学位論文要旨



No 110973
著者(漢字) 横井,喜充
著者(英字)
著者(カナ) ヨコイ,ノブミツ
標題(和) 擬スカラー不変量と乱流および磁気乱流中の構造維持機構
標題(洋) Relationship of the Pseudoscalar Invariants with the Sustainment of Global Structures in Hydrodynamic and Magnetohydrodynamic Turbulence
報告番号 110973
報告番号 甲10973
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2886号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,行和
 東京大学 助教授 牧島,一夫
 東京大学 講師 半場,藤弘
 東京大学 教授 遠山,濶志
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
内容要旨

 乱流は流体中の輸送効果を促進する。運動量やエネルギーなどの輸送が大きくなれば、流れ中の方向性や物理量の局在性などは失われる傾向に向かう。従って乱れは流れ中の構造を破壊する要因としてとらえることができる。乱れによる拡散効果は一般に分子運動による熱的拡散と比べてはるかに大きいので、異常輸送効果とも呼ばれる。電気伝導度をもたない流体すなわち中性流体乱流の渦粘性、プラズマ乱流の異常抵抗などが乱流拡散の典型的な例である。

 一方で自然界には乱流中においても存在し続ける構造がある。星の大気にしばしば見られる大きな渦、太陽・地球がもつ定常的な磁場などがこの代表的な例である。定常的に構造が存在することは構造を維持する何らかの機構が乱流中に存在することを示唆している。

 乱流中の構造維持機構はしばしば乱流場の特性を表す擬スカラー不変量との関連で論じられてきた。非圧縮性中性流体の方程式においては、エネルギーのほかに速度uと渦度(=∇×u)の内積(正確には、その体積積分:以下では略す)で定義される力学ヘリシティが保存量である。一方、非圧縮性電磁流体方程式では運動エネルギーと磁気エネルギーを加えた総エネルギーのほかにベクトル・ポテンシャルaと磁場bの内積およびuとbの内積でそれぞれ定義される磁気ヘリシティとクロス・ヘリシティが保存量である。これらのヘリシティは極性ベクトルと軸性ベクトルの内積から定義される擬スカラー量であり、鏡映対称な系では統計的にゼロになる性質をもち、系の鏡映対称性の破れを表す指標になりうる。乱流場の鏡映対称性を破る要因としては系が回転していること、平均磁場が存在することなどが考えられる。何らかのヘリシティが存在する乱流をヘリカルな乱流という。

 ヘリカルな乱流場では乱流拡散の効果が抑えられ、構造が永く維持される可能性があることが指摘されてきた。実際、中性流体の渦度方程式の非線型拡散は対流項u×からくるが、ヘリカルな場ではu・が上の効果を弱くする役割を演ずることが期待されている。乱流による渦粘性や異常抵抗効果に抗してヘリシティ効果によって大規模な渦や磁場を生成・維持する機構は、特に電磁流体の分野で乱流磁気ダイナモと結びついて詳しく研究されてきた。その代表的な例がアルファ効果を用いたアルファ・ダイナモである。そこでは、乱流場が力学ヘリシティをもつとトロイダル磁場に平行な電流が生成され、もとの磁場に垂直なポロイダル磁場が誘導される。そのポロイダル磁場がまたもとのトロイダル磁場を支えることで、乱流中でも安定な磁場配位が持続する可能性が生じる。

 最近、乱流起電力中の平均渦度に比例する項の係数が乱流クロス・ヘリシティ密度の統計平均で表せることを導いた吉澤は、力学ヘリシティの効果(アルファ効果)に加えてクロス・ヘリシティ効果を取り入れたダイナモ・モデルを提案した。クロス・ヘリシティ密度u・bは磁場の流体運動による混合を担うu×bと直接に関係するため、回転運動による平均渦度が存在する場合の磁場構造の維持においては、アルファ・ダイナモよりも重要となることが期待されている。

 一方、中性流体の渦度方程式が電磁流体の磁場誘導方程式と形式上同一であることから、乱流磁気ダイナモの中性流体版である乱流渦ダイナモの存在も予想され、大規模渦構造の維持機構が研究されている。力学ヘリシティ効果で乱流粘性によるエネルギーのカスケードが抑えられるのであれば、結果として大きな構造の渦が維持されることになる。従来の研究によりヘリシティが発展の初期に存在するだけでは不十分であること、非等方性・圧縮性・平均流の存在など何らかの対称性の破れがさらに必要であることが指摘されてきた。

 本研究では中性流体中の力学ヘリシティ効果と電磁流体中のクロス・ヘリシティ効果を検討し、それぞれが大規模な渦構造と磁場構造の生成・維持にどのように関係しているかを明らかにした。

 第2章では中性乱流中の力学ヘリシティ効果を研究した。力学ヘリシティが中性乱流中の代表的な構造である大規模渦にどのように作用するかをよく見るためには、力学ヘリシティが常に供給されるような系を考える必要がある。ここでは3次元的な平均流をもつ乱流を回転系で考察した。平均流があるときの乱流統計理論の一つであるTSDIA(two-scale direct-interaction approximation)の手法を用いて、速度場の共変量であるレイノルズ応力テンソルを鏡映対称性の破れた系で導出した。その結果、回転およびそれに等価な平均渦度の効果はレイノルズ応力中に乱流力学ヘリシティの空間微分を通して入ることが示された。このことは乱流力学ヘリシティの非一様性が渦ダイナモ機構のために不可欠であることを示している。得られた結果を回転系乱流での代表的な構造である土星の白斑、地球の台風また竜巻などの気象現象に適用した。その結果、回転流と上昇・下降流が交差して平均流が力学ヘリシティをもっているような三次元的な流れでは、ヘリシティ効果が渦構造の生成・維持に寄与しうることが定性的に示された。定量的な議論には上で得られた解析的結果は複雑すぎるため、表現を簡易化して一点統計量によるモデル化を行った。乱流エネルギー、乱流散逸率に加えて乱流ヘリシティを用いた3方程式型のモデルを提案し、円管旋回流に適用した。その結果、従来の前二者のみからなる2方程式型モデルでは説明できない実験事実である円管中心付近での軸方向主流のへこみ、旋回強度の流れ方向に沿った指数関数的減衰などを再現でき、旋回流の特徴をよく説明できることが示された。

 第3章・第4章では磁気乱流中のクロス・ヘリシティ効果の考察を行なった。第3章では降着円盤、特に双極ジェット生成の機構を研究した。従来のアルファ効果の代わりにクロス・ヘリシティ効果だけを取り入れたクロス・ヘリシティ・ダイナモは、速度場にそろった磁場を定常解としてもつことが示された。その比例係数は乱流クロス・ヘリシティと乱流MHDエネルギーの比で簡単に表すことができる。この解を降着円盤に適用し、円盤ガスのトロイダル回転がトロイダル磁場を生成し、中心付近での非常に強い磁気圧が円盤から垂直な方向に双極ジェットを噴射することが示された。また、速度場にそろった磁場の帰結としてクロス・ヘリシティの生成率の正負の符号はクロス・ヘリシティ自身の符号と一致するため、クロス・ヘリシティの配位が安定して存在しうることが示された。

 第4章では銀河磁場を研究した。銀河の磁場はそれほど強くはないがトロイダル磁場が観測可能であるため、ダイナモ理論に格好の検証の場を与えている。クロス・ヘリシティ・ダイナモを銀河磁場に適用し、このダイナモの有効性を調べた。まず様々な銀河について観測された回転速度と磁場の強さの関係が検討され、速度場にそろった磁場の表式で矛盾なく説明できることが示された。その結果、乱流クロス・ヘリシティと乱流MHDエネルギーの比で表わされる係数の値を評価することが出来た。銀河赤道面をはさんでの非対称に関しては銀河面の波打ち・歪み・パーカー不安定性における密度分布など多く研究がなされているが、実際に赤道面をはさんで密度分布に非対称性があると仮定すると、従来のアルファ・ダイナモでは説明が困難な代表的な大規模磁場配位であるBSS(bisymmetric spiral)磁場が自然に説明できることが示された。銀河中心で観測されている強いダイポール型の磁場やハロー領域の縦磁場もクロス・ヘリシティ・ダイナモの枠内で矛盾なく説明できることが示された。

