学位論文要旨



No 110950
著者(漢字) 内橋,隆
著者(英字) Uchihashi,Takashi
著者(カナ) ウチハシ,タカシ
標題(和) STM/STSによる金属微粒子の研究
標題(洋) STM/STS Studies of Small Metal Particles
報告番号 110950
報告番号 甲10950
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2863号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 河野,公俊
 東京大学 教授 長澤,信方
 東京大学 教授 塚田,捷
 東京大学 教授 若林,健之
 東京大学 助教授 小森,文夫
内容要旨

 金属微粒子は通常のバルクの金属とは異なった特徴を持っている。微粒子は体積が小さいため、電子の運動エネルギーが低温では離散化されており、このことから生じる異常は久保効果として知られている。また超伝導体が微粒子になると凝縮エネルギーが周りの温度と同じ程度に小さくなるため、秩序パラメータが熱的にゆらぎ、転移点付近でのさまざまな物理量の変化は、バルクの場合と比べて緩やかになる。これまでこのような微粒子を実験的に研究するには、多くの微粒子を集めたものを試料として用いてきた。もし一個ごとに微粒子を観測できればより正確な情報が得られるであろう。

 一方、近年発達した微細加工技術を用いて、微小トンネル接合系における電子の帯電エネルギーの効果が最近調べられている。この系では接合の静電容量が大きいため、一つの電子がトンネルしたときの帯電エネルギーの変化が大きく、低温において電子のトンネルが抑制される。この現象はクーロン閉塞と呼ばれいる。この結果、電子のトンネルは一つづつ起こり(単一電子トンネル)、電流-電圧(I-V)特性のゼロバイアス付近で電流は抑制される。また、二重接合系において二つの接合が非対称になっている時にはクーロン階段と呼ばれる階段状のI-V特性が得られる。

 STM(走査トンネル顕微鏡)はこれら二つのテーマを研究するための有力な手段になり得る。導電性の基盤の上に酸化層をはさんで蒸着した金属微粒子をSTMで観測すると、STMの探針-微粒子-基板のように、微小二重トンネル接合系が実現され、上記のクーロン閉塞を調べることができる。また、STMはトンネル分光(STS)によって局所的な状態密度を測ることができるため、金属微粒子に固有の性質(例えばエネルギーの離散性や超伝導)を調べることも可能であると期待される。もしこの方法が実現できれば微粒子を一個ごとに観測できる。我々はSTMを用いて、クーロン閉塞の観察と一個の超伝導微粒子のトンネル分光を行った。特に後者については、この研究が初めてである。

テーマ1)常伝導の微粒子(AuまたはAg)を用いたクーロン閉塞の研究。

 今までにSTMを用いた単一電子トンネルの実験は多くのグループが行っているが、トンネル抵抗が大きく、クーロン閉塞がよく確立された状況での実験が主であった。しかし二重接合における二つの抵抗のうち一つが十分に小さくなると(理論的予想によると量子抵抗RQと呼ばれる6.5k以下で)中央電極上に局在していた電子が大きく揺らぎ、クーロン閉塞は消える。クーロン閉塞が消えてオーミックなI-V特性になる途中の過程については未だよく理解されておらず、STMでの実験もほとんどない。我々はSTMの探針を微粒子に近づけ、クーロン階段が消えていく過程を調べた(図1)。探針が36Åと大きく移動しているので、探針-微粒子間の抵抗はかなり減少していると思われるが、この間にクーロン階段は徐々に消えている。これはクーロン閉塞の領域とオーミンクな領域の間にははっきりとした境界がないことを示している。

 我々はこの実験で用いたサンプルの表面像を再現よくとることにも成功した(図2)。元来STMは表面像を得るためのものであるが、クーロン閉塞の観察と同時に表面像をとったという報告は以外と少ない。事実われわれの実験でも、クーロン閉塞がサンプル表面上のいたるところで見つかる場合には、表面像は得られなかった。図2は限られた場所でのみクーロン閉塞が観測されたサンプルの像である。クーロン閉塞がいたるところで観測される場合には、表面の微粒子同士は十分に離れており、酸化層がむきだしになっていると思われる。このため、表面像をとろうとして走査をすると、探針が酸化層にぶつかってフィードバックが不安定になり、像がとれなくなる。再現よく像をとるための条件は、微粒子がサンプルの表面のほとんど全てをおおっているような場合である。

図表図1 STMの探針を微粒子に近づけた時のクーロン階段の変化。探針を一度に9Aづつ近づけてI-V特性を5回測定した。 / 図2 サンプルの表面像(Au30Å/Al2O312Å/Ag550Å/mica)。
テーマ2)超伝導微粒子(In)の性質

 直径100Å程度以下の微粒子をSTSで測定しようとすると、クーロンギャップが大きいため、超伝導エネルギーギャップを直接に観測することは普通できない。このため、STMを用いた一個の微粒子のトンネル分光はこれまで行われていなかった。そこで我々は前述のように、STMの探針を微粒子に近づけてクーロン閉塞を消すことを考えた。まずクーロン閉塞が観測されているときに電流値を増やして探針を微粒子に近づけるとクーロン閉塞の構造が崩れた(図3-(a))。この状態でゼロバイアス付近のdI/dV-I特性を調べると、超伝導ギャップの構造が現われた(図3-(b))。これはInの薄膜をSTSで測定したときのエネルギースペクトルの形および大きさと、ほとんど同じである。このようにして初めて単一微粒子のトンネル分光を実現することができた。

