自然界において、餌となる種とその天敵との関係は、生物群集の中にあってそれらの種の集団がどのようなふるまいをするかという観点から長らく注目されてきた。この捕食作用の効果を研究するにあたり、自然群集は多数の種が食物連鎖で結ばれており対象として複雑すぎるので、まず食われるものと食うものの2種を取り出して実験系でその個体数変動を解析する研究がしばしば行われてきた。その中でも材料としての有効性から特に研究対象になったのが、昆虫の寄生とそれに寄生し食べて殺す捕食寄生者(寄生蜂など)である。 寄主と捕食寄生者は、単純な数理モデルでは絶滅がおこるのに対し、野外では多くの場合共存持続している。これまで系を持続させる様々な要因が提示されてきたが、理論研究が先行する一方で、実証研究、特に長期実験系を用いたそれらの要因の効果の検証はほとんどされてないのが現状である。 そこで本研究では、実験系の分析とそれにもとづくモデル解析によって、捕食寄生系を持続させる要因の抽出とその影響の量的評価を行った。持続要因として特に注目したのは、寄主集団の時間的・空間的構造である。実験材料には、寄主にCallosobruchus属のマメゾウムシ、捕食寄生者にコマユバチの一種Heterospilus prosopidisを用いた。この寄生蜂に攻撃されるのは、マメゾウムシが終齢幼虫から蛹の間に限られている。寄生集団の時間的構造として、この被攻撃期間に注目した。 また、豆一粒はマメゾウムシの幼虫にとって資源であり生息場所でもあるが、この小さな資源パッチを共有できる同種個体の数に限りがある。幼虫期の資源空間の配分は、被攻撃期の寄主数にも影響するので、これを寄主集団の空間的構造として注目した。 なお本研究では、軟X線解析を適用することで、従来観測が困難なため無視されがちだった豆内の寄主幼虫・蛹の分布や個体数の動態を調べることに成功した。この時期の寄主は被攻撃期間にあること、かつ豆一粒の資源空間の配分を行っていることから、その時空間分布の解析はこのような集団構造の寄生-捕食寄生蜂系の持続性への影響を解明するために必須である。さらに幼虫生存率の定式化では、一粒の豆という微視的スケールにおけるパラメタをこの手法を用いて測定し、それをもとに巨視的スケールでの集団を記述することができた。 (1)被攻撃期間が寄主-捕食寄生者系の持続性に及ぼす影響(第III章) アズキゾウムシC.chinensisとコマユバチH.prosopidisを用いて2つの飼育温度(30℃と32℃)で長期実験系の動態と持続時間を測定した。長期実験系は、豆を5gずつ10日ごとに更新して維持した。寄主と寄生蜂は初期に導入された後、いずれかの構成種が消滅するまで10日ごとに個体数を算定しながら維持された。そして、実験開始からいずれかの構成種が消滅した日までの日数を系の持続日数とした。その結果32℃の温度条件では30℃よりも寄主-捕食寄生者系の持続日数は有意に短かった。2℃の温度上昇による発育スケジュールの変化と、温度に伴って値が変わる産卵数などの生活史形質の変化が、32℃での持続性低下の原因と考えられた。それらの温度依存のスケジュールや生活史形質を調べた短期実験の結果、32℃では寄主の被攻撃期間が長くなり、寄生蜂の発育期間、寄主の増殖力も変化していた。 持続性変化の主要な原因を絞るため、齢構造をとりいれた差分方程式のモデルを構築した。このモデルでは、寄主の発育スケジュールが若齢期・被攻撃期・成虫期からなり、捕食寄生者では若齢期・成虫期からなる。どちらも虫は一日単位で加齢する。短期実験で実測したさまざまな生活史パラメタの値をモデルに反映させた。C.chinensisとH.prosopidisの個体数動態を最長1000日までシミュレートしたところ、実際の変動とほぼ同じ周期を再現できた。パラメタを30℃を標準値として少しずつ変えた感度分析により、30℃の値から32℃の値に変えても持続性に影響しないか増加する要因は、30℃の系で見られた持続性低下の原因からは除いていった。持続性を低下させ得るのは被攻撃期間の延長で、被攻撃期間が9日以上になると系は持続できないことがわかった。実際の30℃の系では被攻撃期間が8日間で、32℃では9日間だったので、2℃の温度変化によってこの閾値をこえたため共存が短い日数で途絶えたと説明できた。 (2)豆容量が寄主-捕食寄生者系の持続性に及ぼす影響(第IV章) 次に、リョクトウを資源とし、ヨツモンマメゾウムシC.maculatusとアズキゾウムシC.chinensisを寄主として用いて集団の空間構造の違いを比較した。軟X線写真より豆の中の寄主の分布を解析した結果、一粒で成育を完了する最大幼虫数はC.maculatusで2.0匹、C.chinensisで3.5匹であった。短期実験の結果、両者の被攻撃期間は等しいことがわかった。つまり豆内の資源配分(空間構造)だけが異なっていることになる。各々の寄主と捕食寄生者H.prosopidisからなる長期実験系を同時に維持したところ、C.maculatusを寄主とした方がC.chinensisを寄主とした系よりも持続した。