本論文は6章からなり、第1章では本研究の背景と意義について、第2章では本研究に関連する基礎的事項について、第3章では実験装置並びに成長・評価手法について、第4章では層状物質のヘテロエピタキシャル成長について、第5章では層状物質基板上への有機分子性結晶のエピタキシャル膜成長について、第6章では本研究のまとめと今後の展望について述べられている。 第4章では,本論文の主題の1つである層状物質系のヘテロエピタキシャル成長について詳しく述べている。本研究の大きな特徴は、対象とする層状物質の種類を広げ、層状物質のヘテロ成長の統一的解明を図った点で、絶縁体から超伝導金属に及ぶ種々の遷移金属ダイカルコゲナイド(TX2)、III-VI族半導体GaSe、さらには重金属ハライドであるPbI2を対象とし、基板物質にも各種遷移金属ダイカルコゲナイドに加え、表面のダングリングボンドをSe終端して疑似ファンデルワールス表面化したGaAs(111)B面が用いられている。またSe終端したGaAs基板の使用は,従来用いられてきた層状物質基板が持つマクロな領域でのうねりという問題も解決した。層状物質の表面にはダングリングボンドなどの活性なボンドがないために、ファンデルワールス力のみを介してヘテロ成長が進む(ファンデルワールス・エピタキシー)。このため、従来のように格子整合条件を満たさなくても良好なヘテロ成長が可能であり、上述のような多様な物質の間で良好なヘテロエピタキシャル成長が本研究で実証された。従来ファンデルワールス・エピタキシーでは、成長膜の主軸の方向は、基板結晶のそれに揃うことが報告されてきたが、格子定数が大きく異なる層状物質の組み合わせについても調べられた結果、主軸の向きが回転する例が初めて見出された。これらを総合的に検討した結果、ファンデルワールス・エピタキシーでは、基板と格子定数が大きく異なる場合にも、成長膜は1層目から自分自身の格子定数を持つ一方、エピタキシャル方位の決定には格子定数の違いが重要な役割を果たし、成長膜の主軸は基板と格子整合性が最も良くなる方向に並んでエピタキシャル成長する事実が明らかにされた。また基板表面にステップ等が高密度に存在する場合には、これが成長方位を決定する事実も明らかにされた。これらの知見は、ファンデルワールス・エピタキシーをより一般化する上で、大きな寄与をした。 第5章では、層状物質基板上への有機分子結晶薄膜のエピタキシャル成長について述べられている。有機分子である金属フタロシアニン(MPc,M=VO,AlCl等)の場合には、基板との相互作用のみならず隣接する分子同士の相互作用もファンデルワールス的である点が層状物質とは異なる。このような場合に、格子定数の違いが膜の構造に与える影響を系統的に調べるため、様々な層状物質を基板としてMPcの成長を行った。反射高速電子線回折による構造決定を容易にするため、基板には、広範囲で平坦なSe-GaAs上に層状物質を分子線エピタキシャル成長したものが用いられた。アルカリハライド基板を用いての研究の結果などから、VOPcの場合には、一辺約13.Åの正方格子を組むのが安定な並び方であると考えられるが、ほぼこの格子を組んでcommensurateに並ぶことができるGaSe基板上では、既知のH-Si基板上と場合と同様に、commensurateな並び方を、MoS2,MoSe2,NbSe2,Se-GaAsの場合には、一辺を基板の主軸に合わせた並び方をすることがわかった。RHEED像はcommensurateな並び方をしているときのほうがシャープである。また、AlPcClの場合、VOPcよりも大きな格子を組むため、Se-GaAs上で回転することによりcommensurateな並び方をすることもわかった。これらのことから、有機分子結晶の場合にもcommensurabilityがエピタキシャル方位の決定に重要な役割を果たしていることが判明した。 以上述べたように,本研究によって,無機層状物質から有機分子性結晶に及ぶ広範な物質について、ファンデルワールスエピタキシャル成長が可能であることが実証され、さらに結晶軸方位決定の要因が解明された。したがって,本論文の提出者である山本秀樹は東京大学博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。 なお、本論文の第4章は、小間篤氏、斉木幸一朗氏、吉井賢資氏との共同研究であり、また第5章は、小間篤氏、多田博一氏、川口隆文氏との共同研究であるが、論文提出者が中心になって、装置の作製、エピタキシャル膜の成長、成長膜の評価並びに解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |