学位論文要旨



No 110974
著者(漢字) 長谷川,隆
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,タカシ
標題(和) 銀河系中心近傍の銀河探査 : へびつかい座超銀河団の発見と近傍の大規模構造
標題(洋) A Galaxy Survey in the Vicinity of the Galactic Center : Discovery of the Ophiuchus Supercluster and the Nearby Large Scale Structure
報告番号 110974
報告番号 甲10974
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2887号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 助教授 中田,好一
 東京大学 助教授 有本,信雄
 京都大学 教授 斎藤,衛
 岐阜大学 教授 若林,謙一
内容要旨

 へびつかい座銀河団は銀河系中心から10度離れた後退速度85Mpc(以後H0=100km s-1 Mpc-1とする)の系外銀河の集団である。へびつかい座銀河団を中心として系外銀河の探査を行ない、この銀河団を中心とした領域の大規模構造を明らかにし、また超銀河団が存在するか考察した。

 へびつかい座銀河団の位置している銀河面近傍はZone of Avoidance(ZOA)とよばれる系外銀河の探査がほとんど行なわれなかった領域である。一方、近年の宇宙の銀河分布の研究の結果、大規模構造とよばれる50Mpcスケールの銀河分布の構造が知られるようになってきた。近傍の大規模構造はZOAに隠されている可能性がある。実際局所超銀河面は50Mpcスケールで銀河が平面状に集まっている構造であるが、その一部がZOAを横切っていることが知られてきた。ZOAは全天の約1/4を占めており、ZOAの銀河探査によりこのような大規模構造が未発見のまま残されている可能性を調べることができる。へびつかい座銀河団はcD銀河団といわれる分類に属し、銀河がもっとも密集し、銀河団としては最大級の規模を有する。cD銀河団はほかの銀河団を伴ってさらに大きい構造である超銀河団を作ることが多く、従って、へびつかい銀河団の近傍を詳しく調査することで新たな超銀河団の発見につながることが十分考え得る。

 このような動機に基づき、へびつかい座銀河団を中心とした領域の深い銀河サーベイをはじめて敢行した。このサーベイは広視野を写すことが可能なシュミット望遠鏡のフィルムを6枚、角度にして天球上12度×18度を探査した。銀河面近傍のため暗黒星雲が存在しまた星も高密度に分布する。これは銀河探査には悪条件であるが、4、050個の銀河が発見された。このことは、これまでの研究では76個の銀河しか知られていなかったことを考えると質量ともに格段の前進であったと考えてよい。これらの銀河は位置、銀河の明るさ、見かけの大きさ、銀河の形態の測定結果をもとに、本論文中にまとめられている。

 銀河の空間的な分布を調べるためには銀河までの距離が必要である。銀河までの距離は銀河のスペクトル観測から銀河の後退速度を測定し、その速度が距離に比例するという関係から銀河までの距離が決められる。我々は今回検出した銀河のうち、明るい銀河を中心に123個の銀河の後退速度を決定した。その結果過去に知られている銀河の後退速度などと合わせて191個の銀河の後退速度を決定した。この後退速度決定のための観測は南アフリカ天文台、セロ・トロロ天文台、リック天文台で行なわれ、申請者は南アフリカ天文台での観測を参加統率した。

 さて、まず銀河の天球上の分布を調べる。近傍の構造や超銀河団に関わる銀河は今回の銀河探査では明るい銀河に属する。明るい銀河の分布には疎密が見られる。この疎密ははたして本来の銀河の分布の疎密であるのか、厳しいサーベイの条件から来るものであるかを知っておく必要がある。ここでいうサーベイの条件には上記の、暗黒星雲によってその後ろが見えなくなる場合、また星重なりでその後ろの銀河がもはや見えない場合がある。星重なりは実際シュミットフィルム一枚ではげしくサーベイはほとんど不可能であった。これに対し、暗黒星雲は所々に斑点状(patchy)に散らばっているのみで、残りの5枚のプレートについては70%以上の領域でサーベイを行なうことができた。残るサーベイの問題は吸収といわれる問題である。銀河系の内部には塵が存在し、塵が銀河系の外から来る光を吸収してしまう。塵の量すなわち吸収量は天球上の方向毎に変化している。銀河が天球上で本来一様な分布をしていても、銀河の見かけの明るさは吸収のより大きい方向ではより暗く見え、見つかる銀河の数は減るので、吸収の少ない領域では銀河数が密に見え吸収の大きい領域では銀河が疎に見えることになる。そこで、この吸収量の空間的な変化を調べる必要がある。

