学位論文要旨



No 111007
著者(漢字) 胡,梅
著者(英字)
著者(カナ) フー,メイ
標題(和) タラノキ属植物のサポニンの化学構造および脂質二重膜との相互作用
標題(洋) Chemical Structures of Saponins from Genus Aralia and Their Interaction with Lipid Bilayer Membrane
報告番号 111007
報告番号 甲11007
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2920号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 助教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 井上,圭三
内容要旨 [1]

 タラノキ属(Aralia)はウコギ科に属する植物で、全世界約35種のうち、中国には木本約20種、草本約10種があり、日本には木本と草本2種ずつがある。中国、日本、ロシアにおいて、これらのうちいくつかが糖尿病、胃潰瘍、関節炎などの治療や強壮の目的で用いられている。木本植物における主な活性成分はトリテルペン配糖体(サポニン)と考えられるものの、単離は困難で、これらの成分の活性に関する報告はわずかである。一般に、サポニンは界面活性を有し、抗菌性、溶血性など様々な生理活性を持つことが知られており、その生理活性発現機構は両親媒性物質であるサポニンが細胞膜を撹乱するためと考えられる。本研究は中国産タラノキ属の活性成分を単離、構造決定するとともに、それらの構造と活性についての知見を得る目的で、一連のサポニンを単離し、生体膜のモデル系としてリポソームを用いて、これらサポニンの構造活性相関について検討を行った。

[2]タラノキ属植物抽出物と生体膜との相互作用

 卵黄レシチン(egg PC)より、蛍光剤カルセインを内封した一枚膜リポソーム(SUV)を超音波法により調製した。また、コレステロールを添加したリポソームも同様に調製した。検体による膜透過性の増大作用を、蛍光剤の漏出を指標として測定し、定量的に評価した。研究対象とした5種の粗抽出物はいずれもこの作用を示すことが観察された。さらに、そのサポニン含有画分のみが膜との作用を有することを明らかにした(表1)。

Table.1.50% Effective Concentrations (EC50, mg/ml) for MeOH Extracts of Aralia Species in Calcein Leakage from SUVs
[3]タラノキ属2種のサポニン(Aralosides)の化学構造

 中国で採集した野生種2種の乾燥根皮をメタノールにてそれぞれ抽出した。得られたエキスをDIAION HP-20カラムに付し、H2O、MeOH(50〜100%)で順次溶出した。配糖体画分につきSiO2カラムクロマトグラフィーを繰り返した後、逆相HPLCにて精製を行い、A.armataより17種、A.dasyphyllaより6種のオレアナン型トリテルペン配糖体を単離した。それらの構造を、MS、NMRスペクトルの相互比較及び加水分解の結果より解明した(図1、S1〜S9、S12〜S19)。そのうち、S1、S6、S7、S8及びS16は新規化合物であった。

Fig.1.Structures of Saponins from Aralia Speciesa:A.armata;b:A.dasyphylla;c:A.elata
[4]Aralosidesと生体膜との相互作用

 上記の内13種類及び別途入手した2種類(S10、S11)のトリテルペンサポニンについて[2]と同様に活性測定を行った(図2)。その結果、オレアノール酸の3位に結合したグルクロン酸がエステル化された化合物、または28位に糖鎖がエステル結合した化合物が、リポソーム中でのコレステロール含有、非含有にかかわらず膜透過性の増大作用を示すことが明らかとなった。

Fig.2. Dose-response Curves for Saponin-induced Calcein Leakage from Egg PC Liposomes at the Lipid Concentration of 6.4 MThe leakage is expressed as the percent leakage at 2 min

 さらに、その活性発現機構を調べるため、それぞれの脂質二重膜への結合能力および結合した際の膜攪乱能力を、結合等温線の作成により分離して検討した(図3、図4)。

図表Fig.3. Relationships between the Leakage Extents and Concentrations of Bound Saponins in Liposomes / Fig.4. Binding Isotherms of Saponins S2,S5 and S9 to egg PC SUVs;S12 to egg PC/cholesterol SUVs

 これらの15種のサポニンは、構造上の特徴とその膜透過性の増大作用の違いにより以下の四つのタイプに分類することができた(図5)。

Fig.5.Comparison of Disrupting Effects of Aralosides on Liposome*Cholesterol-containing SUVs (egg PC/cholesterol=4:1);r50:r at 50% leakage of calcein; K50:r50 devided by unbound saponin

 I型-オレアノール酸28位の糖鎖と3位のグルクロン酸がエステル化された構造を有しており、膜透過性の増大作用 (EC50に相当)は強く、濃度依存性も高い。

 II型-28位のcarboxyl基が遊離であり、膜親和性(K50に相当)が大きく増加する一方、膜攪乱能力(1/r50に相当)が著しく減少した結果、I型より膜透過性の増大作用が弱い。なお、作用の濃度依存性が低いことから、I型と異なる膜作用機構があると考えられる。

