学位論文要旨



No 110981
著者(漢字) 藤澤,健太
著者(英字)
著者(カナ) フジサワ,ケンタ
標題(和) 22GHz VLB1観測による活動銀河核電波コアの大きさと輝度温度に関する研究
標題(洋)
報告番号 110981
報告番号 甲10981
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2894号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,允
 東京大学 教授 吉井,譲
 宇宙科学研究所 助教授 平林,久
 東京大学 助教授 戎崎,俊一
 国立天文台 教授 河野,宣之
内容要旨

 VLA、VLBIにより、強い電波を放射する活動銀河核(AGN)の高分解能観測が行われ、AGNの中心には電波コアと呼ばれるコンパクトな領域があり、そこからジェット状にシンクロトロン放射する物質が噴出していることが明らかになっている。電波を放射するAGNに関する問題点、すなわち電波放射する高エネルギー電子の加速機構、ジェットを噴出する機構はともに電波コア領域の性質によると考えられている

 本研究では、強い電波を放射する活動銀河核を22GHz長基線VLBIにより複数の基線長で相関フラックス密度を得る観測(スナップショット観測)を行い、電波コアの性質を調べた。

 22GHz前後でスペクトル指数が-0.5以上の142天体のうち、135天体から中心に集中した電波放射が見いだされ、高周波数帯で強い電波を放射している天体の中心核での活動性の高さを明らかにした。

 周波数帯が同じで基線長が200kmのVLBI観測の結果と、10000kmに達する本研究のVLBI観測結果を比較し、全フラックス密度に対する相関フラックス密度が10000kmの長基線では低下していることから、22GHzで観測される電波コアのサイズがフリンジ間隔と同程度であることを示した。

 電波コアのサイズが相関フリンジ間隔程度の範囲にあることに基づき、電波コアの角サイズと輝度温度をモデルフィットによって計算した。輝度温度分布は1012K付近に上限値を持つことが示され、5GHz以下のVLBI観測による輝度温度分布と比較した結果、観測周波数の増大と共に輝度温度分布の上限値が上昇する傾向があることを明らかにした。等エネルギー分配の仮定に基づいた議論により、輝度温度分布の上限値は電波ジェットの速度に依存しており、今回観測された高エネルギー電子を含むジェットの中心部は高速に運動しており、ジェットの広がりと共に減速していることを示した。

 活動銀河核のうち、クエーサーとBL Lac天体では輝度温度分布の上限値に明らかな差があり、BL Lac天体が約0.5桁低い値を示していることを明らかにした。これは主にBL Lac天体では角サイズの分布がクエーサーよりも大きい傾向があることに由来する。BL Lac天体の放射機構が、ジェットの中で発生するショックによるものであるとする説により、BL Lac天体の広がったジェットの中のショック領域がVLBIで観測されているとして説明した。

 X線光度LXと電波コアの光度LRを比較した結果、LX∝LR0.5という相関関係が見いだされた。これはX線放射機構と電波放射機構が物理的に関連していることを示唆する。X線光度と電波光度の関係を説明するシンクロトロン自己コンプトン機構が作用しているなら、電波の輝度温度とX線光度の強い相関があると期待されるが、22GHzで観測された電波コアの輝度温度とX線光度には相関がなかった。このことは22GHz電波コアがX線放射を起こしている領域ではないことを意味する。

 100GHzVLBI画像観測と比較した結果、22GHzで観測されている電波コアはより高い周波数帯で観測されるさらに小さい電波コアとそこから噴出したコアのごく近傍のジェットの大きさと一致した。100GHz帯で観測される電波コアは22GHz帯ではシンクロトロン自己吸収によって観測されにくくなっており、コアから広がるジェットが卓越的に観測されていると考えられる。したがって、X線と電波の放射機構が関連している領域はシンクロトロン自己吸収に隠された、より小さく光子密度の高い領域であると考えられる。

 以上の議論を総合して、22GHzで観測される電波コアとは、より高い周波数帯で観測される1パーセク以下の小さな領域から噴出する高エネルギー電子を含んだジェットが22GHz帯で強い放射を起こし、さらに広がって低周波数帯の放射が中心となりながら減速して行きつつある領域である、と結論する。

審査要旨

 本論文は142の活動銀河中心核を高周波数の超長基線干渉計(VLBI)で観測し、天体の角サイズ・輝度温度などを求め、その統計的性質およびX線との相関関係を調べて放射機構や宇宙論的進化効果などを明らかにしたものである。

 提出論文の意義および審査結果を以下に述べる。

 活動銀河中心核(AGN)は低周波数の観測では外側の薄い密度のプラズマの影響を多く受けて、活動的な中心核の深部を調べることが困難である。一方高周波数のVLBI観測では深部まで見通しその構造を知ることが可能となるが、大気や受信機の位相の揺らぎなどによって観測が困難である。申請者はこれまで25天体の観測しかなく系統的に行なわれていなかった高周波数22GHzのVLBIサーベイを初めて行なった。観測は日本・アメリカ・オーストラリアの太平洋を鋏む3カ国6局、基線長は最大10,000kmを越える国際共同観測によって行なわれた。観測天体は公表されている各種カタログから、(1)22GHz付近のスペクトル指数>-0.5(S〜;Sはフラックス密度、は周波数)、(2)22GHz付近のフラックス密度S>1Jy、(3)赤緯>-45度、という条件で選ばれた。これらの条件を満たす174天体のうち、142天体(81%)の観測が実施され、そのうち95%に相当する135天体が検出された。申請者は観測天体選択の3条件を研究目的に合致するように設定して必要な天体を選択すると共に、使用したアンテナの配置を考慮して最適な観測スケジュールを作成した。この観測によって、以下のような統計的研究が可能となった。以下のデータのデータ処理およびその解析・検討はすべて申請者が独自に行なったものである。

 個々の天体について、基線長と相関フラックス密度から円形ガウス型の輝度分布を仮定したモデルフィットを行ない天体の角サイズの分布を0.5ミリ秒角(mas)から上限値0.05masまでと決定した。また角サイズと相関フラックス密度から輝度温度は1010.3〜1012.6Kに広く分布することを明らかにした。また角サイズは赤方偏移z〜1の遠方では小さくなり上限値しか与えられないものが多くなる傾向を指摘した。

 放射機構について、シンクロトロン・セルフコンプトン(SSC)過程の検討を、(X線光度/電波光度)比と輝度温度の相関関係を調べることによって行なった。X線のデータはEinstein衛星の観測結果を用い、輝度温度が1010.5Kから1012Kに増大するにつれ(X線光度/電波光度)比は2桁低下することを示した。さらに輝度温度が1011.5Kから1012K以上になっても理論的予想値の1/10〜1/100以下という結果を得た。SSC過程では(X線光度/電波光度)比はドップラー効果の影響を受けない。したがってこれらの結果からSSC遇程は22GHzで観測される電波コアでは卓越的には作用していないと結論した。

 輝度温度が1012Kを超える天体ではドップラー増幅効果が作用していることを次の議論にしたがって示した。(電波光度/X線光度)比は、赤方偏移zが0.03から3まで増大する間に約3桁増大する。輝度温度が1012Kを超える天体はほとんどzが1前後の遠方天体である。したがって遠方の天体ほど輝度温度、(電波光度/X線光度)比がともに大きい。この(電波光度/X線光度)比のz依存性は、遠方の天体ほどドップラー増幅効果が強く作用していると解釈すると理解でき、天体の選択基準(2)により、遠方の天体ほどドップラー増幅された天体を選択的に観測している選択効果の影響であるとした。

 フラックス密度Sに対する角サイズの分布から、等エネルギー分配から理論的に予想される角サイズeqに対して観測値は1〜1/10以下に分布していることを示し、フラックス密度が理論値より1〜100倍以上に分布していると解釈した。これをドップラー増幅効果によるとし、(観測フラックス密度/理論フラックス密度)比のzに対する分布から、(電波光度/X線光度)比のz依存性と同じく、遠方の天体ではより(観測フラックス密度/理論フラックス密度)比が大きくなり、100倍程度まで分布することを示した。

 SSC過程では輝度温度分布の上限値は1012KであるがX線光度との相関が見られないことから、SSCモデルを排除した。一方、等エネルギー分配モデルでは輝度温度分布が1010.5Kという上限値を持つことからドップラー増幅効果が作用し輝度温度が上昇しているとした。

 以上から、22GHzで観測される電波コアではSSC過程が支配的ではなく、等エネルギー分配とドップラー係数D=30〜100のドップラー増幅効果によってその放射機構が説明できると結論した。これらの成果は活動銀河中心核の放射機構や銀河の進化に重要な知見を与えるものである。

 審査会における発表もよく整理されており全般的な理解の深さも伺え、また、その後の質疑においても的確な応答であった。よって申請者は博士(理学)の学位を受けるにふさわしいものと認め、審査員全員により合格と判定した。

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