学位論文要旨



No 110961
著者(漢字) 白石,潤一
著者(英字)
著者(カナ) シライシ,ジュンイチ
標題(和) 量子アファイン代数の自由場表示
標題(洋) Free Boson Realization of Quantum Affine Algebras
報告番号 110961
報告番号 甲10961
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2874号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 助教授 甲元,眞人
 東京大学 助教授 加藤,晃史
内容要旨

 数理物理学において、様々な変形理論の研究は、ここ数年めざましい発展を遂げた。多くの低次元の模型を厳密に解くために、非摂動的方法が発展させられた。成功の主な理由は、これらの模型が無限次元の対称性を持つことである。2次元量子場の理論、2次元古典格子統計模型、量子スピン鎖模型等の研究により、無限次元対称性を取り扱うための、極めて多くの技術が蓄積された。

 Kac-Moody代数は、無限次元代数を記述するために導入された。それは、有限型、アフィン型、不定型という3つのクラスに分けられる。我々にとって最も重要なのは、アフィン型のKac-Moody代数である。例えば、2次元の臨界点上での場の理論である共形場の理論においては、アフィンKac-Moody代数は物理的空間を記述するための欠くべからざる道具である。

 共形場の理論等で得られた様々な技術の、非臨界点における場の理論への応用は自明ではなかったが、非臨界点での理論の研究の中で、Drinfeldと神保によってKac-Moody代数の、ある種のq-変形理論、「量子代数」(量子群と呼ばれることも多い)が発見された。アフィン型のKac-Moody代数の類似物である"量子アフィン代数"は、みごとに非臨界な可積分理論の無限次元対称性を記述する。共形場の理論のマッシヴ変形であるsine-Gordon理論、XXZスピン鎖模型の非等方変形であるXXZスピン鎖模型等くついての非常に進んだ解析が知られている。

 一般に、カレント代数の自由場表示を用いると、オペレーターの真空期待値や、状態空間上でのトレース等の計算を著しく簡単化することがある。したがって、量子アフィン代数の自由場表示が存在すれば、それは非臨界点の理論を研究するための強力な道具になると期待される。本論文では、量子アフィン代数Uq(N)の自由場表示を構成する。また、Uq(2)の場合について、任意のn-点相関関数の計算を行い、そのJackson積分公式を導く。

 紙面の都合上、以下にU’q(2)の自由場表示の概略だけを述べる。量子アフィン代数U’q(2)は、Q(q)上の結合代数で1を持ち、次のような関係式を満たす生成元e0,e1,f0,f1,,で生成される:

 

 ここに、a00=a11=-a01=-a10=2とする。この代数のボゾン化を行うために、つぎの3つのボゾン場a、b、cを導入する。ある複素数kを定め、ボゾンのモード{an,bn,cn,Qa,Qb,Qc|n∈Z}に次の交換関係を与える:

 

 次のようにボゾン場a(z;)を定義する:

 

 また、ボゾン場±(z)を

 

 と定義する。ボゾン楊bとcについても同様の定義をする。つぎのような略記をすることがある:

 

 カレント

 

 と定義する。ここに、

 

 と定める。さらに、とする。すると、対応

 

 により、代数の準同型を得る。ゆえに、量子アフィン代数Uq(2)の、レベルkの自由場表示を得た。論文中では、さらにスクリーニングカレントや、頂点作用素等のボゾン表示を議論し、n個の頂点作用素の積の真空期待値を計算する方法を述べる。

審査要旨

 2次元の共形場理論は、近年素粒子論における弦理論、統計力学における臨界点の分類、臨界場の理論の構成等に応用され目覚ましい発展を遂げている。また、数学的には無限次元の対称性を持った積分可能系の研究とも直接的な関係にあり、数学における関連分野の研究とも互いに大きな影響を及ぼしあいながら研究が進められている。

 なかでも最近のテーマとして、臨界点からはずれた場合にも共形場理論の無限次元の対称性を変形されたかたちで保つような積分可能な模型の可能性が精力的に追求されている。そのような可能性のなかで、重要な構造として知られているのは、いわゆる「量子affine代数」と呼ばれるものである。これは臨界点を記述する共形場理論においてaffine Kac-Moody代数が果たす役割を、非臨界点においてはaffine Kac-Moody代数に対して量子変形(q-deformation)を施して得られる無限次元量子代数によって置き換えるものである。このような拡張が実際、物理的にも興味がある可解格子模型や質量がゼロでない2次元の量子場の模型と関係づけられる例が知られている。

 無限次元の対称性の存在から要請される制限条件を取り入れることにより、相関関数を陽な形に計算する可能性があるが、単純な模型を除いてそれを実際に実行することはやさしいことではない。共形場理論においてその場合有力な方法は、affine Kac-Moody代数や頂点演算子を自由場を用いて表現することである。

 提出論文の目的は、affine Kac-Moody代数のときにはよく知られている自由場の表現を、量子化された(すなわち変形された)affine代数の場合に拡張し、相関関数の計算に応用することである。代数のレベルが1の場合についてはすでに知られた結果があるが、本論文では任意のレベルの値で有効な自由場表示を構成することに成功している。

 次に本論文の構成を述べる。まず、第1章では、affine Kac-Moody代数sl2とそのボゾン表示、量子化されたaffine代数Uq(2)とその表現、頂点演算子の定義、q-変形に関して使用する記号法、等々について簡潔な説明がされている。また、レベル1の場合の量子affine代数についてすでに知られている自由ボゾン表示に関して要点が纏められている。第3章で、通常のaffine Kac-Moody代数の脇本表示ををさらにボゾン化することにより、任意のレベルの場合の自由ボゾン表示を構成できることが示されている。これが本論文の第1の主要結果である。さらに、相関関数の構成に必要になるスクリーン演算子と頂点演算子の具体的構成がなされている。また、量子変形を受けたFock module上で量子脇本表現を構成できることが示される。第4章では、前章の結果に基づき、まず2点関数に対する積分表現の積分を実行することによって、量子変形したガンマ関数を含む陽な表式を導いている。また、ここで得られた2点関数は以前にFrenkel-Reshetikhinによって導かれたと同じq-差分方程式を満たすことを示している。さらにn点関数の場合へ議論を拡張し、それらに対して極めて具体的な積分表式を得ることに成功している。第5章ではこれまでの議論をさらに、一般の量子代数Uq(N)へ拡張することが論じられている。一般の場合にも自由ボゾン表示が可能であり、sl2の場合と並行した方法により、スクリーン演算子や頂点演算子が構成できることが示されている。ただし、この場合にはn点関数の計算は非常に複雑であり実行はされていない。

 以上のように、本論文では任意のレベルにおける量子変形されたaffine Kac-Moody代数Uq(2)の自由ボゾン表示を構成して、q-頂点演算子のn点相関関数にたいして非常に具体的な積分公式を導くことに成功した。この結果は、それ自身として目覚ましい理論的知見であり、さらに格子可解模型や共形場の非臨界点への変形と量子変形したaffine Kac-Moody代数との対応を見出すうえで物理的にも有用な結果を与えている。また、この方法がslNの場合へも拡張できることが示されており、今後の発展の可能性を秘めている。よって、本論えは審査委員全員一致により博士(理学)の学位にふさわしい内容であると判定した。

 なお、本論文のうち自由場表示による相関関数の計算およびslNの場合への拡張は、それぞれ加藤晃史、桑野秦宏、および、小竹悟、粟田英資、の各氏との共同研究に基づいているが、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

UTokyo Repositoryリンク