 この方法を用いて、超伝導ギャップを示すスペクトルのピーク間隔2p-pの粒径依存性を調べた。粒径が250Åから5OÅまで減少するに従い、直感的な予想に反して2p-pは徐々に増加することがわかった(図4)。これは超伝導のゆらぎのためであると考えられる。前述のように粒径が小さくなると超伝導の凝縮エネルギーが温度と同程度になるため、秩序パラメータが熱的に大きくゆらぐ。曽根の理論によると、このゆらぎはバルクの超伝導体で見られた状態密度の発散をなまらせ、同時に有効的なギャップを大きくする。我々はInの薄膜のSTSから粒径が十分に大きいときのエネルギーギャップと準粒子の寿命によるエネルギー幅をもとめ、曽根の理論を用いて、微粒子のSTSで得られるピーク間隔2p-pを計算した。計算値と実験値は定性的に一致した(図4)。

図表図3 (a)異なる電流値(V=30mVで(1)I=410pA(2)I=780pA)に対するI-V特性の変化。(b)クーロン階段が崩れたとき((a)-(2))に測定した、ゼロバイアス付近でのdI/dV-V特性。 / 図4 微粒子のエネルギースペクトルのピーク間隔(2p-p)の粒径依存性。白丸は実験値。黒四角は曽根の理論を用いた計算値。

 さらに微粒子の超伝導ギャップの温度変化を測定した。転移点付近ではスペクトルに見られるはずの2つのピークがなくなっており、薄膜でのピークをもったスペクトルと対照的であった(図5)。これは超伝導のゆらぎがギャップ構造をなまらせているためだと考えられる。

図5 エネルギースペクトルの温度依存性(a)微粒子(b)薄膜
審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章は序論、第2章は金属微粒子に関する理論的背景と走査トンネル顕微鏡(STM)に関する概観、第3章はSTMの製作とその使用方法、第4章には試料の作成方法と測定方法が述べられ、第5章で実験結果とそれに対する考察、第6章で全体の纏めがなされている。

 金属微粒子では、伝導電子の運動エネルギーが離散化することによる久保効果、超伝導秩序パラメータの大きなゆらぎ、外界に対する自己静電容量の減少にともなう帯電エネルギーの増大など、バルクの金属には見られない性質が見られる。これらの性質は、核磁気共鳴におけるスピン帯磁率やスピン-格子緩和時間の低温異常、あるいは、トンネル接合系の電流-電圧特性(I-V特性)に現われるクーロン閉塞やクーロン階段などの現象として観測される。前者が多数の微粒子でのアンサンブル平均された量であるのに対し、後者のように単一微粒子の性質が測定できるようになった事はこの分野の特筆すべき最近の進展と言ってよい。本論文の目的はSTMをもちいて、単一の金属微粒子における超伝導現象を走査トンネル分光(STS)によって研究することである。

 まず最初に、常伝導微粒子(金および銀)におけるクーロン閉塞に関する実験を行なった。クーロン閉塞またはクーロン階段を観測するためには、金属微粒子を二つのトンネル接合ではさんだ微小2重トンネル接合が必要である。1重トンネル接合では試料に接続した導線に付随した大きな静電容量のために帯電効果がかき消されてしまうからである。ここで用いた試料は、酸化アルミニウム膜で表面を覆った導電性金属膜基盤上に金または銀を真空蒸着することによってできる数10から数100オングストロームの常伝導金属微粒子である。その微粒子にSTMの探針を近づけることで、基盤-微粒子間、微粒子-STM探針間に2つのトンネル接合を作り、微小2重トンネル接合系を実現した。試料表面を走査すると、I-V特性のゼロバイアス電圧付近でトンネル電流が抑制されるクーロン閉塞が観測される場所が見つかった。このような所では微粒子が孤立して存在していると考えてよい。さらに、クーロン閉塞の大きさと、酸化アルミニウムの厚さとから金属微粒子の粒径を推定した結果、蒸着量から期待される粒径とよい一致を示した。

 本論文の著者はさらにSTM探針と微粒子の間の距離を意図的に変えてSTSを行なっている。STM探針が微粒子に近づくにしたがって、クーロン閉塞の領域からオーミンクな領域へとI-V特性が変化した。このことは、2重トンネル接合から1重トンネル接合へと系の性質が移り変わった事を明瞭に示している。本論文の独創的な点の一つはこの移り変わりを超伝導微粒子の研究に積極的に利用したことである。

 本論文で用いた超伝導微粒子はインジウムを材料として作成された。常伝導微粒子の場合と同様の方法で50〜250オングストロームのインジウム微粒子を作成し、STSを行なった。バルクのインジウムでも同様に測定を行ない、比較の対象とした。STSの測定はまず、クーロン閉塞が見える条件で孤立した超伝導微粒子を探しだすことから始まる。この状態ではクーロン閉塞の存在により超伝導エネルギーギャップは見えなかったが、探針を微粒子に近づけて1重トンネル接合系に移行することでギャップを測定することに成功した。孤立した超伝導微粒子のエネルギーギャップをSTSによって測定した例はこの研究が初めてである。インジウム微粒子のギャップはバルクの場合と同じく、3.4Kより見え始めたが、トンネルースペクトル形状の温度変化は、バルクのものより緩やかであった。ギャップの端での状態密度の発散に対応するトンネル伝導度の極大から有効的なギャップの大きさを求め、その粒径依存性を調べた。その結果、ギャップの大きさは粒径の減少にともなって増加することが確かめられた。この結果はBCS理論に超伝導パラメータのゆらぎを取り入れた曽根の理論による計算値と定性的に一致した。これらの結果から、超伝導微粒子において超伝導秩序パラメータのゆらぎが重要な役割をはたしていることが示された。

 以上のように本論文は独創的でかつ物理学特に固体物理学に重要な知見を与えるものであり、博士(理学)の学位を受けるにふさわしい十分な内容であることが、審査員全員によひ認められた。なお、本論文は小林俊一氏、八木隆多氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となってSTMの製作、測定および結果の解析を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54436