学位論文要旨



No 110966
著者(漢字) 土屋,麻人
著者(英字) Tsuchiya,Asato
著者(カナ) ツチヤ,アサト
標題(和) 2次元近傍の量子重力理論におけるくりこみ群とコンフォーマルモードの動力学
標題(洋) Renormalization Group and Dynamics of Conformal Mode in Quantum Gravity near Two Dimensions
報告番号 110966
報告番号 甲10966
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2879号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,増雄
 東京大学 教授 荒船,次郎
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨

 重力の量子論を構築することは理論物理学に残された最も重要かつ挑戦的な問題の一つである。2次元近傍の量子重力理論(2+次元量子重力)は、数年来くりこみ群的見地から重力の場の量子論を調べ、主に4次元量子重力の定性的理解を目標として研究されてきた。本論文では、これをさらに詳しく探究する。

 量子重力は4次元において摂動論的にくりこみ不可能であるが、くりこみ群の非自明な紫外固定点が存在して、その近傍で連続極限がとれて重力の場の量子論を構築できる可能性がある。O(N)非線形シグマ模型は2次元で漸近的自由な理論であり、この理論は展開が可能で、2+次元においては非自明な紫外固定点を持つ。この展開によって高次元の場合の相構造やスケーリング則に関する情報を得ることができる。2次元量子重力が存在している今、矛盾の無い2+次元量子重力を構築でき、それから4次元量子重力の情報が得られることが期待される。

 場の量子論の非摂動論的研究においてそうであったように、重力への場の量子論的アプローチの研究に数値シミュレーションは欠かすことができない。我々はいつか2つの方法で得られた結果を比較して、首尾一貫していることを確かめられると期待する。

 実際には矛盾の無い重力の量子論は場の量子論ではなく、例えば弦理論の完成を待たなければならないのかもしれない。しかし、場の量子論で十分という簡単な可能性を忘れるべきではない。また、最終的には全く異なるアプローチが同じ結論に到達することがあり得るかもしれない。少なくとも我々はこの低次元の単純な模型から量子重力の普遍的な問題に対する洞察を得ることができる。

 2+次元量子重力を研究するもう一つの動機にそれの2次元量子重力への応用がある。2次元量子重力はここ数年、主にリューヴィル理論と行列模型を用いて研究され、量子重力及び弦理論に多大な示唆を提供した。がゼロにいく極限を適切にとることによって、我々は2+次元量子重力を2次元量子重力の一つの正則化手段として採用でき、これを用いてリューヴィル理論や行列模型で扱いにくい問題に取り組むことができる。

 2次元量子重力において計量のコンフォーマルモードが力学的自由度として重要な役割を果たしたことと、重力においては計量のコンフォーマルモードが長さのスケールを定め、それがくりこみ群にとって本質的であることを考え合わせると、2+次元量子重力においてコンフォーマルモードをあからさまに分離して理論を定式化するのが自然である。最近川合氏と北沢氏と二宮氏はこのような定式化で2+次元量子重力を調べたが、そのときにはコンフォーマルモードの1ループの動力学にオーバーサブトラクションと呼ばれる問題が生じることを発見した。彼らはこの問題に対する一つの解答を与え、2次元の極限を強結合領域でとることによって、リューヴィル理論や行列模型で求められた結果を再現した。しかし、この処方せんは紫外固定点付近では有効ではない。引き続き上記の三氏と相田氏はオーバーサブトラクションを避け、紫外固定点付近を調べるために、コンフォーマルモード依存性を一般化した作用から出発して、1ループのレベルで(1)紫外固定点の存在、(2)その紫外固定点からアインシュタイン重力に一致する赤外固定点へのくりこみ群の流れの存在、(3)その流れの上での一般共変性の回復を示し、首尾一貫した理論を構築した。

 オーバーサブトラクションの問題は計量のパラメトリゼーションに依存したものではなく普遍的なものであって、コンフォーマルモードを分離することによって、我々はこの問題を顕在化することができる。

