学位論文要旨



No 110989
著者(漢字) 三浦,弥生
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,ヤヨイ
標題(和) 分化した隕石に関する研究 : 244Puの自発核分裂起源Xe、81Kr、その他の希ガス同位体および窒素同位体からの考察
標題(洋) Studies on differentiated meteorites : Evidence from 244Pu-derived fission Xe,81Kr,other noble gases and nitrogen
報告番号 110989
報告番号 甲10989
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2902号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 今村,峯雄
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 杉浦,直治
 東京大学 助教授 永原,裕子
 東京大学 教授 宮本,正道
内容要旨

 現在我々の見る隕石中の希ガスや窒素は、異なる起源の同位体が合わさった結果である。それらを各成分に分離することにより、隕石やその母天体の形成・進化に係わる複数の異なる情報を得ることができる。本研究では、火成活動への興味から分化した隕石(母天体上で火成活動を伴ってできた隕石)に着目した。扱った隕石種は、ユークライト、ユークライトと同一母天体起源と考えられているダイオジェナイトとパラサイト、および火星起源隕石である。これらの隕石について合計で約60個の隕石について高感度・高分解能質量分析装置による希ガス同位体分析を、15個について窒素同位体分析を、それぞれ行った。それらをもとに、(1)火成活動に関する年代学的研究、(2)宇宙線照射年代、81kr法による南極隕石落下年代および南極隕石同一落下群に関する研究、(3)捕獲成分の希ガス・窒素同位体による惑星・小惑星の初期進化に関する研究を進めた。以下、それぞれに関する主な成果、特に(1)、について簡単に述べる。

(1)244Pu-Xe系を用いたユークライト隕石についての相対形成年代に関する系統的な研究

 ユークライト隕石とは、主として輝石からなるbasalticな隕石で、分化した隕石の中では回収数が最も多い(100を越えるが半数以上は南極隕石)。半径300km程度の分化した天体において表層を被っていた物質と考えられている。分化した隕石のうちでは比較的研究がすすめられているものの、形成年代等については異なる研究者が異なる手法を用いて断片的に行っているに過ぎない。本研究では、50個近くのユークライト隕石について244Pu-Xe法を用いて隕石間の相対形成年代を調べた。

 消滅核種244Puは半減期8000万年で240Uに壊変するとともに、自発核分裂により131Xe-136Xe同位体を作る。ここではXe同位体組成から各隕石中の244Pu量を見積もり、その存在量の違いから隕石形成時期の差を決定した。ただし、分化の際の分別の影響を補正する必要がある。Puは安定同位体を持たないため、イオン半径・価数がPuと似ている軽希土類元素(LREE)を規格化の元素とし、その存在度を軽希土類をターゲットとして作られた宇宙線照射起源Xeから推定した。相対年代は以下の式により求めることができる。

 

 ただし、244244Puの壊変定数。244Puと軽希土類元素の両方をXe同位体から求められることは大きな利点である。

 分析した全てのユークライト隕石で244Pu自発核分裂起源のXeが見られた。136Xeをもとに計算した244Pu存在量は0.3ppbから2.2ppbである。これと宇宙照射起源Xeから推定したNd量とから隕石間の相対的な形成年代(Xe保持年代)を決定した。年代の基準隕石にはアングライトであるAngra dos Reis(ADOR)隕石(Pb-Pb年代:4.5578b.y.)を用いた。得られた結果を図1および図2に示す。1個の隕石について複数回の分析を行った結果を図1にまとめた。誤差範囲内での再現性は良く、これらの隕石については平均値および平均誤差(Y-75011groupとCamel Dongaについては標準偏差)を求め図2ではその値のみをプロットした。形成年代は、+15m.y.(早い)から-148m.y.(遅い)の範囲である。すなわち、ユークライト隕石の形成年代には少なくとも1億年の幅があることが明らかになり、しかも、年代分布は連続的である。1億年という長さは、短半減期放射性核種(26Alなど)の余熱だけを考えるにはやや長く、40Kなどの長半減期核種の壊変熱との組み合わせで説明されるのではなだろうか。また、ユークライト隕石は冷却速度等の違い(母天体での深さの違いによるとの解釈が一般的)から表層・普通・集積岩に分類されるが、今回の結果ではこれらと年代値とには一意な相関は見られない。ユークライト母天体では複数の火成活動があり、それぞれから表層・普通・集積岩ユークライトのようなものが作られた可能性が高い。

図表図1 ユークライト隕石の244Pu-Xe相対年代図(年代基準隕石:Angra dos Reis)。+側が早期形成、-側が遅期形成を意味する。1個の隕石について複数回の分析を行った結果(文献値のXe同位体組成*を使い計算した結果も含む)を示した。右側は隕石名。groupとは南極隕石の同一落下群とされている隕石をまとめたもの。*Juvinas,Moore County,Stannern,Pasamonte,PCA82502などXe Data from:Kuroda(1966)Nature 212,241.Hohenberg et al.(1967)JGR 72,3139.Nagao and Ogata(1989)Mass Spectroscopy 37,313.Shukolyukov and Begemann(1994)LPS XXV,1273. / 図2 年代順に並べたユークライト隕石の224Pu-Xe相対年代図(文献値のXe同位体組成**を使い計算した結果も含む)。ダイオジェナイト隕石について得られた結果についても示した。記号の違いは、ユークライトのsubclassificationの違い(およびダイオジェナイト)を表す。●:表層ユークライト、▲:普通ユークライト他、■:集積岩ユークライト、:ダイオジェナイト(本文参照)**Ibitira,Nuevo Laredo Xe data from:Marti(1966)Z.Naturforsch.21a,398.Munk(1968)EPSL 3,457.
(2)81Kr法による南極ユークライト隕石落下年代および南極隕石同一落下群に関する研究

 半減期21万年の宇宙線照射起源放射性核種81Krを用いての落下年代決定を試みた。現在では〜2×10-16ccSTP(原子数〜5000個)の81Kr分析が可能である。上述のユークライト隕石は81Krの含有量が高いので落下年代決定に適した隕石種である。本研究は、日本の保有する南極ユークライト隕石の落下年代および同一落下群に関する最も組織だった研究である。多数の同一落下隕石を同定(ペアリング)し、また、南極やまと地域では過去35万年間に少なくとも11回のユークライト隕石落下があったことを明らかにした。

(3)捕獲成分希ガス・窒素同位体組成に関する研究

 ユークライト・ダイオジェナイト・パラサイト隕石(小惑星起源)の始源的希ガス・窒素成分を調べた。これらの隕石では、分化の際に揮発性元素はかなり脱ガスされ、また、母天体が小さかったため大気の存在も非常にわずかであったと思われる。始源的希ガス・窒素含有量は大変少ない。得られた同位体組成は、希ガスについては地球大気の値にほぼ等しいものがほとんどであった。これは地球大気の吸着ガスを見ているためと思われる。窒素については地球大気の同位体組成と比較して15Nに富んでいるもの(高い15N/14N比:〜+40‰)も乏しいもの(低い15N/14N比:〜40‰)も見られた。その成因については、分化の際の質量分別という解釈が考えられるがはっきりとはしていない。

 他方、火星起源と思われる貴重な隕石(ALH84001)の希ガス・窒素同位体組成分析も行った。火星大気組成についてはバイキングによる調査から大まかな特徴が知られており、隕石一般に見られる希ガス・窒素あるいは地球大気の希ガス・窒素同位体組成とは大きく異なっている。しかし、火星起源と言われている隕石(9個)のうち、バイキングによる火星大気組成に近い値を示す隕石はわずかに1つであった。本研究で得たALH84001の希ガス・窒素同位体組成は火星大気の特徴を大いに反映しており、この隕石が火星起源であることをより確実なものとした。精度良い分析により、これまの火星大気希ガス・窒素に関する情報が強化された。さらに、ALH84001はこれまでの火星起源隕石(K-Ar年代:約13億年)とは異なり約30億年という長いK-Ar年代(Kは文献値を使用)を持つことがわかった。

審査要旨

 太陽系を構成する物質は異なる起源をもつ同位体の混合物であり、それらの成分を同位体組成の特徴から個々に分離することによって隕石やその母天体が経てきた進化の跡をたどることが可能である。著者は、太陽系初期における隕石母天体での火成作用に特に焦点を当て、分化した隕石(母天体上で火成活動を伴ってできた隕石)に着目した。これらの隕石の中でユークライト、ダイオジェナイト、パラサイトと呼ばれる隕石は同一の母天体(小惑星)を形成したと考えられている。また別の一群の隕石は火星に起源を持つと考えられている。著者はこれらの隕石中に含まれる希ガスおよび窒素の同位体組成の測定を組織的かつ詳細に行い、その分析に基づいてこれらの天体の進化に関する新しい年代学的知見を提供している。

 本論文は、3部からなっている。第一部は研究の概要とその背景ついて、第二部ではユークライト、ダイオジェナイト等、HED隕石と略称される隕石群、およびパラサイトに関する研究について、また第三部は火星起源隕石に関する研究について述べている。質量分析における希ガスの生データ、データ解析のための計算機プログラム、そしてユークライト隕石における窒素同位体の研究などすでに発表した論文が更に補遺として加えられている。

 第二部、第三部では、第一章を、最近の内外での成果の概述にあて、研究の動機と目的について記している。第二章は実験方法を、試料・希ガス分析・化学分析に分けて記述している。特に希ガス分析においては、質量分析計の改良を計って極めて感度の高い測定が可能になったことを強調している。第三章は実験結果とその考察で、その主たる内容はつぎの三つの研究に要約することができる。

 まず第一は244Pu-Xe系を用いたユークライト隕石についての相対形成年代に関する系統的な研究である。ユークライト隕石の母天体は半径300km程度の分化した天体において表層を覆っていた物質と考えられている。自発核分裂生成物136Xeの存在量から消滅核種244Puの存在量は0.3ppbから2.2ppbと見積られた。プルトニウムの化学的性質は軽希土類元素と類似しているので、プルトニウムと軽希土類元素の元素比は隕石間の形成年代の差を反映していると見做すことができる。Pb-Pb年代に基づいて45.578億年前に形成されたと考えられるAngra dos Reis隕石を基準に形成年代をもとめた結果、ユークライト隕石の形成年代には少なくとも1億年の幅があり、その分布は連続的であり、ユークライト隕石の冷却速度との一意的な相関は見られないことなどが明かとなった。

 第二は、南極隕石落下年代および南極隕石同一落下群に関する研究である。これは宇宙線生成成分のうち半減期21万年の放射性希ガスである81Krを利用した研究である。81Krの測定は難しく世界でも限られた研究施設でしか測定がなされていない。放射性の81Krの生成量に基づいた81Kr-Kr照射年代と、安定である21Ne、38Ar希ガスの生成量に基づいた照射年代との比較から南極隕石の落下年代が得られる。落下年代、照射年代、化学組成の特徴から多数の同一落下隕石を同定し、南極ユークライト隕石の落下頻度に関する知見が得られた。

 第三は、ユークライト・ダイオジェナイト・パラサイト隕石(小惑星起源)、および火星起源と考えられる隕石(南極隕石ALH84001)のいわゆる捕獲成分とよばれる希ガス・窒素同位体組成に関する研究である。前者の隕石では希ガス同位体組成は地球大気の値にほぼ等しく、地球大気を吸着したものとみなせるが、窒素については15Nの濃縮したものも乏しいものも観測された。後者の隕石では希ガス・窒素同位体ともに、ヴァイキング探査で得られている火星の大気の特徴をそなえた結果が得られた。

 このように、著者は、高感度・高精度の希ガス質量分析法を主たる手段として、分化した隕石の希ガス・窒素の同位体組成に関する組織的な研究を進め、多様かつ豊富なデータをもとに、説得力のある議論を展開しており、特に初期太陽系の小天体における熱的な分化作用と年代との関連などに重要な知見を得た。

 なお、本論文の一部は杉浦直治、長尾敬介、藤谷達也、佐川斉、松原佳代の各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験、結果の分析、考証を進めたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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