永続的ホールバーニングは、高密度光メモリーなど応用的観点だけからではなく、サイト選択分光法としての有用性からも、さまざまな物質で研究がなされている。ガラスなど乱れた系においては、主に、光励起によって発光中心の周りの構造が変化することによってホールが生じると考えられている。しかし、構造変化の実体や、光中心との相互作用の形態(距離)など、未解決の問題は多い。また、ガラスにおけるホール幅(均一幅)は、一般に結晶のものよりも大きいが、どういう種類のdisorderが、どういう温度領域で、どのように、均一幅に影響をあたえるのか、いまだわかっていない。 これらdisorderを含んだ系における研究を困難にしているのは、おもにその構造の複雑さであろうと考えられる。そこで、構造が簡単である結晶において、disorderを系統的に制御して導入した試料をもちいてホールバーニングの実験をおこなえば、disorderと発光中心との相互作用に関して、新たな知見が得られるものと期待される。これまで、試料を連続的に制御したホールバーニングの例は皆無であり、そのような研究から、ホール生成や幅のブロードニングに寄与するdisorderの実体やその寄与の仕方などが明らかになると考えられる。 上記の目的に適する試料として、Y2O3:Pr3+系の結晶を選ぶことができた。この結晶に、他の金属イオンを種々の量ドープすることによって、ホールバーニングに関わる試料中のdisorderの量を制御することに成功した。各種のY2O3:Pr3+結晶は、浮融帯法により作製した。ホールバーニングの実験は、Pr3+の3H4-1D2の最低準位どうしの吸収線(6189A)で行った。広い温度範囲で均一幅を測定するために、高温では、fluorescence line narrowingの手法もあわせて用いた。 まず最初に、ドーピングによるdisorder制御の前に、同じ組成をもち、作製条件の異なる2種類の試料Y2O3:Pr3+(A)、(B)において実験をおこなった。(A)は空気中で溶かしてから急冷したもの、(B)はアルゴン・ガス中でゆっくり成長させたものであり、(A)は(B)よりも乱雑さの度合が大きいと考えられる。図1は、4.2Kにおいて生じたホールである。(B)では、結晶において通常みられる、超微細構造サブレベルへの光ポンピングによるホールが生じた。そのホール幅は、レーザーの分解能によって決まった細いものである。ところが、(A)では、ガラスにおいてよく見られる、光誘起局所構造変化による幅の広い永続的ホールが生じた。同じ組成の試料でも、ホール生成メカニズムやホール幅(均一幅)が、作製時に導入された系の少量のdisorderに敏感に影響されて、変化しうることが新たに示された。 (B)においては、4.2Kでは図1のように光ポンピングによるホールが生じたが、10Kではいかなるホールも生じず、20Kでは構造変化によるホールが生じた。構造変化によるホールを調べるためには、光ポンピングによるホールの影響を取り除く必要がある。そこで、(B)でみられる、温度に依存した2種のホール生成のふるまいを理解するために、各バーニング強度、各温度における光ポンピングによるホールの生成曲線を測定した(例:図2(i)の点)。これらを、基底準位、励起準位、サブレベルからなる3準位のレート方程式で解析することにより、ほぼ説明することができた(曲線)。この解析により、サブレベルからの核スピン・格子緩和レートおよびその温度依存性を定めることができた。図2(ii)は、ある強度(b)のバーニング光をあてながら生じたポンピングによるホールの深さの平衡値を、温度に対してプロットしたもので、3準位モデルでよく説明できる(曲線)。低温では、サブレベルに長時間(約10秒)たまり込んで深いホールが生じ、各イオンが10秒に1回しか光吸収しないが、温度を上げると、サブレベルからの緩和がはやくなり、浅いホールしか生じず、各イオンの光吸収の回数も増大する。すなわち、図2(ii)は、各イオンの実効的な光吸収効率を表すとみなせる。これより、4.2Kではポンピングによるホールが生じ、10Kでは緩和レートの増大によりホールがすぐ埋まるため観測できず、20Kではサブレベルでのたまり込みが無視できるため構造変化によるホール生成が可能となることが理解できる。 図表図1 2種のY2O3:Pr3+(A)、(B))におけるホール・スペクトル(4.2K) / 図2(i)Y2O3:Pr3+(B)における光ポンピングによるホールの生成曲線(4.7K)(ii)各レーザー強度におけるホール深さの平衡値 次に、本論文の主目的である、構造変化によるホールが生じる条件を調べるために、試料の作製条件は(B)に統一し、他の金属イオンのMg2+をドープして、ホールバーニングの実験を行った。測定温度は、ポンピングによるホールの影響が無視できる20Kを選んだ。図3は、MgO濃度の異なる5種(MgO 0,0.1,0.3,0.6,1mol%)のY2O3:Pr3+-MgO系におけるホールスペクトルである。バーニング強度および時間はすべてそろえてある。MgO濃度が大きいほど、ホール幅が大きく、また、ホール面積も大きくなっていることがわかる。この様子は、他のバーニング時間においても同様で、バーニング時間→0の極限のホール幅より求めた均一幅を、MgO濃度に対してプロットしたのが図4(i)である。また、5種の試料におけるホール生成曲線は、同一試料内の各Pr3+イオンにおけるホール生成レートに分布があると仮定することにより、よく説明することができた。各試料における平均のホール生成レートをMgO濃度に対してプロットしたのが図4(ii)である。図4より、MgO濃度が大きいほど、構造変化によるホールが生じやすく、生じたホールの幅は大きくなっていることがわかる。すなわち、MgO濃度によって、ホール生成レートおよび幅を制御することができたといえる。 MgOドープの際の、ホール生成レートおよび幅の増大に対して寄与している実体を特定するために、Mg2+のかわりに、他の金属イオンをドープしたY2O3:Pr3+でも、同様にホールバーニングの実験を行った。Zr4+を5mol%ドープした場合には、構造変化によるホールの生じやすさはアンドープ(Y2O3:Pr3+(B))の場合と変化はなかった。しかし、Ca2+やBa2+を1mol%ドープした場合には、Mg2+の場合と同様、構造変化によるホールが生じやすくなった。したがって、2価の陽イオン(M2+)をドープした場合に、局所構造変化によるホールが生じ易くなると考えることができる。いずれのドーピングによっても、結晶構造に変化はないため、Y3+をM2+に置換した場合の電荷補償を考えると、M2+ドープとともに酸素欠陥が導入されると考えられる。一方、Zr4+をドープした場合には、酸素欠陥が生じることはない。以上のことより、局所構造変化によるホール生成には、酸素欠陥が重要な役割を果たしているものと結論することができる。 図表図3 各種Y2O3:Pr3+-MgO系におけるホール・スペクトル(20K) / 図4(i)均一幅 および(ii)ホール生成レートのMgO濃度依存性(20K) 図5は、ホール幅などより均一幅を測定して、温度に対してプロットしたものである。がY2O3:Pr3+(A)、+がY2O3:Pr3+(B)である。また、■、●が、それぞれ、Y2O3:Pr3+にMgOを0.1mol%、1mol%ドープしたものである。60K以上の高温では、すべての試料の均一幅は一致している。そして、Y2O3:Pr3+(B)では、30Kへと低温にいくにつれて、温度の2乗から7乗へと依存性が大きくなっていっている。これは、結晶において典型的なふるまいで、点線で示すように2-フォノン・ラマン過程でよく説明できる。Y2O3:Pr3+(A)およびMgOドープのY2O3:Pr3+では、40K付近で理論線からはずれ、30K以下では温度の約1乗に比例している。このような緩やかな依存性は、珪酸ガラスや安定化ジルコニアでみられたように、乱雑さを含んだ物質に特徴的である。試料作製時に導入された少量のdisorder(Y2O3:Pr3+(A))や酸素欠陥(MgOドープのY2O3:Pr3+)の影響が、30K以下の低温にて均一幅にあらわれていることが明らかとなった。 図5 各種Y2O3:Pr3+-MgO系における均一幅の温度変化 |