでは,状態方程式としては理想気体の状態方程式を用いる.恒星の構造に関しては,以下の三通りを考える.それらは,恒星全体が輻射領域であるようなuniform source model,星の中心付近に対流核が存在しその外に輻射領域のあるPoint source model(Cowling model),そして,星の中心付近が輻射領域でその外側に対流領域のある太陽以下程度の質量のlower main sequence starである.吸収係数は,初めの二つについては電子散乱を,三番目のものについてはKramersの吸収係数を用いた.これは従来の摂動計算でなされた計算と同一の条件にして,結果を比較するためでもある.

 前述のとおり,従来研究されてきたbarotropeの場合と大きく異なるのは,回転則を求めなくてはならない点である.baroclinic星では等密度面と等圧力面の傾きが回転則のz-軸方向の分布を決める.従ってbarotrope星の様に回転軸からの距離のみに依存する回転則を前もって与えることはできない.回転則に関して自由度があるのは,赤道面上での分布を与えることだけである.uniform source modelとlower main sequence starでは,速度が赤道面上でほぼ一定になるような回転則を与えたものを求めた.Point source modelでは中心に対流核ができるので,対流核には剛体回転を与え,輻射領域では赤道面上に速度がほぼ一定になるように回転則を与えた.

 計算の結果,球対称に近い場合では,星の半径や光度は球対称での結果によく一致し,回転則は摂動論の結果に定性的に一致した.大きく変形した高速回転の場合は,等密度面と等温面が互いに傾いているbaroclinicityが当然のことながら現われた.角速度分布の半径依存性は,中心から表面に向かって減少する傾向になっている.特に,中心付近での角速度分布は赤道面上での回転則の与え方に強く依存して,ほぼ球的な分布のものや縦長の差動回転的な分布のもの等が求まった.今回の計算では,赤道面上で角速度の境界条件として回転則を適切に与えたので,軸対称な摂動モードに対して力学的に安定な解のみが求まった.

 私は,本論文で高速回転しているbaroclinic星の定常状態を求める計算コードの開発を行った.今後は,このコードを使うことによって,高速回転するbaroclinic星の長波長摂動に対する安定性を調べるための,平衡状態を求めることが可能となる.(GoldreichとSchubertやFrickeらの安定性の議論は短波長の摂動に対するものである.)

 また,私は数値コードの開発にあたって,拡張性を念頭に置いて基礎方程式を直接差分化して取り扱うことを行い,それに成功したので,粘性,子午面内の流れ,化学組成の非一様性や時間依存性などの効果を,今後順次取り入れて行くことが比較的容易である.数値コードをそのように拡張することにより,現実的な高速回転星の構造を求めることが近い将来可能となる.

 さらに,ここで開発した手法は,回転星の熱的な時間変化をimplicitに計算する流体シミュレーションコードヘ拡張が可能であると考えられる.回転星の短波長摂動に対する安定性の議論から定常解は熱的に不安定であるので,実際には複数の準定常状態の間を熱的な時間尺度でゆっくり振動している可能性があるが,そうした計算はimplicit的な計算法によらなくては計算できないので,本論文はそうした研究の基礎となる重要な出発点となるものである.

審査要旨

 本論文では、高速回転星の定常状態の力学的構造と熱的構造および回転則を得ることのできる新しい数値計算手法が提案され、その手法にしたがった数値計算コードを使って高速回転星の構造と回転則を世界で初めて得ることに成功している。

 高速回転する恒星が定常状態にあるときの内部構造は、最近になってようやく力学的構造が得られるようになった段階で、熱的構造に関しては矛盾のない解を得ることはできていなかった。高速回転星の構造を求める際の最大の困難は、非球対称な重力場を考慮しなくてはならないことにある。重力ポテンシャルを支配するポアッソン方程式は楕円型の偏微分方程式であり、境界値を与えることによって求められる。ところが、回転星の問題では境界をなす恒星の表面が未知であるので、「境界のわかっていない楕円型偏微分方程式の自由境界値問題」として扱わなくてはならないことが困難の原因である。さらに、輻射平衡の領域の熱的な構造を考えようとした場合、温度・圧力・密度それぞれが一定となる面の交差する状況が生まれる。その状況にある恒星がバロクリニック星で、その回転角速度は回転軸からの距離と赤道面からの距離の関数でなくてはならない。またその回転則の分布は、境界条件を除いて外部から自由に与えられないため、回転則も恒星の構造と矛盾しないように解く必要がでてくる。このような回転則を含めて高速回転星の構造を解くことは、これまでに開発されている手法ではできなかった。それに対し、本論文ではバロクリニック星の構造を回転則まで含めて計算できる新たな解法が開発され、それを使って新たな解を得ることに成功しているのである。

 本論文は5章にわかれている。第1章では、これまでになされてきた現実的な回転星の構造を求める研究が概観されている。子午面環流のない回転星の現実的なモデルは、これまでに多くの研究がなされてきたが、以下の点で不十分であることが議論されている。第一には、それらのバロクリニック星は回転が遅いとして球対称星からの摂動によってしか調べられていなかった。第二には、現実的な回転星の熱的な構造を求めるのに、温度一定面と圧力一定面とが同じになると仮定されてきた。その場合にはエネルギー生成率の分布が現実的でない、きわめて特殊なものとなってしまう。また子午面環流を考慮する扱いもなされてきたが、それらも摂動計算であるかバロトロープ性を仮定したものであった。このような状況で、本論文提出者は、最終的には子午面環流も含む非定常状態にある回転星の構造を解く計算法を開発するための第一段階として、子午面環流がなく定常状態にある軸対称バロクリニック星の構造を求めることを試みていて、本論文によって定常解を得ることのできる強力な計算法が確立されている。

