太陽系を構成する物質は異なる起源をもつ同位体の混合物であり、それらの成分を同位体組成の特徴から個々に分離することによって隕石やその母天体が経てきた進化の跡をたどることが可能である。著者は、太陽系初期における隕石母天体での火成作用に特に焦点を当て、分化した隕石(母天体上で火成活動を伴ってできた隕石)に着目した。これらの隕石の中でユークライト、ダイオジェナイト、パラサイトと呼ばれる隕石は同一の母天体(小惑星)を形成したと考えられている。また別の一群の隕石は火星に起源を持つと考えられている。著者はこれらの隕石中に含まれる希ガスおよび窒素の同位体組成の測定を組織的かつ詳細に行い、その分析に基づいてこれらの天体の進化に関する新しい年代学的知見を提供している。 本論文は、3部からなっている。第一部は研究の概要とその背景ついて、第二部ではユークライト、ダイオジェナイト等、HED隕石と略称される隕石群、およびパラサイトに関する研究について、また第三部は火星起源隕石に関する研究について述べている。質量分析における希ガスの生データ、データ解析のための計算機プログラム、そしてユークライト隕石における窒素同位体の研究などすでに発表した論文が更に補遺として加えられている。 第二部、第三部では、第一章を、最近の内外での成果の概述にあて、研究の動機と目的について記している。第二章は実験方法を、試料・希ガス分析・化学分析に分けて記述している。特に希ガス分析においては、質量分析計の改良を計って極めて感度の高い測定が可能になったことを強調している。第三章は実験結果とその考察で、その主たる内容はつぎの三つの研究に要約することができる。 まず第一は244Pu-Xe系を用いたユークライト隕石についての相対形成年代に関する系統的な研究である。ユークライト隕石の母天体は半径300km程度の分化した天体において表層を覆っていた物質と考えられている。自発核分裂生成物136Xeの存在量から消滅核種244Puの存在量は0.3ppbから2.2ppbと見積られた。プルトニウムの化学的性質は軽希土類元素と類似しているので、プルトニウムと軽希土類元素の元素比は隕石間の形成年代の差を反映していると見做すことができる。Pb-Pb年代に基づいて45.578億年前に形成されたと考えられるAngra dos Reis隕石を基準に形成年代をもとめた結果、ユークライト隕石の形成年代には少なくとも1億年の幅があり、その分布は連続的であり、ユークライト隕石の冷却速度との一意的な相関は見られないことなどが明かとなった。 第二は、南極隕石落下年代および南極隕石同一落下群に関する研究である。これは宇宙線生成成分のうち半減期21万年の放射性希ガスである81Krを利用した研究である。81Krの測定は難しく世界でも限られた研究施設でしか測定がなされていない。放射性の81Krの生成量に基づいた81Kr-Kr照射年代と、安定である21Ne、38Ar希ガスの生成量に基づいた照射年代との比較から南極隕石の落下年代が得られる。落下年代、照射年代、化学組成の特徴から多数の同一落下隕石を同定し、南極ユークライト隕石の落下頻度に関する知見が得られた。 第三は、ユークライト・ダイオジェナイト・パラサイト隕石(小惑星起源)、および火星起源と考えられる隕石(南極隕石ALH84001)のいわゆる捕獲成分とよばれる希ガス・窒素同位体組成に関する研究である。前者の隕石では希ガス同位体組成は地球大気の値にほぼ等しく、地球大気を吸着したものとみなせるが、窒素については15Nの濃縮したものも乏しいものも観測された。後者の隕石では希ガス・窒素同位体ともに、ヴァイキング探査で得られている火星の大気の特徴をそなえた結果が得られた。 このように、著者は、高感度・高精度の希ガス質量分析法を主たる手段として、分化した隕石の希ガス・窒素の同位体組成に関する組織的な研究を進め、多様かつ豊富なデータをもとに、説得力のある議論を展開しており、特に初期太陽系の小天体における熱的な分化作用と年代との関連などに重要な知見を得た。 なお、本論文の一部は杉浦直治、長尾敬介、藤谷達也、佐川斉、松原佳代の各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験、結果の分析、考証を進めたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |