地殼内部には多数の亀裂(クラック)が存在すると考えられる。クラックの詳細な特性を解明することができれば地殼応力の状態を把握し、さらには地震発生の場についての理解を深めることができる。本研究ではS波偏光異方性の解析をとおして、クラックの存在状態を明らかにすることを試みた。 S波偏光異方性とはクラックなどが選択的に配向した異方性媒質中において、S波がその振動方向によって異なる弾性波速度を持つという現象である。この結果、異方性媒質に入射したS波は、各々直交方向に振動する速いS波と遅いS波に分離して進む(図1)。この速いS波の振動方向と、速いS波と遅いS波の到着時間差の2つの量を測定することによって、異方性の方向と程度を見積るというのがこの手法の原理である。他の異方性解析の手法とは異なり、分離したS波はほぼ等しい経路を通って観測点に到達するため、波線経路の違いによる速度不均質の影響を無視できることが利点である。 ただし実際の自然地震によるS波偏光異方性の解析では、波形が地動ノイズや散乱波によって様々な擾乱を受けており、そのなかから異方性の影響だけを抽出することは困難である。これまでの観測では観測点数が数kmに1〜数点と限られていたこととあわせて、異方性の空間的分布、つまり異方性領域がどの程度の広がりを持ち、どの程度の深さに存在しているのかが十分定量的に議論されてきたとはいえなかった。そこで本研究では、従来にない高密度で展開した地震計によってデータの信頼性と空間分解能を向上させ、その結果から上部地殼中のクラックの諸性質について考察を行なった。 解析に用いたデータは、1993年秋に栃木・群馬・福島県境地域において実施された日光周辺域合同地震観測によって得られたものである。観測では、日光-足尾地域の群発地震域直上に解析に用いたデータは、1993年秋に栃木・群馬・福島県境地域において実施された日光周辺域合同地震観測によって得られたものである。観測では、日光-足尾地域の群発地震域直上に7kmの長さをもつ2本の測線を十字形に設定し、約70m間隔で合計195台の地震計を展開するオフライン観測方式を採用した。この方法は各観測点のレコーダに対して無線によって波形収録を一斉に指令するもので、今回は地震研究所にテレメータされている既設観測点のリアルタイム波形を利用して震源決定を行なったのち、必要な地震のみに対して無線でトリガ信号を出すシステムを作成した(図2)。観測は約1ヵ月間行われ、上部地殼で発生した79個の地震を収録した。 図表図1.S波偏光異方性現象の原理図。震源から射出されたS波は異方性媒質を通過する際に速いS波と遅いS波に分離して観測点に到達する。 / 図2.観測システムの概要。4つの既設テレメータ観測点のリアルタイム波形を監視し、上下動成分の振幅があるしきい値を越えた時にその時刻を記憶する。2秒以内に4点ともしきい値を越えた場合に4点のP波到着時刻を用いて震源決定を行なう。震源があらかじめ指定した領域に求められたときにトリガ信号が出力される。 解析はこれらの地震の中から欠測点が少ないもの、入射角が35度以内のもの、マグニチュードが適切なものなどの条件を満たし、かつ波線がさまざまな経路を通るように22個の地震を選んで、早く到着するS波の振動方向と到着時間差を測定した。次にS波到着時付近の0.4秒間の3成分波形記録を切り出し、水平動2成分の波形について投影軸を5度ずつ回転させながら直交方向に分解した。これらの2つの波形の相互相関係数を求め、係数が最大になる角度とずれ時間を測定し、それぞれ早く到着するS波の振動方向と到着時間差とした。本研究ではさらにアレイの特性を利用し、個々のデータはそれぞれ隣接する11個の観測点を1グループとしてスムージングを行なった。 解析の結果明らかになったS波偏光異方性の特徴としては、次のような点が挙げられる。 A)観測地域において早く到着するS波の振動方向は、地震と観測点の組み合わせによらずN28°W±18°にそろう(図3左)。 B)分離したS波の到着時間差の平均値は28ms±7msであり(図3右)、震源距離依存性が見られない(図4)。 図3.測定値全てを等積投影図にプロットしたもの。外側の円は35度の入射角を示す。左が早く到着するSの振動方向、右が分離したS波の到着時間差を表わす。プロットしたのはスムージング処理をした後のデータで、この際S波の分離がおこらなかったものについては取り除いている。 これらの特徴から、異方性媒質は観測領域の直下で水平方向にほぼ一様に存在し、かつ深さ方向には最も浅い地震(3.8km)よりも浅い領域に限って存在することが明かとなった。このような異方性を説明するため、Hudson(1981)によるクラックモデルを適用して考察すると、観測領域で早く到着するS波の振動方向がそろうというパターンは、地表に垂直に存在する配向クラック群によって説明できる。異方性媒質が3kmの厚さで存在するとすればクラック密度は0.005〜0.01となる。 今回観測された異方性は、地殻最上部の低封圧下で存在する開口クラック群によるものと考えられる。クラックの配向方向は、この地域で水圧破砕法によって直接測定されている最大水平主応力軸の方向とも不確かさの範囲で調和しており、このような配向クラックの存在は、封圧や水平最大主応力方向と密接に関連していることが示唆される。 またクラックモデルは、S波速度の異方性を与えると同時にP波速度にも低下や異方性をもたらす。屈折法地震探査から得られた速度構造には、物質的に大きな差がないのにもかかわらず、最上部地殻にP波速度の低下した領域が存在し、しかもそこでは地震活動が著しく低く、より深部にあるいわゆるSeismogenic Layer(6.0km/sec層)とは明瞭に区別される。地殻最上部の特性は、このようなクラック層を考えることによって説明できる(図5)。 図表図4.S波の到着時間差と震源距離の関係を表わしたもの。データは観測点への入射角が15度から35度までのものを選択している。 / 図5.異方性存在領域の概念図 |