太陽の軟X線画像観測は、太陽コロナ中の活動現象や磁力線の構造を直接3次元的に知る唯一の手段である。1991年8月に打ち上げられた太陽観測衛星「ようこう」(陽光)には、軟X線画像観測を行う目的で軟X線望遠鏡(SXT)が搭載されている。軟X線望遠鏡は斜入射X線反射鏡によって直接太陽を焦点面上に結像させ、検出器としてCCDを用いることにより高分解連続観測を行っている。 トランジェント・ブライトニング(transient brightening)は太陽活動領域で頻発するコンパクトなコロナループ(磁力管)の突発的な増光現象であり、軟X線望遠鏡により新たに発見された現象である。ブライトニングにより放出されるエネルギーは、最も小さなフレア(1029エルグ)に比べさらに1桁から数桁小さい。活動的な活動領域では比較的大きなブライトニングは数分に1個、静かな活動領域でさえも1時間に少なくとも1個は発生しており、活動領域で普遍的な現象である。 トランジェント・ブライトニングは、コロナでのエネルギーの蓄積やエネルギー解放をトリガーする過程を理解するために極めて重要な現象であり、また活動領域コロナの加熱のエネルギー源の候補としても重要であると考えられる。本博士論文では、トランジェント・ブライトニングについて、(1)ブライトニングのX線形状とその時間発展、(2)ブライトニングのコロナ加熱への寄与、(3)ブライトニングとそれを駆動する光球磁場活動、について観測的な研究を行った。以下に、本論文で述べられる研究内容とその結果の概要を記す。 ブライトニングのX線形状とその時間発展 多数のブライトニングについてそのX線形状や時間発展を調べ、(1)複数のコロナループが同時に光ることが多いこと、(2)発光初期には複数のループの交点およびループの足元から光り始めること、(3)交点はループの一方の足元近くに位置する場合が多いこと、などを明らかにした。これらの証拠は、異なるループが接近し、ループ間の磁気リコネクションにより磁場のエネルギーが解放され、ループ内のプラズマが加熱されることを示唆している。 また、活動領域によっては複数のコロナループが光る場合よりも一つのループが光る場合の方がやや多いことがある。一つのループが光るブライトニングは一般にサイズが小さく、構造が十分に分解され観測されていない可能性もあるが、複数のループが光るブライトニングのサイズ分布に活動領域によって差異がみられ、トランジェント・ブライトニングの特徴が活動領域ごとに多少異なっている可能性がある。 ブライトニングのコロナ加熱への寄与 前太陽極大期に高感度の硬X線検出器を用いた気球観測により、非熱的な硬X線スペクトルをもつ増光現象「マイクロフレア」が発見された(Lin et al.1984)。この発見を機に、コロナ加熱を高頻度で発生するマイクロフレアのエネルギー解放の総和で説明する新しいアイデアが提唱された。軟X線望遠鏡で観測されるトランジェント・ブライトニングのうち比較的大きなものが、Linらが観測したマイクロフレアに対応すると現在考えられており、より小さなものまで観測できる軟X線望遠鏡の観測を用いて、マイクロフレアによるコロナ加熱の可能性について観測的に検証を行った。 軟X線望遠鏡の異なる波長特性を持った2枚のフィルタを通して撮られた軟X線画像の解析から得られた温度とEmission Measureを用いて、ブライトニングの解放エネルギーの頻度分布、およびブライトニングによる活動領域コロナへのエネルギー流入量を評価した。ブライトニングがコロナを加熱するには解放エネルギーの頻度分布がベキ数-2以上のベキ乗関数にならなければならないが、観測されたブライトニングのエネルギー頻度分布は1027エルグ以下まで-2より小さいベキ数(-1.5〜-1.6)をもつベキ乗関数の分布であった。この頻度分布が観測限界以下の十分小さなエネルギー領域まで延びていると仮定した場合でも、ブライトニングはコロナ加熱に必要なエネルギーの高々2割程度しかエネルギーの供給をすることができない。トランジェント・ブライドニングでコロナ加熱を説明するためには、観測されたブライトニングよりももっと小さなエネルギー解放が外挿した頻度分布よりも十分多く存在することが必要とされると結論された。 一方、活動領域コロナの軟X線フラックス強度は、トランジェント・ブライトニングによる突発的変動成分(transient成分)と、短時間の時間変動を伴わない成分(steady成分)とに分けられる。活動領域コロナの各場所における両者の強度比には、かなり良い正のベキ乗の相関が見られる。このことは、トランジェント・ブライトニングがコロナ加熱に対して無視できない寄与をしている可能性を示唆している。 ブライトニングとそれを駆動する光球磁場活動 トランジェント・ブライトニングは、活動領域の中でも限られた領域に固まって発生する傾向がある。ある活動領域を例にすると、黒点群が新しく生まれる場所である浮上磁場領域のほかに、崩壊期にある大きな黒点の周辺部でブライトニングが多発した。この発見は、黒点を形成する磁場が崩壊・拡散する過程や、光球面下の磁気ダイナモ活動などの重要な問題とも関連し、ブライトニングにおけるエネルギーの蓄積やトリガーの過程を理解するのに、きわめて重要である。 この詳細な理解のためには、軟X線で観測されたブライトニングとその駆動源と考えられる光球面におけるループの足元の振るまいや磁気的特徴との相互関係を調べる必要がある。光球面の磁場は、可視光の吸収線の偏光度を観測することで求めることができる。また、ループ足元の横方向の運動は、可視連続光で見られる粒状斑の運動をlocal cross-correlationで追うことによって、調べることができる。1992年5月から7月にかけて最良の地上観測サイトと言われるカナリー諸島ラ・パルマの天文台と「ようこう」の同時観測を行い、非常に良質な高分解能のデータを取得した。この観測データを使用して、トランジェント・ブライトニングと関係がある光球の磁気的活動についてグローバルな観点とローカルな観点から研究し、ブライトニングをトリガーする過程やエネルギー蓄積過程を議論した。 ブライトニングを頻発する領域の磁場のグローバルな特徴は、(1)点状のブライトニングの発生場所にはコンパクトな磁気フラックスが逆極の磁場領域内に存在し、その磁気フラックスの誕生・成長・消滅とブライトニングの発生との間に良い相関があること、(2)ループ状のブライトニングは十分成長した黒点周辺の複雑に両極の磁場が混在する領域で発生すること、(3)黒点周辺部に観測される外向きに移動するMoving Magnetic Featureとの関係がないこと、などである。この結果は、磁気フラックスの浮上活動などにより生じた両極の磁場の混在がブライトニングの発生に重要な役割を果たしており、Moving Magnetic Featureに代表される移動磁気フラックスの単純な衝突ではブライトニングは発生しないことを示している。 ブライトニングの発生における光球面のローカルな磁気的特徴は、16個以上の点状のブライトニングについて足元の光球面磁場の時間変化やプラズマ運動との関係を中心に調べられた。多くのブライトニングについて発生のほぼ同時刻には特徴的な磁気活動が観測されなかったが、4例以上については微小な磁気フラックス要素の浮上活動がブライトニング発生の5〜15分前に観測された。このことは、一部のトランジェント・ブライトニングが微小磁気フラックス要素の浮上活動と密接な関係があることを示している。また、ブライトニング足元付近では、プラズマの運動が抑制されて速度が遅いことも観測されている。コロナと光球の3次元的な配置を考え合わせると、微小磁気フラックス要素が光球面下より浮上し、コロナに達する直前に磁気的な相互作用によって磁場のエネルギーを解放することが考えられる。 以上、本研究では軟X線望遠鏡によって太陽活動領域に発見されたトランジェント・ブライトニングについて、X線形状や時間発展、コロナ加熱との関係、および光球磁場活動との関係を観測的に調べ、トランジェント・ブライトニングのそれぞれの特徴について明らかにした。 |