学位論文要旨



No 110926
著者(漢字) 津田,みどり
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,ミドリ
標題(和) 集団の時空間的構造と寄主-捕食寄生者系の動態
標題(洋) Spatio-Temporal Population Structures and Host-Parasitoid System Dynamics
報告番号 110926
報告番号 甲10926
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第57号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 嶋田,正和
 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 教授 杉本,大一郎
 九州大学 教授 矢原,徹一
 京都大学 教授 久野,英二
内容要旨

 自然界において、餌となる種とその天敵との関係は、生物群集の中にあってそれらの種の集団がどのようなふるまいをするかという観点から長らく注目されてきた。この捕食作用の効果を研究するにあたり、自然群集は多数の種が食物連鎖で結ばれており対象として複雑すぎるので、まず食われるものと食うものの2種を取り出して実験系でその個体数変動を解析する研究がしばしば行われてきた。その中でも材料としての有効性から特に研究対象になったのが、昆虫の寄生とそれに寄生し食べて殺す捕食寄生者(寄生蜂など)である。

 寄主と捕食寄生者は、単純な数理モデルでは絶滅がおこるのに対し、野外では多くの場合共存持続している。これまで系を持続させる様々な要因が提示されてきたが、理論研究が先行する一方で、実証研究、特に長期実験系を用いたそれらの要因の効果の検証はほとんどされてないのが現状である。

 そこで本研究では、実験系の分析とそれにもとづくモデル解析によって、捕食寄生系を持続させる要因の抽出とその影響の量的評価を行った。持続要因として特に注目したのは、寄主集団の時間的・空間的構造である。実験材料には、寄主にCallosobruchus属のマメゾウムシ、捕食寄生者にコマユバチの一種Heterospilus prosopidisを用いた。この寄生蜂に攻撃されるのは、マメゾウムシが終齢幼虫から蛹の間に限られている。寄生集団の時間的構造として、この被攻撃期間に注目した。

 また、豆一粒はマメゾウムシの幼虫にとって資源であり生息場所でもあるが、この小さな資源パッチを共有できる同種個体の数に限りがある。幼虫期の資源空間の配分は、被攻撃期の寄主数にも影響するので、これを寄主集団の空間的構造として注目した。

 なお本研究では、軟X線解析を適用することで、従来観測が困難なため無視されがちだった豆内の寄主幼虫・蛹の分布や個体数の動態を調べることに成功した。この時期の寄主は被攻撃期間にあること、かつ豆一粒の資源空間の配分を行っていることから、その時空間分布の解析はこのような集団構造の寄生-捕食寄生蜂系の持続性への影響を解明するために必須である。さらに幼虫生存率の定式化では、一粒の豆という微視的スケールにおけるパラメタをこの手法を用いて測定し、それをもとに巨視的スケールでの集団を記述することができた。

(1)被攻撃期間が寄主-捕食寄生者系の持続性に及ぼす影響(第III章)

 アズキゾウムシC.chinensisとコマユバチH.prosopidisを用いて2つの飼育温度(30℃と32℃)で長期実験系の動態と持続時間を測定した。長期実験系は、豆を5gずつ10日ごとに更新して維持した。寄主と寄生蜂は初期に導入された後、いずれかの構成種が消滅するまで10日ごとに個体数を算定しながら維持された。そして、実験開始からいずれかの構成種が消滅した日までの日数を系の持続日数とした。その結果32℃の温度条件では30℃よりも寄主-捕食寄生者系の持続日数は有意に短かった。2℃の温度上昇による発育スケジュールの変化と、温度に伴って値が変わる産卵数などの生活史形質の変化が、32℃での持続性低下の原因と考えられた。それらの温度依存のスケジュールや生活史形質を調べた短期実験の結果、32℃では寄主の被攻撃期間が長くなり、寄生蜂の発育期間、寄主の増殖力も変化していた。

 持続性変化の主要な原因を絞るため、齢構造をとりいれた差分方程式のモデルを構築した。このモデルでは、寄主の発育スケジュールが若齢期・被攻撃期・成虫期からなり、捕食寄生者では若齢期・成虫期からなる。どちらも虫は一日単位で加齢する。短期実験で実測したさまざまな生活史パラメタの値をモデルに反映させた。C.chinensisとH.prosopidisの個体数動態を最長1000日までシミュレートしたところ、実際の変動とほぼ同じ周期を再現できた。パラメタを30℃を標準値として少しずつ変えた感度分析により、30℃の値から32℃の値に変えても持続性に影響しないか増加する要因は、30℃の系で見られた持続性低下の原因からは除いていった。持続性を低下させ得るのは被攻撃期間の延長で、被攻撃期間が9日以上になると系は持続できないことがわかった。実際の30℃の系では被攻撃期間が8日間で、32℃では9日間だったので、2℃の温度変化によってこの閾値をこえたため共存が短い日数で途絶えたと説明できた。

(2)豆容量が寄主-捕食寄生者系の持続性に及ぼす影響(第IV章)

 次に、リョクトウを資源とし、ヨツモンマメゾウムシC.maculatusとアズキゾウムシC.chinensisを寄主として用いて集団の空間構造の違いを比較した。軟X線写真より豆の中の寄主の分布を解析した結果、一粒で成育を完了する最大幼虫数はC.maculatusで2.0匹、C.chinensisで3.5匹であった。短期実験の結果、両者の被攻撃期間は等しいことがわかった。つまり豆内の資源配分(空間構造)だけが異なっていることになる。各々の寄主と捕食寄生者H.prosopidisからなる長期実験系を同時に維持したところ、C.maculatusを寄主とした方がC.chinensisを寄主とした系よりも持続した。よって、豆一粒を少数の個体で配分する寡占型のマメゾウムシの方が、多数で共有する者よりも寄主-捕食寄生者系がより長期にわたって持続することが実験的に示された。

 ノイズを含んだ少数の時系列データからリアプノフ指数をもとめる最新の方法(Ellner and Turchin in press)により、最も長く持続したC.maculatus-H.prosopidis系の時系列データの挙動を解析した。その結果、リアプノフ指数は寄主で-4.85と-3.50、寄生蜂で-0.75と-1.67と推定できた。Utida(1957)のC.chinensis-H.prosopidis系と比較すると、今回のC.maculatus-H.prosopidis系の寄主集団のリアプノフ指数は小さく、寡占型であるC.maculatus集団の方が個体群動態がより強く調節されていることが示唆された。資源配分にもみられたようにC.maculatus集団は密度効果が強く効く種で、時系列データのみからの解析でこの生態的特徴が検出されたことは意義深い。

(3)豆容量と被攻撃期間が同時に寄主-捕食寄生者系の持続性に及ぼす影響(第V章)

 更に、豆の種類をリョクトウと小粒品種のアズキの2つを設け、寄生を寡占型のヨツモンマメゾウムシC.maculatusと多数共有型のハイイロマメゾウムシC.phaseoliの2種を用いて寄主集団の時間的・空間的構造を違えた4つの系(2×2)を設定した。豆一粒あたりの初期幼虫数(孵化卵数)と羽化虫数のデータを、この期間の密度依存的な個体数変化を表す簡単な式に当てはめ、豆あたり最大幼虫数を推定した。その結果この値はC.maculatusではリョクトウで2.16、アズキで2.75匹、C・phaseoliはリョクトウで7.77、アズキで4.21匹となりC.phaseoliの方がより多数で一粒の豆を共有していることがわかった。

 マメゾウムシの餌である豆の種類によって、寄主の発育スケジュールひいては被攻撃期間(寄生集団の時間的構造)を操作した。短期実験の結果では、C.maculatusはリョクトウを資源とした方が2日、C.phaseoliではリョクトウを用いた方が4日、それぞれ被攻撃期間が短くなることがわかった。

 寄主-捕食寄生者系の長期実験系を同様に設定して個体数の動態を調べた結果、豆の種類に関わらず寄主の種類の違いは系の持続性に大きな効果をもたらし、寄主がC.maculatusの方がC.phaseoliの系より有意に長く持続した。さらに、豆の種類に応じても持続性は少し影響を受け、リョクトウを用いた方がアズキを用いた系よりも、いずれの寄主においても有意に長く持続した。

 時間的・空間的構造の影響と他の要因の関与を確かめるため、第III章で構築した齢構成モデルを用いて寄主-捕食寄生者系の長期的動態のシミュレーション解析を行った。微視的スケール(豆あたり)の最大幼虫数をパラメタにした簡単な式で、巨視的スケール(集団全体)の豆の中での生存率を表した。また短期実験のデータにもとづき、被攻撃期間を発育期間の1/2とおいた。実測したさまざまな生活史形質のパラメタの値をモデルに反映させ、最長1000日目までシミュレートした。豆とマメゾウムシを組み合わせた4つの系間での比較によると、シミュレーション結果は実験系の持続性の傾向とよく一致した。最大幼虫数は、現実的な範囲では小さいほど持続性が大きくなることが明らかになった。被攻撃期間は7〜8日のとき系の持続性が最大になり、それより長くても短くても持続性は低下すること、しかし実際の材料昆虫の現実的範囲では被攻撃期間が短いほど持続性が大きくなることがわかった。短期実験により豆と寄主の組み合わせで変化が生じたその他の要因にそれぞれ標準値を2倍または1/2にして挙動の感度分析を行ったところ、持続性に影響しないか長期実験系の傾向とは反対の作用をもたらしたため、持続性変化の主要因からは除かれた。

 捕食寄生者を導入しないアズキ-C.phaseoliの系では平衡集団サイズ(羽化成虫数)が100〜200日の間で徐々に上昇する傾向が観察された。軟X線写真の解析により、豆内の幼虫数の動態にも同様な傾向が確かめられた。また50年前のUtidaの実験データとの比較からH.prosopidisとC.chinensisとの間では被攻撃期間が長くなる方向へ進化が起きていると推測される。このような寄生集団の時空間的構造の進化的側面についても考察した。

(4)まとめ

 本研究は、集団の時間的・空間的構造の定量的違いを実験系で分析し、さらにそれらの構造を取り入れたモデルによるシミュレーション解析と併せて、食う者-食われる者のシステムの持続性に及ぼす集団の時空間的構造の影響を定量的に評価した初めての研究である。その主要な結論は以下のようにまとめられる。

 (i)被攻撃期間が短いほど寄主-捕食寄生者系の持続性は大きくなる。

 (ii)資源配分が寡占型になるほど持続性は大きくなる。

 (iii)集団は固有の時空間的構造を有するが、その構造は進化し得るものである。

審査要旨

 本論文は、生物集団の時空間的構造が、食う-食われるの相互作用系の共存持続性にいかに影響するかを、マメゾウムシと寄生蜂からなる実験系と、それをモデル化したシミュレーション解析により研究したものである。自然界において、餌となる生物とその天敵との関係は最も重要な生物間相互作用の一つであり、それらの共存を維持している要因の作用を解明することは、生物群集の成り立ちを理解する上でも極めて重要である。

 本論文は6章からなる。

 第1章は序論に相当し、本論文の研究対象である集団の時間的・空間的構造がいかに注目されるに至ったかを述べている。従来、食う者-食われる者の共存を持続させる要因として、集団の時空間的構造の効果が理論的に予測されてきたが、実証研究、特に長期的動態の観測を踏まえた検証はほとんどないのが現状である。よって、マメゾウムシと寄生蜂を用いた長期実験系の分析と、それを対象とした定量的記述力の高いモデル解析という両方のアプローチの併用により、集団構造の効果を解明するという大きな目標が述べられている。

 第2章では実験材料の特性が述べられている。本研究では寄主としてCallosobruchus属のマメゾウムシ、寄生蜂としてコマユバチの1種Heterospilus prosopidisが用いられたので、それらの集団系統の由来が説明されている。

 第3章では、集団の時間的構造として、寄主の被攻撃期間の長さが寄主-寄生蜂系の持続性に及ぼす影響を、実験とシミュレーションにより解析している。飼育温度を変えることにより被攻撃期間の長さを操作している。アズキゾウムシC.chinensisとコマユバチの実験系において、2つの温度条件下(30℃と32℃)でその長期的動態を観測したところ、32℃の温度条件では30℃よりも持続日数が有意に短いという結果を得ている。一方、短期実験の結果によると、32℃では寄主の被攻撃期間が長くなり、また寄生蜂の発育期間と寄主の産卵数も変化していた。そこで、持続性変化の主要な原因を絞り込むため、寄主・寄生蜂とも1日単位で加齢するように集団の時間的構造を取り入れた差分方程式の寄主-寄生者系モデルを構築している。短期実験で実測したパラメタ値をもとに数値計算したところ、実際の長期的動態とほぼ同じ変動パターンを再現することができた。さらに感度分析により、共存持続性の低下をもたらしたのは被攻撃期間の延長であることが分かった。この期間がある日数を越えると共存は短期に途絶えるというモデルの予測を得ており、この値は実験結果ともよく一致している。

 第4章では、集団の空間構造として、寄生による豆1粒の配分パターンが寄主-寄生蜂系の持続性に及ぼす効果を実験的に分析している。マメゾウムシでは豆1粒を共有できる幼虫収容数に限りがあり、この資源配分パターンを集団の空間構造として注目した。リョクトウを資源とし、ヨツモンマメゾウムシC.maculatusまたはアズキゾウムシを寄主として、これにコマユバチを導入して寄主-寄生蜂系の共存持続性を比較している。軟X線写真により豆の中の寄生の分布を観測した結果、ヨツモンマメゾウムシは少数独占型、アズキゾウムシは多数共有型であることが分かった。この場合、両種の寄生を受ける被攻撃期間は等しく、豆内の資源配分だけが異なっていることを確かめている。各々の寄主とコマユバチからなる長期実験系を観測したところ、少数独占型のヨツモンマメゾウムシを寄主とした系の方が、多数共有型のアズキゾウムシを寄主とした系よりも長く持続し、個体数の変動性も小さいことを見いだした。さらに、EllnerとTurchinの最新の方法を用いてヨツモンマメゾウムシ-コマユバチ系の時系列データから個体数変動のリアプノフ指数を推定したところ、Utida(1957)のアズキゾウムシ-コマユバチ系よりも、寄主集団において負の大きな値が得られた。以上の結果から、少数独占型を寄主とする系では個体群動態がより強く調節され、そのために共存が長期間持続しやすいと結論している。これは、1971年にRosenzweigによって理論的に予測された"paradox of enrichment"説を不備なく検証し、支持し得た最初の実証研究である。

 第5章では、2種類の豆と2種類の寄生をそれぞれ組み合わせて、寄主集団の時間的・空間的構造を同時に違えた4つの寄主-寄生蜂系を設けて比較している。豆はリョクトウと小粒品種のアズキの2つを設け、寄主は少数独占型のヨツモンマメゾウムシと多数共有型のハイイロマメゾウムシC.phaseoliの2種を用いた。リョクトウを用いた方が寄生が速く発育するので、これによって被攻撃期間を変えている。長期実験系で個体数の動態を調べた結果、寄主が少数独占型の系の方が多数共有型の系よりはるかに長く持続する結果を得ている。さらに、各々の寄主においても、被攻撃期間が短くなるリョクトウを用いた系の方が、アズキを用いた系よりも有意に長く持続した。集団の時空間的構造の影響と他の生活史要因の相対的重要性を確かめるため、第3章で構築した齢構成を持つモデルを用いて寄主-寄生蜂系の長期的動態のシミュレーション解析を行っている。豆1粒あたりの幼虫収容数をパラメタに置いた簡単な式で、集団全体の豆の内部での幼虫生存率を表した。実測したパラメタの値をモデルに反映させ、豆とマメゾウムシを組み合わせた4つの系の数値予測を比較したところ、実験系の持続性の結果と極めて良く一致した。パラメタの現実的な範囲における感度分析により、豆1粒当たりの幼虫収容数が小さいほど持続性が大きくなり、被攻撃期間が短いほど持続性が大きくなるという予測を得ている。ここから寄主の資源単位当たりの収容数の少なさが持続性促進の強い効果を持つことを結論している。

 第6章は本論文全体の成果をまとめた結論である。

 本論文で提示されたいずれの実験結果も、集団の時空間的構造が寄主-寄生蜂系の持続性に及ぼす効果に関する従来の理論の最初の実証と言えるものである。また、実験による検証だけでなく、定量的記述力の高い数値計算モデルで、広いパラメタ領域にわたって集団の時空間的構造の効果を系統的かつ定量的に解明した初めての研究と言える。さらに、これまでの理論で予測されなかったところの、生息空間が小さな単位に分かれていて、その各々において少ない個体数に安定して調節されているという空間構造がもたらす共存維持への強い効果を示すなど、斬新で大きな成果を成し遂げている。

 このような学問上の多大な成果に対して、審査委員会は本論文を博士(学術)の学位論文に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク