学位論文要旨



No 110964
著者(漢字) 高木,太一郎
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,タイチロウ
標題(和) N=2超共形場理論に対する統計力学の格子模型
標題(洋) Lattice Models in Statistical Mechanics for N=2 Superconformal Field Theory
報告番号 110964
報告番号 甲10964
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2877号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 助教授 野村,正雄
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 東京大学 助教授 酒井,英行
内容要旨 1論文全体の要旨

 共形対称性は2次相転移点における自然な仮説である。このため2次元においては共形代数(ビラソロ代数)およびそれを拡大した対称性をあらわす代数の表現の分類が臨界現象の分類と同値であると考えられる。しかし与えられた表現に対する臨界現象をおこす系がどのような微視的相互作用を持つべきかは一般には分からない。共形場理論の模型に対応する格子模型があれば、それを知るのに役立つ。一方、楕円関数で表される可解格子模型は臨界点直上でなくても解けるので、それ自身が興味深い研究対象でもある。

 本論文ではそのような例として、N=2超共形場理論の模型に対する可解な格子模型について論じる。この模型は周期的な状態変数をもつソリッド・オン・ソリッド模型(CSOS模型)の一種である。この模型の1点関数(自発磁化)をコーナー転送行列で計算すると、N=2超共形場理論のミニマル模型に対する指標を得ることができる。

 さらに本論文ではより一般に上の例を含む無限個の新しい可解格子模型について、その構成および1点関数の計算を行う。可解性の根拠は統計重率関数の満たす三角方程式である。本論文では制限ソリッド・オン・ソリッド模型(RSOS模型)に対して知られていた統計重率関数の融合による可解な模型の構成をCSOS模型に適用する。このようにして得られたCSOS模型とRSOS模型とは親類関係にあるが、その臨界点での振る舞いの違いが1点関数の比較によって明らかにされる。

2第2節の要旨

 三角方程式を満たす統計重率関数を与える。これらは最初は単に数学的な関数であるが、パラメータを特殊な値にとることによって2次元の古典統計力学の格子模型の重みになる。これは格子の面の4頂点上の「高さ変数」の関数である。物理的なRSOS模型とCSOS模型に対応するそれらの数学的な関数をRSOS重率およびCSOS重率と呼ぶことにする。統計重率関数はテータ関数およびによって表される。(1,1)-重率を構成要素とし、その「融合」によって整数の組M,1に対して(M,N)-重率が定義される。高さ変数にテータ関数の虚軸方向の周期の半分を足すことによって、RSOSとCSOSの(M,N)-重率が互いに変換されることが示される。これによってRSOS重率に対して成り立つ様々な性質、例えば(M,N,P)型三角方程式がCSOS重率に対しても成り立つことが示される。

 (K,K)-CSOS重率を考え、テータ関数の実軸方向の周期Lを整数にとる。隣り合う格子点上の高さの差は-KからKまでの1つとびの値のどれかであって、4つの高さを同時にLだけずらしても重みは変わらない。高さを整数値全体をとるものとしたとき、この重率によって実現される系を非制限(L,K)-SOS模型とよび、2Lを周期として高さを同一視して見るときには(L,K)-CSOS模型とよぶことにする。

3第3節の要旨

 統計重率関数からH-関数("ラグランジアン")を導出する。そのためには,の2変数関数であるこの統計重率関数をで展開して最低次の項を求めればよい。しかし融合された統計重率関数は一般には数項からなる和の形でしか与えられず、上の目的には適さない。そこで次のようにする。まず高さの配位の特別なものに対しては統計重率関数は1つの無限積の形で与えられるので、この場合について最低次の項を求める。次に(K,1,K)型三角方程式でパラメータを特殊値にとったものは3項間の関係式になるので、これを利用してすべての配位に対する統計重率関数の最低次の項を順次証明する。計算技術上の手法として、まず「階段的」なH-関数を導出し、それを物理的な模型の重率に対する周期的なH-関数に変換する。

4第4節の要旨

 イジング模型のような古典「スピン系」のエネルギーが最低の状態(一般に複数ある)をここでは基底状態とよぶ。非制限(L,K)-SOS模型の基底状態は、偶副格子上の高さをb,奇副格子上の高さをcとし、b+cがZLを法としてKから2L-2-Kまでの1つとびの値のどれかをとるようなものである。

 この基底状態のもとでのコーナー転送行列を考える。統計重率関数が三角方程式を満たすので、系の大きさが無限大の極限においてコーナー転送行列はスペクトル・パラメータの指数関数になり、固有値の形が決められる。

