超新星1993J(SN1993J)は1993年3月28日、約3.6Mpc離れたM81(NGC3031)に出現した。光学赤外線、紫外線、電波、X線など、様々な波長で詳しい観測が行なわれたが、その結果、この超新星は特異なグループIIb型として分類されることとなった。IIb型、II型、Ib型、Ic型の超新星は、大質量星が進化した超巨星が爆発したものと考えられている。超巨星は星風による質量放出を行なうことにより、その周囲に星周物質をつくり出す。そのため、超新星爆発によって膨張する超新星物質はその星周物質に衝突する。この衝突からは超新星と星周物質双方に衝撃波が発生し、それぞれが物質を加熱して強いX線を放出することが予想される。実際、これまでにX線が観測された例が一つだけある。 SN1993JからのX線は、天文衛星ROSAT、ASCAによって非常に早い時期から検出された。最初の2カ月間の観測結果によると、そのエネルギースペクトルは非常に硬く、データから予想される電子温度は7keVを越えている(ROSAT)。また、天文衛星CGROに搭載された硬X線検出器OSSEも50keVを越える硬X線を捉えている。しかし、爆発後100日目以降になると、電子温度は1keVにも満たない(ROSAT)ほどエネルギースペクトルは軟化しており、OSSEでは検出されていない。それにともない、高エネルギー側の光度は急速に減少している。以上のように観測は、100日目付近を境にX線放射の形態が大きく変化したことを示唆している。 本論文では、このX線観測が超新星と星周物質の衝突によって生じた高温の電子の熱制動放射によるものと考え、その理論的モデルを提案している。II型(Ib型を含む)超新星と星周物質との衝突について、従来まで行なわれてきた議論のほとんどは自己相似解に基づいていた。しかし、SN1993Jの場合には、3つの衛星による詳しい観測が行なわれ、その自己相似モデルだけでは説明できない。本論文では、1)羃乗モデルでなくより現実的な爆発の流体力学的モデルを超新星の初期モデルとして採用する、2)星周物質の衝突の数値流体シミュレーションを実行し、放射されるX線を計算する、3)X線観測との比較を通して、超新星や星周物質の構造やその成因、IIb型という特異な超新星に至る星の進化の理解への手がかりを得る、ことを目的としている。 全体で6章からなる。第1章は、SN1993JのIIb型としての特徴を、光学赤外線、紫外線、電波、X線など、様々な波長での観測に基づいてまとめている。第2章では、超新星の初期モデル、爆発のエネルギーなどのパラメータ、星周物質の初期モデルについて議論している。星周物質の初期密度分布は=0(r/r0)-sというベキ関数で近似できると仮定し、sをパラメータとして扱っている。第3章では、数値計算方法、特にcooling shockの近似的扱い方、X線放射の機構、cooling shellによるX線吸収機構をまとめている。 第4章の前半では、超新星と星周物質の衝突後の流体力学的振舞いとX線放射を記述している。衝突によって発生した衝撃波は超新星物質と星周物質それぞれを加熱しながら伝播していく。超新星物質中を進む衝撃波(reverse shock)は108cm s-1程度の速度しか持たないため、内部の熱エネルギーに変換できる量は少なく、結果的にイオン温度と電子温度は107K程度となる。超新星外層の密度勾配が大きく、reverse shockの背後は、熱制動放射による冷却が激しいために急速に冷え、密度の高い領域が生じる。一方、星周物質中を進む衝撃波(forward shock)は109cm-1程度の速度を持つため、得られる熱エネルギーは非常に大きく、結果的にイオン温度は非常に高く(約8×109K)なる。しかし密度が低いため、Coulomb collisionによる電子へのエネルギーの輸送の時間尺度は大きく、イオン温度ほど高くなることができない(約1×109K)。それでも、reverse shockによって加熱された領域に比べて十分に高いので、この領域からの熱制動放射によるX線は非常に硬いスペクトルを持つ。 超新星は星周物質に比べ高い密度を持つため、熱制動放射による放射量は本来大きい。しかし、観測はこの超新星からの軟らかいスペクトルをもつX線よりはむしろ星周物質からの硬いスペクトルを持つX線が見えていることを示唆している。本論文でのシミュレーションは、超新星中に作られる高密度の球殻状の構造が光学的に薄くなるまでの時間(〜50日)、内側から発生するX線を遮る効果を持ち、星周物質からの比較的硬いスペクトルを持つX線が観測されることをはっきりと示している。超新星爆発のエネルギーが大き過ぎる場合、膨張速度が大きく球殻の柱密度は早く減少してしまい、reverse shockからのX線が早く洩れ出てきて、ASCAの観測と合わなくなる。 第4章の後半ではX線光度曲線をROSAT、ASCA、OSSEによる観測値と比較している。最初の2カ月間の光度の変化は非常にきれいに再現できている。シミュレーションによるとs=1.8は観測された光度曲線の傾きによく一致している。これは星周物質をつくった星風が定常(s=2.0)でなかったことを示唆している。しかし、100日以後の光度の減少はs=1.8の場合よりも急激になっている。この減少はsの値を増やすことで再現できるが、同時に起こっているエネルギースペクトルの軟化を説明することができない。そこで、本論文では上記のモデルで、中心から2.6×1016cmの位置に高密度のclumpが存在するモデルについて計算を行なった。その結果、forward shockの衝突によりclump中に発生する衝撃波によってclumpは非常に軟らかいエネルギースペクトルを持つX線を放射することがわかった。 第5章では、今後のX線観測と、本論文による理論的予測との比較によって星周物質と超新星の構造に関する新しい情報が得られる可能性があることを指摘している。採用した超新星の初期モデルは外側から〜0.08の付近に密度の不連続を持つため、reverse shockがここに到達した時にX線の増光が予想される。この時刻は、衝撃波の速度、あるいは爆発前の星の内部構造と星周物質の密度構造に依存する。IIb型超新星を起こす星は近接連星系を構成していたが、その進化の途中でcommon envelopeを形成し、非球対称な星周物質として放出したという提案がある。そのような星周物質との衝突によるX線光度曲線の変化は観測し得る。 第6章では、主な結果を以下のようにまとめている。 1)超新星と星周物質の衝突によって、reverse shockとforward shockの2つの衝撃波が発生する。reverse shockによって加熱された超新星は強い冷却によって高密度の球殻を生じ、内側から放射されるX線を吸収する。そのため、forward shockによってTe〜109Kまで加熱された星周物質が放射するX線が観測されることになる。これは最初の2カ月間の観測をうまく説明できる。 2)時間が経つと球殻の柱密度が徐々に下がり、超新星からのX線が洩れ出てくるようになる。この放射が観測値を上回らないようにするためには、爆発エネルギーは6×1050erg程度の大きさでなければならない。 3)スペクトルの軟化は、clumpを持った星周物質モデルによって説明ができる。すなわち、高密度のclumpはforward shockとの衝突により、軟らかいスペクトルを持つX線を放射する。 4)clumpを持った星周物質モデルでは、clump間の星周物質の傾きsは実効的に大きくなるため、衝撃波の伝播速度は強く減速されることなく大きいまま保たれる傾向を持つ。これは、観測される水素の輝線の速度、そして電波観測から得られる衝撃波の速度と矛盾しない。 5)将来の観測は、爆発前の星の進化についての重要な知見を与えることを、具体的に予測できる。 以上のように、本論文提出者は、現実的な超新星モデルと空間的な密度構造の変化やclumpの存在を考慮した星周物質モデルを用いた衝突の流体シミュレーションを世界で初めて実行し、SN1993JのX線放射の現実的モデルを構築することに成功した。それにより、超新星爆発のエネルギーや超新星と星周物質の密度構造が放射に及ぼす影響を調べ、観測と比較することで、爆発前の星の進化や爆発のモデルへの重要な制限がつけられることを示した。これらの結果は星の進化論や超新星爆発の理論,天体X線放射の理論に新たな知見を加えたもので,天体物理学の分野での極めて重要な寄与をしたものとして高く評価できる。従って、審査委員一同は、本論文は博士(理学)の学位論文として合格であると判定した。 |