内容要旨 | | [序]La-M-Cu-O系(M=Ba,Sr)は酸化物高温超伝導体を含む系として知られ,これまで数多くの研究がなされてきている.これらの超伝導体においては酸素が重要な役割を果たしており,特に酸素不定比性が超伝導性と密接な関係を持っているという点で固体化学的にも非常に興味深い系であると言える. 筆者はまずLa-Sr-Cu-O系において(La,Sr)5Cu5O13相,(La,Sr)4Cu4O10相,(La,Sr)8Cu8O16相,(La,Sr)8Cu8O18相及び(La,Sr)3Cu2O5.5相等の新相を発見,同定したが,新超伝導体の発見には至らなかった.しかしこれらの新化合物と構造的に密接な関係にあり,YBa2Cu3Oy(Y-123)系と同型の90K級超伝導体として知られるLaBa2Cu3Oy(La-123)系において,初めてover-dope状態(Tcが極大となる点を越えてキャリアが導入された状態)を観測したので,以下ではその構造的特徴と物性を詳しく報告する.このover-dope状態の物性を明らかにすることは,反強磁性絶縁体からパウリ常磁性金属となる過程で発現すると理解され,電子相関の強い金属状態であると考えられている高温超伝導を統一的に理解する上で,最も重要な課題の一つなのである. [合成]サンプルの合成は通常の固相反応によった.CuO,BaCO3及びLa2O3の混合物を900℃で仮焼し,その後900-950℃で数回焼成・粉砕を繰り返す.表1に示すようにこの処理ではx=0.6666(LaBa2Cu3Oy:La-123)を得ることは出来ない.更にAr中900℃で還元処理することで初めてLaBa2Cu3Oyを得ることが出来る.この時の処理温度と焼成回数が重要である.処理温度が低いとLa-123は得られないし(850℃),高すぎると分解してしまう(950℃).また粉砕・焼成を数回行わないと,粉末X線回折で単相でも,不純物(〜BaCuO2)によるCurie帯磁率が見えることがある. このようにして得られたサンプル(y=6.02)を酸素気流中,低温(300℃)で酸化することにより超伝導を示すサンプル(y=6.96,Tc=95K)が得られる.その中間の酸素量を持つ試料は,二つのサンプルを適当な比で混ぜ合わせた後石英ガラス管中に封入,400℃でアニールして得た.また,y=6.96のサンプルを酸素高圧下,低温(250-400atm,450℃)でアニールすることにより,初めて酸素量が7を越えるサンプル(y=7.06,Tc=79K)を合成することに成功した. [酸素量分析]各サンプルの酸素量を正確に決定することは,キャリアドープ量と物性の関係を考える上で最も重要な測定である.その意味でヨウ素滴定(容量分析)とTG(重量分析)という二種類の方法を用いて測定した.図1に示すようにTGによって決定した酸素量(yTG)はヨウ素滴定によって測定した酸素量(y)よりどのサンプルにおいても0.15-0.25程度大きい.またyTGはサンプル依存性が大きく,経時変化も見られた.恐らく水分等の吸着によるものと考えられるが,TGによる測定は不活性な酸素種(H2O,CO2等)まで酸素量の中に含めてしまうため,この系には不適当である.ここではヨウ素滴定による酸素量を用いる. 図表表1.Ba固溶域 / 図1 [構造]La(orY)-123相の構造は図2に示すように酸素欠陥を持った3倍周期のペロフスカイト構造である.Cu(1)-O面内に存在する酸素空格子点(,□)に酸素を導入することにより,Cu(2)-O面内へのホールのドープ量を調整することが出来ることがY-123系の研究で分かっている. 図2 Y-123系では酸素はb軸方向(位置)に選択的に入り,y>6.3で斜方晶で,酸素量が7に近づくにつれてorthorhombicityが連続的に増加する.これに対しLa-123系では,図3に示すように,y6.7まで正方晶で斜方晶の範囲が狭く,斜方晶への変化も一次的である. 二つの系での酸素量に対する結晶構造の変化の違いが何によるものかは断定できないが,La-123系では酸素量に対するortho-tetra転移温度の変化が急峻で,6.0y<6.7で観測される正方晶は高温相がそのまま室温まで冷却されたものである可能性が強い,いずれにせよY-123系に比べLa-123系では,Cu(1)-O面内での酸素の配置がより2次元的で無秩序であると言える. y=6.90-7.06のサンプルのNQRスペクトル(図4)には一つのpeakと一つのshoulderがみられ,Y-123系との比較からそれぞれCu(2)4(四配位のCu(1)と結び付いたCu(2))及びCu(2)3(同三配位)と同定出来る.Y-123系ではy=6.98で見えなくなるCu(2)3がLa-123系ではy=7.06(図3(c))でもなお残っている.Cu(1)-O面内での酸素の配列が完全に一軸方向(b輔方向,位置)であるならば,y=7.0でCu(2)3はなくなりCu(2)4のみとなるはずであるであるから,La-123系ではb軸方向の酸素サイトが満たされる前にa軸方向(□位置)への酸素の分配が始まるものと考えられる. 図表図3 / 図4 [物性]図5に酸素量に対するTcの変化を示す.ちょうど正方晶から斜方晶に変化するy=6.7付近から超伝導が発現しy<7.0までTcは単調に上昇する.しかし,それ以上酸素量を増加させると(y=7.06)Tcは20K程度降下し,over-dope状態になると考えられる.Y-123系でもTcが数K降下するという報告もあるが,これほど明らかに下がっておらず,特に酸素量を正確に規定したサンプルを用いての結果としてはこのLa-123系が最初である. また,Y-123系で6.4<y<6.7に見られる60K相はLa-123系には存在しない.他の123系では超伝導が発現し,酸素によってドープされたホール濃度が十分であると考えられるy〜6.6でも,正方晶のLa-123系では超伝導は観測されない.これは晶系(orthorhombicity)と超伝導性との関連性を示す格好の例と言える. 図6にTc以上での帯磁率を示す.y6.96のlight-dopeのサンプルでは右上がりまたはほぼ水平であった高温での帯磁率が,over-dope状態と考えられるy=7.06のサンプルでは右下がりになっている.このような帯磁率の振る舞いは,over-dopeが観測される系として有名なLa(Sr)-214系,Tl系などでも見られる.La-Sr系の場合,CuサイトのKnight Shift(局所帯磁率)も温度とともに減少し,バルク帯磁率は微視的な電子構造を反映したものと言えるが,Tl系の場合はミクロな帯磁率を反映しておらず(Tl位置に固溶したCuによるものと考えられている),このような帯磁率の振る舞いがover-dope状態に共通のものかどうかは解っていない.La-123系のKnight Shiftの温度変化はまだ測定していないが,バルク帯磁率を反映したものであれば,over-dopeでのスピン状態を議論する上で貴重な例となり得る. 図表図5 / 図6 [結論] <1>LaBa2Cu3Oyに酸素高圧をかけることにより123系では初めてover-dope状態となるサンプルの合成に成功した.これにより,絶縁体からover-dope状態まで系統的にドープ量を増加させ,それに伴う物性の変化を調べることが可能になった.over-dope状態ではTcが20K程度降下し,高温での帯磁率は,light-dope状態での温度変化とは逆に温度と共に減少するようになる. <2>格子定数,NQRスペクトルの変化から,この系ではb軸方向に完全に酸素が充填される前にa軸方向への酸素の挿入が始まるものと考えれらる.このことはこの系でover-dope状態までの変化可能であることと何らかの関係があるものと考えられる. |