 これらの研究を通して、回転運動あるいは大規模な渦運動を伴う乱流中では、擬スカラー不変量に関連した乱流による構造生成効果が乱流が本来もつ異常輸送効果を抑え、電磁流体中での平均磁場構造や中性流体中の大規模渦構造など、乱流中の構造を維持していることが確認された。

審査要旨

 乱流は流体中の輸送効果を促進する。したがって、乱れは一般には流れの中の構造を破壊する方向に働く。実際、乱れによる拡散効果は分子運動による熱的な拡散と比べるとはるかに大きい。ところで一方、自然界には乱流中にも存在し続ける構造がある。たとえば、星の大気に見られる大きな渦や、太陽や地球がもつ定常的な磁場などがそれである。このことは乱流中にこれらの構造を維持する機構が存在することを示唆する。

 乱流中の構造維持機構として、擬スカラー不変量であるヘリシティーの存在があげられている。非圧縮性中性流体では速度ベクトルと渦度ベクトルの内積としての力学ヘリシティーがあり、電磁流体ではベクトル・ポテンシャルと磁場ベクトルの内積としての磁気ヘリシティー、速度ベクトルと磁場ベクトルの内積としてのクロス・ヘリシティーがある。これらのヘリシティーは散逸がない系では保存量である。このようなヘリシティーの存在する乱流(ヘリカル乱流)では、乱流拡散効果が押さえられ、構造が永く保たれる。たとえば、回転する電磁流体乱流では、力学ヘリシティーのためにダイナモ効果が生じ、巨視的な磁場が生成・維持されることが示されている。本研究では、ヘリシティーによる乱流中の構造生成・維持機構を流体の基礎方程式から出発して明らかにした。さらに、それを用いて自然界におけるいくつかの現象を説明することに成功した。

 まず第2章では、中性流体中の力学ヘリシティーの効果を調べた。力学ヘリシティーが常に供給されるように回転系での3次元的平均流をもつ乱流を取り上げた。平均流とゆらぎとの相互作用をTSDIA(two-scale direct interaction approximation)法を用いて記述することにより、平均流に対するゆらぎの寄与を明らかにした。その結果、大規模構造の生成・維持には乱流力学ヘリシティーの非一様性が不可欠であることが分かった。さらに、地球上の台風や竜巻、土星の白斑にはこの機構が働いている可能性があることが示された。

 第3章、第4章では電磁流体中のクロス・ヘリシティーの効果を調べた。やはり平均流とゆらぎの関係をTSDIA法を用いて定式化し、構造形成に及ぼすクロス・ヘリシティーの役割を示した。第3章では、宇宙に存在する降着円盤を取り上げ、クロス・ヘリシティーの効果を調べた。この効果が支配的な場合には、速度場にそろった磁場が定常的に存在することが明らかにされた。その比例係数は乱流クロス・ヘリシティーを含む。これを降着円盤に適用すると、円盤ガスのトロイダル回転がトロイダル磁場を生成する。中心付近での強い磁気圧により円盤から垂直に双極ジェットが噴き出す可能性がある。これは実際によく観測されている。

 第4章では銀河磁場を対象とする。クロス・ヘリシティーに起因するダイナモでは、上述のように速度場に平行な磁場が形成される。観測されている様々な銀河について、その磁場の強さと回転速度とを比べてみると、一定の比例関係にあることが示され、この機構と矛盾しないことがわかった。また、赤道をはさんで密度分布の非対称性を仮定するとbisymmetric spiralな磁揚の生成を説明することができる。これは従来のアルファダイナモでは説明が困難であった。その他銀河磁場に関するいろいろな性質がこのクロス・ヘリシティー・ダイナモで理解される。

 以上、本論文では乱流中の構造維持機構として各種ヘリシティーの存在に起因するものを取り上げ、その仕組みを中性流体・電磁流体それぞれについて明らかにした。単なる現象論でなく基礎方程式から出発して各種物理量の間の関係を厳密に示した。これはきわめて複雑な乱流現象の理解に新たなる指針を与えたことになる。さらに、その結果を自然界に存在するいくつかの乱流現象に適用し、その性質を説明することに成功した。これらの成果は天体物理学・地球物理学に大きく貢献するものである。

 なお、本論文第2章・第3章は、吉澤徴氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、同提出者の寄与が十分であると認められる。

UTokyo Repositoryリンク