学位論文要旨



No 110946
著者(漢字) 石川,洋
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ヒロシ
標題(和) 二次元の弦理論における位相的構造
標題(洋) Topological Structure in Two-Dimensional String Theory
報告番号 110946
報告番号 甲10946
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2859号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 助教授 川崎,雅裕
 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨

 自然は粒子ではなく弦からなる、とする弦理論は、粒子(場の理論)がなし得なかった重力と量子論の統一を実現してくれるものと期待されているが、その完成には依然として多くの問題の解決を待たねばならない。中でも最大の課題の一つは、背景時空に依らない定式化の完成であろう。

 背景時空に依らない定式化に対する一つのアプローチとして、いわゆる位相的場の理論があげられる。粒子の理論との類推で、背景時空に依らない形に書かれた弦理論は、固定した背景時空をもった弦理論に比べてはるかに大きな対称性を持っているものと思われる。実際、弦理論の高エネルギーでの振舞いを調べてみると、結果は高エネルギー(すなわち短距離)における自由度の減少、もしくは非常に大きな対称性を示唆している。この結果は、弦理論が高エネルギーで高い対称性を持った別の相に移行するきざし、と考えられている。位相的場の理論は一般に、非常に大きな対称性に起因する自由度の減少、という特徴を持っているため、この弦理論の位相的な相を位相的場の理論が記述しているのではないかと考えられている。

 行列模型にもとづく二次元の弦理論(背景時空が二次元である弦理論)の発展により、位相的場の理論と弦理論との関係は、単なる予想を越えて現実的な問題と考えられるようになってきた。次元が2以下であるような弦理論は、行列模型(離散化された弦理論)によって厳密に解くことができる。おもしろいことに、この厳密解の形、特にその可積分構造は、ある種の位相的場の理論から得られるものとまったくおなじものであることがわかっている。ある意味で、低次元の弦理論は位相的場の理論によって統一的に記述できると言える。すなわち、位相的場の理論は、実際、さまざまな背景時空を統合する枠組みとなりうるのである。

 弦理論と位相的場の理論の関係という観点から、二次元という次元は特別な意味を持つ。二次元以下の弦理論が、位相的場の理論で記述できるとわかったのは、行列模型によって、厳密解が知られていたからである。対応関係は結果の比較のレベルであり、なぜこのような対応があるのかについて満足のいく説明はない。また、行列模型によって解くことができる弦理論は二次元までであり、二を越える次元における厳密解をわれわれは持たない。一般の弦理論と位相的場の理論、もしくは位相的な相、との対応を議論するためには、二次元の弦理論の位相的場の理論としての記述を、その理由も含めて理解しておく必要がある。

 本論文ではこの、2次元の弦理論と位相的場の理論の対応、という問題を、行列模型ではなく連続的なアプローチの枠内で扱った。とくに2次元の弦理論の中に位相的場の理論と見なせる構造がたしかに存在することを示し、その構造を使って2次元の弦理論の物理的状態、とくに離散的状態、が位相的場の理論の状態として理解できることを示した。以下ではこの内容を具体的に述べる。

 まず、解析に使ったモデルについて述べる。2次元の弦理論として、c=1モデルと呼ばれるものを取った。c=1モデルは平坦な2次元時空中を伝播する弦を記述している。2次元の弦理論なので時空の座標は二つありそれを二つのボゾンXとで表わす。さらに弦の軌跡を表わす世界面のゲージ対称性を固定するため、ゴーストと呼ばれる場を導入する。考えるモデルはこれらの場を用いて記述され、世界面(2次元)上の場の理論となる。理論はゲージ対称性を持っているため、すべての状態を物理的な状態と考えることはできず、物理的状態を切り出してくる操作が必要となる。これにはBRST電荷と呼ばれる、べき零(2乗するとゼロになる)の演算子を使う。物理的状態はBRST電荷(Qと書く)を作用させたときに消える状態として定義されるが、そのべき零性のため、この定義にはQ|任意の状態>だけの不定性がある。物理的状態はBRST電荷で消える状態からこの不定性を除いたもの(BRSTコホモロジー)として定義される。

 本論文では、このc=1モデルが、topological first-order systemと呼ばれる位相的場の理論の一種の表現(bosonization)となっていることを示した。すなわち、topological first-order systemの場(B,C,,,の4つからなる)をc=1モデルの場の適当な組み合わせで表現し、それを通してc=1モデルをtopological first-order systemとしてとらえることに成功した。特に、topological first-order systemのエネルギー運動量テンソルとBRST電荷が、この表現によって、c=1モデルのエネルギー運動量テンソルとBRST電荷となることを示した。

 topological first-order systemには、N=2超共形代数の構造がある。このc=1モデルとtopological first-order systemの関係を使うと、c=1モデルの中にも同様のN=2超共形代数が存在することが示された。

 c=1モデルがtopological first-order systemの別の表現であるという考え方をより確かなものとするため、2つの模型の間の物理的状態の関係を調べた。もし、2つの模型が同じものであれば、その物理的状態も当然おなじものとなるはずである。結果は、確かにc=1モデルの物理的状態は、topological first-order systemのものとして解釈できるというものであり、c=1モデルとtopological first-order systemの対応は理論の物理的内容にまで及ぶことがわかった。さらにc=1モデルの離散的状態をtopological first-order systemの場を使って表示することにより、離散的状態の全体がある代数をなすことがわかった。この代数は、Wittenによって見いだされた代数(ground ring)を、その一部として含んでいる。

