重力波を検出することの重要性は、単に物理の基本原理である一般相対論の検証ということだけでなく、宇宙に対してこれまでの電磁波に加えて新しい窓を開き、「重力波天文学」を確立することができるところにある。そこでは、例えば、超新星爆発の瞬間のコアの角運動量や連星中性子星の合体の重力波振幅から天体までの距離などを求めることができ、また、宇宙創生のビッグバング直後の宇宙の発展の解明にメスをいれることもできる。このように重力波検出は物理学的・天文学的観点から興味深いものであるが、物質と重力波の相互作用が非常に小さいためにこれまで検出は困難とされてきた。しかし、最近の測定技術の進歩によって重力波検出が不可能ではないレベルまで研究が進んできており、2000年頃には、現在米国やヨーロッパで建設がはじまっているkmクラスのレーザー干渉計重力波アンテナが稼働をはじめ、重力波が検出される期待も大きい。 レーザー干渉計型重力波検出器の原理は、吊るされた2枚の鏡の間の距離をレーザー干渉計で高精度に測定し、重力波によって生じる固有距離の変化としてとらえるものである。超新星爆発や連星中性子星の合体などで放出される100Hz〜1kHz付近のバースト的な重力波に対しては、十分に防振された鏡と安定化されたレーザーを用いて重力波の振幅h〜10-21程度の感度を達成すれば年間数イベントの観測ができると考えられている。 通常、干渉計と光源となるレーザーの間にはモードクリーナーと呼ばれる光学系が置かれる。これはレーザービームの持っている空間的ひずみや揺らぎを低減させる働きをし、これにより干渉計の干渉効率の向上やビーム揺らぎによるノイズを低減することができる。従来モードクリーナーとしては単一モード光ファイバーやロッド固定式の光共振器が用いられてきたが、将来使用される高出力レーザーには光ファイバーは不適当であり、ロッド固定光共振器もkmクラスのモードクリーナーとしては共振器長が短いため安定度が悪く不十分である。 この論文は、将来の長基線レーザー干渉計にも使用可能なモードクリーナーとして、独立に懸架された2枚の鏡によるFabry-Perot光共振器を利用する方式を採用し、これまでの欠点を取り除くことを目的として、実際に国立天文台の20mプロトタイプ重力波検出器に組み込み運転を行うとともに性能を評価したものである。 国立天文台の共振器長20mのFabry-Perot干渉計型重力波検出器は、文部省科学研究費重点領域「重力波天文学」の研究の1つの柱として建設されたものであり、出力500mWの半導体レーザー励起モノリシックNd:YAGレーザーを光源として将来必須の技術とされるリサイクリングを組み込めるように信号の読みだしに直接干渉方式を採用していることが特徴である。 用いた独立懸架型モードクリーナーは、共振器長1m、鏡は直径50mm長さ100mmの合成石英のロッドに鏡をオプティカルコンタクトしたもので、鏡は損失の少ないイオンビームスパッタ(IBS)法で製作されたものである。鏡の特性はフィネス1500で共振器の透過率が90%程度に達するほど低損失であった。2枚の鏡は独立に二段振り子の防振系で懸架されている。防振系には板バネで作った垂直方向の防振系も組み込まれていて防振効果が高められている。 まず、モードクリーナー単体での性能:モードクリーニング効果(60dBの除去)・周波数安定度(帰還回路のエラー信号で1mHz/√Hz以下)を評価したあと、20mプロトタイプ検出器に実際にモードクリーナーを接続し性能を評価した。 第一の成果として、干渉計のコントラストの向上がみられ、モードクリーナーを入れる前の95%から99%以上に改善された。これにより干渉光をほぼ完全にダーク条件にすることができ、モードクリーナーによりもとのレーザー光に含まれる高次モードが除去されたことが確認された。 第二に、干渉計の感度が周波数ノイズで感度が制限されていたが、モードクリーナーによる周波数安定化の効果で感度が2桁以上向上し、変位換算で10-16m/√Hz、重力波の振幅ではh〜10-16の感度を達成した。 この感度は、重力波検出器としては、現状の他のプロトモデルに比肩しうるものではないが、その原因について広範囲に検討した結果、 (1)両腕のFabry-Perotのフィネスの差をなくすために高性能な鏡を使用して対称性をよくすること (2)まだ、懸架されていない固定鏡の防振を改善すること (3)レーザー出力を100倍にしてショットノイズ限界を1桁改善する (4)モードクリーナーと検出器の基線長を2桁スケールアップする など、将来の改良への重要な指針を与えている。 以上のように、この研究は、レーザー干渉計重力波検出器の要素技術の開発のなかで重要な位置を占める懸架型モード・クリーナーを開発して、国立天文台20m干渉計で実証し性能向上に貢献したものであるが、その成果は、単に20m干渉計にとどまらず、将来の本格的な重力波検出器のために重要な寄与をしており、物理学の研究の発展に顕著な貢献をしたものと判断できる。よって本論文は審査員全員により、合格であると判定された。 なお、20m干渉計を中心とした研究全体は、複数の研究者が共同で行われたものであるが、本論文に書かれた部分は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が学位論文にとって十分であると判断する。 |