本論文は5章から成る。第1章は序論、第2章では実験装置、第3章では-(BETS)2I3と-(BEDT-STF)2I3の電気物性と光学的物性、第4章では超伝導体-(EDT-TTF)[Ni(dmit)2]の物性、そして、第5章では-Et2Me2N[Ni(dmit)2]2の強磁場下の磁気抵抗と圧力効果について述べられている。 第1章では、導電性有機物の開発、研究のこれまでの概略が、1970年代からの電荷移動錯体TTF-TCNQ、TMTSF塩、BEDT-TTF塩を中心に述べられ、本論文で取り上げているBETS及びBEDT-STF塩、M(dmit)2塩についても触れられている。 第2章では、本研究のために開発された極低温、高圧、磁場下の電気抵抗測定装置とその温度制御方法について述べられている。8T超伝導磁石に組み込む3He用クライオスタットと3Heガスの導入・排気系を設計、製作した。これは試料を0.5Kに約2時間保つことを可能にしている。このクライオスタットに、微小な有機結晶用に製作した高圧セルを組み込むことで、0.5K<T<300K,1bar<P<l4kbar,0T<B<8Tの範囲で電気抵抗、磁気抵抗を測定できるシステムの構築に成功している。また、2軸回転試料台を組み込むことで、磁場に対する結晶の向きを精密に合わせて極低温で磁気抵抗を測定することも可能にしている。 第3章は-(BETS)2I3と-(BEDT-STF)2I3の物性(相転移や伝導面内の相互作用)について述べられている。これらの塩はいずれも-(BEDT-TTF)2I3と同型構造をもち、低温で金属-絶縁体転移(M-I転移)を起こすことから、-(BEDT-TTF)2I3と比較しながら考察を行っている。本章は2つのPartより構成されている。Part Iでは、常圧での電気抵抗の温度依存性と偏光反射スペクトルの結果が述べられている。-BETS2I3と-(BEDT-STF)2I3の(001)結晶面の低温での偏光反射スペクトルでは、-(BEDT-TTF)2I3で観測された転移温度前後でのスペクトル変化が見られなかった。これは、電気抵抗の温度依存性から求めた活性化エネルギーが-(BEDT-TTF)2I3と比較して著しく小さいことに起因していることを明らかにした。さらに、反射スペクトルの解析から移動積分を見積ると、横方向の値が、-(BEDT-TTF)2I3<-(BEDT-STF)2I3<-BETS2I3であることが分かった。この結果は、S原子をSe原子へ置換するにしたがって横方向の相互作用が強くなることを示唆しており、S原子からSe原子への置換の効果を、移動積分を用いて扱うことに成功している。Part IIでは、-BETS2I3と-(BEDT-STF)2I3の高圧下の電気抵抗の温度依存性の結果から、相転移に対する圧力効果を考察し、相図を作成している。さらに、-BETS2I3ついては、9kbarで得られる室温から低温まで金属的な状態で、低温域で、非常に大きな正の磁気抵抗を観測している。 第4章では、超伝導体-(EDT-TTF)[Ni(dmit)2]の物性について述べられている。この塩は、2種類の伝導面をもつ導電性結晶であり、14K付近にEDT-TTF伝導面にCDW(または、SDW)転移が発生することに関連した抵抗極大が現れる。本章では、はじめに、常圧での極低温までの測定の結果から、-EDT-TTF)[Ni(dmit)2]がM(dmit)2(M=Ni,Pd)系では初めて常圧超伝導体(転移温度1.3K)であることを発見、確認している。次に、この超伝導体の高圧下での電気抵抗の温度依存性とこれによる相図が示され、超伝導転移と抵抗極大に対する圧力効果が詳しく考察されている。さらに、超伝導状態の第二臨界磁場(Hc2)の異方性の精密な測定について述べられている。その結果、伝導面(ab面)に平行と垂直ではHc2に大きな異方性が見いだされたが、1Kでのab面内のHc2には、明確な異方性は観測されなかった。1.3Kまで常伝導状態でのab面内の明確な異方性が、超伝導状態では見られないことが明らかとなり、これに基づき超伝導状態とCDWまたはSDW転移の関係について考察している。 第5章では、-Et2Me2N[Ni(dmit)2]2の強磁場下の磁気抵抗と圧力効果について2つのPartで述べられている。Part Iでは、東北大金属材料研の23T超伝導磁石を用いたShubnikov de Haas(SdH)振動の結果を述べている。すでに知られていた(振動数10.6T)、(216.5T)の他に(4021T)と(520T)の2種類の閉じた軌道の振動が観測され、11Kのフェルミ面に、とに対応する軌道が存在し、Magnetic Breakdownを起こしていることを明らかにしている。Part IIでは、高圧下の電気抵抗、磁気抵抗について述べられている。これによると、245KのEt2Me2N+秩序-無秩序相転移は圧力によりその転移温度は上昇し、1.8kbarでは室温で起こることが明らかとされている。また、高圧下の磁気抵抗は小さく、SdH振動は観測されない。このことは、Et2Me2N+の無秩序状態が低温まで残っていることに関連していると考察している。 以上を要約すると、本論文の提出者 井口眞は、極低温、高圧、磁場下の電気抵抗の測定システムを完成させ、これを用いて代表的な有機導体である-(BETS)2I3、-(BEDT-STF)2I3、-(EDT-TTF)[Ni(dmit)2]、及び、-Et2Me2N[Ni(dmit)2]2の測定を行い、偏光反射スペクトル測定結果を併せて考察を行い、電気物性、特に相転移と異方性について多くの注目すべき成果を得ている。この研究成果は導電性有機結晶の研究の今後の発展に寄与するところ大である。よって、井口眞は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。 なお、本論文に述べられている研究成果は、共著報文の形で公表ずみ、ないしは、公表予定であるが、共著者は研究の指導者ないしは試料の提供者であり、論文提出者の寄与が最も大きいと判断される。また、共著論文の内容を学位論文にすることについては、全ての共著者の承諾を得ている。 |