本論文は6章からなり、第1章は序章として、時空を連続体として扱う従来の理論が量子重力のレベルでは発散の困難があり、その困難を救うための方法の一つとして、時空を離散的な構造物としてとらえた理論の可能性が指摘され、そのモデルの一つとしてRegge calculusが紹介され、その力学的性質を調べることの重要性が述べられている。 第2章ではRegge calculusの基本的なアイデアとその定式化が詳しく解説されている。まず、時空を単体分割し、simplexという概念が導入され、その体積の定義、時空の多様体に対応するcomplexの定義、連続理論における曲率がRegge calculusでどのように定義されるか、ベクトルやテンソルの定義、重力の作用の定義等が丁寧に解説されている。 第3章からが論文提出者のオリジナルな研究に基づいた結果が述べられている。まず3章では、Regge calculusの理論として、時間を特別扱いし、連続パラメータとして残す理論形式を採用している。この理論形式は空間的な辺の長さが力学的自由度となり、その時間発展を記述する方程式は常微分方程式になるため、解析が簡単になるという利点を持つ。この章ではこの理論形式を古典的な非等方宇宙モデルに応用し、質量を持ったスカラー場によるカオス的インフレーションがどの程度一般的に起こるかを調べられ、連続理論の場合と比較すると、結果は連続理論の場合と良く一致することが示されている。 第4章ではRegge calculusの量子化が考えられ、その結果として連続理論でのWheeler-DeWitt方程式に対応する基本方程式が得られることが示される。Wheeler-DeWitt方程式の解は宇宙の波動関数と呼ばれるが、数多くある解の中から実際の宇宙に対応する解を選び出す必要がある。これは方程式の境界条件を決めることに対応しており、ここでは、無境界仮説と呼ばれる境界条件を採用し、量子重力効果で生まれる宇宙は等方的である確率が高いという結果が得られ、連続理論を用いた結果と一致することが示されている。 第5章は時間方向も離散化した四次元的な単体を用いて、それを非等方量子宇宙モデルに応用して、無境界仮説の基で、宇宙の波動関数を厳密に求める方法が述べられている。得られた波動関数は非等方性の大きい宇宙の発現確率の高いことを示し、現在の等方的な宇宙とは簡単には結び付かないという問題があることが明らかにされている。 第6章はそれ以前の章の結論がまとめられ、今後の課題が議論されている。 以上、本論文は、Regge calculusの古典および量子宇宙論への具体的応用を試みたもので、空間のみを離散化する定式化では、従来の連続極限の結果を再現し、Regge calculusの方法が連続理論の近似として有効なものであることを明確に示した点で価値がある。また、時間方向も離散化した計算では非等方性の大きい宇宙の発現確率の高いという一見矛盾した結果を出しているが、これはRegge calculusの問題というよりは、未だ完成されていない量子宇宙論の問題点をRegge calculusを用いて、明らかにしたと考えるべきであろう。なお、本論文第3章は佐藤勝彦氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、この論文で示された幾つかの具体例を通じて論文提出者の研究に関する資質は十分であるものと判断し、博士(理学)の学位を受けるに値するものと考える。 |