李瑛氏による本博士請求論文は二光子干渉を用いて、散乱光や蛍光などのインコヒーレントな光強度の超高時間分解計測を実験的に行ったものである。 近年の超短光パルス発生技術は目覚ましく、現在、報告されている最短の光パルス幅は6fsである。このような超短光パルスは、様々な現象をピコ秒〜フェムト秒という超短時間能で計測するのに利用されている。通常の電子計測法による光検出器の時間分解能は、せいぜい1ピコ秒程度に限られているので超高時間分解計測では、新しい検出法が必要となる。このような理由で、超高速現象の光検出方法は極めて重要な興味ある課題になっている。 本博士請求論文の研究において、コヒーレントな光源、散乱体によるインコヒレントな散乱光源、発光によって放出された超短寿命インコヒーレントな蛍光光源など、様々な極めて短い持続時間をもつ光を対象に、二光子干渉効果によるパルス光のパルス波形や発光寿命を測定する方法を提案し、実験的に証明した。この二光子干渉は電場干渉ではなく、強度干渉であるため、光のコヒーレンス時間ばかりではなく、光パルス幅や発光寿命の測定を可能にした。この測定方法の特徴は、広い波長領域で、検出器の時間分解能の制限なしに、光子計数レベルの極めて低い強度の光に対する測定が可能になった点にある。 二光子干渉は、光をビームスプリッターで等分して、二つの光検出器における光子の同時検出の確率として測定される現象であり、主に光のコヒーレンス時間を測る手段として用いられている。Mandelらは、二光子干渉を用いてマッハ・ツェンダー干渉計型の配置で実験を行った結果、光検出器の応答時間よりもはるかに高分解能での測定が可能であることを示した。 本研究は、この測定方法を光のパルス列に適用することを考えて、様々な超短パルス光源を用いて、実験を行った。 超短パルス光をマッハ・ツェンダー型干渉計に入射すると、2つの出力が得られる。これをそれぞれ光検出器で受け、干渉計の2つの径路の光路差を掃引しながら、2つの光検出器の間での光子の同時計数率を測定する。理論計算より、この同時計数率は、光路差=0を中心として狭いコヒーレンス時間cを持った凹みとそれより広いパルス幅p(orライフタイムL)を反映した幅を持った凹みが生じる。この「凹み」の形からパルス幅とコヒーレンス時間を求めることが可能である。また干渉計の二つのアームに一つずつ試料を入れる場合には、二つの互いに独立な光源からのインコヒーレントパルス幅p(orライフタイムL)のみの凹みが生じる。これより直接に、パルス幅とパルス波形を求めることが可能である。 本研究で用いられたレーザー光源は連続発振(cw)モード同期(ML):YAGレーザー(繰り返し周波数は82MHz)の第二高調波による同期励起波長可変群速度分散補償色素レーザーである。励起光源の出力ゆらぎをおさえ実験の精度を上げるために励起用YAGレーザーにはQスイッチ超音波変調素子をロスモジュレーターとして用いて出力の安定化を図った。超短パルス発生の為に色素レーザーは、レーザー色素利得ジェットと可飽和吸収色素ジェットを用いた2ジェット方式とした。 本研究では、三種類の光源の二光子干渉の実験を行った。色素レーザーのコヒーレント光源及び微粒子による色素レーザー光の散乱光、そして有機色素からの蛍光である。散乱光の散乱体には二種類が選ばれた。1種類は平均粒径約1mの硫酸バリウム微粒子をスライドガラス板の表面に塗付した試料である。他の1種類は平均粒径1.2mの脂肪微粒子コロイド試料である。蛍光光源として、蛍光の寿命100fsのナイルブルー(Nile Blue)色素分子のN、N-ジメチルアニリン(N,N-dimethylaniline)溶液(液体試料濃度5×10-4mol/l)が用いられている。 二光子強度干渉の測定は具体的には次のように行われている。まず、色素レーザー光をレンズで試料の所に絞り込み、試料から出る蛍光(また散乱光)をレンズでピンホールに集光する。更に、空間的なコヒーレンスを保つためにいくつかのピンホールを用いる。また二光子干渉を検出するために偏光板を入れる。位相変調器を用いて、干渉計内の二つの光路のうち一つの光路の光の位相をランダムに変化させて、干渉計から出る光のフリンジを打ち消す。蛍光測定にはレーザー光の蛍光セルからの漏れを防ぐためにノッチフィルターを用いた。干渉フィルターとを用いて、中心波長690nm、半値全幅/2=1.4nmの蛍光を選択的に検出測定している。 被測定光パルスは、マッハ・ツェンダー干渉計のビームスプリッターで分割されたのち、相対時間差を持って干渉し、量子効率40%、分解能3ns、ダークカウント数が約800/sの二つのシリコンアバランシェフォトダイオード(APD)に入射する。二つのAPDの出力のうち、一方の信号は直接TAC(Time to Amplitude Converter)のスタート入力に、もう一方の信号は遅延回路で適当な遅延時間を付加してから、TACのストップ入力につなぐ。TACのスタートからストップまでのウィンド幅は10nsを設定し、0〜10nsの範囲に入った光電子を"同時計数"とみなして、カウンターで計数する。 二光子干渉実験で得られた結果は次のようにまとめられる。 (1)cw-ML同期励起色素レーザーのパルス幅とコヒーレンス時間が同時に測定した。 実験データには、理論計算のように2種類の凹みが現れた。実験データを解析し、SHG実験結果と比較した結果、両方の値はよく一致した。特に二光子干渉法による測定値と可視度測定値とその比較することにより、二光子干渉実験で測ったレーザー光のパルス幅はインコヒーレント成分であることを明らかにした。 (2)平均粒径1mSO4剛体微粒子による色素レーザー光の散乱光の拡散幅とコヒーレント時間幅を測定した。 二種類の厚さの異なる試料を測定した。サンプルが薄い場合には光子がサンプルの中で散乱されて通る平均時間は短く拡散幅が狭く、サンプルが厚い場合には、光子がサンプルの中に散乱されて通る平均時間は長く拡散幅が広いという結果が得られた。 二光子干渉実験は検出器の応答速度以下の超高時間分解の測定が可能であるという特長を持っている。このように二光子干渉実験は薄い散乱体に超短パルスレーザー光が透過してくる様子、光の弱局在問題や、ランダム媒質中での光の揺らぎについての研究に発展させることも可能であると考えられる。 SO4剛体微粒子の二つの試料を干渉計の二つの光路に入れた互いに独立な光源からの二光子干渉実験も行った、パルス幅のみの1成分の凹みが生じる。 (3)最後に、短い蛍光寿命を持つナイルブルー/ジメチルアニリン溶液からの蛍光の寿命を二光子干渉法による測定を行った。 励起レーザー光のパルス幅が2.3psの場合と555fsの場合の蛍光の二光子干渉実験の測定を行った。この結果、両者の間に差が見られ有限(100fs)の寿命の効果が現れていることが確認できた。 以上のように本研究では、二光子強度相関計測により、コヒーレンス時間たけでなく剛体球による散乱や蛍光などインコヒーレントな過程の時間分解計測が原理的に可能であることを示した。実際の応用として、時定数や、減衰関数の決定には信号対雑音比で多くの困難が伴ない、他の計測法(例えば上方転換up-conversion等)の考えられる場合には得策ではないが、極紫外やx線領域など他の方法が無い場合には有用であると考えられる。従って本論文は、そのような応用を期待させる結果を得たという点で博士(理学)に値する研究と見なされる。 |