5第5節の要旨

 コーナー転送行列の積のトレースに相当する1次元の状態和の計算をする。まず、有限の長さの経路に対する有限和を考える。中心の高さをa,境界の高さを基底状態の条件を満たすb’,c’としておく。途中は隣り合う高さの差が-KからKまでの1つとびのどれかという条件を課す。このような高さの数列を経路とよび、1つの経路に対して周期的なH-関数によってつくられる-関数("作用")の値がきまる。この-関数の指数関数の和をすべての可能な経路にわたってとる。経路の長さを無限大にする極限において、ここからレベルKのストリング関数とよばれるよく知られた保型関数が得られる。ここにはまた、ガウス分布関数がかかっている。一方、統計重率関数の交叉対称性に関連した因子からテータ関数とガウス分布関数の積が得られる。

6第6節の要旨

 1次元状態和の長さ無限大極限と交叉対称性因子との積をとり、確率の規格化をする。1点関数は中心の高さaの関数としては(周期Lのテータ関数)×(周期2Kのストリング関数)×(ガウス分布関数)という形になる。ただしここではテータ関数とストリング関数の添え字を変数としている。まず非制限(L,K)-SOS模型の1点関数は、aを整数全体で和をとったときに1になるように規格化する。規格化因子はテータ関数を組み合わせた形できれいに求められる。つぎに(L,K)-CSOS模型の1点関数は高さaを2Lを周期として同一視することによって得られる。このときガウス分布関数を無限個足し合わせることによって次数がLK(L-K)のテータ関数が得られる。最終的に(L,K)-CSOS模型の1点関数の主要部はこのテータ関数とストリング関数との積の有限和となり、これはコセットSU(2)×U(1)/U(1)で実現される共形場理論に対応する指標の分岐則に現れる分岐関数として知られているものに等しいことが分かる。

7第7節の要旨

 第5節での1次元状態和の計算を階段的なH-関数を用いて計算することにもいくつかの利点がある。例えば、境界条件が基底状態の条件を満たしている場合にこの状態和が自明なH-関数によるものと一致するという興味深い結果が得られる。また、コーナー転送行列の計算において2つのラベルLとKの起源が分かりやすくなる。

 RSOS模型とCSOS模型の関係を考える。RSOS模型の1点関数の主要部はコセットSU(2)×SU(2)/SU(2)で実現される共形場理論に対応する指標の分岐則に現れる分岐関数に等しいことが知られている。統計重率関数の段階ではRSOS模型とCSOS模型とが簡単な変換で結び付いていたのであるが、1点関数の段階になるとそれらは同じ変換によって直接に対応しているのではないことが分かる。しかし中心の状態がaの1点関数と-aの1点関数との和をとり、これに対して統計重率関数の間の変換と同じ変換を適用するとRSOS模型の1点関数が得られるということが分かる。

 分岐関数は、ラベルをベクトルの添え字とみると引数がのものと-1/のものとがユニタリ変換で結び付く。これによって臨界点の付近での系の振る舞いが調べられる。→0で秩序が連続的に消滅し、そこが2次相転移点である。1点関数を臨界点のまわりで展開して最低次の項をみると、CSOS模型の場合は1/Lであって、RSOS模型の場合の(4/L)sin2(a/L)とは異なることが分かる。

 統計力学の格子模型と超共形対称性とのつながりは、3重臨界イジング模型をはじめとしていくつかの例が知られている。本論文での格子模型と関係があるのは、N=2超共形場理論のミニマル模型である。(K+2,K)-CSOS模型の1点関数の主要部である分岐関数がレベルKのミニマル模型の指標を与える。ここで格子模型と共形場理論の模型の対応を指標の再現から結論するのは、Andrews-Baxter-ForresterのRSOS模型(本論文の分類では(K+3,1)-RSOS模型)とFriedan-Qiu-Shenkerのビラソロ・ミニマル・ユニタリ模型との対応の例にならったものである。また、次のようなこともいえる。CSOS模型と違ってRSOS模型は隣り合う高さの和にも制限がついていて、この制限はLとKの差が小さいほど強い。このため、(K+2,K)-CSOS模型の親類である(K+2,K)-RSOS模型は状態が凍り付いてしまって揺らぐことができない。H.SaleurとN.P.Warnerは最近のレビューでこのような「トポロジカル・セクター」の存在をN=2超対称性との関連の証拠として挙げ、このことを根拠とする「N=2格子模型」の例を多く紹介している。しかしN=2超共形代数の指標を1点関数として再現できることが一般に確認できたのは、本論文での新しい格子模型の系列が現在までのところ唯一の例である。

 以上、本論文における成果をまとめると、(1)周期的な状態変数をもつSOS模型を一般化した。(2)1点関数を厳密に計算した。(3)提出したCSOS模型はN=2超共形場理論のミニマル模型に対応するものである。これらの成果とともに、CSOS模型のもつ数理的構造に対して新しい知見を得た。

審査要旨

 本論文は7章と3個の付録から成る。第1章は導入のための序文であり、ここに論文全体の要旨がまとめられている。2次元の統計力学の格子模型で、転送行列が可換な族をなすものを構成し、自発磁化に相当する1点関数を計算すること。更にその結果とN=2超共形場理論の指標との関係を論ずる事が主題である。

 第2章は、転送行列が可換な族をなす模型の構成にあてられている。模型は以下に述べる意味で二つの正整数の組(K、L)でラベルされる。即ち、2次元の正方格子上に整数全体に値をとるスピン自由度をおき、隣り合うスピンは-KからKまでの1つとびの値のどれかであるという配置のみを許す。相互作用は格子のユニット正方形を囲む4個のスピンの間に起こるとし、その統計重率(Boltzmann weight)は4つのスピンの値を同時にLだけずらしても不変なものを考える。この様な状況下で、統計重率関数に対する三角方程式(Star-triangle relationまたはYang-Baxter equation)の解を構成した。これは、転送行列が可換な族を成すための十分条件として知られる。具体的には、文献16に与えられた解から、1パラメーターの適当なシフトを行うことにより達成される。結果は、楕円テータ関数の有理式で、スペクトルパラメーターと楕円ノームをもがパラメーターとして入る。結果として定義される模型をcyclic solid-on-solid(CSOS)模型とよぶ。

 第3章は、1点関数の計算の準備として、第2章で求めた統計重率関数の基底状態の極限を決定した。これは数学的には、楕円ノームが1になる極限での振舞を調べる事に対応し、スペクトルパラメーターに相当する適当な変数の巾Hと表される。ここで、HはK,Lと3個の隣り合うスピンの関数である。H関数は1点関数の計算に重要な役割をはたす。この3章と付録Aでのその導出は、非常に複雑な技術的難関の突破となっている。

 第4章では、前章の結果に基づいて、あるパラメーターの領域で、基底状態を分類している。また、Baxterによる角転送行列法によって1点関数を計算するには、H関数を"ラグランジアン"とする1次元状態和を求め、そのシステムサイズが無限の極限を求める必要があることを述べている。1次元状態和は角転送行列法の積のトレースに相当する。

 第5章では、まがずシステムサイズ有限のときの1次元状態和を求めている。具体的には、システムサイズに対する漸化式によって特徴づけを行い、その解を文献15、16にある関数を用いて構成した。詳しい証明等は部分的に付録Bに収録されている。つぎに、システムサイズが無限の極限で、1次元状態和がアフィンリー環の表現論で良く知られるストリング関数に収束することが述べられている。(ストリング関数の定義や詳細な証明は付録C。)

 第6章では、1点関数の計算の最終ステップとして、1次元状態和でシステムサイズを無限大にしたものの和によって規格化を実行している。これにより、1点関数の最終結果はスピンaの関数としては、周期Lのテータ関数と周期2Kのストリング関数とガウス型分布関数の積という形で与えられる。特に、スピンを2Lを法として同一視すると、ガウス型分布関数を無限個足し合わせる事により次数がLK(L-K)のテータ関数が得られる。結局1点関数の主要部はこのテータ関数とストリング関数との積の有限和となり、コセットSU(2)×U(1)/U(1)で実現される共形場理論における指標の分岐関数に比例する事が示された。

 第7章では要約の他に、ここで得られた1点関数が制限SOS模型の1点関数(文献15、16)とある関係を満たす事、臨界点近傍での振舞い、特に1点関数の臨界値が与えられている。更に、L=K+2の場合は1点関数の主要部の分岐係数がcentral charge 110964f01.gifのN=2超共形場理論の指標を与えている事を注意している。

 以上、本論文における成果をまとめると、(1)周期的なスピン自由度をもつ可解模型の族を構成した。(2)1点関数を厳密に計算した。(3)提出したCSOS模型は(L=K+2の場合)N=2超共形場理論のミニマル模型に対応する事を示した。これらの成果と共に、CSOS模型の数理に新しい知見を得たといえる。

 したがって、本論文は、博士(理学)の学位を受けるにふさわしいものであると判断した。

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