パルブアルブミンやカルモジュリンは同族のCa2+結合タンパク質で、金属結合部位とその周辺の構造が類似している。Ca2+の配位子にはグルタミン酸、アスパラギン酸のCOO-基が関与していることがX線結晶構造解析により明らかにされている。溶液中における金属-配位子相互作用に関する情報を得ることは、Ca2+結合タンパク質の構造と機能との相関を理解するうえで重要である。本論文ではCa2+結合タンパク質のCa2+結合部位の側鎖COO-基と金属イオンとの相互作用を調べる方法を提出し、タンパク質溶液中における側鎖COO-基配位構造について考察を行っている。さらに非経験的分子軌道計算を併用した振動解析により理論的考察も行っている。 第1章では、Ca2+結合タンパク質の構造と機能に関する概説と、本論文の主旨が述べられている。本論文の主な研究手法となるフーリエ変換赤外分光法のタンパク質分子への適用について概説されている。 第2章では、カワカマス・パルブアルブミン(pI=4.1)のMg2+,Mn2+,Ca2+結合型の赤外スペクトルを、二次微分演算、フーリエ・セルフ・デコンボルーションを用いて解析し、1553cm-1のCOO-逆対称伸縮振動バンドがグルタミン酸側鎖COO-基の二座配位型を示すバンドであることを明らかにしている。他のCOO-逆対称伸縮振動バンドの帰属についてもX線結晶構造に基づいて検討されている。 第3章では、酢酸イオンと金属イオンとの相互作用について非経験的分子軌道計算を併用した振動解析が行われている。酢酸塩の配位構造とCOO-逆対称、対称伸縮振動バンドとの相関について、計算結果に基づいて議論がなされている。溶液中の酢酸イオン及び酢酸イオンと金属イオンが相互作用した系に対して、反作用場を考慮に入れたself-consistent reaction field法が有効であることが示されている。これらのバンドの波数値が、二つのG-O結合距離、∠OCOとの間に相関があることが導かれている。これらの計算結果は他章の赤外バンドの解釈を支持するものである。 第4章では、カワカマス・パルブアルブミン(pI=5.0)と金属イオンとの相互作用について述べられている。COO-逆対称伸縮振動領域のスペクトルパターンはカワカマス・パルブアルブミン(pI=4.1)と似ているが、アミドI’領域において最強バンドのピークの波数値に違いが示され、三次元構造の違いがピークのずれを生じさせた可能性が述べられている。 第5章では、コイ・パルブアルブミンと金属イオンとの相互作用について述べられている。Mg2+,Mn2+,Ca2+以外にSr2+,Cd2+,Yb3+,Tb3+の効果についても調べられている。アミドI’及びCOO-逆対称伸縮振動領域に関して、Sr2+,Cd2+結合型はCa2+結合型型に似ているが、Yb3+,Tb3+結合型はCa2+結合型とはスペクトルパターンが大きく異なることが示されている。 第6章では、カルモジュリンと金属イオンとの相互作用についてイオン半径との相関で調べている。カルモジュリンのCa2+結合型と二価金属イオンフリー型の赤外スペクトルを比較することにより、1660cm-1のアミドI’バンド、1552cm-1のCOO-逆対称伸縮振動バンド、1425cm-1のCOO-対祢伸縮振動バンドがCa2+結合型のマーカーになることを明らかにしている。Mg2+,Sr2+,Cd2+がカルモジュリンに及ぼす効果はこれらのマーカーバンドを用いて議論されている。Mg2+結合型のスペクトルパターンはCa2+結合型とは異なり、Mg2+の効果とCa2+の効果とが異なることが示されている。Ca2+の代替イオンと考えられるSr2+,Cd2+も、それぞれの結合型のスペクトルパターンがCa2+結合型のものとは少し異なり、Sr2+,Cd2+の効果がCa2+の効果と一致していないことが示されている。 第7章では、紫外レーザー光照射によりCa2+を放出するケイジドカルシウム化合物を用いてカルモジュリンのCa2+結合に伴う構造変化に関する直接的な情報が調べられている。Ca2+フリー状態から、Ca2+が結合に伴って構造変化が起こる様子が赤外差スペクトル法を用いることによる明確にされている。 第8章では、本論文で得られた結果を総説している。 以上のように、本研究ではカルシウム結合タンバク質の側鎖COO-基と金属イオンとの相互作用を調べる新しい方法論を開拓し、多くの新しい知見が得られている。なお、本論文の内容について共著者の協力のもとに3篇の論文が発表されているが、いずれについても本論文提出者の寄与によるものと判断される。従って、本論文の提出者である奈良雅之は東京大学博士(理学)の学位を受けるに十分な資格を有すると認める。 |