成層圏オゾン層破壊をもたらす特定フロン(CFC)やハロンの生産・消費は国際的に規制され、すでに全廃が決定しているが、これら特定フロン・ハロンを含めたハロカーボン類の大気中での変動や挙動にはまだ不確定な部分も多く、地球環境への将来の影響を評価するには、より詳細で精度・確度の高い測定が不可欠である。これまで超微量のフロン114(CClF2CClF2)、ハロン1301(CBrF3)、ハロン1211(CBrClF2)およびフロン22(CHClF2)の大気中濃度は測定精度が悪く、世界的にも信頼できる分析値が報告されておらず、それらの挙動を明らかにするには不十分であった。本研究では、それまでのフロン11(CCl3F)、フロン12(CCl2F2)、フロン113(CCl2FCClF2)、1,1,1-トリクロロエタン(CH3CCl3)、四塩化炭素(CCl4)など大気中主要ハロカーボン類濃度測定の経験を生かして、測定が極めて困難なこれら大気中のフロン114、ハロンおよびフロン22の分析法を開発し、精度、確度の高い濃度測定法を確立するとともに、保存してある過去の大気試料を分析して、大気中の分布、濃度変動、ならびに挙動を明らかにした。一方、モデル計算によりこれらの化合物の生産・放出量についての知見を得た。 これら超微量のフロンやハロンなどの分析は、ガスクロマトグラフ(EC/GC)により、大気試料を低温濃縮して行った。水素原子を含み電子捕獲型検出器(ECD)に感度の低い代替フロン(フロン22など)を検出・測定するため、酸素添加によるECD高感度化法を開発した。分析・測定装置は、大気試料導入/濃縮用の真空ライン、ECDガスクロマトグラフ、記録/解析のコンピュータ部分から構成される。地表付近の対流圏大気試料は、北半球中緯度を代表する北海道(42-45°N)および南半球を代表する南極昭和基地(69°S)においてグラブサンプリングで採取された。成層圏大気試料は、宇宙科学研究所三陸大気球観測所から放球された大気球によりクライオサンプリング法で採取された。大気試料(100-500mlSTP)を真空ラインに導入し、-78℃の脱水トラップを経て、ガラスビーズ充填U字管により-196℃でフロンなど大気中微量成分を捕集した後、約80℃で溶出させて各化合物に最適な分離カラムでGC分離し、ECDで検出・定量した。 大気中のフロン114およびフロン114a フロン114(CClF2CClF2)は、スプレー噴射剤や発泡剤、冷凍機冷媒などに使用され、モントリオール議定書で規制された特定フロンでありながら、これまでほとんど大気中濃度の測定例がない。本研究では、大気中フロン114の微量分析法を詳細に検討し、種々のカラムと分離条件を試みた結果、特殊な5%Fluorcol/CarbopackBカラムを用い、性質が極めて似た異性体フロン114a(CCl2FCF3)を分離すると、フロン114aのECD検出器に対する感度がフロン114よりも約16倍高く、フロン114に匹敵するピークを示すことが明らかになった(図1)。フロン114aは工業的なフロン114製造における副生成物であり、大気中に(フロン114に対して)約5%存在することがわかった。したがって、スタンダード調製に純品または異性体含有率の低いフロン114を用いると、フロン114aが分離できない従来の分析条件では大きな誤差が生じることを初めて見出した。これにより大気中のフロン114およびフロン114aがそれぞれ定量できるようになった。 図1 フロン114、フロン114aおよびハロン1211のECDガスクロマトグラム。分離カラム:5%Fluorcol/Carbopack B、40℃。 測定法を確立後、北海道および南極昭和基地で採集して保存してあった大気試料を分析し、対流圏大気中フロン114およびフロン114a濃度の経年変化や挙動を調べた(図2)。フロン114はほとんど北半球で使用・放出され、南極では北半球中緯度より約15%低い濃度を示した。フロン114の大気中濃度は年増加率約6%で急速に増加してきたが、1990年以降は年4%程度となり増加傾向が鈍化している。