審査要旨 | | 本論文は,7章からなっている。第1章は序論であり,第2〜7章において,ゲルマニウムと16族元素間の二重結合化合物の合成,構造,反応性について述べている。 第1章では,低配位有機ゲルマニウム化合物とくに,ゲルマニウム-16族元素二重結合化合物(ゲルマノン,ゲルマンチオン,ゲルマンセロン,ゲルマンテロン)の化学に関する研究を総括し,本研究の位置づけを適切に行っている。また,本研究で活用された速度論的安定化の手法についてもその位置づけがなされている。 第2章では,ゲルマンチオンの合成,構造,反応性について述べている。環状ポリスルフィド1とトリフェニルホスフィンとの反応により,ゲルマンチオン2を橙黄色の結晶として単離することに成功した。またそのX線結晶構造解析を行い,ゲルマニウム-硫黄間の距離は,2.049(3)Åで一般的な単結合長より10%程度短くなっていること,そしてゲルマニウム原子周りの角度の和は359.4°であり,このゲルマンチオンがケトンと同様の二重結合としての構造的特徴を有していることを明らかにした。 ゲルマンチオン2の付加環化反応について検討し,ジメチルブタジエン,メシトニトリルオキシド,フェニルイソチオシアナートとの反応においてそれぞれ[4+2],[3+2],[2+2]付加環化生成物を高収率で得た。 第3章ではゲルマンセロンの合成,構造,反応性について述べている。テトラセレナゲルモラン3の脱セレン反応を硫黄の場合と同様に検討し,ゲルマンセロン4を赤色の結晶として定量的に単離することに成功した。4はゲルマンセロンの初めての単離例である。また,そのX線構造解析により4が2と類似の構造的特徴をもつことが明らかにされた。 ゲルマンセロン4はゲルマンチオン2と同様の反応性を示したが,ジメチルブタジエンとの[4+2]付加環化反応は2と比べて容易に進行し,可逆反応であることが明らかとなった。 第4章ではゲルマンテロンの合成,構造,反応性について述べている。ゲルミレンに過剰量の単体テルルを作用させたが,ゲルマンテロン合成の原料となる環状ポリテルリド化合物は得られなかった。しかし,ゲルミレンとジフェニルアセチレンの反応によって得られる3員環化化合物5を加熱するとゲルミレンが再生することが見い出されたので,5に1当量の単体テルルを共存させて加熱させることにより,ゲルマンテロン6が緑色の結晶として定量的に単離され,そのX線構造解析が行われた。 第5章では,ゲルマノンの合成について検討した結果が述べられている。ゲルミレンに,酸素源としてメシトニトリルオキシドを作用させたが,目的としたゲルマノン8ではなく,[3+1]付加体7が得られた。7の熱分解反応による8の合成について検討したが,メシトニトリル,ゲルマノン8のエン反応生成物9と環化生成物10が得られた。この結果より,ゲルマノン8は加熱条件下では容易に分子内環化反応をおこすことが明らかにされた。 ゲルミレンのトリベンジルアミンオキシドによる酸化反応で8を得ることも試みられた。捕捉剤としてメシトニトリルオキシドを作用させたところ,化合物12が得られた。化合物12はゲルマノン8の[3+2]付加体であり,室温で初めて安定なゲルマノンの発生に成功した。しかし捕捉剤を加えずに処理すると,やはりこの場合にも10が得られた。この転位反応は,非常に高い極性を有するGe=O結合の性質に由来すると考えられる。 第6章では,脂肪族置換基を有するゲルマニウム-カルコゲン二重結合化合物の合成,構造,反応性について述べられている。置換基の違いによる安定性やスペクトル的挙動の変化を研究する目的で,かさ高い脂肪族置換基であるDis基(Dis=CH(SiMe3)2を有するゲルマニウム-カルコゲン二重結合化合物Tbt(Dis)Ge=X(X=S,Se,Te)が同様の手法で合成された。これらはいずれも対応するTbt(Tip)Ge=Xとほぼ同じ安定性を有していることが明らかにされた。 第7章では,第2〜5章で合成されたジアリール置換体と第6章で合成されたアルキルアリール置換体の構造的およびスペクトル的特徴が比較検討された。その結果,アルキルアリール体では可視吸収スペクトルのn-*遷移に基づく吸収は短波長シフトし,また,77Se,125Te-NMRはいずれも高磁場側にシグナルを与えることが示された。 なお,本論文第2章は岡崎廉治氏,時任宣博氏,万丸恭子氏,後藤みどり氏,第3〜7章は岡崎廉治氏,時任宣博氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって合成,構造解析,反応性の検討を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |