学位論文要旨



No 110943
著者(漢字) 新谷,昌人
著者(英字)
著者(カナ) アラヤ,アキト
標題(和) 干渉計型重力波検出器のためのモードクリーナーの開発
標題(洋) Optical Mode Cleaner for the Interferometric Geavitational Wave Detector
報告番号 110943
報告番号 甲10943
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2856号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河島,信樹
 東京大学 助教授 黒田,和明
 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 教授 長澤,信方
 東京大学 助教授 長谷川,修司
内容要旨

 一般相対論のひとつの帰結として重力波の存在が予言されているが、未だに直接検出されていない。しかし、重力波の存在自体はTaylorらによる連星中性子星の公転周期の観測から間接的に検証されている。もし直接検出できれば一般相対論を検証できるだけではなく、「重力波天文学」として高密度星で起こる現象について電磁波などの従来の手段では得られない情報を検出できる。例えば、超新星爆発の瞬間のコアの角運動量や連星中性子星の合体の重力波振幅から天体までの距離などを求めることができる。このように重力波検出は物理学的・天文学的観点から興味深いものであるが、物質と重力波の相互作用が非常に小さいためにこれまで検出は困難とされてきた。しかし、最近の測定技術の進歩によって重力波検出が不可能ではないレベルまで研究が進んできており、世界各国でキロメートルクラスの大型干渉計の建設をめざして感度向上への研究が進められている。日本でも平成2年度より文部省科学研究費重点領域研究の一環としてプロトタイプの検出器の開発を行い大型干渉計への基礎技術の開発を行っている。

 干渉計型重力波検出器の原理は、吊るされた2枚の鏡の間の距離をレーザー干渉計で高精度に検出し、重力波によって生じる固有距離の変化としてとらえるものである。超新星爆発や連星中性子星の合体などで放出される100Hz〜1kHz付近のバースト的な重力波に対しては、十分に防振された鏡と安定化されたレーザーを用いて重力波の振幅h〜10-21程度の感度を達成すれば年間数イベントの観測ができると考えられている。この程度の感度は原理的には達成可能で、いくらかの技術的な困難を乗り越えれば実現できると思われる。検出感度を決める大きな要因のひとつがレーザー光源に起因するノイズで、特に周波数ノイズに対する要求がきびしい。そこで、本研究ではモードクリーナーと呼ばれる光共振器を基準にレーザーを周波数安定化するシステムを設計し、実際に国立天文台の20mプロトタイプ検出器に組み込み運転をおこなった(図1)。

 国立天文台では共振器長20mのFabry-Perot干渉計型重力波検出器の開発を行っている。この干渉計の特徴としては将来必須の技術とされるリサイクリングを組み込めるように、信号の読みだしに直接干渉方式を採用していることである。本研究以前の測定でこの干渉計の感度を決めている主なノイズ源はレーザー光の周波数ノイズであることがわかっていた。そこで、レーザーの周波数安定化が必要となるが、これにはいくつかの方法がある。現在採用している直接干渉方式と両立しうる方式として、我々は本体の干渉計とは別のFabry-Perot共振器(モードクリーナー)を用意してこれを基準に周波数安定化を行うことにした。この方法ではレーザーのすべての光を無駄なく使って安定化できるのでショットノイズ限界の安定化を達成することができる。また、この方式ではモードクリーナーの透過光を主検出器の光源として使うために、本来のモードクリーナーの特性である、もとのレーザー光の持っている空間的なビームの変形やゆらぎを低減させる効果も期待できる。

 また、本研究のもう一つの特徴としては、モードクリーナー共振器の2枚の鏡をそれぞれ独立に吊るしていることが挙げられる。これまで海外の研究を含め、プロトタイプ用のモードクリーナーとしては単一モード光ファイバーやロッド固定式Fabry-Perotが用いられてきたが、将来の高出力レーザーを用いた長基線長の干渉計にはこのような方式では問題がある。将来のフルスケール干渉計にも応用できる技術開発を考えて、我々は独立懸架のモードクリーナーの開発を行うことにした。このような目的で、共振器長1mのモードクリーナーを使った周波数安定化システムを設計した。共振器として使用した鏡は直径50mm長さ100mmの石英のロッドに鏡をオプティカルコンタクトしたもので、鏡は損失の少ないイオンビームスパッタ(IBS)法で製作されたものである。将来的にもこのIBS法が有力視されている。実際の鏡の特性はフィネス1500で共振器の透過率が90%程度に達する高透過率であった。2枚の鏡は独立に二段振り子の防振系で懸架されている。防振系には板バネで作った垂直方向の防振系も組み込まれていて防振効果が高められている。これらの鏡は真空容器中に納められているため、外部から鏡の位置制御を行うためのモータードライブと微調整用のピエゾ素子がとりつけられている。

 光源として使用したレーザーは半導体レーザー励起モノリシックNd:YAGレーザーで、出力が500mWのものである。このレーザーは波長が1064nmの赤外であるために扱いがやや面倒であるが、将来の高出力・高安定化の可能性が高いレーザーであるのでこれを採用した。レーザーの発振周波数は共振器にはりつけたアクチュエーターでコントロールできるため周波数安定化にはこれを利用した。レーザーの周波数安定化は吊るした鏡を基準にしているため高周波の周波数揺らぎに対しては良い基準となるが、低周波では共振器の振り子運動のためにむしろ安定度は悪い。そこで、安定化のサーボ系は2系統使い、ひとつは共振器長を低周波で制御して振り子運動を抑えるループ、そしてもうひとつは高周波で共振器を基準にレーザーを安定化するループで高周波の揺らぎのみの安定化を行った。このふたつのループの交差する周波数は振り子運動ともとの周波数ノイズとのかねあいから30Hzにし、観測帯域である1kHz付近で80dBの安定化利得がとれるようにサーボ系を設計した。プロトタイプに組み込む前に、モードクリーナー単体での特性(モードクリーニング効果・周波数安定度)をまず評価した。

 モードクリーニング効果としては入射光の角度や位置のゆらぎであるビームジッターの除去効果を評価した。理論的計算では使用した共振器に対しては60dB程度の除去効果が期待できる。実際にはモードクリーナーのある場合とない場合について20m先のビームの位置を検出した。位置検出にはナイフエッジを利用した位置検出器を用いた。モードクリーナーのない場合の入射光ビームジッターは100Hz以下ではエアコンによる空気の揺らぎの効果が支配的であったのでその除去効果を測定した。測定した結果、エアコンによるゆらぎの除去効果がはっきりと確認できた。モードクリーナー懸架の共振による低周波のジッターがあることが新たにわかったが、数百Hzの観測帯域のジッターについては防振がきいているために検出限界以下であった。

 次に周波数安定度を評価した。まず、モードクリーナーの周波数安定化サーボの誤差信号から見積もった周波数安定度は、設計通り1kHzで80dBの安定度が得られて1mHz/√Hz程度が得られた。しかし、実際の周波数安定度は別の共振器を用いて評価する必要があるため20mプロトタイプ検出器で用いるFabry-Perot共振器による周波数安定度の評価を行った。20m共振器の誤差信号から得られた値は1桁悪く10mHz/√Hzであった。この差を生じさせるノイズ源は20m共振器付近の外来の振動に応じて変化することがわかったので、安定化光を20m共振器に導入するときに用いた固定鏡による位相ノイズや光学台の機械共振が主なノイズ源であると推定された。

 このように、モードクリーナーの基本的な機能について所期の性能を確認すゐことができた。ノイズについても完全に評価することはできなかったものの設計通りのレベルに近いことがわかったので20mプロトタイプ検出器に実際にモードクリーナーを接続し性能を評価した。まず、干渉計のコントラストの向上がみられ、モードクリーナーを入れる前の95%から99%以上に改善された。これにより干渉光をほぼ完全にダーク条件にすることができ、モードクリーナーによりもとのレーザー光に含まれる高次モードが除去されたことが確認された。

 これまでは周波数ノイズで感度が制限されていたが、モードクリーナーによる周波数安定化の効果で感度が2桁以上向上し、変位換算で10-16m/√Hz、重力波の振幅ではh〜10-16となる(図2)。現在の干渉計の感度を制限しているものは、先の固定鏡による位相雑音の他に干渉計の2本の腕による同相雑音除去比があまりとれなかったことが挙げられる。干渉計のコントラストが向上したにもかからわず同相雑音除去比がとれないのは両腕のFabry-Perotのフィネスの差でほぼ説明できるので高性能な鏡を使用して対称性をよくすれば改善される可能性が高い。

図表図1 モードクリーナーと20mプロトタイプの光学系 / 図2 モードクリーナー接続以後の感度の変化

 現在得られている感度は重力波検出のためには5桁不足しているが、現在のままで固定鏡の防振と高性能鏡を用いて2桁の感度の改善が見込まれる。さらにレーザー出力を100倍にすればショットノイズ限界が1桁改善される。将来の長基線長重力波検出器にモードクリーナーを接続した場合についても、本研究で得られたモードクリーナーの特性(ビームジッター除去・周波数安定化・コントラスト向上)が活かせるので、検出器の基線長をキロメートルにすることにより感度が2桁向上し目標の感度が達成できると期待される。