しかし依然としてフロン12やフロン11より大きい増加率となっている。さらに成層圏内の高度分布も測定した。 図2 南北両半球大気中におけるフロン114およびフロン114a濃度の経年変化。大気中のハロン1301およびハロン1211 ハロンは人体への直接影響はなく、消火能力が極めて高く、ハロン1301(CBrF3)が航空機やコンピュータルーム、駐車場などにおける消火剤として広く普及し、欧米ではハロン1211(CBrClF2)が主として軍事用に利用されてきた。しかしその大気中濃度は3pptv(pptv=10-12v/v)以下と極めて低く、高精度の測定は困難であった。本研究では、大気試料約100mlから低温濃縮で捕集した成分をガスクロマトグラフに導入し、二段カラム(Porapak-QSとUnipak-1A)により別々の昇温プログラムで分離し、ECDで検出・定量した。分離操作条件を検討し、安定したベースラインを得ると共に、保持時間の近い妨害成分からの完全な分離を達成し、ハロン1301とハロン1211の高精度測定が可能になった。保存試料を分析して両半球における大気中ハロン濃度の経年変化を測定した。 ハロン1301およびハロン1211の北半球中緯度対流圏内での大気中濃度は、1994年はじめでそれぞれ2.7pptv、2.3pptvであり、南半球ではそれぞれ2.3pptv、2.0pptvであった。大気中濃度の年増加率は、86年から90年まで両ハロンとも十数%、90年以降7%前後で、これは特定ハロンの国際的な規制の結果と考えられる。ハロンのオゾン破壊係数は特定フロンより十数倍も高く、ハロンの寄与は次第に増大している。 高度分布の測定結果(図3)から、これらのハロンは対流圏内ではほぼ均一に分布し大気中寿命が長いが、成層圏に入ると高度と共に著しく混合比が減少し、下部成層圏で紫外光により解離して、強力にオゾン破壊をもたらすBrが大量に放出されていることが確かめられた。 図3 大気中のハロン1301およびハロン1211の高度分布(1991年8月29日と1994年8月31日)。大気中のフロン22 エアコン用冷媒などに広く使用されてきたフロン22(CHClF2)は、分子内にH原子を含み討流圏内でOHラジカルで分解されることから、大気中寿命がCFCより短く、特定フロンにかわる代替フロンとしての使用も急増している。しかし、フロン22はCFCと異なりECDへの感度が極めて低いことから、100pptvレベルの濃度をECDで検出することは不可能である。ECDの直前でキャリアーガスのN2にO2を添加することによりフロン22の感度向上を試みた。その結果、0.25%のO2添加によりフロン22の相対感度が約230倍に増大するとともにS/N比が著しく向上した。低温濃縮した各成分のPorapak-QSカラムによる分離および高感度化ECDにより大気中フロン22の正確な濃度測定が可能となった。 大気球により採取された成層圏までの大気試料の分析から、フロン22の混合比は対流圏界面付近で約1/2に減少し、特定フロンと異なる高度分布を示した。対流圏大気中のフロン22濃度変動を調べた結果、両半球平均で、1988年までは年増加量5.2pptvであったが、1988年以降、年増加量10.3pptvに急増した。 フロン22の生産・放出量の統計値に基づいて、2-Boxモデルで南北両半球大気中のフロン22濃度を算出した。南北両半球(北海道と南極)間の大気交換定数tnsを2.3年、フロン22の大気中寿命を14年とすると、図4の実線のように1988年までは測定値と良い一致を示した。しかし1988年以降のモデル計算結果は測定値より低くなり、1988年以降の放出量を約1.2倍にすると大気中濃度の実測値に近くなることがわかった。これは、特定フロンの国際的な規制により急速に代替フロンへの転換が進み、フロン22の使用量が急増し、使用形態の変化や発展途上国での生産などフロン22の統計の捕捉が不十分になっているためと推定された。 図5 南北両半球対流圏大気中フロン22濃度の経年変化。放出統計値に基づく2-Boxモデルの計算結果、88年以降の放出統計値を1.2倍したモデル計算結果。 |