断層破砕帯におけるS波スプリッティングやP波初動の振動方向異常の解析によって、断層破砕帯には断層面に平行な向きの亀裂が非常に密に分布することがわかってきた。断層破砕帯中の亀裂の長さや分布密度を求めることは地震予知や強震動予測にとって重要であるが、そのためには、密分布する多数個の亀裂の間の相互作用(多重散乱)と波数依存性を考慮した、亀裂群による地震波の散乱の理論計算を行い、それと観測データを比較することが必要である。しかし、そのすべてを満足する理論的な研究は数学的な困難さのために未だに行われていない。 本研究では、断層破砕帯を2次元弾性体中の平行な亀裂が密分布する領域としてモデル化し、亀裂間相互作用と波数依存性を考慮してそのSH波に対する応答を計算する手法を開発する。また、最近、断層破砕帯中で発生した地震に対して、直違S波の直後に破砕帯中にトラップされた大振幅の長周期後続波が観測されたという報告があるので、そのような観測結果と比較するために、断層破砕帯中に震源がある場合の波動場を計算する。その計算結果にもとづいて、1992年Landers地震の断層破砕帯での観測例から亀裂の長さを推定する。 まず、亀裂間相互作用と波数依存性を考慮するために、境界積分方程式法(BIEM)を用いて亀裂群による地震波の散乱の計算を行う。BIEMは、不規則境界面(本研究では亀裂面)からの散乱波を境界面上の二次的な震源からの波として表現し、境界条件をマッチングさせる手法である。BIEMは亀裂間相互作用を厳密に考慮できるという利点があり、地震学や工学の分野で広く用いられており、確立された手法と言える。 この手法では、具体的に亀裂の位置を与えて決定論的な波動方程式を解く。亀裂が一様ランダムに分布する領域に平面波を入射させて、減衰係数Q-1と位相速度を求めると、亀裂間相互作用を考慮しないで平均場の方程式を解いた結果と比較的良い一致を示すことがわかった。しかし、亀裂が密に分布する場合には、亀裂間相互作用の影響が低波数側で現れ、Q-1の値に違いが見られた。この手法は、亀裂間相互作用を厳密に考慮しているので、境界条件は亀裂の個数と亀裂面の分割数の積だけの連立一次方程式になる。したがって、計算機の能力のために、一度に解ける亀裂数には上限があり、本研究では50分割で高々25個の亀裂しか扱えなかった。 そこで、より多数個の亀裂を効果的に扱うために、新しい計算法(Discrete Plane wave Expansion法、以下DPE法と呼ぶ。)を開発し、理論計算を行う。DPE法では、亀裂を1個ずつ与えるのではなく、不連続な断層面の接触状態の不均質性として表現する。不連続面の接触状態の不均質性を、単位長さ当りのばね定数(specific stiffness)と粘性率(specific viscosity)の分布関数で与えると、ばね定数が大きい部分はintact領域あるいは強いasperityに、小さい部分は亀裂にそれぞれ対応する。このばね定数の関数によって多数の亀裂を一度に表現でき、しかも表現されたすべての亀裂間の相互作用は自動的に考慮されたことになる。粘性率は亀裂間の流体の存在、あるいは高封圧下で接触面が弾性限界を越えて粘性的な振る舞いを示すことを表現している。このモデル化によって、高封圧下での断層面間の接触状態も考慮することができる。さらに、不連続面の接触状態の任意の不均質性を簡単に導入できるという利点もある。 一枚の不連続面に平面波が入射した時の散乱波(反射・透過波)は、離散平面波の重ね合わせとして表現する。離散平面波の係数は、不連続面上での面の接触状態および応力連続に関する2つの境界条件から得られる。したがって、入射平面波に対する散乱平面波の反射・透過係数が求められることになる。 次に、断層破砕帯を多数の平行な不連続面でモデル化する。それぞれの面での反射・透過係数は上の方法によって求められるので、多面ある場合でもWave propagator methodあるいはReflection and transmission operator methodによって、不連続面間の多重反射をすべて含んだ形でその地震波応答が計算できる。一例として周期的に亀裂が分布する場合に、この手法の計算精度が充分であることが確かめられた。 断層破砕帯に平面波が入射すると破砕帯中と波が透過する側の観測点で、入射波の波長が亀裂長に等しくなるときスペクトルにピークが現れることがわかった。このピーク振幅は亀裂の分布密度が高いほど大きく、波が亀裂面に垂直に入射するとき最大で、斜めに入射する場合には小さくなることがわかった。粘性は高波数での振幅を減衰させる。 最後に、断層破砕帯中にトラップされた波を説明するために、Bouchon & Aki(1977)の方法で断層破砕帯中の震源から出る波を有限個の平面波の重ね合わせとして表現し、断層破砕帯中を伝わる波動場を計算する。 まず、断層破砕帯を平行な亀裂が密に分布するだけの領域と仮定して、これまでと同様に多数の平行な不連続面だけでモデル化した。このとき、断層破砕帯中の観測点での波形を計算すると、後続波は震源の近傍でしかも短周期にしか見られず、大振幅の長周期後続波をシミュレートすることはできなかった。そこで次に、不連続面の存在する領域が周囲の媒質より低い速度になっているものとして計算を行った。すると、直達S波の直後に大振幅の長周期後続波が現れた。したがって、実際の断層破砕帯は、断層面に平行な亀裂が非常に密に分布している領域というだけではなく、低速度の物質になっていると考えられる。 さらに、変位振幅スペクトルをとってみたところ、断層破砕帯中の観測点では低波数と高波数の2つの帯域でピークが見られた。一方、破砕帯の外側では高波数のピークだけが見られた。この特徴は、Li et al.(1994)による1992年Landers地震の断層破砕帯での観測スペクトルの形を良く再現している。この低波数のピークは断層破砕帯の低速度層の速度と幅に、高波数のピークは亀裂長にそれぞれ対応していることがわかった。これら2つのピーク振幅は、断層破砕帯の速度と亀裂分布密度に依存している。そこで、低波数と高波数の2つのピークそれぞれの、断層破砕帯の端の観測点での振幅に対する中心での増幅率を調べたところ、それらはどちらも破砕帯とその外側での速度コントラストが大きいほど、また亀裂分布密度が高いほど大きいことがわかった。これら2つの増幅率は、速度コントラストと亀裂分布密度に対して互いに異なる依存性を持っている。したがって、断層破砕帯を横切るような測線で観測を行えば、低周波のピークが観測される範囲から破砕帯の幅が求められ、低周波と高周波の2つのピークの増幅率を測定し、それらを同時に満たすように断層破砕帯をモデル化すれば、速度コントラストと亀裂分布密度が同時に求められる可能性がある。また、高周波のピーク周波数から亀裂長が求められる。 今、Li et al.(1994)によるLanders地震の断層破砕帯でのスペクトルの高周波のピークが10Hz付近に現れていることに注目し、彼らが破砕帯にトラップされた長周期後続波から求めた破砕帯のS波速度2km/sを仮定すると、卓越する亀裂長は約200mと求められる。 |