審査要旨

 重力波を検出することの重要性は、単に物理の基本原理である一般相対論の検証ということだけでなく、宇宙に対してこれまでの電磁波に加えて新しい窓を開き、「重力波天文学」を確立することができるところにある。そこでは、例えば、超新星爆発の瞬間のコアの角運動量や連星中性子星の合体の重力波振幅から天体までの距離などを求めることができ、また、宇宙創生のビッグバング直後の宇宙の発展の解明にメスをいれることもできる。このように重力波検出は物理学的・天文学的観点から興味深いものであるが、物質と重力波の相互作用が非常に小さいためにこれまで検出は困難とされてきた。しかし、最近の測定技術の進歩によって重力波検出が不可能ではないレベルまで研究が進んできており、2000年頃には、現在米国やヨーロッパで建設がはじまっているkmクラスのレーザー干渉計重力波アンテナが稼働をはじめ、重力波が検出される期待も大きい。

 レーザー干渉計型重力波検出器の原理は、吊るされた2枚の鏡の間の距離をレーザー干渉計で高精度に測定し、重力波によって生じる固有距離の変化としてとらえるものである。超新星爆発や連星中性子星の合体などで放出される100Hz〜1kHz付近のバースト的な重力波に対しては、十分に防振された鏡と安定化されたレーザーを用いて重力波の振幅h〜10-21程度の感度を達成すれば年間数イベントの観測ができると考えられている。

 通常、干渉計と光源となるレーザーの間にはモードクリーナーと呼ばれる光学系が置かれる。これはレーザービームの持っている空間的ひずみや揺らぎを低減させる働きをし、これにより干渉計の干渉効率の向上やビーム揺らぎによるノイズを低減することができる。従来モードクリーナーとしては単一モード光ファイバーやロッド固定式の光共振器が用いられてきたが、将来使用される高出力レーザーには光ファイバーは不適当であり、ロッド固定光共振器もkmクラスのモードクリーナーとしては共振器長が短いため安定度が悪く不十分である。

 この論文は、将来の長基線レーザー干渉計にも使用可能なモードクリーナーとして、独立に懸架された2枚の鏡によるFabry-Perot光共振器を利用する方式を採用し、これまでの欠点を取り除くことを目的として、実際に国立天文台の20mプロトタイプ重力波検出器に組み込み運転を行うとともに性能を評価したものである。

 国立天文台の共振器長20mのFabry-Perot干渉計型重力波検出器は、文部省科学研究費重点領域「重力波天文学」の研究の1つの柱として建設されたものであり、出力500mWの半導体レーザー励起モノリシックNd:YAGレーザーを光源として将来必須の技術とされるリサイクリングを組み込めるように信号の読みだしに直接干渉方式を採用していることが特徴である。

 用いた独立懸架型モードクリーナーは、共振器長1m、鏡は直径50mm長さ100mmの合成石英のロッドに鏡をオプティカルコンタクトしたもので、鏡は損失の少ないイオンビームスパッタ(IBS)法で製作されたものである。鏡の特性はフィネス1500で共振器の透過率が90%程度に達するほど低損失であった。2枚の鏡は独立に二段振り子の防振系で懸架されている。防振系には板バネで作った垂直方向の防振系も組み込まれていて防振効果が高められている。

 まず、モードクリーナー単体での性能:モードクリーニング効果(60dBの除去)・周波数安定度(帰還回路のエラー信号で1mHz/√Hz以下)を評価したあと、20mプロトタイプ検出器に実際にモードクリーナーを接続し性能を評価した。

 第一の成果として、干渉計のコントラストの向上がみられ、モードクリーナーを入れる前の95%から99%以上に改善された。これにより干渉光をほぼ完全にダーク条件にすることができ、モードクリーナーによりもとのレーザー光に含まれる高次モードが除去されたことが確認された。

 第二に、干渉計の感度が周波数ノイズで感度が制限されていたが、モードクリーナーによる周波数安定化の効果で感度が2桁以上向上し、変位換算で10-16m/√Hz、重力波の振幅ではh〜10-16の感度を達成した。

 この感度は、重力波検出器としては、現状の他のプロトモデルに比肩しうるものではないが、その原因について広範囲に検討した結果、

 (1)両腕のFabry-Perotのフィネスの差をなくすために高性能な鏡を使用して対称性をよくすること

 (2)まだ、懸架されていない固定鏡の防振を改善すること

 (3)レーザー出力を100倍にしてショットノイズ限界を1桁改善する

 (4)モードクリーナーと検出器の基線長を2桁スケールアップする

 など、将来の改良への重要な指針を与えている。

 以上のように、この研究は、レーザー干渉計重力波検出器の要素技術の開発のなかで重要な位置を占める懸架型モード・クリーナーを開発して、国立天文台20m干渉計で実証し性能向上に貢献したものであるが、その成果は、単に20m干渉計にとどまらず、将来の本格的な重力波検出器のために重要な寄与をしており、物理学の研究の発展に顕著な貢献をしたものと判断できる。よって本論文は審査員全員により、合格であると判定された。

 なお、20m干渉計を中心とした研究全体は、複数の研究者が共同で行われたものであるが、本論文に書かれた部分は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が学位論文にとって十分であると判断する。

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