学位論文要旨



No 110938
著者(漢字) 宮本,洋子
著者(英字) Miyamoto,Yoko
著者(カナ) ミヤモト,ヨウコ
標題(和) 強度干渉によるレーザーパルスの測定
標題(洋) Measurement of Laser Pulse by Intensity Interference
報告番号 110938
報告番号 甲10938
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2851号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 遠山,濶志
 東京大学 教授 若林,健之
 東京大学 教授 河島,信樹
 東京大学 助教授 河野,公俊
内容要旨

 輻射場の強度干渉の研究は、1956年のHanbury BrownとTwissの実験に始まる。彼らは、水銀ランプの光をビームスプリッターで2本の光線に分けて、その各々を光電子増倍管に入射し、2つの光電流の揺らぎの間に相関があることを示した。これはすなわち、この2本の光線の間に強度の相関が存在することを示している。光子を用いた描像では、この相関は光子の到着時刻の相関として解釈されるので、2つの光検出器間の同時計数率として測ることもできる(二光子相関法)。ガウス的な揺らぎを持った光の場合は、強度相関の時間幅から、輻射場の1次の相関関数(強度相関は2次の相関である)の幅として定義されるコヒーレンス時間を求めることができる。

 Hanbury BrownとTwissの方法では、強度相関の時間幅の測定精度は光検出器の応答時間によって制限される。しかも応答の遅い検出器で積分値として測定した場合は、干渉項の非干渉項に対する相対的な寄与が小さくなるために、干渉項の検出が困難になる。ところが、1987年にMandelらは、強度相関とマッハツェンダー干渉計型の配置を組み合わせ、同時計数率を干渉計の2つの経路の光路差の関数として測定することによって、従来よりもはるかに高い測定精度が得られることを見出した。この新しい測定法によって古典論、量子論の両方の領域でさまざまな研究が行われたが、いずれも連続光についての測定であり、光強度の時間変化を測る試みは未だなされていなかった。

 そこで、この新しい測定法を光のパルス列に適用し、レーザーパルスのパルス幅とコヒーレンス時間を同時に測定する新しい手法を開発した。光を図1のようなマイケルソン型干渉計に入射すると、2つの出力が得られる。これをそれぞれ光電子増倍管で受け、干渉計の2つの経路の光路差を掃引しつつ、2つの光電子増倍管の間での光子の同時計数率を測定する。実際には2つの光電子増倍管からの信号の時間差が一定の時間間隔以内の場合を「同時」と見なすわけだが、この判定の基準となる時間間隔はレーザーパルスの間隔よりは短く、測定したいパルス幅等よりは十分長く設定する。また、干渉計の一方の経路に、ランダムな位相を付加する位相変調器を入れて、場の振幅の2次の干渉による干渉縞を消去した状態で測定を行う。

図1:測定法の概要:E,入力光;BS,ビームスプリッター;D1,D2,光検出器;C1,C2,コーナーキューブ;PM,位相変調器;AT,ガラスもしくは石英板.

 上記のような実験についてまず理論的な計算を行った。レーザー光のモデルとしては、パルス波形以外の強度揺らぎを持たず、位相も安定した理想的なモード同期パルスと、不完全なモード同期によって得られる揺らぎを持ったパルスの2種類を考えた。後者については、ガウス的な揺らぎにパルス波形を表す関数を掛けたものを用いた。また、各々の場合について、中心周波数の時間変化(チャープ)を含めたモデルについても調べた。計算は全て古典論の範囲で行った。

 図2の実線は、不完全モード同期のモデルに対する同時計数率を干渉計の光路差の関数としてプロットしたものである。光路差0を中心とした2成分のへこみを持つ曲線となっていることが分かる。中央の狭く深い成分は場の振幅の2次の干渉に由来し、コヒーレンス時間に対応する幅を持つ。裾の方に現われる広く浅い成分は、干渉計の2つの経路の光路差がコヒーレンス時間を越えていても、検出の時間間隔がコヒーレンス時間以内ならば各検出器での電場の間には相関がある、ということに基づいた干渉で、Hanbury BrownとTwissが観測した干渉と本質的に同じものである。この成分の幅はパルス幅で決定される。両者の深さは逆に、狭い成分の深さの方がパルス幅に、広い成分の深さがコヒーレンス時間に比例する。以上により、この「へこみ」の形からパルス幅とコヒーレンス時間を求めることが可能である。

 理想的なモード同期パルスの場合には、パルス幅とコヒーレンス時間は等しい値を持ち、「へこみ」も1成分となる。「へこみ」全体の深さは、いずれのモデルにおいても、50%:50%のビームスプリッターの時最も深くなり、50%となる。「へこみ」の深さが50%を超えないのは、古典光について一般に見られる現象である。

 上記の理論の確認のため、連続発振(cw)モード同期レーザーのパルス列を用いて、実際に測定を行ってみた。光源はcwモード同期YAGレーザーで同期励起した色素レーザーを用いた。パルスの繰り返しは82MHz、パルス幅は数ピコ秒程度であった。「同時」の判定は、2つの光電子増倍管からの信号の間隔を時間波高変換回路で計って、±5ナノ秒の間に入ったものを「同時」とした。各光電子増倍管単独での光子計数率は毎秒105程度、同時計数は測定時間200秒に対して104程度であった。

 上記の測定の結果得られた同時計数は、103程度のバックグラウンド(散乱光等によるもの)を差し引いた後、各光電子増倍管単独での光子計数結果の積で割って規格化した。図2の黒円は、この規格化した同時計数を干渉計の光路差に対してプロットしたものである。不完全モード同期モデルの2成分の「へこみ」をよく再現していることが分かる。この「へこみ」の形状からパルス幅とコヒーレンス時間を求めたところ、第2高調波発生(SHG)によって求めた値と10〜15%の違いを除いてよく一致した。また、レーザーのスペクトル幅の逆数から見積もったコヒーレンス時間とは、さらによい一致が見られた。

図2:cwモード同期色素レーザーの同時計数率:黒円は実験値(測定誤差は円の半径以下).実線は不完全モード同期モデルに対する理論上の同時計数率曲線を、実験値とのフィッティングによって得られたパラメターを用いてプロットしたもの.

 また、チャープの影響を調べるために、理想的なモード同期パルスに近いと思われる自己モード同期チタン:サファイアレーザーの出力に群速度分散を与えてチャープした光を作り、同様の実験を行った。この場合はスペクトル幅は一定なので、チャープの度合が強まるにつれてパルス幅が拡がっていく。SHGによる相関図形はそれに対応して幅が拡がっていくのに対して、同時計数率の「へこみ」は一貫して群速度分散の影響を受ける前のパルス幅を与えることが確認された。これはチャープを入れたモデルの計算結果とよく一致しており、SHGとの併用によってチャープの度合を測定できること、また光学素子の群速度分散の影響を受けずにパルス幅を測定できることを示している。

 以上により、本測定法によってレーザーパルスのパルス幅とコヒーレンス時間の同時測定が可能であることが示され、強度干渉を通して光強度の時間変化の観測が可能であることが明らかになった。二光子相関と干渉計を組み合わせたため、光検出器の応答速度をはるかに上回る測定精度が得られた。

 パルス幅成分の観測の成功は、物理的には以下のような意味を持つ。干渉計を組み合せた実験であっても、強度相関を積分値として観測していることには変わりはない。従って、干渉計の光路差の変化に対する振舞いを調べるためには、積分値としての寄与が相当量存在することがまず必要である。本研究のパルス幅成分はHanbury BrownとTwissが観測したのと同種の干渉によるものであり、連続光の場合は実験で用いられた遅い測定系では見ることができない。しかし、測定対象をパルス光としたために、非干渉項の幅がパルス幅で制限され、その結果干渉項の相対的寄与が大きくなり、観測が可能となったのである。

 本手法は非線形結晶を必要としないので、SHGでは測れない波長領域の光についても測定が可能である。また、光子計数による測定であるため、蛍光等の微弱光の測定への応用の研究が進行中である。

審査要旨

 本論文は強度干渉を利用してレーザーパルスのパルス幅とコヒーレンス時間を同時に測定する方法を提案し、本測定法に関する理論的な解析と実験による考察をまとめたものである.

 輻射場の強度干渉の研究は、1956年のHanbury BrownとTwissの実験によって始められた.彼らは、水銀ランプの光をビームスプリッターで2本の光線に分けて、その各々を光電子増倍管に入射し、2つの光電流の揺らぎの間に相関があることを示した.これはすなわち、この2本の光線の間に強度の相関が存在することを示している.光子を用いた描像では、この相関は光子の到着時刻の相関として解釈されるので、2つの光検出器間の同時計数率として測ることもできる.

 Hanbury BrownとTwissの方法では、強度相関の時間幅の測定精度は光検出器の応答時間によって制限される.しかも応答の遅い検出器で積分値として測定した場合は、干渉項の非干渉項に対する相対的な寄与が小さくなるために、干渉項の検出が困難になる.ところが、1987年にMandelらは、強度相関とマッハツェンダー干渉計型の配置を組み合わせ、同時計数率を干渉計の2つの経路の光路差の関数として測定することによって、従来よりもはるかに高い測定精度が得られることを見出した.しかし、これまでの研究はいずれも連続光についての測定であり、光強度の時間変化を測る試みは未だなされていなかった.この新しい測定法を光のパルス列に適用し、レーザーパルスのパルス幅とコヒーレンス時間を同時に測定する新しい手法を開発したのが本研究である.

 光をマイケルソン型干渉計に入射すると、2つの出力が得られる.これをそれぞれ光電子増倍管で受け、干渉計の2つの経路の光路差を掃引しつつ、2つの光電子増倍管の間での光子の同時計数率を測定するというのがこの方法の概略である.こののような実験についてまず理論的な計算が行なわれている.レーザー光のモデルとしては、パルス波形以外の強度揺らぎを持たず、位相も安定した理想的なモード同期パルスと、不完全なモード同期によって得られる揺らぎを持ったパルスの2種類を考えている.不完全モード同期のモデルに対する同時計数率を干渉計の光路差の関数としてプロットしたところ、光路差0を中心とした2成分のへこみを持つ曲線となっていることが分かった.中央の狭く深い成分は場の振幅の2次の干渉に由来し、コヒーレンス時間に対応する幅を持つ.裾の方に現われる広く浅い成分は、干渉計の2つの経路の光路差がコヒーレンス時間を越えていても、検出の時間間隔がコヒーレンス時間以内ならば各検出器での電場の間には相関がある、ということに基づいた干渉で、Hanbury BrownとTwissが観測した干渉と本質的に同じものである.この成分の幅はパルス幅で決定される.両者の深さは逆に、狭い成分の深さの方がパルス幅に、広い成分の深さがコヒーレンス時間に比例する.以上により、この「へこみ」の形からパルス幅とコヒーレンス時間を求めることが可能である.

 以上のような理論的予測の確認のため、連続発振(cw)モード同期レーザーのパルス列を用いて、実際に測定が行われた.光源はcwモード同期YAGレーザーで同期励起した色素レーザーが用いられた.パルスの繰り返しは82MHz、パルス幅は数ピコ秒程度であった.「同時」の判定は、2つの光電子増倍管からの信号の間隔を時間波高変換回路で計って、±5ナノ秒の間に入ったものを「同時」とした.測定の結果得られた同時計数は、不完全モード同期モデルの2成分の「へこみ」をよく再現していることが分かった.この「へこみ」の形状からパルス幅とコヒーレンス時間を求めたところ、第2高調波発生(SHG)によって求めた値と10〜15%の違いを除いてよく一致した.また、レーザーのスペクトル幅の逆数から見積もったコヒーレンス時間とは、さらによい一致が見られた.

 また、チャープの影響を調べるために、理想的なモード同期パルスに近いと思われる自己モード同期チタン:サファイアレーザーの出力に群速度分散を与えてチャープした光を作り、同様の実験が行なわれた.この場合はスペクトル幅は一定なので、チャープの度合が強まるにつれてパルス幅が拡がっていく.SHGによる相関図形はそれに対応して幅が拡がっていくのに対して、同時計数率の「へこみ」は一貫して群速度分散の影響を受ける前のパルス幅を与えることが確認された.これはチャープを入れたモデルの計算結果とよく一致しており、SHGとの併用によってチャープの度合を測定できること、また光学素子の群速度分散の影響を受けずにパルス幅を測定できることを示している.

 本研究により、ここで述べた測定法によってレーザーパルスのパルス幅とコヒーレンス時間の同時測定が可能であることが示され、強度干渉を通して光強度の時間変化の観測が可能であることが明らかになった.また、二光子相関と干渉計を組み合わせたため、光検出器の応答速度をはるかに上回る測定精度が得られた.本手法は非線形結晶を必要としないので、SHGでは測れない波長領域の光についても測定が可能である.また、光子計数による測定であるため、蛍光等の微弱光の測定への応用の研究が考えられている.

 以上のように、この研究では、強度干渉を利用してレーザーパルスのパルス幅とコヒーレンス時間を同時に測定する方法を提案し、理論的な解析と実験結果が一致することを確認した.本測定法確立の成果は、単に強度干渉という現象の研究にとどまらず、これまで不可能とされた波長領域や微弱光にも適用できるという実用的な価値を含むものであり、レーザー物理学の研究の発展に重要な貢献をしたものと判断される.よって本論文は審査員全員により、合格であると判定された.

 なおこの研究全体は共同研究であるが、本論文に書かれた部分は論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が学位論文にとって十分であると判断する.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54435