 塵は赤外線を放つことから、赤外線の放射を調べることで塵の量を求めることが期待できる。そこで赤外線の放射を二つの方法で吸収量に換算した。一つは見かけの十分暗い銀河は一様に分布していると見なすことができることを用い、暗い銀河の疎密は吸収量を反映しているものと考え、この吸収量を用いて赤外線の放射を換算する。もう一つの方法は、塵によって天体の光が吸収を受けると、その光は青い光を赤い光より余分に吸収されることから、天体の固有のスペクトル(いろいろな色の光の放射の割合)からずれてくることを用いる。このずれの量を銀河スペクトルで測定すれば、天体の方向の吸収量を見積もることができるので、この吸収量で赤外線の放射を換算できる。この二つの方法で赤外線の放射が塵の量と相関を持つことを示した。赤外線の放射は非常に細かい天球上のスケールで測定されているので、天球上の吸収量もそれに応じて評価することができる。この吸収量を調べてみると、暗黒星雲で隠されている部分を除いては吸収量は銀河分布の解析に甚大な影響は及ぼさないので、明るい銀河の集まった領域は実際の銀河の集団と考え得る。このような集団として7領域を新たに拾い出した。

 天球上での銀河の集団が空間的にも集団を構成しているかは銀河までの後退速度(距離)のデータをもとに判定される。7集団のうち、銀河の後退速度のデータが不十分だった1集団を除き、全てが空間的にも銀河の集中した集団であることがわかった。銀河集団の構成銀河の数の統計や、集中度の解析から、集団の規模を検討した結果、6つの集団の規模は2つが銀河団、残りの4つが銀河群であることが示された。

 これらの6つの集団とへびつかい座(cD)銀河団はみな距離が85±20Mpcに集中している。天球上で集団以外のフィールド領域に属する銀河の距離も90Mpcに集中している。従って、銀河集団の銀河とフィールドの銀河は同じ空間に分布し、集団が骨格となる構造を作っていると考えることができる。サーベイ領域の距離85±20Mpcの空間はこれらの銀河の作る大規模な構造である。この領域の銀河団の密度、銀河の密度は典型的な超銀河団の領域の密度に達しているので、この大規模構造は超銀河団であると考え、へびつかい座超銀河団と命名された。

 一方、超銀河団の手前は銀河が宇宙の平均密度の15%しかない領域が50Mpcにわたって広がっている。この銀河密度、領域の規模はうしかい座の空洞ともによく似ており、いわゆる空洞と呼ばれる領域であると考えられるので、へびつかい座空洞と命名した。

 本研究ではへびつかい座銀河団を中心とした銀河系中心近傍の銀河探査を行なった。探査領域の吸収量の推定は難問だったため、吸収をこれだけ本格的に考慮に入れた銀河分布の解析は類を見ない。その結果新しい2つの銀河団と4つの銀河群を見い出し、それらがへびつかい座銀河団とともに85Mpcの距離に超銀河団規模の大規模構造を作っていることを見い出した。さらに、その手前には直径50Mpcにわたる空洞と呼ばれる大規模構造があることを見い出した。

 本研究は南アフリカ天文台の研究者と日本のグループの協同研究として進められ、その中で申請者は南アフリカに渡航し、南アフリカ天文台の研究者と後退速度の観測を行ない、貴重な議論を交わした。この渡航の一部には東大大学院学生学術研究奨励金より援助いただいた。深く感謝する次第である。