 III型-I型とほぼ同程度の膜親和性を示し、同様に強い濃度依存性があるが、膜撹乱能力はI型に比べてはるかに弱い。さらに、3位の糖鎖が長くなった場合、活性が顕著に減少することを認めた。よって、3位に結合したグルクロン酸の膜中への結合状態がサポニンの膜透過性の増大作用を大きく左右すると推定される。

 IV型-リン脂質だけで調製したリポソームには作用しないが、コレステロールを含むリポソームには膜透過性の増大作用が観測された。また、コレステロール含有量の増加とともにこの作用は強くなる。これはコレステロールとの相互作用がIV型の活性発現に重要であることを裏付けるものである。

 類似した構造を有するAralosidesの間で生体膜透過性の増大作用におけるターゲット分子と活性発現機構が違うことは興味深い。これらの膜作用は化合物の薬埋実験による生理活性の結果とも関連があると思われることから、トリテルペンサポニンを含む生薬の生理活性発現機構の解明に貢献できる。

審査要旨

 本提出論文の主題であるサポニンは、植物界に広く存在が知られるトリテルペンまたはステロイド配糖体化合物の一群の呼称である。これらには一般に発泡作用や赤血球を破壊する溶血作用が知られ、細胞膜を破壊する目的で研究試薬としても実用される。本論文は序論および全10章からなる本論からなり、本論は3部に分けて構成されている。このうち第1部ではタラノキ属の中国産木本植物2種よりの一連のサポニン化合物の単離・構造決定、第2部ではこれら化合物と細胞モデルにおける脂質膜との相互作用解析、そして第3部では上記に基づいたタラノキ属植物粗抽出液の成分と作用との相関が述べられており、さらに従来報じられている種々の薬理活性との関連付けが試みられている。

 序論では中国などで民間薬、日本では漢方薬として用いられるタラノキ属植物にこれまでサポニンとして同定されている化学種、そしてサポニン一般による生物活性発現の機構に関して、過去になされた研究が紹介されており、これにより本論文での研究の位置付けおよび意義が明確に示されている。

 本論第1部は抽出単離、化学構造の決定、考察、および実験の部の4章より構成されている。ここでは2種の植物より新規化合物5種を含む17種の化合物の単離と構造決定が、明確かつ論理的に述べられている。さらに本論文にて扱った植物種のタラノキ属における成分的特徴が考察されている。

 第2部はこの部の序論、実験の部、結果、および考察の4章から構成され、本論文の骨子をなす部となっている。第1部で得た17種のサポニンが化学構造的に類似することにより、これらに別途入手した2種を加えた19種のサポニン(図)を用いて化学構造と細胞モデルへの膜破壊活性との相関を調べることへの妥当性が序論(第5章)で述べられており、以下方法論の詳細な記述と取得数値データの数理解析が、その論理を含めて明解になされている。この結果、類似化学構造をもつ化合物でもその作用機構が大きく異なることが結論として述べられている。従来コレステロールに作用するとされていたサポニンの溶血作用の機構が、化合物によって異なるという結論を実験的論拠をもって明確に示しており、科学的に新しい知見として貢献度は大きいと判断される。

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 第3部は全論文での9、10章から成るが、第9章では上記2種を含めたタラノキ属植物5種の粗抽出物の成分検索とその混合物としての活性との相関が述べられており、第2部で用いた手法が民間薬として用いられる形態である粗抽出物に関しても有効であることが示されている。第10章は本論文全体の考察にも相当するが、従来生体を用いて報じられているサポニンの生理作用の多くが、本研究での実験結果により説明可能であること、および将来どのようなアプローチがなされるべきかに関して、詳細に考察されている。

 以上本論文の研究内容は、比較的古典的な生理活性物質群であるサポニンに、著者独自の解析法を含めた新しい手法を適用して得た数多くの実験データに基づき、従来の常識を一部覆す結果を示したものであり、この手法の有効性を示すと同時に科学的な新事実の発見を含むものであると認められ、天然物化学の分野に大きく貢献するものと判断される。

 なお本論文第1部は東京薬科大学の小川一紀氏と指田豊教授、および中国医学院の肖培根氏との共同にて開始された研究であるが、本論文に記載された部分は論文提出者が主体となって分析検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が充分であると判断する。また本論文第2部の実験および解析手法の一部は、本学大学院生の此木敬一の指導助言を受けたものであるが、実験結果および考察はすべて論文提出者によるものであることを認める。

 従って、本論文提出者である胡梅は、博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。

 なお、最終試験において論文提出時の題目のうち「生体膜」の部分が研究対象を正確に表現していないとの指摘がなされ、審査委員全員および論文提出者の同意により、この部分が「脂質二重膜」と改められた。

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