本提出論文の主題であるサポニンは、植物界に広く存在が知られるトリテルペンまたはステロイド配糖体化合物の一群の呼称である。これらには一般に発泡作用や赤血球を破壊する溶血作用が知られ、細胞膜を破壊する目的で研究試薬としても実用される。本論文は序論および全10章からなる本論からなり、本論は3部に分けて構成されている。このうち第1部ではタラノキ属の中国産木本植物2種よりの一連のサポニン化合物の単離・構造決定、第2部ではこれら化合物と細胞モデルにおける脂質膜との相互作用解析、そして第3部では上記に基づいたタラノキ属植物粗抽出液の成分と作用との相関が述べられており、さらに従来報じられている種々の薬理活性との関連付けが試みられている。 序論では中国などで民間薬、日本では漢方薬として用いられるタラノキ属植物にこれまでサポニンとして同定されている化学種、そしてサポニン一般による生物活性発現の機構に関して、過去になされた研究が紹介されており、これにより本論文での研究の位置付けおよび意義が明確に示されている。 本論第1部は抽出単離、化学構造の決定、考察、および実験の部の4章より構成されている。ここでは2種の植物より新規化合物5種を含む17種の化合物の単離と構造決定が、明確かつ論理的に述べられている。さらに本論文にて扱った植物種のタラノキ属における成分的特徴が考察されている。 第2部はこの部の序論、実験の部、結果、および考察の4章から構成され、本論文の骨子をなす部となっている。第1部で得た17種のサポニンが化学構造的に類似することにより、これらに別途入手した2種を加えた19種のサポニン(図)を用いて化学構造と細胞モデルへの膜破壊活性との相関を調べることへの妥当性が序論(第5章)で述べられており、以下方法論の詳細な記述と取得数値データの数理解析が、その論理を含めて明解になされている。この結果、類似化学構造をもつ化合物でもその作用機構が大きく異なることが結論として述べられている。従来コレステロールに作用するとされていたサポニンの溶血作用の機構が、化合物によって異なるという結論を実験的論拠をもって明確に示しており、科学的に新しい知見として貢献度は大きいと判断される。 第3部は全論文での9、10章から成るが、第9章では上記2種を含めたタラノキ属植物5種の粗抽出物の成分検索とその混合物としての活性との相関が述べられており、第2部で用いた手法が民間薬として用いられる形態である粗抽出物に関しても有効であることが示されている。第10章は本論文全体の考察にも相当するが、従来生体を用いて報じられているサポニンの生理作用の多くが、本研究での実験結果により説明可能であること、および将来どのようなアプローチがなされるべきかに関して、詳細に考察されている。 以上本論文の研究内容は、比較的古典的な生理活性物質群であるサポニンに、著者独自の解析法を含めた新しい手法を適用して得た数多くの実験データに基づき、従来の常識を一部覆す結果を示したものであり、この手法の有効性を示すと同時に科学的な新事実の発見を含むものであると認められ、天然物化学の分野に大きく貢献するものと判断される。 なお本論文第1部は東京薬科大学の小川一紀氏と指田豊教授、および中国医学院の肖培根氏との共同にて開始された研究であるが、本論文に記載された部分は論文提出者が主体となって分析検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が充分であると判断する。また本論文第2部の実験および解析手法の一部は、本学大学院生の此木敬一の指導助言を受けたものであるが、実験結果および考察はすべて論文提出者によるものであることを認める。 従って、本論文提出者である胡梅は、博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。 なお、最終試験において論文提出時の題目のうち「生体膜」の部分が研究対象を正確に表現していないとの指摘がなされ、審査委員全員および論文提出者の同意により、この部分が「脂質二重膜」と改められた。 |