審査要旨

 宇宙における銀河の空間分布には、100Mpc(約3億光年)を超えるスケールの大規模な構造があることが次第に明らかになりつつある。このような大規模構造は、いくつかの銀河団・銀河群が連なった高密度部(超銀河団)と銀河のほとんどない低密度部(ボイド)が絡み合って出来ている。

 我々の銀河系の近傍における大規模構造は、距離が近いために構造を見込む角度が大きくなり、全天に広がって見える。このような近距離の大規模構造を調べる際の最大の困難は天の川の存在である。天の川に沿って全天を一周する「不透視帯」では、銀河系中の星間塵による非一様で強い吸収のために、銀河系外の銀河が極めて見えにくく、一部には全く見えない所もある。さらに天の川には多数の微光星があり、銀河の検出や測光を著しく困難にしている。銀河系中心近いへびつかい座方向で、不透視帯内に1980年偶然に一つの銀河団が見つかったことに触発された本研究は、この銀河団周辺の216平方度における銀河分布を初めて系統的に調べ、新しい超銀河団とボイドの存在を明らかにしたものである。

 本論文は七章よりなる。序章に続く二章では写真を用いた銀河の検出と測光、三章では分光観測による銀河の後退速度の決定が述べられている。第四章では銀河の天球上の分布と星間吸収の影響が詳細に調べられ、銀河団・銀河群の候補が同定される。第五章と六章でこれらの候補が物理的な実体であることが示されそれらの作る大規模構造が記述される。第七章はまとめと結論である。

 本研究ではまず、広視野のシュミット望遠鏡で撮影された写真フィルム6枚を顕微鏡で精査(サーベイ)し、4050個の銀河を検出し、その位置、大きさ、明るさ、形態を測定しカタログを作った。明るさは眼視測定で5階級に分類するという粗いものであるが、この領域は多数の星が密集しかつ強い非一様な吸収があるため、機械による自動測定が現在の技術では不可能であること考えるとやむを得ない措置である。ちなみに、この領域中で既存のカタログに登録されている銀河は59個しかなかった。次にカタログした銀河のうち、階級1と2の明るい銀河、および大きさ0.6分角以上の大きい銀河のうちから123個を選び出し、南アフリカと米国の望遠鏡を用いて分光観測を行い、距離の指標となる後退速度を求めた。偏りを避けるため、これらの銀河はサーベイ領域でできるだけ一様に分布するよう選ばれている。文献にあるデータを合わせるとサーベイ領域で191個の銀河の後退速度が既知となった。カタログのデータとこれらの後退速度が本研究の基礎データである。

 4050個の銀河の天球上の分布から、銀河の集中する銀河集団候補が新たに7個同定された。これらが非一様な星間吸収の影響による見かけ上の集中でないことを示さなければならない。著者は赤外線天文衛星IRASによる遠赤外線強度が星間吸収量の良い指標となることを見い出し、遠赤外線強度のマップを銀河分布と比較することでこれに成功した。さらに、既知のものを含む9個の銀河集団のうち7個については、メンバー銀河の後退速度が特定の値のまわりに集中していることから物理的実体であることを示した。次にそれらの集団のメンバー銀河数および密度コントラストを求め、不透視帯外で知られている多数の銀河団・銀河群の値と比較して、3つは銀河団、4つは銀河群の規模を有することを示した。

 最後に、銀河集団に属する銀河と属さない銀河の後退速度の分布を比較して、両者が9000±3000km/sの位置に共通して密集し、3銀河団と5銀河群を含む「へびつかい座超銀河団」を形成していること、またその手前0-5000km/sまでの空間には銀河がほとんどなく、この空間はボイドとなっていることを明らかにした。

 以上述べたように本研究は、星間吸収が強くかつ星の密集するへびつかい座の領域で初めて系統的な銀河探査を行い、新たな超銀河団とボイドの存在を明らかにして宇宙大規模構造の研究に大きな貢献をしたものと認められる。本論文は共同研究の成果であるが、著者は観測、データ解析を含むすべての点で中心的な寄与をした。よって審査員は全員一致で、本論文は申請者が博士(理学)の学位を受けるための要件を満たしていると判定した。

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