学位論文要旨



No 110987
著者(漢字) 村井,芳夫
著者(英字)
著者(カナ) ムライ,ヨシオ
標題(和) 断層破砕帯の地震波応答に関する理論的研究
標題(洋) Theoretical Study on Response of a Fault Zone to Elastic Waves
報告番号 110987
報告番号 甲10987
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2900号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 岩崎,貴哉
 東京大学 助教授 平田,直
 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 助教授 山下,輝夫
内容要旨

 断層破砕帯におけるS波スプリッティングやP波初動の振動方向異常の解析によって、断層破砕帯には断層面に平行な向きの亀裂が非常に密に分布することがわかってきた。断層破砕帯中の亀裂の長さや分布密度を求めることは地震予知や強震動予測にとって重要であるが、そのためには、密分布する多数個の亀裂の間の相互作用(多重散乱)と波数依存性を考慮した、亀裂群による地震波の散乱の理論計算を行い、それと観測データを比較することが必要である。しかし、そのすべてを満足する理論的な研究は数学的な困難さのために未だに行われていない。

 本研究では、断層破砕帯を2次元弾性体中の平行な亀裂が密分布する領域としてモデル化し、亀裂間相互作用と波数依存性を考慮してそのSH波に対する応答を計算する手法を開発する。また、最近、断層破砕帯中で発生した地震に対して、直違S波の直後に破砕帯中にトラップされた大振幅の長周期後続波が観測されたという報告があるので、そのような観測結果と比較するために、断層破砕帯中に震源がある場合の波動場を計算する。その計算結果にもとづいて、1992年Landers地震の断層破砕帯での観測例から亀裂の長さを推定する。

 まず、亀裂間相互作用と波数依存性を考慮するために、境界積分方程式法(BIEM)を用いて亀裂群による地震波の散乱の計算を行う。BIEMは、不規則境界面(本研究では亀裂面)からの散乱波を境界面上の二次的な震源からの波として表現し、境界条件をマッチングさせる手法である。BIEMは亀裂間相互作用を厳密に考慮できるという利点があり、地震学や工学の分野で広く用いられており、確立された手法と言える。

 この手法では、具体的に亀裂の位置を与えて決定論的な波動方程式を解く。亀裂が一様ランダムに分布する領域に平面波を入射させて、減衰係数Q-1と位相速度を求めると、亀裂間相互作用を考慮しないで平均場の方程式を解いた結果と比較的良い一致を示すことがわかった。しかし、亀裂が密に分布する場合には、亀裂間相互作用の影響が低波数側で現れ、Q-1の値に違いが見られた。この手法は、亀裂間相互作用を厳密に考慮しているので、境界条件は亀裂の個数と亀裂面の分割数の積だけの連立一次方程式になる。したがって、計算機の能力のために、一度に解ける亀裂数には上限があり、本研究では50分割で高々25個の亀裂しか扱えなかった。

 そこで、より多数個の亀裂を効果的に扱うために、新しい計算法(Discrete Plane wave Expansion法、以下DPE法と呼ぶ。)を開発し、理論計算を行う。DPE法では、亀裂を1個ずつ与えるのではなく、不連続な断層面の接触状態の不均質性として表現する。不連続面の接触状態の不均質性を、単位長さ当りのばね定数(specific stiffness)と粘性率(specific viscosity)の分布関数で与えると、ばね定数が大きい部分はintact領域あるいは強いasperityに、小さい部分は亀裂にそれぞれ対応する。このばね定数の関数によって多数の亀裂を一度に表現でき、しかも表現されたすべての亀裂間の相互作用は自動的に考慮されたことになる。粘性率は亀裂間の流体の存在、あるいは高封圧下で接触面が弾性限界を越えて粘性的な振る舞いを示すことを表現している。このモデル化によって、高封圧下での断層面間の接触状態も考慮することができる。さらに、不連続面の接触状態の任意の不均質性を簡単に導入できるという利点もある。

