学位論文要旨



No 110971
著者(漢字) 降籏,康彦
著者(英字)
著者(カナ) フリハタ,ヤスヒコ
標題(和) レッジェ・カリキュラスの古典および量子宇宙論への応用
標題(洋) Applications of Regge Calculas to Classical and Quantum Cosmology
報告番号 110971
報告番号 甲10971
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2884号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川崎,雅裕
 東京大学 助教授 江里口,良治
 東京大学 教授 戸塚,洋二
 東京大学 助教授 鈴木,洋一郎
 東京大学 助教授 須藤,靖
内容要旨

 現在のところ、実験、観測からは時空が離散的な構造を持っている証拠は何もないが、プランクスケールでの量子重力的な効果を考えた場合、量子重力理論が持つ発散の困難のため、少なくとも理論的には離散的な構造により理論を正則化する必要がある。これは理論を定義するための便法とも考えられるが、ここでは、プランクスケールの時空が何らかの意味で離散的な構造を持つと仮定してみよう。宇宙初期や重力崩壊の最終段階ではこのプランクスケールでの物理が重要であるから、もし、このスケールで時空が離散的ならば、連続理論をそのまま適用した場合と大きく結果が異なることが予想される。いくつかある離散的な時空構造のモデルの一つに、Regge calculusと呼ばれる、時空を単体で分割する方法がある。本論文では、このアイデアに従い、単体分割した時空を考えその力学的な性質を調べることを目的とした。

 本論文の前半で採用するRegge calculusの理論は、時間を特別扱いし、連続パラメータとして残す理論形式である。この理論形式では空間的な辺の長さが力学的な自由度となり、その時間発展を記述する方程式は常微分方程式になり解析が非常に簡単になるという利点を持つ。まず、古典的な宇宙モデルとして、非等方な自由度を持った閉じた宇宙において、質量を持ったスカラー場によるカオス的インフレーションがどの程度一般的に起こるのかを、連続理論の場合と比較した。その結果、宇宙初期に存在した非等方性は宇宙膨張を大きくする効果があり、この定性的な解の振舞いは連続理論の場合と良く一致することが分かった。

 次に、プランクスケールでは量子論の効果が必然的に効いてくると考えられるので、Regge calculusの量子化を考えた。理論形式としては、先に古典論で考えたものと同じ、連続時間のRegge calculusを考える。まず、量子化の手続きについては空間的に一様なモデルに制限することで、正準量子化が矛盾なく可能である。その結果として、連続理論でのWheeler-DeWitt方程式に対応する基本方程式を得ることができる。この理論を、宇宙モデルに適用して、宇宙の波動関数を求めてみる。ここで得られるWheeler-DeWitt方程式は連続理論の場合と同様、双曲型の偏微分方程式になる。この方程式は多くの解を持ち、どの解も宇宙の波動関数になり得る。どれだけの可能性があるかというと、境界条件の自由度だけ可能性がある。宇宙全体が量子力学で記述され、単一の波動関数を持つと考えるならば、宇宙が一つしかない以上、その一つの波動関数を選び出す指針が必要である。通常の物理法則と異なり、宇宙の外には何もないから、この指針自体が一つの自然法則になる。本論文で採用したものは、無境界仮説と呼ばれる境界条件で、宇宙は無から、量子的トンネル効果によって生まれたとするものである。トンネル過程は、古典的には許されない過程で、時間変数を虚数に解析接続した複素時間で記述される。このトンネル過程に対する遷移振幅を半古典近似の範囲で求めた。この波動関数は非等方性が小さいところにピークを持ち、波動関数の絶対値の二乗をそのまま確率と解釈すると、量子重力効果で生まれる宇宙は等方なものがもっともらしいということになる。この結果は連続理論を用いて得られる結果と良く一致していることが明らかになった。