 本論文は、大きく分けて2つの部分からなる。前半部分においては2つの具体的な問題を扱う。1つは2次元重力への応用として、明白な一般共変性をもつ∫d2Rn(n=0,1,2,…)型の演算子(Manifestly General Covariant Operator(MGCO))を考える。これらの演算子は物理的意味ははっきりしているが、リューヴィル理論や行列模型で扱うのは難しい。リューヴィル理論においては、このような複合演算子を定義するのに不定性があり、また、行列模型すなわちランダム単位分割においては、単位体積当たりの欠損角を曲率に同定することによって、形式的にこれらの演算子を定義できるが、連統極限でそれが実際に欲しいものに帰着するか明がではない。リューヴィル理論と行列模型の同等性は、それらに現れるスケーリング演算子の相関関数の一致によって確立されている。しかしこれらの演算子の一部を除いては物理的描像ははっきりしないので、MGCOを考える事には意味がある。我々はその重力スケーリング次元を川合氏と北沢氏と二宮氏の2+次元量子重力の定式化にしたがい、がゼロの極限をとって計算した。これは、このような演算子を首尾一貫して扱った初めての例である。結果のスペクトラムは行列模型に現れるスケーリング演算子のうち境界演算子と呼ばれるもの以外のスケーリング次元を包含している。演算子として両者が一致している可能性はあるが、我々はMGCOでn=2のものを作用に加えた理論、すなわちR自乗重力の性質を考えることによって、MGCOはむしろ新しい演算子の系列を与えているのではないかという示唆を得た。2つめはR自乗重力を2+次元量子重力の枠組みで扱い、がゼロの極限をとって2次元R自乗重力の結果を得ることである。動機は以下のようである。2次元R自乗重力は通常の重力とは異なるユニヴァーサリティクラスに属し、いわゆる2次元量子重力における物質場のセントラルチャージcが1のときの障壁を乗り越える模型として研究する価値がある。最近これについてはリューヴィル理論的アプローチから研究がなされたが、その結果を比較すべきものがなく、他のアプローチからの研究が待たれていた。また2+次元量子重力におけるコンフォーマルモードの動力学におけるオーバーサブトラクションの問題の微妙さを考慮すると、これを他のR自乗重力などの模型に適用して定式化自体へのより深い洞察を得ておく必要があると思われる。我々はオーバーサブトラクションに注意して理論を扱い、がゼロの極限でリューヴィル理論から求めた結果と矛盾しない結果を得た。またこの理論でのMGCOのスケーリング次元を求め、上記の我々の示唆を支持した。

 後半部分においては、前に述べたコンフォーマルモードの依存性を一般化した理論において2ループのくりこみを実行した。高次の補正が系統的に求まって、かつ1ループで成功した前に挙げたシナリオ(1)、(2)、(3)が、高次のループのレベルでも成功するかどうかはわからないので、2ループの計算を行って理論の首尾一貫性を見ることは非常に重要である。量子重力における2ループの計算はダイヤグラムの数の多さとテンソル計算の複雑さから非常に困難である。我々は第一歩として、物質場の数に比例する2ループ相殺項のみを求める。この部分のみで理論は閉じている。また紫外固定点に注目して理論にコンフォーマルモードに関するZ2対称性を課す。このようにして問題は簡単になる。我々は赤外発散を正則化し、ダイヤグラム間で非局所的な発散と紫外と赤外の混合した発散が打ち消し合い、局所的な紫外発散しか最終的には残らなくなる様子を見た。我々は赤外発散をうまく処理することに成功し、理論は少なくともこの範囲では乗法的にくりこめていることをみた。さらに紫外固定点の存在とそこでの一般共変性の回復を証明した。このようにして少なくともこの範囲では理論の2ループレベルに矛盾はないことがわかった。

 本論文においては2次元近傍の量子重力理論をコンフォーマルモードをあからさまに分離する定式化で詳しく調べた。前半部分においては2つの具体的な問題を扱った。まず理論の2次元量子重力への応用として、リューヴィル理論や行列模型では扱いにくいMGCOを初めて扱った。またR自乗重力をオーバーサブトラクションに注意して扱い、2次元極限でリューヴィル理論からのアプローチを支持する結果を得た。これによって、コンフォーマルモードのオーバーサブトラクション問題を浮き彫りにするとともに、2+次元量子重力理論の2次元量子重力の正則化の方法としての有用性を明らかにした。後半部分においては2ループレベルでの理論の首尾一貫性を部分的に示した。また、2ループの体系的な計算法を確立し、計算の原型を提出した。。今後の課題は完全な計算を行って、理論が一般共変性の要求を満たすことを確かめて、高次の補正が系統的に求められることを見て2次元近傍の量子重力理論を確立することである。特に、宇宙項などのくりこみは微妙で、これが系統的に行えることを示して、数値シミュレーションと合わせられる段階にもっていきたい。

審査要旨

 本論文は6節からなり、第1節では量子重力に対する場の量子論的アプローチおよび場の量子論における展開の歴史的概観、第2節では2次元近傍の量子重力の定式化のレビュー、第3節では2次元量子重力における明白な一般共変性を持つ演算子のスケール次元、第4節では2次元近傍におけるR自乗重力の解析とその2次元極限、第5節では2次元近傍における重力の2ループの解析(くりこみ)、第6節ではまとめと展望が述べられている。

 重力の量子論を構築することは理論物理学に残された最も重要かつ挑戦的な問題の一つである。量子重力は4次元において摂動論的にくりこみ不可能である。幸い、量子重力は2次元では共形場理論を用いて定式化できることが知られている。このような状況の下で論文提出者は、4次元量子重力を定性的に理解すること、および2次元量子重力そのものをより深く理解することを目標に2次元近傍の量子重力理論(2+次元量子重力)を詳しく研究した。2次元近傍の研究から、直ちに4次元量子重力の定式化に迫れる訳ではないが、2次元近傍の研究を通して高次元へのいくつかの示唆が得られた。これらの研究成果は将来4次元量子重力を構築する際に役立つものと期待される。

 研究内容をさらに詳しく述べると次の通りである。前半部分において、まず論文提出者は、2次元量子重力への応用として、明白な一般共変性をもつ∫d2110966f02.gifRn(n=0,1,2,…)型の演算子(以下MGCOと記す)を導入した。これらの演算子は物理的意味ははっきりしているが、リューヴィル理論や行列模型で扱うのは難しい。リューヴィル理論や行列模型に現れるスケーリング演算子は一部を除いて物理的描像が明確でないので、MGCOを考察する事には充分意味がある。論文提出者は、2+次元量子重力の定式化でがゼロの極限をとって、その重力スケーリング次元を計算した。この重力スケーリング次元の評価はこの論文で初めて行われた。結果のスペクトラムは行列模型に現れるスケーリング演算子のうち境界演算子と呼ばれるもの以外のスケーリング次元を包含しているが、R自乗重力の性質を考えることによって、MGCOはむしろ新しい演算子の系列を与えているのではないかという示唆が得られた。さらに、R自乗重力を2+次元量子重力の枠組みで扱い、がゼロの極限をとって2次元R自乗重力の結果が得られた。弦理論の立場からも興味深い2次元R自乗重力は最近リューヴィル理論的アプローチから研究がなされたが、その結果を比較すべきものがなく、他のアプローチからの研究が待たれていた。また2+次元量子動におけるコンフォーマルモードの動力学におけるオーバーサブトラクションの問題の微妙さを考慮すると、これを他のR自乗重力などの模型に適用して定式化自体へのより深い洞察を得ておく必要がある。このような状況において論文提出者は、オーバーサブトラクションに注意して理論を扱い、がゼロの極限でリューヴィル理論から求めた結果と矛盾しない結果を得た。またこの理論でのMGCOのスケーリング次元を求め、上記の示唆が支持された。この研究によって、コンフォーマルモードのオーバーサブトラクションの問題が浮き彫りになるとともに、2+次元量子重力理論の2次元量子重力の正則化の方法としての有用性が明らかになった。後半部分においては、コンフォーマルモードの依存性を一般化した理論の2ループのくりこみを実行した。高次の補正が系統的に求まるかどうか、また1ループで成功した一般共変性の回復のシナリオが高次のループのレベルでも成功するかどうかは今まで解明されていない。そこで2ループの解析を行って理論の首尾一貫性を見ることはこの解明にとって非常に重要である。量子重力における2ループの計算には複雑さが伴うので、ここでは第一歩として、物質場の数に比例する2ループ相殺項のみを求めた。この部分のみで理論は閉じている。論文提出者は赤外発散をうまく処理することに成功し、理論はこの範囲では乗法的にくりこみ可能になっていることを確かめた。さらに紫外固定点の存在とそこでの一般共変性の回復とを証明した。このようにして少なくともこの範囲では理論の2ループレベルに矛盾はないという結論が得られた。また、この研究を通して論文提出者は2ループの体系的な計算法を確立して計算の原型を提出し、次なる計算の足がかりを築いた。なお、本論文の第3節と第4節は西村淳氏と田村真也氏との共同研究、第5節は相田敏明氏と北沢良久氏と西村淳氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54439