従来、地震とは断層により歪みエネルギーを解放する現象であると考えられてきた。断層運動によって励起される地震波は、震源域においてダブルカップルと呼ばれる力のシステムが加わったことにより励起されるものと等価である。したがって震源の解析とは、即ちこのダブルカップルを求めることであった。 しかし、ここ数年、波の励起がダブルカップルでは説明できない地震が、数は非常に少ないが確かに起こっているという事実が注目され始めた。特に火山の深部では、顕著な特異性を持つ地震が発生することが観測から報告された。共通する特徴は(1)観測される波の周波数が非常に低周波(1〜5Hz)である(2)普通の地震が起こらない震源深さ(〜30km)で起こる、(3)震源域で働いた力がシングルフォースであるらしい、(4)単色である、などである。これらのうち、本研究では、特に(1)物理法則に反するかに見える地球内部でのシングルフォースの発生、及び、(2)ダクタイルだと考えられる高温の部分溶融媒質中で、ブリトルでないと発生しないと考えられてきた地震波が励起されること、の二つの原理的な不思議さに関わった「why?」に、物理的な必然性に基づいて答えることを目標とした。 普通の断層によって生じるダブルカップルとは、作用と反作用が対になった力であり、その合力も合トルクも常に0である。このことは、地球の内部で生じた力である限り、地球の運動量・角運動量保存則から当然だと考えられていた。ところが、シングルフォースというのは対になっていないから"シングル"であり、合力が0でない。したがって、シングルフォース地震の発生は、地球の運動量保存則に反するように見えるのである。 Kanamori and Given(1981)は、地滑りによって励起された地震波を観測した際、それが震源でシングルフォースが加わったとして説明されると報告した。これは一見地球の運動量保存則に反するかのような印象を与えたが、地球から離れて運動する質量が関与する現象の際にはシングルフォースが発生しうることが間もなく直感的に理解された。これは、リンゴが木から落ちることを考えると分かりやすい。リンゴが木から離れる瞬間には、木はリンゴの質量分だけ軽くなるから地球には上向きのシングルフォースが加わり、リンゴが地面に落ちる瞬間には地面に下向きのシングルフォースが加わる。(隕石の落下とは異なって、地滑りやリンゴの落下ではイベントの前後で地球の運動量は変化しないはずだから、地球に加わったシングルフォースは時間的に積分すると必ず0になるといえる。)このようにして一旦理解されると、火山の噴火に伴って励起された地震や、海底の地滑りで起こった地震など、地球から離れて運動する質量の関与する地表付近での現象がつぎつぎにシングルフォースで解析されはじめた(e.g.,Eissler and Kanamori,1987,Kawakatsu,1989,Takeo et al,1990)。 このような中にあって、30kmの深さでシングルフォースが励起されているかもしれないというUkawa and Ohtake(1987)の報告は、この問題がまだ原理的決着に至っていないことを示したものである。30kmの深さで地球から離れて運動する質量があるとは考えられないからである。そのため、この深さの地震をシングルフォースで解析することがそもそも間違っているのだと言う地震学者もいた。確かにリンゴの例で言われるように、地球から離れて運動する質量があればシングルフォースが励起される。地球から離れた質量はシングルフォースを励起するための十分条件ではある。しかしそれは必要条件なのか?シングルフォース地震は地表付近でのみ起こる例外的な現象なのか?地球の内部でも起こりうる現象なのか?起こるとしたらどのようなメカニズムが可能なのか?という疑問を私は抱いた。 この疑問に対する答えが、本論文のChapter2〜4である。この3つのChapterを通して、地球の内部におけるシングルフォースとトルク(モーメントテンソルの反対称成分)発生の物理的可能性とその地球科学的意義を示した。 Chapter2では、ダブルカップルやシングルフォースといった「地震時に震源で働いた力」の定義に立ち戻り、震源の表現定理の導出から行なった。力学的に閉じた地球の内部で、一見地球の運動量が変化したかに見えるシングルフォースの発生は、震源域の質量とその周囲の媒質との間での「運動量交換」に因るものであろうという物理的直感に基づいて、地球を「震源域」と「震源域を除いた残りの地球」という二つのシステムに分け、「地震時に震源で働いた力」の定義を「二つのシステムの間での相互作用」として与えた。この中で,シングルフォースやトルクは二つのシステムの間での運動量や角運動量の「交換」により生じる力として定義され、地球内部におけるこれらの力の発生が運動量保存則に反しないことを示した。また、これらの力を生じる震源域内部の運動をキネマティクスを行なって明らかにし、これらの力の発生の物理像を与えた。火山の深部では固相よりも密度の小さいメルトの存在により重力的に不安定な状態にあり、このような状況では、「重力エネルギーを解放する地震」や「圧力勾配を解消する地震」といった、従来の「歪みエネルギーを解放する地震」とは異なったカテゴリーの地震が起こる必然性があることを指摘し、これらがシングルフォースなどの「ベクトルタイプ」の励起パターンを持つ地震になることを明らかにした。 地滑りなどによるシングルフォースの発生が地表付近での例外的な現象として扱われてきた背景には、1976年のBackus and Mulcahy(1976)の論文がある。彼らはこの論文で、Chapter2に述べる私のとは全く異なった方法で「地震時に震源域で加わった力」の定義を与え、シングルフォースとトルク成分は常に0になるという結果を得た。彼らはこの結果が地球の運動量と角運動量の保存則から当然の結果であると解釈したが、この解釈があやまりであることをChapter3において示した。即ち、Backus and Mulcahy(1976)のフォーミュレーションが地球の内部で起こりうる全ての震源現象をカバーしていないことを示し、彼らのフォーミュレーションの中で、暗に無視されていた質量の移流の効果を考慮することによって、シングルフォースとトルクの発生が導けることを証明した。 Chapter4では、断層により歪みエネルギーを解放する普通の地震の際にもシングルフォースやトルク成分が励起される可能性があることを指摘し、この成分が震源域内部の不均質に関する情報を持つことを示した。これにより、普通の断層地震のみを観測・解析する地震学にとっても、従来無視されてきたシングルフォースとトルクが無視できなくなる日がまもなく来ると予想される。 火山の深部ではシングルフォースなどのベクトルタイプの放射パターンを持つ地震が発生する力学的な必然性が存在することを示したが、これらの現象が地震学的に観測可能なタイムスケール(サイスミックレンジ)で発生するかどうかを決めるのは媒質の物性である。そもそもこれらの奇妙な地震の起こっている領域では普通の地震が起こらないので、媒質が高温で部分熔融しダクタイルになっていると考えられてきた。このような場所で、なぜ地震波を励起するようなカタストロフィックなイベントが起こり得るのか?これが本研究の動機となった二つ目の疑問である。 地震波を励起するようなサイスミックレンジのイベントが起こるという上記の観測事実は、部分熔融物質に物性的な不安定性が存在していることを示唆する。この不安定性の物理的実体を明らかにすることが、本研究のもう一つの大きな理念的目標である。これにより、地球内部の部分熔融領域での地震発生の問題を場の原動力と媒質の物性という基本的な物理に基づいて理解することが可能になるだろう。 |