 一枚の不連続面に平面波が入射した時の散乱波(反射・透過波)は、離散平面波の重ね合わせとして表現する。離散平面波の係数は、不連続面上での面の接触状態および応力連続に関する2つの境界条件から得られる。したがって、入射平面波に対する散乱平面波の反射・透過係数が求められることになる。

 次に、断層破砕帯を多数の平行な不連続面でモデル化する。それぞれの面での反射・透過係数は上の方法によって求められるので、多面ある場合でもWave propagator methodあるいはReflection and transmission operator methodによって、不連続面間の多重反射をすべて含んだ形でその地震波応答が計算できる。一例として周期的に亀裂が分布する場合に、この手法の計算精度が充分であることが確かめられた。

 断層破砕帯に平面波が入射すると破砕帯中と波が透過する側の観測点で、入射波の波長が亀裂長に等しくなるときスペクトルにピークが現れることがわかった。このピーク振幅は亀裂の分布密度が高いほど大きく、波が亀裂面に垂直に入射するとき最大で、斜めに入射する場合には小さくなることがわかった。粘性は高波数での振幅を減衰させる。

 最後に、断層破砕帯中にトラップされた波を説明するために、Bouchon & Aki(1977)の方法で断層破砕帯中の震源から出る波を有限個の平面波の重ね合わせとして表現し、断層破砕帯中を伝わる波動場を計算する。

 まず、断層破砕帯を平行な亀裂が密に分布するだけの領域と仮定して、これまでと同様に多数の平行な不連続面だけでモデル化した。このとき、断層破砕帯中の観測点での波形を計算すると、後続波は震源の近傍でしかも短周期にしか見られず、大振幅の長周期後続波をシミュレートすることはできなかった。そこで次に、不連続面の存在する領域が周囲の媒質より低い速度になっているものとして計算を行った。すると、直達S波の直後に大振幅の長周期後続波が現れた。したがって、実際の断層破砕帯は、断層面に平行な亀裂が非常に密に分布している領域というだけではなく、低速度の物質になっていると考えられる。

 さらに、変位振幅スペクトルをとってみたところ、断層破砕帯中の観測点では低波数と高波数の2つの帯域でピークが見られた。一方、破砕帯の外側では高波数のピークだけが見られた。この特徴は、Li et al.(1994)による1992年Landers地震の断層破砕帯での観測スペクトルの形を良く再現している。この低波数のピークは断層破砕帯の低速度層の速度と幅に、高波数のピークは亀裂長にそれぞれ対応していることがわかった。これら2つのピーク振幅は、断層破砕帯の速度と亀裂分布密度に依存している。そこで、低波数と高波数の2つのピークそれぞれの、断層破砕帯の端の観測点での振幅に対する中心での増幅率を調べたところ、それらはどちらも破砕帯とその外側での速度コントラストが大きいほど、また亀裂分布密度が高いほど大きいことがわかった。これら2つの増幅率は、速度コントラストと亀裂分布密度に対して互いに異なる依存性を持っている。したがって、断層破砕帯を横切るような測線で観測を行えば、低周波のピークが観測される範囲から破砕帯の幅が求められ、低周波と高周波の2つのピークの増幅率を測定し、それらを同時に満たすように断層破砕帯をモデル化すれば、速度コントラストと亀裂分布密度が同時に求められる可能性がある。また、高周波のピーク周波数から亀裂長が求められる。

 今、Li et al.(1994)によるLanders地震の断層破砕帯でのスペクトルの高周波のピークが10Hz付近に現れていることに注目し、彼らが破砕帯にトラップされた長周期後続波から求めた破砕帯のS波速度2km/sを仮定すると、卓越する亀裂長は約200mと求められる。

審査要旨

 本論文は、断層破砕帯を2次元弾性体中に平行な亀裂が密分布する領域としてモデル化し、亀裂間相互作用(多重散乱)を厳密に考慮して、その地震波応答を任意の波数で計算する新しい手法を提出し、その計算結果にもとづいて、断層破砕帯中で卓越する亀裂の長さと分布密度を推定する新しい解析法を考案したものである。

 本論文は6つの章と付録から構成されている。第1章では、断層破砕帯でこれまでになされた地震学的観測から得られた結果と、亀裂を含む媒質中の波動伝播に関する理論的研究について概説するとともに、以下に続く各章の内容を簡単に紹介している。観測データの解析から、断層破砕帯は低速度、高減衰で異方的な媒質として特徴付けられるが、それは平行な亀裂が密に分布する領域として統一的に解釈できる。断層破砕帯中の亀裂の長さや分布密度を求めることは地震予知や強震動予測にとって大変重要であるが、そのためには、亀裂群による地震波の散乱の理論計算を行い、それと観測データを比較することが必要である。従来の亀裂を含む媒質中の波動伝播に関する理論的な研究では、亀裂間の相互作用は高々2次散乱までしか考慮されておらず、断層破砕帯のような亀裂が密に分布する場合に適用するには不充分である。また、長波近似を用いて媒質の静的な弾性定数を求める研究からは、亀裂の長さを求めることはできない。断層破砕帯中の亀裂の長さや分布密度を求めるためには、密分布する多数個の亀裂の間の相互作用と波数依存性を考慮した理論的研究が必要不可欠である。これが本研究の意義であり、過去の研究に対する位置付けとなっている。

 第2章では、境界積分方程式法(BIEM)を用いて亀裂群による地震波の散乱の計算を行っている。BIEMは、不規則境界面(本研究では亀裂面)からの散乱波を境界面上の二次的な震源からの波として表現し、境界条件をマッチングさせる手法である。BIEMは、任意の波数で亀裂間相互作用を厳密に考慮できるという利点があり、地震学や工学の分野で広く用いられている。この章では、具体的に亀裂の位置を与えて決定論的な波動方程式を解いて波形を計算し、減衰係数Q-1と位相速度を調べている。その結果、亀裂が一様ランダムに分布する場合には、亀裂間相互作用を考慮しないで平均場の方程式を解いた結果と比較的良い一致を示すが、亀裂が密に分布する場合には、亀裂間相互作用の影響が低波数側で現れることがわかった。また、亀裂が非一様に分布する場合のQ-1の波数依存性に対する影響が明らかにされた。BIEMは亀裂間相互作用を厳密に考慮しているので、境界条件は亀裂の個数と亀裂面の分割数の積だけの連立一次方程式になる。したがって、計算機の能力のために一度に解ける亀裂数には上限があり、より多数個の亀裂を扱うためには、新しい計算法の開発が必要になってきた。

 第3章には、本論文で新たに開発された散乱波の計算方法の数学的定式化について記述されている。この計算法は、著者によってDiscrete Plane wave Expansion法(以下DPE法と略す。)と名付けられた。DPE法の特徴は、亀裂を1個ずつ与えるのではなく、不連続な断層面の接触状態の不均質性として表現していることである。不連続面の接触状態の不均質性を、単位長さ当りのばね定数(specific stiffness)と粘性率(specific viscosity)の分布関数で与えると、ばね定数が大きい部分はintact領域あるいは強いasperityに、小さい部分は亀裂にそれぞれ対応することになる。このばね定数の関数によって多数の亀裂を一度に表現でき、しかも表現されたすべての亀裂間の相互作用は自動的に考慮される。粘性率は亀裂間の流体の存在、あるいは高封圧下で接触面が弾性限界を越えて粘性的な振る舞いを示すことに対応している。このモデル化によって、高封圧下での断層面間の接触状態も考慮することができる。さらに、不連続面の接触状態の任意の不均質性を簡単に導入できるという利点もある。一枚の不連続面に平面波が入射した時の散乱波は、面で反射・透過された離散平面波の重ね合わせとして表現される。離散平面波の反射・透過係数は、不連続面上での面の接触状態および応力連続に関する2つの境界条件から得られる。次に、断層破砕帯を多数の平行な不連続面でモデル化すると、それぞれの面での反射・透過係数からWave propagator methodあるいはReflection and transmission operator methodによって、不連続面間の多重反射をすべて含んだ形で破砕帯の地震波応答が計算できる。一例として周期的に亀裂が分布する場合に、この手法の計算精度が充分であることが確認されている。

 第4章では、DPE法を用いて、入射平面波に対する断層破砕帯の応答について調べている。ここでは、断層破砕帯は平行な不連続面が非常に密分布する領域としてモデル化されている。このように亀裂が非常に密分布する場合の散乱波の厳密な計算は、DPE法によって初めて可能になった。波数領域での変位、時間領域での波形、スペクトルについての計算例が示されているが、特にスペクトルに着目して様々なモデルについての計算が行われている。その結果、破砕帯中と波が透過する側の観測点で、入射波の波長が亀裂長に等しくなるときスペクトルにピークが現れることが明らかにされた。したがって、もしスペクトルのピークが実際に観測されたならば、破砕帯中に分布する亀裂の長さが求められることになる。

 第5章では、断層破砕帯中に震源がある場合の波動伝播について記述されている。ここでは、断層破砕帯中で発生した地震に対して、破砕帯中の観測点で直達波の直後に大振幅の長周期後続波が見られたという観測事実を、本研究のモデルで説明することが目標になっている。従来の研究では、断層破砕帯を低速度層と考え、そのような長周期後続波を低速度層にトラップされた波と解釈して速度構造を求めており、亀裂の分布については考察されてこなかった。この章でもまず、計算法について述べられている。断層破砕帯中の震源から出る波は有限個の平面波の重ね合わせとして表現され、それぞれの平面波に対してDPE法を用いて散乱波の計算を行い、その和をとることによって断層破砕帯中を伝わる波動場が計算される。ここでも計算精度が充分であることが確認されている。筆者は最初、第4章のように断層破砕帯を平行な亀裂が密に分布するだけの領域としてモデル化したが、断層破砕帯中の観測点での大振幅の長周期後続波を再現することはできなかった。そこで次に、不連続面の存在する領域が周囲の媒質より低い速度になっていると仮定して計算を行ったところ、直達波の直後に大振幅の長周期後続波を再現できた。したがって、実際の断層破砕帯は、断層面に平行な亀裂が非常に密に分布している領域というだけではなく、低速度の物質になっているという結論を導き出した。

 変位振幅スペクトルを調べると、断層破砕帯中の観測点では低波数と高波数の2つの帯域でピークが見られたのに対して、破砕帯の外側では高波数のピークだけが見られた。この特徴は、Liら(1994)による1992年Landers地震の断層破砕帯での観測スペクトルの形を良く再現している。このとき、低波数のピークは断層破砕帯の低速度層の速度と幅に、高波数のピークは亀裂長にそれぞれ対応していることが明らかになった。したがって、高周波のピーク周波数から亀裂長が求められる。さらに筆者は、断層破砕帯中の亀裂の分布密度を推定する新しい解析法を考案した。すなわち、2つの帯域でのピーク振幅は、断層破砕帯とその外側の速度比と亀裂分布密度に依存しているので、それらが実際の観測データと合うように2つのモデルパラメーターを決定すれば良い。最後にLanders地震の断層破砕帯での観測データから、卓越する平行な亀裂の長さは約200mと推定された。また、破砕帯を構成しているのは低速度であるばかりではなく高減衰の物質で、具体的にはランダムな向きを持つさらに小さい亀裂を含むような、極度に破砕された断層粘土であろうと解釈されている。以上のように、断層破砕帯を低速度層中に亀裂が非常に密に分布する領域とモデル化して理論計算を行ったのは本研究が初めてであり、その計算結果によって比較的広い周波数帯での観測データを用いて亀裂の分布が求められるようになった。

 第6章では、本研究で得られた成果が簡潔にまとめられている。以上述べてきたように、本研究では、断層破砕帯中のように非常に密に分布する亀裂群による地震波の散乱問題を、任意の波数で厳密に解く新しい手法を提出した。この手法は、断層破砕帯の構造の解明に極めて有効な手段と考えられ、その地球物理学的意義は大きい。従って、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として十分な価値があるものと判定した。

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