乱流は流体中の輸送効果を促進する。運動量やエネルギーなどの輸送が大きくなれば、流れ中の方向性や物理量の局在性などは失われる傾向に向かう。従って乱れは流れ中の構造を破壊する要因としてとらえることができる。乱れによる拡散効果は一般に分子運動による熱的拡散と比べてはるかに大きいので、異常輸送効果とも呼ばれる。電気伝導度をもたない流体すなわち中性流体乱流の渦粘性、プラズマ乱流の異常抵抗などが乱流拡散の典型的な例である。 一方で自然界には乱流中においても存在し続ける構造がある。星の大気にしばしば見られる大きな渦、太陽・地球がもつ定常的な磁場などがこの代表的な例である。定常的に構造が存在することは構造を維持する何らかの機構が乱流中に存在することを示唆している。 乱流中の構造維持機構はしばしば乱流場の特性を表す擬スカラー不変量との関連で論じられてきた。非圧縮性中性流体の方程式においては、エネルギーのほかに速度uと渦度(=∇×u)の内積(正確には、その体積積分:以下では略す)で定義される力学ヘリシティが保存量である。一方、非圧縮性電磁流体方程式では運動エネルギーと磁気エネルギーを加えた総エネルギーのほかにベクトル・ポテンシャルaと磁場bの内積およびuとbの内積でそれぞれ定義される磁気ヘリシティとクロス・ヘリシティが保存量である。これらのヘリシティは極性ベクトルと軸性ベクトルの内積から定義される擬スカラー量であり、鏡映対称な系では統計的にゼロになる性質をもち、系の鏡映対称性の破れを表す指標になりうる。乱流場の鏡映対称性を破る要因としては系が回転していること、平均磁場が存在することなどが考えられる。何らかのヘリシティが存在する乱流をヘリカルな乱流という。 ヘリカルな乱流場では乱流拡散の効果が抑えられ、構造が永く維持される可能性があることが指摘されてきた。実際、中性流体の渦度方程式の非線型拡散は対流項u×からくるが、ヘリカルな場ではu・が上の効果を弱くする役割を演ずることが期待されている。乱流による渦粘性や異常抵抗効果に抗してヘリシティ効果によって大規模な渦や磁場を生成・維持する機構は、特に電磁流体の分野で乱流磁気ダイナモと結びついて詳しく研究されてきた。その代表的な例がアルファ効果を用いたアルファ・ダイナモである。そこでは、乱流場が力学ヘリシティをもつとトロイダル磁場に平行な電流が生成され、もとの磁場に垂直なポロイダル磁場が誘導される。そのポロイダル磁場がまたもとのトロイダル磁場を支えることで、乱流中でも安定な磁場配位が持続する可能性が生じる。 最近、乱流起電力中の平均渦度に比例する項の係数が乱流クロス・ヘリシティ密度の統計平均で表せることを導いた吉澤は、力学ヘリシティの効果(アルファ効果)に加えてクロス・ヘリシティ効果を取り入れたダイナモ・モデルを提案した。クロス・ヘリシティ密度u・bは磁場の流体運動による混合を担うu×bと直接に関係するため、回転運動による平均渦度が存在する場合の磁場構造の維持においては、アルファ・ダイナモよりも重要となることが期待されている。 一方、中性流体の渦度方程式が電磁流体の磁場誘導方程式と形式上同一であることから、乱流磁気ダイナモの中性流体版である乱流渦ダイナモの存在も予想され、大規模渦構造の維持機構が研究されている。力学ヘリシティ効果で乱流粘性によるエネルギーのカスケードが抑えられるのであれば、結果として大きな構造の渦が維持されることになる。従来の研究によりヘリシティが発展の初期に存在するだけでは不十分であること、非等方性・圧縮性・平均流の存在など何らかの対称性の破れがさらに必要であることが指摘されてきた。 本研究では中性流体中の力学ヘリシティ効果と電磁流体中のクロス・ヘリシティ効果を検討し、それぞれが大規模な渦構造と磁場構造の生成・維持にどのように関係しているかを明らかにした。 第2章では中性乱流中の力学ヘリシティ効果を研究した。力学ヘリシティが中性乱流中の代表的な構造である大規模渦にどのように作用するかをよく見るためには、力学ヘリシティが常に供給されるような系を考える必要がある。ここでは3次元的な平均流をもつ乱流を回転系で考察した。平均流があるときの乱流統計理論の一つであるTSDIA(two-scale direct-interaction approximation)の手法を用いて、速度場の共変量であるレイノルズ応力テンソルを鏡映対称性の破れた系で導出した。その結果、回転およびそれに等価な平均渦度の効果はレイノルズ応力中に乱流力学ヘリシティの空間微分を通して入ることが示された。このことは乱流力学ヘリシティの非一様性が渦ダイナモ機構のために不可欠であることを示している。得られた結果を回転系乱流での代表的な構造である土星の白斑、地球の台風また竜巻などの気象現象に適用した。その結果、回転流と上昇・下降流が交差して平均流が力学ヘリシティをもっているような三次元的な流れでは、ヘリシティ効果が渦構造の生成・維持に寄与しうることが定性的に示された。定量的な議論には上で得られた解析的結果は複雑すぎるため、表現を簡易化して一点統計量によるモデル化を行った。乱流エネルギー、乱流散逸率に加えて乱流ヘリシティを用いた3方程式型のモデルを提案し、円管旋回流に適用した。その結果、従来の前二者のみからなる2方程式型モデルでは説明できない実験事実である円管中心付近での軸方向主流のへこみ、旋回強度の流れ方向に沿った指数関数的減衰などを再現でき、旋回流の特徴をよく説明できることが示された。 第3章・第4章では磁気乱流中のクロス・ヘリシティ効果の考察を行なった。第3章では降着円盤、特に双極ジェット生成の機構を研究した。従来のアルファ効果の代わりにクロス・ヘリシティ効果だけを取り入れたクロス・ヘリシティ・ダイナモは、速度場にそろった磁場を定常解としてもつことが示された。その比例係数は乱流クロス・ヘリシティと乱流MHDエネルギーの比で簡単に表すことができる。この解を降着円盤に適用し、円盤ガスのトロイダル回転がトロイダル磁場を生成し、中心付近での非常に強い磁気圧が円盤から垂直な方向に双極ジェットを噴射することが示された。また、速度場にそろった磁場の帰結としてクロス・ヘリシティの生成率の正負の符号はクロス・ヘリシティ自身の符号と一致するため、クロス・ヘリシティの配位が安定して存在しうることが示された。 第4章では銀河磁場を研究した。銀河の磁場はそれほど強くはないがトロイダル磁場が観測可能であるため、ダイナモ理論に格好の検証の場を与えている。クロス・ヘリシティ・ダイナモを銀河磁場に適用し、このダイナモの有効性を調べた。まず様々な銀河について観測された回転速度と磁場の強さの関係が検討され、速度場にそろった磁場の表式で矛盾なく説明できることが示された。その結果、乱流クロス・ヘリシティと乱流MHDエネルギーの比で表わされる係数の値を評価することが出来た。銀河赤道面をはさんでの非対称に関しては銀河面の波打ち・歪み・パーカー不安定性における密度分布など多く研究がなされているが、実際に赤道面をはさんで密度分布に非対称性があると仮定すると、従来のアルファ・ダイナモでは説明が困難な代表的な大規模磁場配位であるBSS(bisymmetric spiral)磁場が自然に説明できることが示された。銀河中心で観測されている強いダイポール型の磁場やハロー領域の縦磁場もクロス・ヘリシティ・ダイナモの枠内で矛盾なく説明できることが示された。 これらの研究を通して、回転運動あるいは大規模な渦運動を伴う乱流中では、擬スカラー不変量に関連した乱流による構造生成効果が乱流が本来もつ異常輸送効果を抑え、電磁流体中での平均磁場構造や中性流体中の大規模渦構造など、乱流中の構造を維持していることが確認された。 |