最近数年の間、弦理論の非摂動的取り扱いに大きな進展があった。まず行列模型の方法を用いてc<1の物質場と結合した2次元重力理論の厳密解が構成され、全てのトポロジーのリーマン面からの寄与を足しあげる事が可能になった。ひき続き2次元重力の理論が一種の位相的場の理論と解釈される事が発見された。位相的場の理論は厳密な一般共変性を持つ場の量子論のモデルで、BRS対称性と呼ばれる一種のフェルミオン的なゲージ対称性を持ち、理論が局所的な自由度を持たないため全ての物理量が位相不変量となる。2次元重力の理論では場の相関関数はリーマン面のモデユライ空間上の交点数と解釈される。 これら研究でビラソロ代数の中心電荷cが1より小さい共形場と2次元重力の結合系が位相的場の理論と見なされる事が確立したが、こうした事情がどこまで拡張されるかは重要な問題である。特に、cが1より小さい共形場はいわゆるrelevant operatorしか持たず2次元の場の理論として繰り込みを受けないという特徴を持つが、c=1の物質場にはmarginal operatorが存在するため理論に紫外発散が現れる。更にc>1では繰り込み不可能なオペレーター(irrelevant operator)が現れる。このためc1の物質場はc<1の物質場と本質的に異なる性質を持ちc1の共形場と2次元重力の結合系が位相的場の理論となるかどうかは全く明らかでない。この問題は連続のリュウビル理論がc>1の領域で存在しない事と密接に関連していると考えられる。 こうした問題を議論するためには、いわゆるc=1の弦理論が興味ある研究課題となる。c=1の弦理論はもともと1次元の行列模型を用いて導入されたが、その後リュウビル理論、自由フェルミオン系、集団座標の方法、ランダウ・ギンツブルグ型模型等の種々の記述法が開発されその性質が詳しく調べられている。リェウビル理論による記述ではc=1弦理論は物質場Xとリュウビル場を用いて表され、これら2つの場は2次元ターゲット空間の2つの座標と見なされる。このためc=1弦理論は時空解釈を持ち2次元のブラックホールとの関連も詳しく議論されている。系に現れる物理的状態には、2次元のターゲット空間上を伝搬するMasslessモード(歴史的理由からタキオンと呼ばれる)と、更に、特定の運動量の値のみに現れるDiscrete Statesと呼ばれる状態等があり、2次元時空の空間方向がself-dualな値にコンパクト化されている場合これらの状態がW∞代数を生成する事が知られている。 この学位論文で論文提出者はBRS対称性を持つトポロジカルなゴースト系(B,C,,)を導入しそのボソン化を用いる事によりc=1の弦理論が記述できる事を示した。トポロジカルなゴースト系B,C,,はN=2超共形不変性をもつゴースト系よりtwistと呼ばれる操作で得られ位相的場の理論の一種と見なされる。著者はc=1理論の運動量テンソル、BRSオペレーター(diffeomorphismのゲージ固定に関するBRS作用素)が正確にB,C,,系の運動量テンソル、BRSオペレーター(N=2超対称性に関するBRS作用素)に写像される事を示した。更に、タキオン、Discrete States等の物理的状態が、B,C,,系の物理的状態に1対1に写像される事を示した。この時、負の運動量を持つタキオンの状態はN=2超対称性を持つゴースト系の理論で知られるpicture changingオペレーターを借用して構成される。 従ってc=1弦理論はトポロジカルなB,C,,系と同等な物理的内容を持ち、後者はc=1弦理論の位相的場の理論としての定式化を与えるものと考見られる。 又、著者は、リュウビル理論の宇宙項expがB,C,,系では()-1で表される事を示しこのオペレーターがランダウ・ギンツブルグ型記述におけるスーパーポテンシャルX-1に相当する事を示唆した。 論文提出者の研究は位相的場の理論とc=1弦理論の研究に新しい知見を付け加えるものであり審査員全員で博士論文にふさわしいものと認めた。 なお、本論文第4章は加藤光裕氏との共同研究であるが、論文出者の寄与は十分であると判断される。 |