1.はじめに 温帯地方に生息するほとんどの昆虫は、不適な季節である冬を休眠による越冬で克服し、好適な季節に繁殖することにより生活環を完了させている(Tauber et al.,1986;Danks,1987)。これらの昆虫の生活環は、生活環の完了に1年以上かかる種を除けば、年間世代数によって1化性と多化性にわけることができる。1化性の昆虫は1年間で1世代しかおくらず、必ず休眠に入って越冬し翌年に繁殖する。多化性の昆虫は1年間に2世代以上を繰り返し、休眠越冬して翌年に繁殖する世代と、休眠に入らずに成長を完了させてその年のうちに繁殖する世代とに分けられる。 このような多化性昆虫にとって、休眠の開始と休眠を終了させる時期は休眠する世代と休眠しない世代の双方の適応度に関わる点で重要であり(Bradshaw,1986;Tauber et al.,1986;Tauber & Tauber,1992)、これらの休眠の開始と終了に関連した生活史形質には強い選択圧がかかっているものと考えられる(Lees,1968;Saunders,1982)。また、季節の進み方や昆虫が利用する寄主植物のフェノロジーは地理的に、特に緯度と相関して異なってくるので、昆虫が休眠に入る時期も地域集団ごとに異なるはずである(Tauber et al.,1986;Danks,1987)。さらに休眠は休眠終了後の生活史形質に影響を及ぼすことも少数の昆虫で報告されている(Fujiie,1980;Denlinger,1981)。特にエネルギー配分において休眠維持と休眠後の繁殖との間にトレードオフの関係があれば、休眠は休眠世代の適応度を減少させるかもしれない(Denlinger1979;Palmer1982,1983)。休眠はこのように昆虫の生活環の進化において大きな制約となりうる。本研究では、多化性植食性昆虫であるシャープマメゾウムシKytorhinus sharpianusを用いて、(i)休眠の誘導と終了の時期、(ii)休眠が休眠終了後の生活史形質に及ぼす影響、(iii)休眠と生活環に関連した生活史形質の地理的変異、の3点に注目して、生活環と季節適応に関する研究を行った。 2.シャープマメゾウムシの生活環 Shimada(1988),Shimada & Ishihara(1991)によると、関東地方では越冬明け成虫は4月末に出現し、6月中旬に雌成虫はマメ科の多年生草本クララSophola flavescensの結実したばかりの細い莢に産卵する。第1世代成虫は8月上旬に羽化し、そのころに成熟を完了した莢に産卵する。第2世代幼虫は完熟し乾燥化の進む豆を食べて育ち、その一部は9月中旬から10月初旬に羽化し、莢から露出した乾燥しきった豆に産卵する。第2世代幼虫の残りは4齢後期(終齢)で休眠越冬するが、第3世代幼虫の一部は休眠ステージに到達できずに若齢のまま越冬する。どちらも翌春には羽化する。 3.休眠戦略と化性(PARTI) 温帯地方で季節の移行を感知するために最も信頼できる環境合図は日長であり、日長は多くの昆虫で休眠の制御に重要な役割を果たしている(Tauber et al.,1986;Danks,1987)。また、気温も休眠の制御に大きく関与している(Tauber et al.,1986;Danks,1987)。そこで、本種を卵から24℃と27℃の2つの温度で日長を様々に変えて飼育してみた。その結果、50%の個体が休眠に入る日長(臨界日長)は24℃で14.5L-9.5D、27℃で14L-10Dとなり、臨界日長より短日では休眠に入り、長日では休眠に入らずに羽化した。休眠に入った幼虫は長日条件に移すだけでも休眠が覚醒される個体が徐々に増えていくが、日長を変化させずに5〜10℃で50日以上の低温処理を行い、それに続いて温度を常温(24℃)に戻すだけで全個体の休眠が一斉に同調されて覚醒されることを明らかにした。この結果から、本種の幼虫休眠の覚醒に冬の低温が関与していることが示された(Chapter 2)。 また、野外においては、関東地方では第2世代のうち8月のはじめに卵として産下された個体は休眠に入らずに9月中〜下旬に羽化して第3世代の卵を産下するが、8月中旬以降に産下された個体は10月までに休眠に入る部分的3化性であった。休眠越冬している個体は1月中旬には既に休眠発育を完了した状態になっており、温度が発育零点以上にさえなれば発育を再開して蛹化し羽化した。これらの事実は野外においても実験室と同様に日長と温度によって本種の休眠が制御されていることを示している(Chapter 3)。 さらに9月中旬以降に産下された第3世代幼虫の中には、休眠ステージ(4齢後期幼虫)に到達することができずに、若齢幼虫のまま越冬していた。このような個体は、春になって気温が上昇すれば発育を再開し、冬から春にかけての短日で休眠に入ることなく羽化した。その理由として、実験的に若齢幼虫時期に低温を経験させた個体は低温後の発育再開にあたって、短日条件下であっても休眠が誘導されないことを実験的に確かめた。冬が温暖な関東地方ではこのような若齢幼虫による越冬は死亡率がそれほど高くないのかもしれない(Chapter 4)。 4.生活史形質の表現型可塑性(PART II) 野外における越冬明け世代の雌成虫は摂食しなければ産卵できない(Shimada,1988)。そのような性質は実験室で休眠幼虫に低温処理を施して羽化させた雌成虫にも見られた。それに対して休眠せずに羽化した雌成虫は摂食しなくてもすぐに産卵することができる。このような性質は明らかに休眠と低温経験に起因するものと考えられる(Chapter 5)。 まず、エネルギー配分における休眠維持と繁殖とのトレードオフの関係があるという作業仮説をたて、休眠幼虫に10〜120日の低温処理を施して、羽化後の雌成虫の餌を与えなかった場合の産卵数、寿命、産卵前期間を記録した。その結果、低温期間が長くなればなるほど産卵数が減少し、休眠維持と繁殖との間にトレードオフが示された。ところが、低温期間が長くなればなるほど、寿命と産卵前期間が長くなるという現象も同時に見られた。この結果は、新たに寿命と繁殖との間にもトレードオフの関係があることを示唆している。さらに、餌を与えた場合には、休眠明け雌成虫と非休眠雌成虫の産卵数には有意差は見られなかったが、寿命と産卵前期間は休眠明け雌成虫の方が有意に長かった。 休眠明け成虫の寿命が長くなる適応的意義は寄主植物のフェノロジーとの関連から考えることができる。休眠明け成虫は野外では4月末から羽化するが、クララが雌成虫に産卵可能な莢をつける6月中旬まで1カ月以上産卵できないのに対して、休眠せずに羽化した第1世代や第2世代成虫には、既に産卵可能なクララの莢が存在している。このため、休眠明け成虫にとってはとりあえず寿命をのばすのにエネルギーを使った方が有利である。幼虫休眠中に失ったエネルギーは成虫になってからの摂食により回復することができるとする。一方、第1世代や第2世代成虫にとっては、他個体との競争もあり、すぐに産卵できるようにエネルギーを使った方が有利と思われる。この作業仮説は、休眠世代と非休眠世代との間に見られる生活史形質の変化が休眠と同様に季節的な表現型可塑性であり、世代間で異なる環境への適応であることに基づいている(Chapter 6)。 5.生活史形質の地理的変異(PART III) 日長や気温は緯度とともに変化するが、それに伴って、日長や温度によって制御された昆虫の生活史形質にも地理的変異が生じることが予想される(Tauber et al.,1986;Danks,1987)。まず、標高が100m以下で緯度が異なる4地点(青森県青森40°46’、山形県尾花沢38°37’、新潟県鯨波37°21’、茨城県三妻46°05’)の個体群の化性と寄主植物クララのフェノロジーを観察した。北に行くほどクララのフェノロジーは遅れていき、本種の化性も三妻個体群で部分的3化性、鯨波個体群と尾花沢個体群で2化性、青森個体群でほとんど1化性に近い部分的2化性と減少した。この化性の変異要因は、北に行くほど寄主植物のフェノロジーが遅れることに加えて、昆虫が発育に利用可能な有効積算温量も減少し冬の到来も早まることで、寄主植物を利用できる期間自体が減少してしまうことによる効果と考えられる(Chapter 7)。 これらの個体群の24℃の臨界日長は北に行くほど長日方向に移行するというクラインを示し、個体群間の遺伝的違いを示した。しかし、その光周反応において休眠率が100%から0%に変化したのは、青森個体群では14L-10Dと16L-8Dの間の2時間に対して、その他の個体群は14L-10Dと15L-9Dの間のわずか1時間であった。この違いは、多化性個体群では休眠に入るか否かを正確に決定しなければならないために、特定の臨界日長の値を持つ必要があるのに対して、1化性個体群ではその個体群が遭遇する日長よりも単に長い臨界日長を持つだけで毎世代どの個体も休眠に入ることができるという点に起因すると考えられる。つまり、青森個体群は本来1化性であるために特定な臨界日長の値に対する自然選択が多化性個体群に比べて弱いと思われる。 また、休眠が誘導されない条件下での発育期間も地理的変異を示し、1化の青森個体群と2化の尾花沢個体群を比べると後者の方でこれが短くなり、さらに南の三妻個体群では逆に長くなった。この1化と2化の間の発育期間の大きな短縮は、発育速度への自然選択が化性の移行に伴い変化することを反映している(Chapter 8)。 |