よって、豆一粒を少数の個体で配分する寡占型のマメゾウムシの方が、多数で共有する者よりも寄主-捕食寄生者系がより長期にわたって持続することが実験的に示された。 ノイズを含んだ少数の時系列データからリアプノフ指数をもとめる最新の方法(Ellner and Turchin in press)により、最も長く持続したC.maculatus-H.prosopidis系の時系列データの挙動を解析した。その結果、リアプノフ指数は寄主で-4.85と-3.50、寄生蜂で-0.75と-1.67と推定できた。Utida(1957)のC.chinensis-H.prosopidis系と比較すると、今回のC.maculatus-H.prosopidis系の寄主集団のリアプノフ指数は小さく、寡占型であるC.maculatus集団の方が個体群動態がより強く調節されていることが示唆された。資源配分にもみられたようにC.maculatus集団は密度効果が強く効く種で、時系列データのみからの解析でこの生態的特徴が検出されたことは意義深い。 (3)豆容量と被攻撃期間が同時に寄主-捕食寄生者系の持続性に及ぼす影響(第V章) 更に、豆の種類をリョクトウと小粒品種のアズキの2つを設け、寄生を寡占型のヨツモンマメゾウムシC.maculatusと多数共有型のハイイロマメゾウムシC.phaseoliの2種を用いて寄主集団の時間的・空間的構造を違えた4つの系(2×2)を設定した。豆一粒あたりの初期幼虫数(孵化卵数)と羽化虫数のデータを、この期間の密度依存的な個体数変化を表す簡単な式に当てはめ、豆あたり最大幼虫数を推定した。その結果この値はC.maculatusではリョクトウで2.16、アズキで2.75匹、C・phaseoliはリョクトウで7.77、アズキで4.21匹となりC.phaseoliの方がより多数で一粒の豆を共有していることがわかった。 マメゾウムシの餌である豆の種類によって、寄主の発育スケジュールひいては被攻撃期間(寄生集団の時間的構造)を操作した。短期実験の結果では、C.maculatusはリョクトウを資源とした方が2日、C.phaseoliではリョクトウを用いた方が4日、それぞれ被攻撃期間が短くなることがわかった。 寄主-捕食寄生者系の長期実験系を同様に設定して個体数の動態を調べた結果、豆の種類に関わらず寄主の種類の違いは系の持続性に大きな効果をもたらし、寄主がC.maculatusの方がC.phaseoliの系より有意に長く持続した。さらに、豆の種類に応じても持続性は少し影響を受け、リョクトウを用いた方がアズキを用いた系よりも、いずれの寄主においても有意に長く持続した。 時間的・空間的構造の影響と他の要因の関与を確かめるため、第III章で構築した齢構成モデルを用いて寄主-捕食寄生者系の長期的動態のシミュレーション解析を行った。微視的スケール(豆あたり)の最大幼虫数をパラメタにした簡単な式で、巨視的スケール(集団全体)の豆の中での生存率を表した。また短期実験のデータにもとづき、被攻撃期間を発育期間の1/2とおいた。実測したさまざまな生活史形質のパラメタの値をモデルに反映させ、最長1000日目までシミュレートした。豆とマメゾウムシを組み合わせた4つの系間での比較によると、シミュレーション結果は実験系の持続性の傾向とよく一致した。最大幼虫数は、現実的な範囲では小さいほど持続性が大きくなることが明らかになった。被攻撃期間は7〜8日のとき系の持続性が最大になり、それより長くても短くても持続性は低下すること、しかし実際の材料昆虫の現実的範囲では被攻撃期間が短いほど持続性が大きくなることがわかった。短期実験により豆と寄主の組み合わせで変化が生じたその他の要因にそれぞれ標準値を2倍または1/2にして挙動の感度分析を行ったところ、持続性に影響しないか長期実験系の傾向とは反対の作用をもたらしたため、持続性変化の主要因からは除かれた。 捕食寄生者を導入しないアズキ-C.phaseoliの系では平衡集団サイズ(羽化成虫数)が100〜200日の間で徐々に上昇する傾向が観察された。軟X線写真の解析により、豆内の幼虫数の動態にも同様な傾向が確かめられた。また50年前のUtidaの実験データとの比較からH.prosopidisとC.chinensisとの間では被攻撃期間が長くなる方向へ進化が起きていると推測される。このような寄生集団の時空間的構造の進化的側面についても考察した。 (4)まとめ 本研究は、集団の時間的・空間的構造の定量的違いを実験系で分析し、さらにそれらの構造を取り入れたモデルによるシミュレーション解析と併せて、食う者-食われる者のシステムの持続性に及ぼす集団の時空間的構造の影響を定量的に評価した初めての研究である。その主要な結論は以下のようにまとめられる。 (i)被攻撃期間が短いほど寄主-捕食寄生者系の持続性は大きくなる。 (ii)資源配分が寡占型になるほど持続性は大きくなる。 (iii)集団は固有の時空間的構造を有するが、その構造は進化し得るものである。 |