 最後に、これまで考えてきたものとは異なり時間方向も離散化した四次元的な単体を用いて、閉じた宇宙モデルを考えた。特に、このモデルで、宇宙の波動関数をHartle-Hawkingの無境界仮説の一般化であるHartleの提案に従い計算した。Hartle-Hawkingの仮説は宇宙の波動関数を境界の無いコンパクトなリーマン多様体についての経路積分で与えるというものだが、Einstein重力に特有な問題として、ユークリッド化した作用関数が下に有界ではないという性質がある。この性質のため、経路積分が収束しない。そこでHartleはより一般に、複素計量の空間の中で経路積分が収束するような道をみつけて宇宙の波動関数を定義しようと提案した。この提案は、はじめRegge calculusのモデルを用いて、もっとも簡単な一様等方モデルについて計算され、その有効性が示された。本論文では、このモデルに非等方性を入れることで、多自由度の系に拡張した。その結果、経路積分が収束するような道は存在し、半古典近似に頼らない厳密な波動関数を数値的に求める、ことができた。得られた波動関数は、非等方性の大きいところに鋭いピークを持つ。この結果を非等方性が大きい宇宙生まれる確率が大きいと解釈すると、現在観測されている、宇宙背景輻射の非常に高い精度での等方性を宇宙のその後の歴史の中に(例えばインフレーションに)求めなければならなくなる。

 以上、三つの具体例を用いてRegge calculusの力学を考察した。始めの二例からわかるように、Regge calculusは連続理論の近似としては優れた有効性を示すということができる。逆に、時空が本来離散的な構造を持っていて、それによって宇宙の初期状態が決まると考えた場合、ここで考察したモデルだけで明確な結論を下すことができない。しかし、モデルを拡張することで今までに知られていない、格子時空の性質の一端が現れたと考えることができる。今後さまざまなモデルを用いた計算により、離散的な時空の持つ性質が明らかになることが期待される。

審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章は序章として、時空を連続体として扱う従来の理論が量子重力のレベルでは発散の困難があり、その困難を救うための方法の一つとして、時空を離散的な構造物としてとらえた理論の可能性が指摘され、そのモデルの一つとしてRegge calculusが紹介され、その力学的性質を調べることの重要性が述べられている。

 第2章ではRegge calculusの基本的なアイデアとその定式化が詳しく解説されている。まず、時空を単体分割し、simplexという概念が導入され、その体積の定義、時空の多様体に対応するcomplexの定義、連続理論における曲率がRegge calculusでどのように定義されるか、ベクトルやテンソルの定義、重力の作用の定義等が丁寧に解説されている。

 第3章からが論文提出者のオリジナルな研究に基づいた結果が述べられている。まず3章では、Regge calculusの理論として、時間を特別扱いし、連続パラメータとして残す理論形式を採用している。この理論形式は空間的な辺の長さが力学的自由度となり、その時間発展を記述する方程式は常微分方程式になるため、解析が簡単になるという利点を持つ。この章ではこの理論形式を古典的な非等方宇宙モデルに応用し、質量を持ったスカラー場によるカオス的インフレーションがどの程度一般的に起こるかを調べられ、連続理論の場合と比較すると、結果は連続理論の場合と良く一致することが示されている。

 第4章ではRegge calculusの量子化が考えられ、その結果として連続理論でのWheeler-DeWitt方程式に対応する基本方程式が得られることが示される。Wheeler-DeWitt方程式の解は宇宙の波動関数と呼ばれるが、数多くある解の中から実際の宇宙に対応する解を選び出す必要がある。これは方程式の境界条件を決めることに対応しており、ここでは、無境界仮説と呼ばれる境界条件を採用し、量子重力効果で生まれる宇宙は等方的である確率が高いという結果が得られ、連続理論を用いた結果と一致することが示されている。

 第5章は時間方向も離散化した四次元的な単体を用いて、それを非等方量子宇宙モデルに応用して、無境界仮説の基で、宇宙の波動関数を厳密に求める方法が述べられている。得られた波動関数は非等方性の大きい宇宙の発現確率の高いことを示し、現在の等方的な宇宙とは簡単には結び付かないという問題があることが明らかにされている。

 第6章はそれ以前の章の結論がまとめられ、今後の課題が議論されている。

 以上、本論文は、Regge calculusの古典および量子宇宙論への具体的応用を試みたもので、空間のみを離散化する定式化では、従来の連続極限の結果を再現し、Regge calculusの方法が連続理論の近似として有効なものであることを明確に示した点で価値がある。また、時間方向も離散化した計算では非等方性の大きい宇宙の発現確率の高いという一見矛盾した結果を出しているが、これはRegge calculusの問題というよりは、未だ完成されていない量子宇宙論の問題点をRegge calculusを用いて、明らかにしたと考えるべきであろう。なお、本論文第3章は佐藤勝彦氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、この論文で示された幾つかの具体例を通じて論文提出者の研究に関する資質は十分であるものと判断し、博士(理学)の学位を受けるに値するものと考える。

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