本論文は5章からなっている。第1章は序論であり、第2〜5章においてテルロケトンの合成および反応性について述べている。 第1章では、テルロケトンおよびその関連化合物のこれまでの研究を総括し、本研究の位置づけを適切に行っている。特に、C=Te結合を持つ化合物の特徴を類縁体であるC=X(X=O,S,Se)結合を持つ化合物のそれと比較し、研究の意義を述べている。 第2章では、テルロケトンの合成の出発物質となるl,3,4-テルラジアゾリン類の合成について述べている。1,3,4-チアジアゾリンおよびセレナジアゾリンについてはチオケトン、セレノケトンとジアゾ化合物との反応により合成され、数多くの研究がなされている。しかしながらテルル同族体の2については反応させ得るテルロケトン自身が未知のため合成はなされていなかった。テルラジアゾリン2はヒドラゾン類3と二塩化テルルまたは四臭化テルルとの反応によって合成できることが見いだされた。 テルラジアゾリン2aは熱的には安定であるが光に対して不安定な結晶であった。この2aの推定生成機構は中間に生成したテルロケトンとジアゾ化合物の1,3-双極子付加環化反応によるものと考えられた。また2bおよび2cも対応するヒドラゾン3b,3cより同様に合成された。 第3章では、テルラジアゾリンの熱分解によるテルロケトン類の合成と性質について述べられている。合成されたテルラジアゾリンス2aの性質を検討する過程において、溶液中で下式に示す解離反応が容易に起きることが見いだされた。この反応の条件を詳細に検討し、溶液中80℃で遮光下酸素を完全に除くことでテルロケトン1aを合成できることが明らかとなった。 テトラメチルインダン骨格により立体的に保護された1aは溶液中安定に存在し、初めてのテルロケトンのスペクトルデータが得られた。 テルロケトンlaのC=Te二重結合に起因するスペクトル的特徴として、UV-vis(825nm)ではカルボニル化合物同族体のなかで最も長波長に吸収を与え、HOMO-LUMO準位間の差が極めて小さいことが示された。またC=Teの13C(301),125Te NMR(2825)化学シフトはいずれも中性有機分子中最も低磁場側に観測され、この二重結合の遮蔽効果が大きいことが明らかにされた。また2aのMS/MSによる1aのフラグメント解析では脱テルルが主フラグメントであり、他の同族体が脱メチル化を起こすこととは対照的であり、結合の相対的弱さを反映していることが示された。さらに、1a-cと対応するセレン類縁体のNMRの比較から、テルロケトン1の炭素-テルルの二重結合性の評価が行われ、1が弱い結合であるにもかかわらず真の二重結合化合物であることが明らかにされた。 炭素-カルコゲン元素(O,S,Se,Te)二重結合化合物H2C=M,Me2C=M(M=O,S,Se,Te)のab initio計算も行い、カルコゲンの変化がそれらの性質に及ぼす効果が系統的に比較検討された。 第4章ではテルロケトンの環化付加反応について述べている。テルロケトン1aの付加環化反応においては、C=Te二重結合部分が2成分としての反応挙動を示し、2,3-ジメチルブタジエンとの反応は硫黄、セレン同族体よりも穏やかな条件で速やかに進行し[2+4]型付加環化体4とene反応型付加体5を与え、この二重結合がジエノフィルであると同時にene反応性を示すことが明らかにされた。 メシトニトリルオキシドとの反応では[2+3]型で反応が進行し、1,3-双極子付加環化体であるオキサテルラゾール6を配向選択的に与えた。 この新規複素環6はX線構造解析により構造が決定され、極めて小さいC-Te-C結合角(79.4°)を有していることが示された。 また6は光と熱に対して極めて不安定であり、光反応では速やかに対応するケトンとニトリルを与えた。熱に対する挙動はこれとは異なり、熱的1,3-双極子解離反応を起こし対応するケトンとイソテルロシアナートを経由したと思われるイソニトリルを与えた。 第5章ではテルロケトンの金属錯体の合成、および反応性について述べている。テルロケトン1aと金属カルボニルW(CO)5THFとの反応では光および熱的に安定な単核錯体7が得られた。X線構造解析により7は1型錯体であり、これまでに報告されている内で最も短い炭素-テルル結合(1.987Å)を有していることが明らかとなった。 この7は各種スペクトルデータよりテルロケトンが弱い配位子であることを示しており、穏やかな条件下でアセトニトリルとの配位子交換によりテルロケトンを定量的に再生できることが各種スペクトルデータおよび反応により確認された。これにより、7がテルロケトンの別途合成の安定な前駆体として有効であることが示された。 以上本論文では安定なテルロケトン類1の合成に成功し、初めてC2p-Te5p二重結合の性質を明らかにするとともに、テルロケトンより誘導されるいくつかの新しい有機テルル化合物の性質を明らかにするなど顕著な知見が得られている。 また本論文の第2〜5章は岡崎廉治氏、川島隆幸氏との共同研究であるが、論文提出者が主体的に合成、構造解析、反応性の検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |