ハドロン原子とは通常の原子の電子を負電荷ハドロンで置き換えて得られる原子のことである。本論文では,近年行なわれた負電荷ハドロンに関する以下の研究を議論する。 1)負電荷ハドロン(-,K-,)のHe中におけるカスケードトラップ実験 2)K-p原子のX線の探索 1負電荷ハドロン(-,K-,)のHe中におけるカスケードトラップ実験 「強い相互作用をする粒子である負荷電ハドロンを通常の物質に静止させると一瞬のうち(10-12sec以下)に原子核に吸収されてしまうので、その10000倍も長い寿命をもつ-,K-中間子の自由崩壊が見えるはずがない」というのが通説であった。 しかし、高エネルギー物理学研究所(KEK)において、液体ヘリウム中でのストップK法によるハイパー核サーチを行っている際にこの常識に反する現象が観測された。 液体ヘリウム中に静止したK-の約4%が約60nsecの寿命を持つmetastable stateに捕獲され原子核に吸収されずに粒子としての寿命をまっとうしていることを見出したのである。 この現象は、何もK-に特有の現象であると考える理由はない。そこで、我々は液体ヘリウムターゲット、液体ネオンに-をストッブさせ、He原子核に吸収されるまでの時間情報を測定することにより、-においても同様のmetastable stateが存在するか否か、またネオンではどうかを明らかにし、存在するならばその寿命とそこにトラップされる割合を測定した。この場合も、液体ヘリウム中に静止した-の2.30±0.07%が寿命10.1土0.2nsecのmetastable stateに捕獲されることが発見された。 さらに同様の現象は反陽子に対しても期待できろ。-,K-に対する実験では粒子自体の寿命が10-Ssecのオーダーなのであまりに長い寿命を持つtrapping stateの研究に対しては不利である。ところが、反陽子は安定な粒子であるので、trapping stateの寿命を直接観測できる。このため、反陽子は本現象の理想的なプローブとなりうる。 KEK E215実験は、1990,1991年に筑波高エネルギー物理学研究所(KEK)K3ビームラインで行なわれた。520MeV/cの反陽子を液体ヘリウム中に静止させ、反陽子とヘリウム原子核の反応から生じる±の時間分布を測定することによって、trapping stateの寿命を求めた。この実験で苦労した点は、ビーム中に反陽子の1000倍以上含まれる-中間子から生じるバックグラウンドを抑制することであった。これには、NaI(Tl)エネルギーカウンタを用いて、高エネルギーを周囲に放出しているイベントを選ぶことによって達成された。E215実験では反陽子が複数のmetastable statesに捕獲され,もっとも長いものは約3secもの寿命を持つ事が発見された。ヘリウム以外の窒素、アルゴンなどの標的についても同様の実験を行ったが、metastable stateは発見されなかった。 本現象が液体ヘリウム固有の現象であるかどうか,分子間で生じる現象なのか、原子内で閉じた現象なのかを知るためにはガスの温度、圧力を変化させ、分子間距離依存性を調べることが重要である。そのためにはガス標的も用いた同様の実験を行えばよいが、KEKのビームでは、momentum bite、ビーム強度、1000倍ものの混入などの理由により不可能である。 ところが、スイスCERNにあゐLow Energy Antiproton Ring(LEAR)でならば、大強度の反陽子ビームをmomentum bite<0.1%*で得ることができるので、ガス標的内にビームを止めることが可能になっている。また、ガス標的を使えば不純物を加える実験も容易に行うことができる。 *KEKのmomentum biteは8% この実験で新たに分かったことは, ・ガスヘリウムについても液体ヘリウム同様metastable stateが存在する。細かい構造については、違いがあるが、大域的には非常に似ている。 ・3Heについても、metastable stateが存在する。その寿命は4Heよりも若干短い。 ・H2を混ぜると、非常に激しくmetastable stateをquenchする(図1)。その断面積を適当な仮定のもと†に計算すると、1Gbarn程度になり、水素分子の古典的大きさとほぼ同じになる。 である。これらの実験結果の考察により,負電荷ハドロンがハドロン原子を生成する際にどのような角運動量分布を持つかについての知見が得られた。 図1:ガスヘリウム中に静止した反陽子から放出されるpionの時間分布。水素不純物の混入によってquechしているのがわかる。2K-p原子のX線の探索 Strangenessを含む強い相互作用については実験、理論両面とも研究すべき点は多い。もっとも基本的な相互作用であるにもかかわらず、相互作用の低エネルギー極限での振る舞いについては、その力が引力か斥力かすら定かではない‡。この間題に対するアプローチとしては、 ・K-pの散乱実験の結果を理論モデルを仮定して低エネルギー極限へ外挿する. ・K-p原子のエネルギー準位を精密に測定し、QEDで予想される値からのずれを見る。 の2つの方法がある。ところが、散乱実験+理論計算の結果はすべて、斥力であるのに対し、K-pX線実験の結果は引力を主張しており、相互作用の符号すら一致していない(図2)。 †1)metastable stateのquenchはm.s.形成後のみ生じる。 2)metastable stateはすかさずthermalizeされる。 3)He原子とのqueching Cross sectionは小さい。以上の3点を仮定した。 ‡(1405)が3quarks stateなのか強い相互作用による束縛状態であるかという点に関して有名な「(1405)の問題」がある。この問題解決のためにも相互作用の低エネルギー極限での振る舞いは重要である。 ところが、過去3回のK-pX線実験の結果は統計的にも、S/N比という点からも不充分であり、信頼にたるデータが待ち望まれている(図3)。 図表図2:理論から外挿されたK-pX線のシフトと幅(全て斥力)と過去3例のKpX実験の結果(全て引力) / 図3:過去3例のKpX実験のエネルギースペクトラ。矢印は観測されたと称されているX線の位置。実線はQEDによって予想されたシフトしていないエネルギーを示している。 この混乱した状況を打破するために、我々、PS-E228collaborationでは、K-p原子X線の探索実験をKEKで行うことにした。 まず、なぜK-pX線の測定が難しいかは以下のようにまとめられる。 1)高輝度のK-中間子ビームは貴重である。 K-中間子は短寿命な粒子(r=12ns)であるので高輝度のビームを得るのは難しい。実のところ、現在実験に使えるK-ビームはKEK-PSとBNL-AGSの2ヶ所しかない。 2)X線の収量はStark効果によって非常に小さい。 過去の全ての実験は静止K-中間子の数を多くするために液体水素標的を用いている。ところが、Stark効果は密度に比例して大きくなるので、液体標的では静止K-あたりのX線の収量は少なくなる。我々は、入射K-あたりのK-収量をoptimizeし、3.5気圧150Kのガス水素標的を用いることにした。標的を気体にすることによって、X線検出器をベリリウム窓なしで直接標的内に設置することが可能になり、検出器の立体角も増やすことができた。 3)高エネルギーの-rayから生じるバックグラウンドノイズが非常に大きい. 既に図2で見たように、過去のKpX実験では巨大なバックグラウンドの上に小さなピークがのっておりS/N ratioが圧倒的に悪い。これは、0の崩壊から生じる高エネルギー線から生じているもので、ハイペロンの生成、及び崩壊から生じる荷電粒子をTagすることによって、このバックグラウンドを完全に抑えることが可能である(Two tag法)。 図4は、KEK東カウンターホールK3ビームラインに設置されたE228実験のセットアップである。 このセットアップの特徴は以下の点にある。 図4:KEK E228実験の概念図 1)E228実験では大面積(200mm2)のSi(Li)検出器をガス標的中に60個並べることによって過去の実験の100倍の立体角を実現する。 2)既に述べたようにStark効果を抑制してKシリーズX線の収量を増すために150K3.5気圧のガス水素標的を用いる。 3)Two ± tag法によって、線からのバックグラウンドを抑制すると同時に、これら2つの中間子の飛跡を再構成することによって、正しく標的内に静止したK-中間子を選び出すことができる。 Si(Li)検出器を高圧のガス中で動作させるというのは前例のないことであるが、これによってX線を減衰させエネルギーシフトにバイアスを与えるベリリウム窓を取り除くことができる。また、標的は2台のMWPC(Multiwire Propotional Chamber)で囲まれ、これによって中間子の飛跡が再構成される。さらにその外側をプラスチックシンチレーションカウンタと水チェレンコフカウンタで取り囲み、Two tag法を実現する。水チェレンコフカウンタは±を高エネルギー線のコンバージョンから生じるe±と区別するために用いられる。 現在までに得られたX線エネルギースペクトルには,際立ったpeakは観測されずK-pX線の収量について上限値が与えられた。しかしながら,X-rayに相当する位置にenhancementが観測されている。 |