 第2章にはバロクリニック星の構造を解く際の仮定と基本方程式および境界条件が示されている。一般に恒星の内部には輻射平衡にある領域と対流平衡にある領域があるため、それぞれの領域に対応するエネルギーの式が用いられる。通常、これらの連立偏微分方程式は差分化して解かれるが、本論文ではそれと異なる特別の工夫がなされている。第一には角速度に関する式が、成分表示された運動方程式に対する両立条件を使って微分方程式として導き出されている。第二に、輻射領域でのエネルギーの式が、温度に対してラプラシアンの作用した形になっていることの重要性に注意がむけられている。ラプラシアンは隋円型の偏微分作用素であるので、問題はバロクリニック星の表面や輻射領域と対流領域との境目を境界とする境界値問題となる。楕円型微分方程式の境界値問題における本質は、境界からの全情報を取り入れることで内部の解が定まることにある。本論文提出者はこうした問題では方程式を微分形ではなく積分形に表示することが適していることを見抜き、温度に関する式を未知の恒星表面や2つの領域の未知の境界面での境界条件を取り入れた積分方程式に変換した。この工夫は本論文提出者によって初めてなされたものであり、また問題の数学的・物理学的構造をうまく表現したもので、数値計算を実行する際にも安定に解を求めることに大いに寄与するものである。

 続いて第3章では、前章で与えた方程式を数値的に解く方法が示されている。その際に、(1)ニュートン重力の範囲では、物質のある領域のみで重力場が決定されてしまうこと、(2)真空領域を扱うことが数値計算における計算量の面から不利であること、そして(3)物質と真空領域のつなぎめでは式の扱いが面倒になることの理由から、恒星の表面に沿った座標系が導入されている。そして、基本方程式が新しい計算座標系の格子点上で差分化され、得られた非線型連立代数方程式はニュートン・ラフソン法を使って解かれることが説明されている。

 第4章では、回転バロクリニック星として3種類の代表的な場合の平衡状態の解系列が世界で初めて求められている。第一には、エネルギー発生率が恒星全体で一様であるというモデルで、変形の度合を変えて行くことにより回転の割合が変化する系列として求められている。角速度の子午面内分布としては、中心領域で角速度一定の面が楕円的な形状となり、回転軸から離れるにしたがって赤道面に垂直的になるという結果が示されている。第二には、重い質量の主系列星を近似するモデルが計算されている。重い質量の主系列星では、中心部に対流領域があり外層が輻射領域となる。そこで中心領域に点状のエネルギー発生源があると仮定することで、対流核と輻射外層のある回転バロクリニック星のモデルが計算されている。角速度分布は中心の対流核では一様回転であるが、エネルギー生成率が一様の場合と比べて全体としてバロクリニックの傾向が外層まで続いていることが述べられている。また、エネルギー発生源が点源のモデルでは、球対称からの摂動論によってRoxburghなどの研究者が角速度分布を求めているが、その結果と一致していることも示されている。第三には、太陽質量かそれよりも軽い恒星を近似するモデルが計算されている。そのような軽い恒星では中心部が輻射領域となり、外側には対流層が存在する。角速度分布は中心の輻射領域では楕円的な分布をし、外層の対流領域では赤道面からの距離に依存しない分布となっていることが示されている。こうしたモデルは、本論文の計算法によって初めて得ることができたものである。

 最後に第5章では、バロクリニック星の安定性が議論されている。バロクリニック星に関しては、軸対称な摂動に対する動的安定性と熱的安定性がこれまでに多くの研究者によって調べられてきた。動的な安定性では、比角運動量が回転軸からの距離の増加関数であれば安定であることがわかっており、本論文で計算されたモデルはすべてこの条件を満たしていることが述べられている。一方、化学組成が一様な場合には、角速度に赤道面からの距離依存性があると熱的な不安定性が起きることがわかっているが、その不安定性の成長率は熱の伝わる時間尺度か、子午面環流が子午面内を一周する時間尺度程度であると見積もられており、動的な時間尺度(高速に回転している場合の回転周期程度で、典型的には数時間)に比べると、1億倍以上のゆっくりとしたものであることが議論されている。したがって、本論文で求められているモデルは、進化のある段階にある準定常的な恒星の構造を求めたものである。もちろん、恒星の進化の面からすると回転則に対する境界条件を自由に与えられるわけではなく、角運動量の分布の時間変化を子午面環流等を考慮して調べなくてはならないが、それは今後の課題として残されている。しかし、本論文で提示された定常状態の角速度分布を解くという計算手法は、ゆっくりとした時間尺度での角速度分布の変化を求める際にも応用可能なものであり、そうした将来の研究へ拡張できる可能性を持っていると評価することができる。

 以上を要するに、論文提出者は世界でこれまでに誰も解を与えることのできなかった高速回転するバロクリニック星の定常状態の構造と回転角速度分布を求める問題に対して、解を得ることのできる数値計算コードを開発し、それを使っていくつかの代表的な恒星のモデルを得ることに成功している。論文提出者は天体物理学における回転星の研究の分野で重要な寄与をしている。よって本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると、審査委員会の全員の意見が一致した。

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