本論文"X線を用いた銀河団の質量分布の測定"は、「あすか」衛星を用いた新たな画像解析法を開発し、その手法に基づいてケンタウルス座銀河団(Cen銀河団)と、炉座銀河団(Fornax銀河団)のX線天文衛星「あすか」による観測データから銀河団および銀河に付随する高温ガスの構造を解明した結果をまとめたものである。 銀河団は力学平衡に達している構造としては宇宙で最大級のものであり、その力学的進化の時間スケールが宇宙年齢そのものと同じオーダーであることから、宇宙の初期条件の手がかりをより忠実にとどめているものと期待される。この銀河団の質量を測定する試みは、可視光のみならずX線天文学における重要な観測テーマの一つである。実際これらを通じて、銀河団には温度が107〜108Kの希薄な(10-4〜10-2protons cm-3)高温ガスが満ちていることが発見されるとともの、その空間分布からダークマターの存在が確立されている。さらに銀河を構成している星と銀河団全体に広がっている高温ガス、そして重力の主な担い手であるダークマターの3成分がどのような空間分布にしたがっているのかを詳細に調べることで、ダークマターの正体についての観測的な制限が得られることが期待される。本論文では特にこれらの質量の各成分が銀河のスケールから銀河団のスケールにかけてどのように分布しているかを解き明かすことを目的とした研究を行なった。 今回X線天文衛星「あすか」によって観測したCen銀河団とFornax銀河団はともに近傍の比較的poorな(メンバー銀河の個数の少ない)銀河団である。両者ともその中心にcD(central dominant)銀河を持っており、銀河スケールのX線放射と銀河団スケールのX線放射とを同時に詳しく観測することができると期待される。この研究を可能にしたのは、「あすか」衛星の搭載している多重薄板斜入射X線反射望遠鏡(XRT)とガス蛍光比例計数管(GIS)およびX線CCDカメラ(SIS)であり、イメージングに優れたEinsteinやROSATなどの衛星に比べて、角度分解能では劣るものの、広いエネルギーバンド(0.5-10keV)と高いエネルギー分解能により、銀河団の温度構造の決定には過去最高の感度を有している。しかしながら、「あすか」のX線望遠鏡のPSF(Point Spread Function)は、検出器上での位置や入射X線のエネルギーに強く依存した非常に複雑な特性を持っている。この問題を解決するために論文提出者は「モンテカルロシミュレーションによるマルチパラメータフィット」という方法に乗っ取った新しい解析の枠組を開発した。この方法は、出発点として仮定した銀河・銀河団の密度と温度に対するモデルに基づいて、検出器上の位置とフォトンのエネルギーによってPSFが異なることを考慮してシミュレーションを行い、得られた分布を直接データと比較する。その結果から仮定したモデルパラメータをiterativeに決定するため、複雑な検出器やモデルの特性を含んだ信頼性の高いフィッティングを行うことができる。 本論文では、この手法を、X線天文衛星「あすか」を用いたCen銀河団とFornax銀河団の観測データに対して適用した。その結果、Cen銀河団に対しては、その中心部は〜1keVと〜4keVの2つの温度成分が卓越しており、他の温度成分のもっemission measureは低いことがわかった。つまり、Cen銀河団の中心部は多温度構造ではないことが示され、従来の解釈であるcooling flow説に否定的な結果を得た。さらに、低温成分と高温成分がおのおの単一の温度をもち、同じ空間に同時に存在しているというtwo-phase modelを導入し、モンテカルロ法によるフィットを行なった。はじめに高温成分だけを定量化するため、等温モデルで表される密度分布をもった銀河団モデルで、3.5keV以上のエネルギーバンドに限った半径ごとに作った9つのスペクトルの同時フィットを行なった。その結果、コア半径3.8’,=0.50のモデルで与えられる密度を持った、温度が4keVのモデルで実データをよくフィットできた。このことは、高温成分が中心に向かって決して減少していってはおらず、中心まで分布していることを確認したことになる。つぎに低温成分も含めたtwo-phase modelで全エネルギーバンドの実データをフィットした結果、半径〜3’以内に低温成分が分布し、圧力も中心部で単一成分のsingleモデルよりも超過しているモデルでデータをよく再現することを発見した。圧力分布が中心でモデルよりも超過を示すという事実は、重力ポテンシャルも単一のKingモデルに比べて中心で超過を示すということであり、cD銀河自身の作る重力ポテンシャルを銀河団全体のものから分離する事に成功したものと考えられる。 同一の手法を用いたFornax銀河団に対する解析から得られたポテンシャル分布は、cD銀河であるNGC1399が半径〜60kpcまで固有のポテンシャル領域を持つ一方、そのまわりに銀河団スケール(数100kpc)のポテンシャルが存在していることを示しており、ポテンシャルが少なくとも2つの典型的なスケールを持つことを初めて示すことができた。 以上まとめてきたように、本論文において提案された銀河・銀河団の質量分布に関する新しい知見は、学位論文にふさわしい科学的な意義を有するものと考える。また、この解析において使用された「モンテカルロシミュレーションによるマルチパラメータフィット」という方法は、X線望遠鏡のPSF、検出器上での位置や入射X線のエネルギーに強く依存した非常に複雑な特性を正しく採り入れる上で重要なものであり、特に銀河団のようにX線放射が大きく広がり、場所ごとに異なるスペクトルを持った天体を解析するためには必要不可欠である。したがって、今後の「あすか」衛星の観測データを解析する上で広く用いられる手法となるであろう。これらの成果の一部は、「あすか」観測グループとの共同研究に基づくものではあるが、論文提出者が中心となり解析手法を開発、データの解析を行ってきたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |