本研究では新しい重い電子系化合物CeFeGe3を発見し、その基本的性質を明らかにした。 本論文は全6章から成り、まず第1章では本研究の背景として近藤効果や重い電子系の研究の現在までの流れ、そして従来知られている重い電子系化合物のうちの代表的なものとその分類について論ずる。 第2章ではCeFeGe3の試料作製法と結晶構造解析について論ずる。CeFeGe3は今まで報告されていない新物質であるので、試料作製および結晶構造解析には細心の注意を払った。多結晶試料の作製には原料の単体を1:1:3のモル比で用意し、アーク熔解法で合成した。その後石英管に真空封入し、800℃で1週間の熱処理を行った。また、非磁性参照物質としてLaFeGe3も作製した。作製した試料が単一相のものであることは、X線回折と金属顕微鏡による観察で確認した。本研究の実験には、このようにして作製した多結晶の試料を用いた。 CeFeGe3の結晶構造解析はRietveld法によって行った。その結果CeFeGe3は正方晶系のBaNiSn3型構造(I4mm、No.107、Z=2)であり、格子定数はa=4.332Å、c=9.955Åであることがわかった。BaNiSn3型構造の重い電子系化合物は今までには知られておらず、CeFeGe3が初めてのものである。 第3章では実験方法について説明する。本研究で行った測定は、磁化率、磁化、比熱、電気抵抗である。磁化率(do)は6〜400K、磁化は0〜4.5T、比熱および電気抵抗は0.5〜300Kの範囲で測定を行った。またこれに加えて、35Tまでの磁化は物性研究所後藤恒昭教授、中性子散乱は同吉澤英樹助教授、光電子分光は同柿崎明人助教授、熱電能は富山大学理学部桜井醇児教授にそれぞれ測定して頂いた。 第4章は実験結果および検討である。 CeFeGe3は標準的な重い電子系化合物の性質を持つ。磁化率は200K以上でキュリーワイス則にしたがい、ワイス温度は-91Kと大きな反強磁性的相互作用を持っている。キュリー定数から求めた有効磁気モーメントはセリウム原子あたり2.55Bであり、Ce3+自由イオンの値にほぼ一致する。200K以下ではキュリーワイス則からはずれ、50Kのかすかなピークを経て低温で(0)=4.33×10-3cm3/molの一定値となる。室温の光電子分光の測定結果から得られた4f電子状態は4f0が1%以下、4f2が数%、ほとんどが4f1であり、磁化率の測定結果と一致してCeFeGe3が価数揺動ではないということがわかった。 比熱は8K以下で温度に比例する。すなわち、C/Tが温度に依存しない一定値をとり、その値は約150mJ/mol・K2である。C/Tがこれほどきれいに一定な重い電子系化合物は今まで知られておらず、CeFeGe3が初めてである。この値を電子比熱係数と考えると、と(0)から求めた近藤温度は約200Kで、電気抵抗の磁気的寄与のピーク95Kとも矛盾しない。電気抵抗は5K以下でT2に依存し、温度に依存しないとあわせてフェルミ液体の性質を示している。T2の係数Aは0.24・cm/K2である。電気抵抗の室温と4.2Kでの比、300/4.2はCeFeGe3で約20、LaFeGe3で約50と大きく、原子配置が規則的であるとするRietveld解析の結果とも矛盾しない。CeFeGe3は0.05Kまで温度を下げても何の相転移も観測されなかった。磁気エントロピーの結果からもエントロピーは出尽くしており、数Kで既に基底状態に達していると考えられる。 CeFeGe3のウイルソン比RwとA/2はそれぞれ1.03と1.1×10-5・cm・mol2K2/mJ2で、従来知られている重い電子系化合物での値に近い。 CeFeGe3の比熱からLaFeGe3の比熱を格子の寄与とみなして減算しCmを求め、磁化率の測定結果とともにRajanによるj=1/2、3/2、5/2に対するCoqblin-Schriefferモデルの計算値と比較した。その結果、CeFeGe3ではj=1/2でも5/2でもなく、j=3/2の近藤効果が起こっているものと考えられる。磁化率の測定値に現れたかすかなピークは非常に特徴的で、j=1/2の単調な変化ともj=5/2の高いピークとも明らかに異なる。比熱への磁気的寄与はj=5/2では計算値が実験値を大きく上回り、j=1/2では計算値が実験値よりもはるかに小さくて説明がつかない。磁化率、比熱とも、j=3/2とした解析が実験結果を最もよく説明し、したがってCe3+の縮重度6のうち4が近藤状態に寄与し、残りの2重項が結晶場分裂準位として存在していると考えられる。熱電能の測定結果もj>1/2を示している。次にRajanのj=3/2の計算結果に、結晶場分裂準位の2重項の寄与によるショットキー比熱を加える計算を行って実験結果と比較した。その結果、j=3/2の近藤効果に加えて基底状熊から500Kの位置にある半値幅200Kの分布を持つ2重項の結晶場分裂準位の存在が最もよく実験結果を説明するということがわかった。 このことを直接確認するため、中性子散乱の測定を行った。CeFeGe3の単結晶の試料作製が困難でまだ成功していないので、多結晶のを用い、LaFeGe3をCeFeGe3の格子の寄与とみなして減算を行った。その結果10meV(120K)付近になだらかなピークが観測され、40meV(440K)以下にはシャープな結晶場分裂準位が存在しないということがわかった。このことは他の実験から求めた約200Kの近藤温度と合致する。10meVのピークが準弾性散乱か非弾性散乱かは温度依存を調べればはっきりするが、そのためには本実験のS/Nは充分ではなかった。また、同じ理由からエネルギートランスファの測定上限も約35meV(410K)に制限され、結晶場分裂準位の2重項の確認もできなかった。 CeFeGe3は従来から高濃度近藤物質と価数揺動物質の境界領域にあると考えられているCeRu2Si2よりも近藤温度が1桁高く、重い電子系化合物の基底状態の研究に大いに役立つものと期待される。j=3/2の近藤効果という点でも貴重な存在と言える。 第5章ではCeFeGe3を非磁性のランタンで希釈した系、CexLa1-xFeGe3を取り上げる。 CexLa1-xFeGe3の電気抵抗は近藤格子から不純物近藤効果への連続的な変化を示している。x=1.0からxを減らしていくと、x=1.0では100K以下でコヒーレント状態になって電気抵抗が急速に小さくなっていたのがx=0.7ではそれほど小さくはならず残留抵抗も室温の6割程度と大きくなる。そしてx=0.5ではついに抵抗極小が観測されるようになる。つまり近藤格子系から不純物近藤状態への移行が見られた。電気抵抗の磁気的寄与と磁化率の測定結果からは、xが小さくなっていくにしたがって近藤温度が低下していく様子がうかがえる。これは格子定数が大きくなっていくことが原因であると考えると定性的に一致する。200K以上では磁化率がいずれもキュリーワイス則にしたがい、有効磁気モーメントはCe3+の値で、ワイス温度は-81〜-100Kであった。 最終章の第6章は全体のまとめにあてられる。 CeFeGe3の結晶構造はBaNiSn3型である。CeFeGe3は標準的な重い電子系化合物の性質を示し、150mJ/mol・K2の電子比熱を持つ。室温においてセリウムは3価で4f電子が局在しており価数揺動ではないが、近藤温度は200K前後と高い。8K以下で比熱C/Tが今まで知られている重い電子系化合物よりもはるかにきれいに一定値を示し、基底状態のフェルミ液体になっていると考えられる。近藤効果に働く有効角運動量は、j=3/2とした解析が測定結果を最もよく説明する。CeFeGe3は近藤格子系物質と価数揺動物質の中間に分類されると考えられる。しかしCeFeGe3は従来から中間として知られているCeRu2Si2よりも近藤温度が1桁高く、全く新しい存在である。 巻末には付録として、CeFeGe3と同じ結晶構造を持つPrFeGe3とCeCoGe3の物性測定の結果を収録した。 |