 このようにして、c=1モデルはある位相的場の理論、topological first-order system、と連続的アプローチの枠内で関係づけられた。さらに、cosomological constant operatorによる摂動を考えることにより、かねてより議論されていたc=1モデルとLandau-Ginzburgモデルとの対応関係に一つの傍証を与えた。

審査要旨

 最近数年の間、弦理論の非摂動的取り扱いに大きな進展があった。まず行列模型の方法を用いてc<1の物質場と結合した2次元重力理論の厳密解が構成され、全てのトポロジーのリーマン面からの寄与を足しあげる事が可能になった。ひき続き2次元重力の理論が一種の位相的場の理論と解釈される事が発見された。位相的場の理論は厳密な一般共変性を持つ場の量子論のモデルで、BRS対称性と呼ばれる一種のフェルミオン的なゲージ対称性を持ち、理論が局所的な自由度を持たないため全ての物理量が位相不変量となる。2次元重力の理論では場の相関関数はリーマン面のモデユライ空間上の交点数と解釈される。

 これら研究でビラソロ代数の中心電荷cが1より小さい共形場と2次元重力の結合系が位相的場の理論と見なされる事が確立したが、こうした事情がどこまで拡張されるかは重要な問題である。特に、cが1より小さい共形場はいわゆるrelevant operatorしか持たず2次元の場の理論として繰り込みを受けないという特徴を持つが、c=1の物質場にはmarginal operatorが存在するため理論に紫外発散が現れる。更にc>1では繰り込み不可能なオペレーター(irrelevant operator)が現れる。このためc1の物質場はc<1の物質場と本質的に異なる性質を持ちc1の共形場と2次元重力の結合系が位相的場の理論となるかどうかは全く明らかでない。この問題は連続のリュウビル理論がc>1の領域で存在しない事と密接に関連していると考えられる。

 こうした問題を議論するためには、いわゆるc=1の弦理論が興味ある研究課題となる。c=1の弦理論はもともと1次元の行列模型を用いて導入されたが、その後リュウビル理論、自由フェルミオン系、集団座標の方法、ランダウ・ギンツブルグ型模型等の種々の記述法が開発されその性質が詳しく調べられている。リェウビル理論による記述ではc=1弦理論は物質場Xとリュウビル場を用いて表され、これら2つの場は2次元ターゲット空間の2つの座標と見なされる。このためc=1弦理論は時空解釈を持ち2次元のブラックホールとの関連も詳しく議論されている。系に現れる物理的状態には、2次元のターゲット空間上を伝搬するMasslessモード(歴史的理由からタキオンと呼ばれる)と、更に、特定の運動量の値のみに現れるDiscrete Statesと呼ばれる状態等があり、2次元時空の空間方向がself-dualな値にコンパクト化されている場合これらの状態がW代数を生成する事が知られている。

 この学位論文で論文提出者はBRS対称性を持つトポロジカルなゴースト系(B,C,,)を導入しそのボソン化を用いる事によりc=1の弦理論が記述できる事を示した。トポロジカルなゴースト系B,C,,はN=2超共形不変性をもつゴースト系よりtwistと呼ばれる操作で得られ位相的場の理論の一種と見なされる。著者はc=1理論の運動量テンソル、BRSオペレーター(diffeomorphismのゲージ固定に関するBRS作用素)が正確にB,C,,系の運動量テンソル、BRSオペレーター(N=2超対称性に関するBRS作用素)に写像される事を示した。更に、タキオン、Discrete States等の物理的状態が、B,C,,系の物理的状態に1対1に写像される事を示した。この時、負の運動量を持つタキオンの状態はN=2超対称性を持つゴースト系の理論で知られるpicture changingオペレーターを借用して構成される。

 従ってc=1弦理論はトポロジカルなB,C,,系と同等な物理的内容を持ち、後者はc=1弦理論の位相的場の理論としての定式化を与えるものと考見られる。

 又、著者は、リュウビル理論の宇宙項exp110946f01.gifがB,C,,系では()-1で表される事を示しこのオペレーターがランダウ・ギンツブルグ型記述におけるスーパーポテンシャルX-1に相当する事を示唆した。

 論文提出者の研究は位相的場の理論とc=1弦理論の研究に新しい知見を付け加えるものであり審査員全員で博士論文にふさわしいものと認めた。

 なお、本論文第4章は加藤光裕氏との共同研究であるが、論文出者の寄与は十分であると判断される。

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