審査要旨 | | 本論文は,6章からなっている。第1章は序論であり,第2〜6章において,ジシレンおよびシランチオンの合成と反応について述べている。 第1章では,低配位有機ケイ素化合物のこれまでの研究を総括し,本研究の位置づけを適切に行っている。また,本研究で用いている速度論的安定化の意義と特徴を議論し,論文提出者の使用している立体保護基の有用性を説明している。 第2章では,ケイ素-ケイ素二重結合化学種(ジシレン)の合成について述べている。立体保護基として2,4,6-トリス[ビス(トリメチルシリル)メチル]フェニル基(以下Tbt基と略),2,4,6-トリメチルフェニル基(以下Mes基と略)をケイ素上に導入した.ジブロモシラン1に対してリチウムナフタレニドよる還元的カップリング反応を行うことにより,ジシレン2[(Z)-2および(E)-2]を合成した。2については,X線結晶構造解析によりその分子構造を詳細に検討した。ケイ素-ケイ素二重結合長は2.195Å[(Z)-2],2.225Å[(E)-2]であり,炭素置換基を持つジシレンとしてはこれまでに報告されている値のなかで最も長く,またケイ素周りの結合角も著しく歪んでいることが明らかにされた。 第3章では,ジシレン2のシリレン3への熱解離反応について述べている。これまでに単離されたジシレンは熱的には非常に安定な化学種として知られているが,2の場合は水,酸素に対し極めて安定であるにもかかわらず,熱的には不安定であり,70℃に程度の穏和な条件でシリレン3に解離することが見出された。2の単独熱反応では4を与える一方,メタノール,トリエチルシラン,2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン,および単体硫黄のような種々の捕捉剤存在下での熱反応では,いずれの場合においても3の捕捉体が得られた。これはジシレンからシリレンへの熱解離の最初の例である。この熱解離反応の速度論的検討も行われた。 第4章では,このようにして生成するシリレン3の環化付加反応について述べている。ジシレン2の熱解離反応はTHF還流下という非常に穏やかな条件でシリレンを発生させることができることから,これまで不安定で得られなかった反応生成物の単離が可能となり,新規な反応性の解明が期待された。実際,2のナフタレン共存下での熱分解から,シリレンとナフタレンとの2:1付加体5が,またベンゼン中での熱分解からシリレンとベンゼンとの2:1付加体である6が得られた。これら芳香族化合物とシリレンとの[1+2]付加反応を観測したのはこれが初めての例である。また,2とt-Bu-C≡Pn(Pn=N,P)および二硫化炭素との反応により,これまでに合成例のない新規な構造を有する三員化合物7a,bおよびジシリルチオケトン8をそれぞれ合成することができた。 第5章では,シランチオンの出発物質である1,2,3,4,5-テトラチオシロラン9の合成について述べている。Tbt基,Mes基が置換した9aは対応するジヒドロシランと単体硫黄との熱反応または硫黄共存下のジシレン2の熱解離反応により合成された。Tbt基,2,4,6-トリイソプロピルフェニル基(以下Tip基と略)が置換した9bは,対応するジブロモシランに対してリチウムナフタレニドを作用させた後に硫黄を加えて合成された。 第6章ではテトラチオシロランの脱硫による安定なシランチオンの合成について述べている。9aと3当量のトリフェニルホスフィンとの反応では中間体シランチオンの2量体である11が得られたが,Mes基よりもかさ高い置換基であるTip基が置換した9bの脱硫反応から,シランチオン10bを黄色結晶として得ることができた。 10bのX線結晶構造解析によりその分子構造が詳細に検討された。中心のケイ素周りの結合角の和は359.9゜で,シラチオカルボニル基は平面であること,ケイ素-硫黄二重結合長は1.948Åであり,通常のケイ素-硫黄単結合(〜2.15Å)より約9%短くなることが明らかにされた。また10bはフェニルイソチオシアナート,メシトニトリルオキシド,2,3-ジメチル-1,3-ブタジエンなどと反応し,それぞれ[2+2],[2+3],[2+4]付加体を与えた。 なお,本論文第2章は,岡崎廉治氏,時任宣博氏,後藤みどり氏、友田修司氏,小川桂一郎氏,原田潤氏と,第3〜6章は岡崎廉治氏,時任宣博氏、第6章は岡崎廉治氏、時任宣博氏、永瀬茂氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって合成,構造解析,反応性の検討を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |